NPO法人の理事長が、自身のダミー会社を経由して約7000万円を不正に取得した疑いがあるとする週刊誌記事が掲載され、当該NPO法人と理事長が出版社に対して損害賠償等を求めた事案があります。
第一審(東京地裁)は、理事長個人に対する名誉毀損を認め、110万円の損害賠償を命じました。しかし、控訴審である東京高裁は、記事が摘示した事実の重要な部分について真実性が認められるとして、第一審判決を取り消し、原告らの請求を全部棄却しました。
今回のコラムでは、上記東京高裁令和2年7月22日判決(令和元年(ネ)第5306号)を取り上げ、週刊誌報道と名誉毀損に関する裁判所の判断枠組みや、NPO法人等の非営利組織に求められるガバナンスの在り方について、概要を解説いたします。
事案の概要
認定特定非営利活動法人B(以下「NPO法人B」といいます。)は、広く社会一般に対して自由で質の高い言論の場を提供する事業を行い、社会教育の推進に寄与することを目的とする法人です。NPO法人Bは、多額の寄付金や補助金により運営されていました。
A(以下「理事長A」といいます。)は、NPO法人Bの代表者理事であり、その理事長でした。
出版社Y(以下「出版社Y」といいます。)は、平成29年7月27日発行の週刊誌に、「理事長に7千万円"横領"疑惑」との見出しの記事(以下「本件記事」といいます。)を掲載しました。
本件記事の概要は、以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 記事の見出し | 「理事長に7千万円"横領"疑惑」 |
| 摘示事実① | NPO法人Bが、Dに業務委託料として月額約50万円を支払っていること |
| 摘示事実② | Dは理事長Aのダミーであること |
| 摘示事実③ | 平成15年から始まったDとの業務委託に基づいてNPO法人Bから支払われた金額は推計で約7000万円に上ること |
| 摘示事実④ | 特定非営利活動法人においては、代表者が自分の会社と取引をする場合は事業報告書等にこれを記載する義務があるにもかかわらず、NPO法人Bの事業報告書等には該当する取引先としてDの記載がなく、特定非営利活動促進法違反の疑いがあること |
| 摘示事実⑤ | NPO法人Bにおいては金銭の流れが不透明で、理事長Aには理事長報酬以外に不当に報酬を得ている可能性があり、「"横領"疑惑」があること |
なお、Dとは、理事長Aが個人で受注する仕事の収入を管理するために使用していた個人事務所の屋号であり、法人格はありませんでした。NPO法人Bは、Dを対外的には理事長Aとは別個の経済主体であるかのように表記しており、事業報告書等においても「役員及びその近親者との取引」欄に「なし」と記載していました。
理事長A及びNPO法人Bは、本件記事等により名誉を毀損されたとして、出版社Yに対し、損害賠償(理事長Aにつき2200万円、NPO法人Bにつき5500万円)及び謝罪広告の掲載を求めました。
第一審(東京地裁)は、理事長Aに対する名誉毀損は成立するが、NPO法人Bに対する名誉毀損は成立しないと判断し、理事長Aの請求を110万円の限度で認容し、その余の請求を棄却しました。これに対し、出版社Y及び原告らの双方が控訴しました。
本件の争点
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件記事が「事実の摘示」と「意見ないし論評の表明」のいずれに該当するか |
| 争点② | 本件記事によるNPO法人Bに対する名誉毀損の成否 |
| 争点③ | 摘示された事実の真実性又は相当性(違法性阻却事由の有無) |
| 争点④ | 損害の発生及びその額 |
裁判所の判断
争点①(事実の摘示か意見ないし論評か)について
出版社Yは、「横領」との表現は法的な見解の表明であり、本件記事は意見ないし論評を表明したものであると主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり判示して、本件記事は事実を摘示したものであると認定しました。
「横領」という文言は、刑事的・民事的責任を問う場面で使用されるような法律用語としての意味に加え、より一般的に、他人のものを不正な方法により横取りする行為自体を表現する場合にも使用されるものであって、一般の読者の普通の注意と読み方に従って本件記事等を読むと、(中略)原告Aが原告Bから不正な手段により金員を横取りした旨が記載されていると理解するのが通常であって、本件記事等が、原告Aに対して、横領罪又は民事上の不法行為責任が成立するか否かの法的見解を表明したものとは解されない。
争点②(NPO法人Bに対する名誉毀損の成否)について
第一審は、NPO法人Bの社会的評価を低下させる事実は摘示されておらず、名誉毀損は成立しないとしました。これに対し、控訴審は、以下のとおり判示して、NPO法人Bに対する関係においても名誉毀損に当たると認定しました。
本件記事等は、第一審原告Bの理事長である第一審原告Aが、第一審原告Bの事業報告書に役員及びその近親者との取引については明示しなければならないにもかかわらず、不正にDなるダミー会社を経由させる方法により、第一審原告Bから正当な報酬以外に7000万円を自らの口座に送金させて不正な取得をしたことを強くうかがわせる事実が存在するとの事実を摘示するものであるところ、それは、社会的に適正な運営がなされることが求められる認定特定非営利活動法人である第一審原告Bにおいて、不適切な運営がなされているとの印象を与えるものである。
したがって、本件記事等は、第一審原告Bに対する関係においても、その社会的評価を低下させる名誉毀損に当たると認められる。
このように、控訴審は、代表者個人に向けられた記事であっても、認定特定非営利活動法人としての適正な運営に疑義を生じさせる内容であれば、法人自体の社会的評価を低下させるものとして、法人に対する名誉毀損も成立し得ると判断しました。
争点③(摘示事実の真実性又は相当性)について
裁判所は、摘示事実①から⑤のそれぞれについて真実性を検討し、以下のとおり判断しました。
| 摘示事実 | 裁判所の判断 | 判断の要旨 |
|---|---|---|
| 摘示事実① | 真実性を認定 | NPO法人Bは、Dに対して平均して月額40万円を超え50万円未満の多額の金員を支払っていた。記事掲載時に近い時期には月額50万1169円が支出されており、重大な誤りとはいえない |
| 摘示事実② | 真実性を認定 | Dは理事長Aの屋号にすぎないが、NPO法人Bはこれを対外的に明らかにせず、理事長Aとは別個の経済主体であるかのような表記をしていた |
| 摘示事実③ | 真実性を認定 | 実際の支払合計額は6239万9899円であり「7000万円」とは差があるが、記事では「推計で約」7000万円と表現されており、重要な部分に誤りがあるとまではいえない |
| 摘示事実④ | 真実性を認定 | 特定非営利活動促進法は代表者が法人と取引をする場合に事業報告書等への記載義務を定めているところ、NPO法人Bは54条書類及び事業報告書において「役員等との取引」欄にいずれも「なし」と記載しており、同法に違反するものと認められる |
| 摘示事実⑤ | 真実性を認定 | NPO法人Bの金銭の流れが不透明であるとの摘示及び理事長Aが理事長報酬以外に得ていた業務委託報酬が不当なものである可能性があるとの摘示は、真実であると認められる |
特に、「横領」という表現について、裁判所は、以下のとおり判示しました。
横領という言葉は、辞書等では、「他人または公共のものを不法に奪うこと」、「他人の財産や公共の金品を不正な手段を用いてひそかに自分のものにすること」とされているところ、(中略)こうした辞書等の記載も踏まえて一般の読者の普通の注意と読み方に従って読むならば、本件記事等は、(中略)第一審原告Aが、前記寄付金及び補助金等を原資とする金員を、その拠出者の認識を免れて、あるいはこれに対する社会的評価を免れて、取得した可能性があり、これを不正な方法によりひそかに取得したという意味での「"横領"疑惑」があると表現したと理解できるのであり、その摘示にも真実性が認められるものといえる。
また、裁判所は、記者による取材経過を詳細に認定しました。具体的には、以下の経過が認定されています。
F記者は、平成29年6月頃、第一審原告Bの内部関係者と面談して、アルバイトに対する労働基準法違反とかお金の流れが不透明であるとか問題点の指摘を受けるとともに内部資料(出納帳、スタッフ給与書類、源泉徴収票等)を入手して、第一審原告Bに関心を持ち、同年7月13日頃、本件記事等の取材に着手した。
F記者は、第一審原告Bの平成26年度の事業報告書(中略)、平成26年度及び平成27年度の各54条書類(中略)を取得した。前記各54条書類には、それぞれ「調査研究・編集費」として466万6656円、「調査研究・編集費業務委託料」として545万2623円が支出されていることが記載されていたものの、支出先は黒塗りされていた。また、前記各54条書類には、「役員、社員、職員若しくは寄附者又はこれらの者の親族等との取引」には、いずれも「なし」と記載されていた。
一方、F記者が別途入手した平成26年度の54条書類(中略)には墨塗がなく、「調査研究・編集費」としての466万6656円の支出先は、「D」(中略)と記載されていた。そして、Dについては、登記が確認できず、その所在地は第一審原告Aの前の住所で、Dは第一審原告Aと同一と判断した。
裁判所は、このような取材経過を踏まえ、仮に真実でない部分があるとしても、出版社Yにおいて摘示事実が真実であると信じるについて相当な理由があったと判断しました。
以上を踏まえ、裁判所は、記事が公共の利害に関する事実に係り、公益目的に基づくものであり、かつ摘示事実の重要な部分について真実性が認められるとして、名誉毀損の違法性が阻却されると判断し、原告らの請求を全部棄却しました(このため、争点④については、判断されておりません)。
コメント
本判決の意義
本判決は、週刊誌記事による名誉毀損の成否に関して、確立された最高裁の判断基準に則りつつ、記事が摘示した個別の事実ごとに真実性を丁寧に検討した事例です。
本件では、第一審と控訴審とで結論が異なりました。この差異は、主に以下の3点に起因するものと考えられます。
第1に、「横領」という言葉の意味の捉え方です。控訴審は、「横領」を刑法上の構成要件に限定せず、辞書等の記載に基づき「不正な方法によりひそかに取得した」という一般的な意味で理解し、その範囲で真実性を認定しました。
第2に、記事の摘示事実の捉え方です。第一審が「7000万円の横領疑惑」の部分を一体として捉え、その真実性を否定したのに対し、控訴審は、摘示事実を①から⑤に分析し、それぞれについて個別に真実性を検討しました。この分析的な手法により、各事実の重要な部分が真実であるとの判断に至ったものです。
第3に、控訴審における主張立証の充実と、それに伴う取材経過の認定です。控訴審では、記者による取材の具体的な経過が新たに認定されました。すなわち、記者が内部関係者との面談や公開資料・出納帳の精査等を経て記事を作成した過程が詳細に事実認定されたことで、摘示事実の真実性や、少なくとも真実と信じるについての相当な理由の有無を判断するための基礎が充実し、結論の逆転につながったものと考えられます。この点は、名誉毀損訴訟において、真実性・相当性に関する主張立証をどのように充実させるかが判決の結論に影響し得ることを示唆しています。
NPO法人等の非営利組織に求められる対応
本判決の内容を踏まえると、NPO法人等の非営利組織においては、以下の点が重要です。
第1に、法定書類の正確な記載です。 本件では、特定非営利活動促進法が求める事業報告書等の「役員及びその近親者との取引」欄に「なし」と記載していたことが、記事の真実性を裏付ける根拠の一つとされました。法令が要求する書類への記載は正確に行う必要があります。
第2に、関連当事者取引の透明性の確保です。 NPO法人の代表者が自らの個人事務所を通じて法人から業務委託報酬を受領する場合、法令上の開示義務を遵守するだけでなく、取引の合理性・相当性について寄付者や社会に対して説明し得る状態を整えておくことが望ましいといえます。
報道機関側にとっての留意点
他方、報道機関の立場から見ると、本判決は、十分な取材に基づく報道が真実性の認定につながった事例です。本件の記者は、内部関係者への面談、公開資料(事業報告書、54条書類)の精査、出納帳等の内部資料の検討、及び取材対象者への直接の質問を経て記事を作成していました。
もっとも、報道機関においても、記事の表現が摘示事実と整合しているか、見出しが記事内容を正確に反映しているかについて注意を払う必要があります。本判決は結論として真実性を認めましたが、記事における金額や時期の不正確さについては一定の指摘もなされており、留意する必要があります。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

