従業員が試用期間中に逮捕・勾留された場合、企業はどのように対応すべきでしょうか。逮捕・勾留の事実は高度なプライバシーに関わる事項であり、従業員側にも説明しづらい事情があります。一方で、企業としては、欠勤の理由が不明なまま業務に穴が空く状況を放置することはできません。
東京地裁令和5年11月16日判決(以下「本判決」といいます。)は、試用期間中の従業員が逮捕・勾留により約3週間にわたって出勤できなくなったにもかかわらず、企業に対して「個人的事情」としか説明しなかったケースにおいて、試用期間中の解雇(留保解約権の行使)の有効性が争われた事案です。
今回のコラムでは、本判決の内容を整理し、企業の人事労務担当者の方に向けて、試用期間中の従業員の逮捕・勾留と解雇に関する実務上のポイントについて解説いたします。
事案の概要
原告(従業員)は、令和4年7月1日に被告(企業)に入社し、アカウントリードの役職に就いていました。試用期間は6か月、月額賃金は約116万円でした。
原告は、入社から約4か月後の令和4年10月29日に逮捕され、同年11月18日まで勾留されました。この間、原告は弁護人を通じて被告に連絡をとりましたが、欠勤理由については「個人的事情」としか説明しませんでした。
被告は、原告に対し、欠勤理由の説明がなければ欠勤を承認できない旨を伝え、事情の説明を求めましたが、原告はこれに応じませんでした。有給休暇・振替休日を使い切った後の令和4年11月11日以降、原告は被告の承認を得ないまま5日半にわたり欠勤しました。
被告は、令和4年11月18日、試用期間中の留保解約権を行使して原告を解雇しました(以下「本件解雇」といいます。)。原告は、同日午後に処分保留で釈放され、その後、不起訴処分となりました。
原告は、本件解雇が無効であると主張し、地位確認、未払賃金及び慰謝料等の支払を求めて提訴しました。
本件の争点
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件解雇の有効性 |
| 争点② | 原告の賃金請求権の有無及び金額 |
| 争点③ | 本件解雇による不法行為の成否及び損害額 |
争点②及び争点③は、争点①(本件解雇の有効性)の判断を前提とするものであるため、以下では争点①を中心に解説します。
裁判所の判断
1. 試用期間中の解約権行使の判断枠組み
裁判所は、まず、試用期間中の解約権行使に関する一般的な判断枠組みを示しました。
試用期間中における解約権の行使は、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の事由が認められてしかるべきものであるが、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解される。具体的には、使用者が採用決定後における調査の結果又は試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、その者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが相当であると認められる場合に許されると解される。
2. 本件へのあてはめ
その上で、裁判所は、以下の事実を認定・考慮し、本件解雇を有効と判断しました。
| 番号 | 裁判所が考慮した事実 |
|---|---|
| (1) | 原告が被告の承認を得ないまま5日半欠勤したことは、就労義務の放棄としてそれ自体重大な違反であること |
| (2) | 有給休暇等の取得期間を含めれば、原告が突然長期間不在になったことにより、被告が多大な迷惑を被り対応を余儀なくされたことは明らかであること |
| (3) | 被告から欠勤理由の説明を求められたにもかかわらず、原告は「個人的事情」としか説明しなかったこと |
| (4) | 原告は入社直後で信頼関係を構築していく段階にあったこと |
| (5) | 被告からすれば、原告の就労意思すら不明であり、本採用後も理由を明らかにせず突然長期間の欠勤をする可能性がある人物と考えるのは当然であること |
| (6) | 不起訴処分後に起訴することは妨げられないこと、犯罪の内容等によっては逮捕勾留の事実が報道され被告の社会的評価が毀損されることもあり得ることから、原告を本採用することはリスクが高かったこと |
これらの事実について、裁判所は以下のとおり判示しました。
原告は、被告において勤務を開始したばかりで被告との間の信頼関係を徐々に構築していく段階であったところ、被告に対し、欠勤の理由について個人的事情によるものとしか回答しない状態であったから、被告からすれば、原告の就労意思すら不明であるし、原告について仮に本採用をしても理由を明らかにしないで突然長期間の欠勤をする可能性がある無責任な人物と考えるのは当然である。これらによれば、原告の上記対応によって、原告と被告との間の労働契約の基礎となるべき信頼関係は毀損されたといえる。
3. 原告の主張に対する判断
裁判所は、原告の各主張について以下のとおり判断しました。
(1)逮捕・勾留は不当な身柄拘束であるとの主張について
裁判所は、原告が逮捕・勾留されていることから身柄拘束を受けるだけの犯罪の嫌疑があったことは明らかであり、事後的に不起訴処分になったことによって直ちに逮捕・勾留の適法性が左右されるものではないとして、この主張を退けました。
(2)職務と無関係であり解雇事由にならないとの主張について
裁判所は、本件解雇が懲戒解雇ではなく試用期間中の留保解約権の行使であることを指摘し、信頼関係の毀損を主な理由として有効と判断できるものであるから、企業秩序維持を前提とする原告の主張は前提を欠くとしました。
本件解雇は、試用期間中に留保された解約権を行使したものであるところ、(中略)本件逮捕勾留による欠勤及びそれに関する原告の対応等によって信頼関係が毀損されたことを主な理由として有効と判断できるものである。企業秩序維持のために懲戒解雇をしたわけではないから、原告の上記主張は前提を欠くというべきである。
(3)弁明の機会が付与されていないとの主張について
裁判所は、被告が原告に対して欠勤理由の説明を求め、厳しい判断をせざるを得ない旨も告知していたにもかかわらず、原告が「個人的事情」としか回答しなかった事実を認定し、原告には言い分を述べる機会が与えられていたとして、手続的に不当であるとの主張を退けました。
原告は、被告から欠勤する事情の説明を求められたこと、被告から会社として厳しい判断をせざるを得ないかもしれない旨の告知を受けたこと、それにもかかわらず、被告に対し、個人的事情によるとしか回答しなかったことが認められる。これらの事実によれば、原告は、被告から言い分を述べる機会を与えられたということができるから、本件解雇前に改めて弁明の機会を付与すべきということはできず、本件解雇が手続的に不当であるということもできない。
4. 結論
裁判所は、本件解雇は客観的に合理的な理由があり社会通念上相当であるとして、原告の請求をいずれも棄却しました。
コメント
1. 本判決の意義
本判決は、試用期間中の従業員が逮捕・勾留された場合における留保解約権の行使の有効性について判断した裁判例です。
注目すべき点は、裁判所が、逮捕・勾留の事実そのものではなく、欠勤に対する従業員の対応と信頼関係の毀損を解雇の有効性の判断において重視したことです。すなわち、企業からの合理的な問いかけに対して「個人的事情」としか回答しなかったという対応の不適切さが、信頼関係を毀損したと評価されました。
また、本判決は、試用期間中の留保解約権の行使と懲戒解雇の法的性質の違いを明確にし、懲戒解雇の場面で問題となる「企業秩序の侵害」や「職務関連性」の議論が、留保解約権の行使には直接あてはまらないことを示した点でも意義があります。
2. 企業に求められる対応
本判決を踏まえると、企業の人事労務担当者の方には以下の対応が求められるといえます。
(1)欠勤理由の確認と記録
従業員が理由不明の長期欠勤をした場合には、欠勤理由の説明を求め、その経過を書面やメールで記録に残す(証拠化する)ことが重要です。本判決においても、被告が弁護人に対して、欠勤を承認できない旨や事情説明の必要性を書面で伝えていたことが、手続の適正さを裏付ける事実として評価されました。
(2)段階的な警告の実施
裁判所は、被告が「厳しい判断をせざるを得ないかもしれない」旨を事前に告知していたことを、弁明の機会が付与されていたことの根拠の一つとしました。いきなり解雇に踏み切るのではなく、段階的に警告を行い、改善の機会を与えるプロセスを経ることが重要です。
(3)試用期間に関する規定の整備
本判決では、就業規則に試用期間中の解雇事由が定められていたことが前提となっています。試用期間の長さ、解雇事由、本採用の判断基準について、就業規則において明確に定めておく必要があります。
(4)逮捕・勾留された従業員への対応方針の整理
従業員が逮捕・勾留された場合の対応は、逮捕・勾留の事実のみをもって直ちに解雇するのではなく、欠勤に対する対応状況、信頼関係への影響、職務との関連性等を総合的に考慮して判断する必要があります。
(5)プライバシーへの配慮と必要な情報の開示
本判決は、犯罪による身柄拘束が「高度にプライバシーに関わる事項」であることを認めつつも、企業が欠勤理由の説明を求めることは当然であると判示しました。従業員のプライバシーに配慮しつつも、業務の継続性や信頼関係の維持の観点から必要な情報の開示を求めることは許容されるといえます。
3. 従業員の立場から見た示唆
本判決では、原告が欠勤理由を一切説明しなかったことが結果的に不利に働きました。逮捕・勾留された場合、プライバシーの観点から詳細な説明が難しいことは裁判所も認めていますが、少なくとも企業との信頼関係を維持するための何らかの対応を試みることの重要性が示されたといえます。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

