キーワード:芸能人養成スクール/入学時諸費用/不返還条項/消費者契約法9条1号/平均的な損害/差止請求/適格消費者団体
はじめに
芸能人を志して養成スクールに入学したものの、さまざまな事情で途中退学しなければならなくなった場合、すでに支払った入学時費用は戻ってくるのでしょうか。
東京高裁令和5年4月18日判決は、芸能人養成スクールが学則に定めた「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」という条項について、消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害の額」を超える部分が存在すると認め、適格消費者団体の差止請求を一部認容しました(令和3年(ネ)第3189号。以下「本判決」といいます)。
本判決は、原審(東京地判令和3年6月10日)の判断を一部変更し、不返還が許容される入学時諸費用の上限を原審の13万円から7万円に引き下げた点で注目されます。また、入学時諸費用の「権利金的性質」という事業者側の主張を詳細に検討した上でこれを排斥した点や、「平均的な損害」を構成する費用項目を丁寧に精査した手法は、各種スクール・習い事事業者の契約条項設計にとって重要な指針を示しています。
今回のコラムでは、上記東京高裁判決の内容と実務上の留意点について、わかりやすく解説いたします。
事案の概要
当事者と経緯
芸能人養成スクール(以下「本件スクール」といいます。)を経営する株式会社(以下「Y」といいます。)は、学則において「退学又は除籍処分の際、既に納入している入学時諸費用については返還しない」旨の条項(以下「本件不返還条項」といいます。)を定めていました。
本件スクールへの入学には、Yと提携するプロダクション会社(以下「C社」といいます。)が主催するオーディションに合格し、同社とマネジメント契約を締結してその推薦を受けることが条件とされていました。入学時諸費用は38万円で、年間の月謝総額36万円(月3万円×12か月)を上回る金額です。本件スクールには毎年2,000名内外の受講生が入学しており、そのうち1年間の就学期間を修了するのは約半数程度でした。
なお、Yは令和3年3月の学則改訂において、入学時諸費用を返還しない時期を、それまでの「入学時オリエンテーション実施日以降」から「入学時オリエンテーション実施日から起算して8日を経過した後」に変更しました。
訴訟の経緯
適格消費者団体である特定非営利活動法人消費者機構日本(以下「X」といいます。)は、本件不返還条項が消費者契約法9条1号に定める「平均的な損害の額を超える損害賠償額の予定又は違約金の定め」に該当すると主張し、同法12条3項に基づき、①本件不返還条項を内容とする意思表示の差止め、②本件不返還条項が記載された契約書・学則等の廃棄、③従業員に対する周知徹底措置を求めて訴訟を提起しました。
原審は、入学時諸費用の一部(12万円)が「本件スクールに入学し得る地位を取得するための対価」に当たると認め、13万円(12万円+平均的な損害1万円)を超えて返還しない部分についてのみ差止めを認容しました。これに対し、XとYの双方がそれぞれ敗訴部分を不服として控訴したのが本件です。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | Yが不特定かつ多数の消費者との間で本件不返還条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあるか否か(受講生の「消費者」該当性を含む) |
| 争点② | 本件不返還条項が消費者契約の解除に伴う損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項に当たるか否か |
| 争点③ | 本件不返還条項に定める入学時諸費用の額について平均的な損害の額を超える部分の有無及びその金額 |
| 争点④ | Xの差止請求権の行使が信義誠実の原則違反又は権利の濫用に該当するか否か |
裁判所の判断
争点①——受講生は「消費者」にあたるか(差止請求の適法性)
本判決は、受講生に消費者契約法が適用されること、およびYが不特定かつ多数の消費者との間で本件不返還条項を含む消費者契約の締結を現に行い又は行うおそれがあることを認め、差止請求の適法性を肯定しました。
Yは、「受講生はC社とマネジメント契約を締結して芸能活動の開業意思を明らかにした事業者である」と主張しました。しかし、本判決は次のとおり述べ、この主張を退けました。
本件スクールの受講生の一部に芸能活動を行っている者がいるとしても、その大半は事業と評価できるような芸能活動を行っているとは認められず、受講生が本件マネジメント契約を締結したからといって、芸能活動に関して実質を伴うものとは認め難く、これにより開業意思を明らかにしたと認めることもできない。
また、Yは「受講生はC社の推薦を受けた者に限られており『不特定かつ多数』の者ではない」とも主張しました。しかし、本判決は、C社の推薦を受ける者が年間4,000〜5,000名を超えること、本件スクールには毎年2,000名内外の受講生が入学していることなどを指摘し、「不特定かつ多数」の要件を満たすと判断しました。
争点②——本件不返還条項は損害賠償額の予定・違約金条項か
Yの主張①「入学時諸費用は入学し得る地位を取得するための対価(権利金)である」
Yは、入学時諸費用が本件スクールに入学し得る地位を取得するための対価(権利金的性質を有する金員)であり、解除に伴う違約金条項には該当しないと主張しました。この点については、最高裁判所が大学の入学金について「合格者が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有する」と判示しています(最二小判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁)。しかし、本判決は、本件スクールについては大学と同様には論じられないとして、以下の考慮事情を示した上でYの主張を排斥しました。
| 主な考慮事情 | 内容 |
|---|---|
| 法令上の規制の有無 | 本件スクールには修業年限や人的物的設備の充足について法令上の規制がなく、所轄官庁の監督も受けていない。そのため、一審被告が費用等を支出することも任意のものにとどまる |
| 大学との根本的な相違 | 法令による規制・監督が行われている大学と同列に論じることはできない |
| スクール入学の必要性 | 芸能活動を行おうとする者にとって、芸能人養成スクールへの入学が必要とまではいえない |
| 費用の高額性 | 入学時諸費用38万円は年間月謝総額36万円を上回っており、入学し得る地位を取得するための対価として著しく高額である |
本判決は、これらの事情を総合して次のとおり述べました。
本件スクールの入学時諸費用について、本件スクールに入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有する金員であると認めることはできない。
Yの主張②「履行済み債務に対応するものにすぎない」
Yはまた、入学時諸費用について「Yが受講生に対して負担する債務の履行を終えている部分の経済的利益を受講生に返還しないとの当然の事柄を規定しているにすぎず、解除に伴う損害賠償額の予定・違約金条項には該当しない」とも主張しました。
しかし、本判決は次のとおり判断しました。
一審被告が主張する費用等の中には、教材費のように、一審被告が受講生に対して教材を交付することにより一審被告の受講生に対する債務が履行されたとみられるものが存在する一方で、C社に対する手数料を始めとして、入学対応のための人件費、入学対応のための賃料及び光熱費等のように、個々の本件受講契約の締結の有無とは関わりなく支出されると認められるものが複数存在することが認められ、これらについては、個々の本件受講契約ごとに債務の履行の有無を判断することはできず、それらの費用に関して一審被告の受講生に対する債務が履行済みであるということはできない。
以上の検討を踏まえ、本判決は、本件不返還条項が「本件受講契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するもの」と認定しました。なお、原審は入学時諸費用のうち12万円については権利金的性質を認めていましたが、本判決はこの判断を維持することができないとして原審を変更しました。
争点③——平均的な損害の額はいくらか
消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額」とは、同種の消費者契約の解除に伴い事業者に生ずる損害の額の平均値をいいます。本判決は、解除との間に相当因果関係が認められるもの、すなわち「受講生の入学に伴い本件受講契約上の義務を履行するために必要となった経費(入学に伴う必要経費)」が平均的な損害に含まれると判示しました。
各費用項目に対する裁判所の判断は、以下のとおりです。
| 費用項目 | 1人当たりの金額 | 判断 | 主な理由 |
|---|---|---|---|
| F社への業務委託費用(入学時諸費用分) | 1万5,000円 | 認容 | 入学時諸費用1件につき1万5,000円の支払が契約書上確認され、個々の受講契約との関係で支出が必要な入学に伴う必要経費といえる |
| 劇団Gへの業務委託費用(入学手続事務) | 2万円 | 認容 | 入学手続全般の事務委託費として入学1件につき2万円と定められており、個々の受講契約に直接対応する必要経費といえる |
| 宣材写真撮影委託費用 | 2,516円 | 認容 | 入学に伴い個々の受講生ごとに写真撮影が予定されており、入学に伴う必要経費に当たる |
| 教材費 | 595円 | 認容 | 当事者間に争いがない |
| 入学に伴う人件費(入学対応・オリエンテーション関連) | 2万4,556円 | 認容 | 入学申込・オリエンテーション等の手続きに伴い発生する事務の人件費であり、個々の受講契約との関係で支出が必要となる必要経費に当たる |
| C社への手数料 | 31万3,888円 | 否定 | 個々の受講契約ごとに支払義務が発生するとの客観的証拠がなく、個々の受講契約の解除と相当因果関係のある損害とは認めることができない |
| 入学対応のための賃料 | 1万1,077円 | 否定 | 本件スクールの校舎として賃借している建物の賃料であり、個々の受講契約の締結の有無にかかわらず生ずる費用である |
| 光熱費 | 1,617円 | 否定 | 各校舎で生じた光熱費であり、個々の受講契約の締結の有無にかかわらず生ずる費用である |
| ローン会社への保証金 | 2,507円 | 否定 | ローン利用者は入学者の4分の1以下にすぎず、受講契約の解除によって類型的に生ずる損害とはいえない |
| 履行利益(残期間分月謝) | — | 否定 | 受講生が解除した場合に、当初の就学予定期間全部にわたって月謝が支払われる蓋然性があったとは認め難い |
本判決は、平均的な損害として認められる費用の合計が6万2,667円となることを示した上で、次のとおり結論を述べました。
本件不返還条項に関し、本件受講契約の解除に伴い一審被告に生ずべき平均的な損害に含まれるものとして、①F社に対する業務委託費用(1万5000円)、②劇団Gに対する業務委託費用(2万円)、③宣材写真撮影委託費用(2516円)、④教材費(595円)及び⑤入学に伴う人件費(2万4556円。以上合計6万2667円)が認められるところ、これらのうち、①及び②を除く費用については、年度によって金額に増減が生じ得るとしても、本件受講契約の解除に伴い一審被告に生ずべき平均的な損害の額は、7万円を超えるものではないと認めるのが相当である。
その結果、本判決は、入学時諸費用38万円のうち7万円を超えて返還しない部分が無効であると判断し、Yに対して差止めを命じました。原審が「13万円超の部分」を無効としたのに対し、本判決では「7万円超の部分」が無効とされており、消費者保護の範囲が拡大した形となっています。
争点④——差止請求権の行使は権利濫用か
本判決は、Xによる差止請求権の行使が信義誠実の原則違反又は権利の濫用に該当するとは認められないと判断しました。
コメント
本判決の意義
①「権利金的性質」の主張が認められなかった意義
本件の事業者が主張した「入学時諸費用は本件スクールに入学し得る地位を取得するための対価(権利金)である」という議論は、大学の入学金を対象とした最高裁判決(最二小判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁)の考え方を類推したものでした。
しかし、本判決は、法令による規制・監督がなく、入学時諸費用が月謝総額を上回る高額な設定であるといった事情に照らし、芸能人養成スクールについては大学の入学金と同様の論理を適用することはできないと明確に判断しました。
この判断は、各種習い事・民間スクールや資格取得スクールなどが「入学金」や「登録料」等の名目で受講開始時に高額の費用を徴収しつつ不返還条項を設けている場合に、同様の議論が及ぶ可能性を示唆するものと評価できます。
②「個々の契約と関わりなく支出される費用」は平均的な損害に含まれない
本判決は、費用項目ごとに「個々の受講契約の締結の有無と関係なく生ずる費用」と「個々の受講契約との関係で支出が必要となる費用(入学に伴う必要経費)」とを区別し、前者は「平均的な損害」に含まれないと判示しました。
特に注目されるのは、入学時諸費用の約82%を占めるC社への手数料(31万3,888円)が平均的な損害に含まれないと判断した点です。同費用については、個々の受講契約ごとに支払義務が発生するとの客観的証拠が不十分であるとされました。
この判断は、事業者が入学時費用に含める各費用について、受講契約の締結・解除との個別の因果関係を客観的証拠によって裏付けることの重要性を示しています。
事業者に求められる対応
本判決を踏まえると、芸能人養成スクールをはじめ、入学時・登録時に高額の費用を受領し不返還条項を定めている事業者は、以下の点を検討することが有益です。
| 対応事項 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 入学時費用の内訳の精査 | 各費用項目が「個々の受講契約の締結・解除と相当因果関係のある損害」といえるかどうかを、客観的証拠を踏まえて確認する |
| 不返還金額の見直し | 消費者契約法9条1号の「平均的な損害の額」を超えて返還しないとする部分は無効となるため、返還しない額がその範囲内に収まるよう条項を設計し直す |
| 費用内訳の明示 | 返還しない費用の根拠・金額・理由を契約書・約款・学則に明確に記載する |
| 定期的な費用の検証 | 費用の実態や金額が変化した場合、条項が「平均的な損害の額」の範囲内にとどまっているかを定期的に確認する |
特に、本判決が示したように、「費用を支出している」という事実だけでは不十分であり、「個々の契約の締結・解除と個別に対応する費用である」ことを客観的証拠で示すことが必要な点に留意する必要があります。この点を精査せずに高額の入学時費用を不返還とする条項を設けたままにしていると、適格消費者団体から差止請求を受けるリスクがあります。
また、受講生・保護者の立場から見ると、入学時に支払った費用が不当に高額な不返還条項によって返還されていない可能性もあります。退学や除籍にあたって入学時費用の返還を拒まれたケース、あるいは現在の契約条項の適法性に疑問を感じるケースでは、消費者契約法の適用可能性も含め、早めに専門家に相談されることが有益です。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

