厚生労働省は、令和8年3月18日、「職場における熱中症防止のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)を公表しました。
本ガイドラインは、労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)による改正後の労働安全衛生法(以下「安衛法」といいます。)及び労働安全衛生規則(以下「安衛則」といいます。)を踏まえ、職場における熱中症防止のために事業者が講ずべき具体的な措置を一体的に示したものです。
今回の法改正により、従来は努力義務にとどまっていた事項の一部が省令上の義務として規定されたほか、対象者が「労働者」のみならず「作業従事者」※1へと拡大されるなど、重要な変更が含まれています。夏季を前に、企業の人事・労務・安全衛生担当者にとって必読の内容といえます。
なお、職場における熱中症に関しては、従業員が暑熱環境下での業務中に熱中症を発症して死亡した事案において、WBGT値の測定を怠ったことや労働者の健康状態の確認が不十分であったこと等を理由に、使用者の安全配慮義務違反を認めた裁判例も存在します(福岡地裁小倉支部令和6年2月13日判決・福岡高裁令和7年2月18日判決 ※2)。企業においては、このような裁判例の存在も踏まえ、熱中症防止対策に取り組む必要があります。
今回のコラムでは、本ガイドラインのポイントと企業に求められる実務対応について、解説をいたします。
※1 「作業従事者」とは、安衛法第15条第1項に規定する者であり、労働者に加え、一定の個人事業者等も含む概念です。
※2 詳細は「熱中症による従業員の死亡と安全配慮義務違反(福岡高裁令和7年2月18日判決:人事担当者のための労働法)」を参照。
2 本ガイドラインの全体像
本ガイドラインは、大きく以下の3つの柱で構成されています。
| 柱 | 概要 | |
|---|---|---|
| 第1 | 目的等 | ガイドラインの目的・適用範囲・実施事項の考え方 |
| 第2 | 熱中症リスクの評価 | WBGT値を用いたリスクの把握と評価の方法 |
| 第3 | 熱中症リスクに応じた措置 | ①労働衛生管理体制の確立等、②作業環境管理、③作業管理、④健康管理、⑤労働衛生教育、⑥異常時の措置、⑦その他 |
特筆すべきは、本ガイドラインがリスク評価に基づく対策の選択・実施という考え方を採用している点です。すなわち、まずWBGT値※3を把握・評価した上で、そのリスクの大きさに応じて講ずべき措置を選択するという構造になっています。
※3 WBGT(Wet Bulb Globe Temperature:湿球黒球温度)は、暑熱環境による熱ストレスの評価を行う暑さ指数であり、気温だけでなく湿度や輻射熱を総合的に考慮した指標です。日本産業規格JIS Z 8504又はJIS B 7922に適合した指数計を用いて測定します。
3 法令上の義務事項
本ガイドラインには、法令上の義務とされる措置と、「望ましい」「努めること」とされる推奨措置が混在しています。企業の担当者としては、まず法令上の義務を正確に把握することが重要です。本ガイドラインで言及されている法令上の義務は、以下のとおりです。
(1) 報告体制の整備及び手順等の作成・周知(安衛則第612条の2)
安衛則第612条の2は、以下の条件に該当する作業(本ガイドラインでは「熱中症を生ずるおそれのある作業」と呼んでいます。)を行わせるときに、報告体制の整備及び手順の策定・周知を義務付けています。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 作業場所 | WBGT値が28度以上又は気温が31度以上の場所 |
| 作業時間 | 継続して1時間以上又は1日4時間を超えて行われることが見込まれる作業 |
上記に該当する場合、事業者は以下の措置を講じなければなりません。
| 義務の内容 | 対象 |
|---|---|
| 熱中症の自覚症状がある場合に報告させるための体制の整備・周知 | 関係者 |
| 熱中症の疑いを他の者が発見した場合に報告させるための体制の整備・周知 | 関係者 |
| 作業からの離脱、身体冷却、医師の診察等の手順及び緊急連絡先の策定・周知 | 作業従事者 |
(2) 塩及び飲料水の備付け(安衛則第617条)
多量の発汗を伴う作業場では、飲料水、スポーツドリンク、経口補水液、塩飴等を備え付けなければなりません。
(3) 健康診断結果に基づく措置(安衛法第66条の4・第66条の5)
健康診断の結果、異常所見があると診断された場合には、医師等の意見を聴き、必要があると認めるときは、就業場所の変更、作業の転換等の措置を講ずることが義務付けられています。
本ガイドラインは、健康診断の項目には熱中症の発症に影響を与えるおそれのある疾病と密接に関係した血糖検査、尿検査、血圧の測定、既往歴の調査等が含まれていることを指摘しており、安衛則第43条、第44条及び第45条に基づく健康診断の確実な実施がその前提となります。
(4) 雇入れ時の安全衛生教育(安衛法第59条)
本ガイドラインは、いわゆる「スポットワーク」を利用する労働者について、安衛則第612条の2で定めた体制や手順の周知対象であることに加え、安衛法第59条に基づく雇入れ時教育の対象でもあることを明記しています。特に夏季においては、これらの労働者に対しても、法令及び本ガイドラインに基づく措置を講じることが求められます。
※ なお、安衛則第43条、第44条及び第45条に基づく健康診断の実施義務は、熱中症対策に固有の規定ではなく、事業者に課される一般的な法令上の義務ですが、本ガイドラインは、健康診断の項目に熱中症の発症に影響を与えるおそれのある疾病(糖尿病、高血圧症、心疾患等)の把握に資する検査が含まれていることに言及し、その徹底を求めています。熱中症対策の実効性を確保する上でも、健康診断の確実な実施とその結果の活用が重要です。
4 WBGT値を用いたリスク評価のポイント
本ガイドラインにおけるリスク評価の流れは、以下のとおりです。
ステップ1:有害性の要因の特定
WBGT値の測定に先立ち、まず職場において熱中症リスクとなり得る暑熱に関する有害性の要因を特定します。本ガイドラインは、有害性の要因として以下の4類型を挙げています。
| 類型 | 有害性の要因 |
|---|---|
| ① | 高温・多湿な作業環境 |
| ② | 連続作業 |
| ③ | 通気性や透湿性の低い衣服・保護具 |
| ④ | 身体作業負荷の大きい作業 |
これらの要因を踏まえた上で、次のステップとしてWBGT値の測定・評価を行います。
ステップ2:WBGT値の把握
JIS規格に適合したWBGT指数計を用いて、作業場所ごとにWBGT値を実測します。
本ガイドラインは、直射日光下、炉等の熱源付近、冷房設備がなく風通しの悪い屋内での作業については、環境省の参考値ではなく実測することが必要としています。
ステップ3:着衣補正
着用している衣服の種類に応じて、WBGT値に着衣補正値(℃-WBGT)を加算します。例えば、通常の作業服であれば補正値は0ですが、不透湿つなぎ服(フードなし)では+10℃もの補正が必要です。
| 衣服の例 | 着衣補正値 |
|---|---|
| 作業服・つなぎ服 | 0 |
| 単層ポリオレフィン不織布製つなぎ服 | +2 |
| 織物の衣服の二重着用 | +3 |
| フードなし単層不透湿つなぎ服 | +10 |
| フードつき単層不透湿つなぎ服 | +11 |
ステップ4:WBGT基準値との照合
着衣補正後のWBGT値を、身体作業強度と暑熱順化の状況に応じたWBGT基準値と比較します。
| 身体作業強度の例 | 暑熱順化者の基準値 | 暑熱非順化者の基準値 |
|---|---|---|
| 安静・楽な座位 | 33℃ | 32℃ |
| 軽い手作業・通常の運転等 | 30℃ | 29℃ |
| 草むしり・中程度の運搬等 | 28℃ | 26℃ |
| 重量物の運搬・ショベル作業等 | 26℃ | 23℃ |
| 激しい活動・走る等 | 25℃ | 20℃ |
着衣補正後のWBGT値がWBGT基準値を超えている又は超えるおそれのある場合は、WBGT値の低減、作業強度の変更、作業場所の変更等の対策を講じるよう努める必要があります。WBGT基準値を大幅に超える場合は、原則として作業を行わないこととされています。
なお、本ガイドラインは、リスクの低減のための措置を検討する際、高齢者、熱中症発症リスクに影響を与える疾病や障がいを持つ作業従事者に対しては、作業時間の短縮等を個別に検討することを求めています。リスク評価の結果が同一であっても、これらの作業従事者についてはより慎重な対応が必要である点に留意が必要です。
5 事業者が講ずべき具体的な措置
(1) 労働衛生管理体制の確立
本ガイドラインは、衛生委員会等を活用し、労働者の理解と協力を得る形で熱中症防止対策について話し合い、その内容を労働者に対して周知することが重要であるとしています。その上で、衛生管理者等を中心に熱中症防止対策を推進する体制の構築を求めています。
衛生管理者等以外の者に熱中症予防対策を行わせる場合は、熱中症予防管理者を選任することとされています。
熱中症予防管理者等が行う業務としては、以下が挙げられています。
| 業務内容 |
|---|
| WBGT基準値の決定・着衣補正値の確認 |
| WBGT値の低減対策の検討・実施状況の確認 |
| 各作業従事者の暑熱順化の状況の確認 |
| 作業開始前の体調確認 |
| 作業場所のWBGT値の把握と評価 |
| 職場巡視・水分及び塩分の摂取状況の確認 |
| 退勤後の体調悪化についての注意喚起 |
| 労働衛生教育の実施状況の確認 |
(2) 作業環境管理
事業者は、WBGT値の低減のために、以下のような措置を講ずることとされています。
| 分類 | 措置の内容 |
|---|---|
| WBGT値の低減 | 発熱体と作業者の間に遮へい物等を設置すること |
| 同上 | 屋外の場合は直射日光や照り返しを遮る簡易な屋根等を設けること |
| 同上 | 通風・冷房設備やミストシャワー等を設けること |
| 休憩場所の整備 | 作業場所の近くに冷房を備えた休憩場所又は涼しい休憩場所を確保すること |
| 同上 | 休憩場所には、空調設備、氷、アイススラリー、冷たいおしぼり等の身体冷却設備・物品を設けること |
| 水分・塩分の備付け | 飲料水、スポーツドリンク、経口補水液、塩飴等を備え付けること |
(3) 作業管理―暑熱順化への対応が重要
本ガイドラインが特に強調しているのが、暑熱順化(熱に慣れ、当該環境に適応すること)の重要性です。
本ガイドラインにおいて暑熱順化に関して特に留意すべきとされている事項は以下のとおりです。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 順化期間 | 7日以上かけて暑熱環境での身体的負荷を漸増させる |
| 特に注意が必要な者 | 新規入職者、梅雨明け直後の作業者、長期休暇明けの作業者 |
| 順化の喪失 | 熱へのばく露が中断すると4日後には顕著な喪失が始まり、3~4週間後には完全に失われる |
| 連休後の対応 | 休暇中の活動状況をヒアリングし、必要に応じ追加の暑熱順化を行う |
そのほか、作業管理に関する主な事項は以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作業時間の短縮等 | WBGT基準値からの超過の程度に応じた休憩時間の確保(1℃超過で15分以上/時、2℃超過で30分以上/時、3℃超過で45分以上/時、それ以上は原則作業中止) |
| プレクーリング | 作業開始前に体表面からの冷却や冷水・アイススラリーの摂取により深部体温を下げる |
| 水分及び塩分の摂取 | 0.1~0.2%の食塩水、ナトリウム40~80mg/100mlのスポーツドリンク等を20~30分ごとにカップ1~2杯程度摂取。作業中の定期的な摂取に加え、作業前後の摂取も重要 |
| 服装 | 透湿性・通気性の良い服装の着用、ファン付き作業服等の積極的採用 |
| 巡視 | 高温多湿作業場所での作業中は頻繁に巡視し、健康状態を確認 |
また、本ガイドラインは、業種・作業別の対応例も示しており、事業者が自社の業種・業態に応じた具体的な対策を検討する際の参考とすることができます。
(4) 健康管理
本ガイドラインは、熱中症の発症者については、当日又は前日の比較的軽微な体調変化が先行し、暑熱ばく露と重なることで急激に重症化する例が多いと指摘しています。
そのため、以下の対応が求められています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 健康診断結果に基づく対応 | 熱中症発症に影響を与えるおそれのある疾病※3の治療中等の作業従事者について、産業医・主治医等の意見を踏まえた就業上の措置を講ずること |
| 日常の健康管理の指導 | 睡眠不足、前日の飲酒、朝食の未摂取等への注意喚起 |
| 作業開始前の健康状態の確認 | 声かけ等により、当日の体調に普段と異なる変化がないかを確認すること |
| 要配慮者の把握 | 入職後1週間未満の者や夏季休暇等で4日以上作業から離れていた者を把握し、特別な配慮を行うこと |
※4 本ガイドラインは、熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある疾病として、①糖尿病、②高血圧症、③心疾患、④腎不全、⑤精神・神経関係の疾患、⑥広範囲の皮膚疾患、⑦感冒等、⑧下痢等を挙げています。
(5) 労働衛生教育
本ガイドラインは、対象者のレベルに応じた3段階の教育を推奨しています。
| 対象 | 主な教育内容 | 時間の目安 |
|---|---|---|
| 熱中症予防管理者 | 熱中症の症状・予防方法・緊急時の救急処置・事例・関係法令等 | 計225分 |
| 職長等現場管理者 | 同上(予防管理者教育の受講で代替可能) | 計60分 |
| 作業従事者 | 熱中症の症状・予防方法・緊急時の救急処置・事例 | 短時間で繰り返し |
なお、本ガイドラインは、簡単な教材であっても繰り返し参照することが望ましいとしており、教育の形式や分量よりも、継続的に実施することの重要性を強調しています。
6 緊急時の対応
本ガイドラインは、熱中症が疑われる症状が現れた場合の対応について、以下のポイントを示しています。
| 場面 | 対応のポイント |
|---|---|
| 症状の発見時 | 周囲の者は、必ず、一旦、当該者を作業から離し、涼しい場所で身体を冷やし、水分及び塩分を摂取させること |
| 本人が「大丈夫」と申し出た場合 | ためらわずにあらかじめ定められた担当者に連絡し、手順に従って対応すること |
| 判断に迷う場合 | 放置・先送りせず、#7119等を活用するなど専門機関に相談すること |
| 搬送中・救急隊到着までの間 | アイスバス、ミストファン、濡れタオル+扇風機等により効果的な身体冷却に努めること |
| 経過観察中 | 熱中症を生じたおそれがある者を一人きりにしないこと |
7 スポットワーカー・注文者・個人事業者等に関する留意事項
本ガイドラインは、近年の働き方の多様化を踏まえ、従来の労働者以外の者についても以下のとおり言及しています。
(1) いわゆる「スポットワーク」を利用する労働者
スポットワーカーは、安衛則第612条の2で定めた体制や手順の周知対象であり、安衛法第59条に基づく雇入れ時教育の対象でもあります。また、短期就労者は暑熱順化ができていない可能性が高いため、原則として暑熱順化されていない者として取り扱うことが望ましいとされています。
(2) 注文者・作業場所管理事業者
注文者は、夏季の屋外作業について経費や工期・納期を配慮し、作業中の休憩・水分補給の必要性について理解することが重要です。作業場所管理事業者は、当該場所で作業従事者が熱中症を発症した際の緊急連絡先への連絡や休憩場所に関する要望への誠実な対応が求められています。
(3) 労働者と異なる場所で就業する個人事業者等
個人事業者等についても、本ガイドラインを参考に自ら熱中症防止に取り組むことが求められています。
8 おわりに
近年、気候変動の影響により猛暑日の増加が続く中、職場における熱中症対策の重要性はますます高まっています。今回の法改正及び本ガイドラインの公表により、事業者には従来以上に体系的かつ実効性のある対策が求められることとなりました。
特に、安衛則第612条の2に基づく報告体制の整備や手順の策定・周知は省令上の義務であり、違反した場合には行政指導や是正勧告等の対象となり得ます。また、万が一、熱中症による労働災害が発生した場合、適切な対策を講じていなかったことは、民事上の安全配慮義務違反として損害賠償責任を追及される要因ともなり得ます。
この点に関し、冒頭でも触れたとおり、暑熱環境下での業務中に従業員が熱中症を発症して死亡した事案において、WBGT値の測定の懈怠、労働者の健康状態(食事の摂取状況等)の確認不足、暑熱順化期間の不確保等を理由に、使用者の安全配慮義務違反を認めた裁判例が存在します(福岡地裁小倉支部令和6年2月13日判決・福岡高裁令和7年2月18日判決)。
上記裁判例は、熱中症予防に関する各種行政通達の内容は「相応の合理性を有する」ものであり、安全配慮義務の内容を検討する上で「参考とされるべき」と判示しています。
本ガイドラインは、これらの通達の内容を発展的に整理・統合したものであり、今後、安全配慮義務の具体的内容を判断する上でも重要な指針となるものと考えられます。
企業の担当者におかれましては、本コラムを参考に、法令上の義務の履行はもとより、本ガイドラインに沿った総合的な熱中症防止対策を早期に整備されることをお勧めいたします。
本コラムの内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言を構成するものではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

