はじめに
Googleマップの口コミ機能は、消費者にとって店舗や施設を選ぶ際の重要な判断材料となっています。一方で、第三者が他人の氏名を無断で使用して口コミを投稿する「なりすまし」が行われた場合、氏名を使われた側にとっては、自分が投稿したかのように誤解されるおそれがあり、深刻な問題となり得ます。
今回のコラムでは、Googleの口コミにおいて、自身の氏名を用いた「なりすまし投稿」がされたことについて、人格権に基づく投稿記事の削除と、サイト運営者であるグーグル社に対する損害賠償の可否が争われた大阪地裁令和2年9月18日判決(令和元年(ワ)第5554号)をご紹介いたします。
事案の概要
原告Xは、大阪府豊中市内の整骨院に通院していた方です。被告Yは、「Googleの口コミ」というウェブページを設置・管理・運営している法人(グーグル社)です。
Googleの口コミサイトにおいて、Xの氏名の姓と名を逆に表記した投稿者名(たとえばXの氏名が「山田太郎」であるとすると「太郎山田」)で、Xが通院する整骨院を批判する内容の口コミが投稿されました。
そこで、Xは、Yに対し、以下の2つの請求を行いました。
| 請求 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 削除請求 | 人格権 | 第三者が自身になりすまして投稿した記事であるとして、投稿記事の削除を請求 |
| 損害賠償請求 | 民法709条 | Yが、なりすまし投稿によるXの人格権侵害を認識していたにもかかわらず記事を削除しなかったとして、損害賠償(慰謝料10万円+弁護士費用1万円)を請求 |
なお、Xは、本件訴訟の提起に先立ち、Yを債務者として発信者情報開示の仮処分命令の申立て(別件保全事件)を行っており、裁判所は発信者情報の仮開示を命じる決定をしましたが、Yからは開示を命じられた発信者情報が「確認できない」との回答がありました。Xは、別件申立てを取り下げた上で、本件訴訟を提起しました。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 原告は、人格権に基づき、なりすまし投稿記事の削除を請求できるか |
| 争点② | 被告は、なりすまし投稿記事を削除しなかったことについて、不法行為に基づく損害賠償責任を負うか |
| 争点③ | 原告に生じた損害の額 |
争点①について、Xは、人は氏名を他人に冒用されない権利(氏名権)を有しており、第三者により氏名が冒用された場合には直ちに人格権に基づく妨害排除請求権を行使できると主張しました。
これに対し、Yは、削除請求が認められるためには、(i)なりすまし投稿であること、(ii)一般読者が原告による投稿と誤認することが明らかであること、(iii)氏名使用の目的・態様・損害等を総合考慮して社会生活上の受忍限度を超えることが明らかであること、の全てを満たす必要があるとの判断枠組みを主張しました。
裁判所の判断
争点①について――人格権に基づく削除請求:認容
(1)判断枠組み
裁判所は、まず、氏名を他人に冒用されない権利の法的性質について、以下のとおり判示しました。
氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有するところ、かかる権利は、不法行為法上、強固なものとして保護されると解される(最高裁判所昭和63年2月16日第二小法廷判決・民集42巻2号27頁参照)。
その上で、裁判所は、Yの規約においても「なりすまし」による投稿が禁止・制限されており、例外的に許容される場合が想定されていないことも踏まえ、第三者に氏名を冒用された者は、人格権に基づき、侵害行為の排除としてなりすまし投稿の削除を求めることができると判断しました。
Yが主張した比較衡量を経るべきとする判断枠組みについて、裁判所は、以下のとおり述べてこれを退けました。
なりすましにより投稿された記事であるかは慎重に判断されるべきにしても、(中略)他人に氏名を冒用されない権利は強固なものとして保護されるものと解され、他人に氏名を冒用されない権利に優先すべき利益が投稿者や閲覧者にあるとは想定しがたいことからすれば、本件サイトやその管理者である被告の立場の特殊性等を考慮しても、被告の主張する判断枠組みを用いるのは相当ではない。
(2)なりすまし投稿の認定
裁判所は、以下の事実を総合的に考慮し、本件投稿記事はX以外の者がXになりすまして投稿したものであると認定しました。
| 考慮事実 | 内容 |
|---|---|
| 投稿者名 | Xの氏名の姓と名を逆に表記しただけのものであり、Xの氏名を用いたものといえる |
| 削除等の対応 | Xは、自ら投稿していれば自由に編集・削除できるにもかかわらず、そうした対応をとらず、速やかに弁護士に委任して法的措置を講じた |
| 投稿内容と通院状況 | 整骨院を批判する内容であるにもかかわらず、Xは通院を継続しており、本名で投稿する動機が見当たらない |
| Xが投稿したことを窺わせる事情 | 見当たらない |
| 氏名使用の許諾 | Xが第三者に氏名の使用を許諾した事情は見当たらない |
| 偶然の一致の可能性 | 投稿者名及び投稿内容に照らし、同名の仮称が偶然用いられたとは考えられない |
(3)Yの判断枠組みによっても削除が認められること
併せて、裁判所は、仮にYが主張する判断枠組みを前提としても、以下のとおり全ての要件を充足するため、結論は左右されないと判示しました。
| Yの主張する要件 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| ①なりすまし投稿であること | X以外の者がXになりすまして投稿したものといえる |
| ②原告による投稿と誤認されることが明らかであること | 整骨院に通院する同名の患者がXのみであり、一般読者の通常の注意と読み方を基準としても、Xによる投稿と誤認されることが明らかである |
| ③社会生活上受忍限度を超えることが明らかであること | Xは近隣住民から整骨院を非難する投稿をしたのではないかと疑われるなど不利益を被っている一方で、削除により投稿者が不利益を被る事情は見当たらない |
以上より、裁判所は、Xの人格権に基づく削除請求を認容しました。
争点②について――不法行為に基づく損害賠償請求:棄却
裁判所は、Yの損害賠償責任が認められるためには、民法709条の要件に加え、プロバイダ責任制限法3条1項1号又は2号の要件を満たすことが必要であるとした上で、以下のとおり判示しました。
しかし、被告が、別件申立てにより、本件投稿記事の存在を認識し、原告が氏名を冒用されない権利を侵害されている可能性を認識し得たとしても、本件投稿記事が原告のなりすましによるものであることを被告において最終的に判断し得る情報が提供されたとまではいえないから、その時点で原告が他人に氏名を冒用されて本件投稿記事が投稿されたことを認識できたとはいえない。
その上で、裁判所は、条理上の義務と過失について、以下のとおり判示し、損害賠償請求を棄却しました。
そうすると、原告の主張②、④を踏まえても、被告が、別件保全事件における答弁書提出時点で、本件投稿記事を削除する条理上の義務を負っていたと認めることはできず、原告の主張する条理上の義務が認められない以上、本件投稿記事をその後削除しなかったことに過失があるともいえない。
コメント
本判決の位置づけ
氏名を他人に冒用されない権利は、人格権の一内容として保護されるものです。この点については、最高裁昭和63年2月16日判決(民集42巻2号27頁)が不法行為法上の保護を認め、最高裁平成18年1月20日判決(民集60巻1号137頁)が侵害行為の差止請求を認めるなど、裁判例の一定の蓄積があります。
本判決は、これらの最高裁判決の流れに沿って、インターネット上の口コミサイトにおける「なりすまし投稿」について、人格権に基づく削除請求を認めたものです。本判決は、なりすまし投稿であることをどのような事実から認定するのかを具体的に示した点で、実務上参考になります。
判断枠組みに関するポイント
本判決は、氏名の冒用が認められる場合には、プライバシー侵害や名誉毀損の場合のような比較衡量を経ることなく、直ちに人格権侵害が認められるとの枠組みを採用しました。その理由として、裁判所は、氏名を冒用されない権利が保護されること、この権利に優先する利益が投稿者や閲覧者にあるとは想定しがたいことを挙げています。
この判断枠組みが全ての氏名冒用事案に妥当するかについては、今後の裁判例や学説における評価を待つ必要がありますが、本判決は、仮に比較衡量の枠組みを用いたとしても結論は変わらない旨を併せて判示しており、結論の妥当性については、説得力があります。
サイト運営者の損害賠償責任について
本判決は、削除請求を認容する一方で、Yの損害賠償責任は否定しました。裁判所は、Yが別件保全事件を通じて投稿の存在や権利侵害の可能性を認識し得たとしても、なりすまし投稿であることを最終的に判断できるだけの情報が提供されていなかった点を重視しています。
この判断は、なりすまし投稿の問題が、名誉毀損やプライバシー侵害の事案と比較して、外形的な情報だけでは権利侵害の有無を判断しにくいという特徴を反映したものと考えられます。類似の事案である仙台地裁平成30年7月9日判決が不法行為責任を認めた事案とは、特に被告側がなりすましを認識できたかどうかという事実関係の違いにより、結論が分かれたものと考えられます。
企業に求められる対応
本判決を踏まえると、口コミサイトを含むユーザー投稿型のウェブサービスを運営する企業は、以下のような対応を検討する必要があると考えられます。
| 対応事項 | 内容 | 本判決との関係 |
|---|---|---|
| 利用規約の整備 | なりすまし行為を禁止する旨を利用規約やポリシーに明記する | 裁判所は、被告の規約がなりすまし投稿を禁止していたことを、削除請求を認める一つの根拠として考慮した |
| 権利侵害申告への対応体制の構築 | 権利侵害の申告を受けた場合に、その内容を適切に評価し、対応を検討するための社内体制を整備する | 本判決では、なりすましを判断し得る情報が十分に提供されていなかったとして損害賠償責任が否定されたが、十分な情報が提供されているにもかかわらず対応を怠った場合には、損害賠償責任が認められる可能性がある |
| 削除請求への迅速な調査・対応 | 氏名冒用を理由とする削除請求を受けた場合には、なりすましの有無について速やかに調査し、対応の要否を判断する | 対応が遅れた場合、条理上の削除義務違反として不法行為責任を問われるリスクがある |
また、自身の氏名を冒用されたなりすまし投稿の被害を受けた方にとっては、本判決が示すように、人格権に基づく削除請求が法的に認められ得るものであることを知っておくことが有益です。早い段階で弁護士に相談し、証拠の保全や法的手続の選択について助言を受けることが、円滑な問題解決につながります。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

