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年次有給休暇の時季変更権—行使時期の「合理的期間」と恒常的要員不足の判断基準(東京高裁令和6年2月28日判決))

はじめに

年次有給休暇(以下「年休」といいます。)の取得促進は、近年の労働政策における主要な課題です。労働基準法(以下「労基法」といいます。)は、原則として労働者が指定した時季に年休を付与することを使用者に義務付ける一方、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、使用者が時季を変更できる権利(時季変更権)を認めています(労基法39条5項)。

では、使用者は、いつまでに時季変更権を行使しなければならないのでしょうか。また、要員が慢性的に不足している状況でも、時季変更権を行使することはできるのでしょうか。

今回のコラムでは、東海道新幹線の乗務員による年休申請に対して使用者(JR東海)がした時季変更権の行使が争われた事案の控訴審判決(東京高等裁判所第15民事部・令和6年2月28日判決・令和5年(ネ)第2385号、同第4233号)を取り上げます。

本判決は、①時季変更権の行使時期に関する「合理的期間」の考え方と、②恒常的な要員不足の状態での時季変更権行使の可否について、実務上参考となる判断を示しています。

事案の概要

東海旅客鉄道株式会社(以下「Y社」といいます。)は、東海道新幹線等の旅客鉄道事業を営む株式会社です。Y社の東京第一・第二運輸所に在籍し、東海道新幹線の乗務員として勤務していた6名(以下「X6名」といいます。)は、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの期間(以下「本件期間」といいます。)に年休を申請したところ、Y社から時季変更権を行使されて就労を命じられました。

X6名は、Y社による時季変更権の行使が労働契約に反するものであるとして、労働契約上の債務不履行に基づく損害賠償(慰謝料)を求める訴えを提起しました。

Y社では、年休の管理について以下の制度・運用が設けられていました。

制度・運用内容
年休順位制度前々月末日に無作為抽出の方法で年休取得の優先順位を決定し、所内に掲示して周知
時季指定の手続乗務員は原則として前月20日までに年次有給休暇申込簿に希望日を記入・届出
勤務指定表の発表Y社は前月25日に当月分の勤務割(公休・特休・年休の確定を含む)を発表
日別勤務指定表勤務日の5日前に発表され、この時点で時季変更権行使の有無が最終確定
連続休暇制度・特認休暇制度連続休暇や冠婚葬祭等の特定事由による年休については、勤務指定表発表時点で年休が確定

また、乗務員に指定される行路には、定期列車の乗務を担当する定期行路と臨時列車等の乗務を担当する臨行路等があり、乗務員は月ごとに定期行路担当(交番担当乗務員)と臨行路等担当(予備担当乗務員)を交互に割り当てられていました。

原審(東京地方裁判所令和5年3月27日判決)は、Y社による時季変更権の行使が不当に遅延したこと、および恒常的な要員不足の状態で時季変更権が行使されたことを理由に、Y社に対して慰謝料の支払を命じました。これを不服としてY社が控訴し、X6名も附帯控訴を提起した事案です。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①年休申込簿への記入・届出により、年休の時季指定の効力が生じるか
争点②勤務日5日前の日別勤務指定表による時季変更権の行使は、不当に遅延したものとして労働契約上の債務不履行を構成するか
争点③年休使用日を公休または特休に指定することは、労基法39条5項の要件を満たさないものとして債務不履行を構成するか
争点④時季変更権の行使に際し、代替要員確保のための配慮義務を怠ったとして債務不履行を構成するか
争点⑤恒常的な要員不足の状態のまま時季変更権を行使したことが債務不履行を構成するか
争点⑥乗務員の1名(X4)の年休申込簿への記入を届出がないものとして扱い、同人に年休を取得させなかったことが債務不履行を構成するか

裁判所の判断

裁判所(東京高等裁判所)は、X6名の請求をいずれも理由がないと判断し、原判決中のY社敗訴部分を取り消してX6名の請求を棄却しました。以下、主要な争点ごとに判断内容を紹介します。

争点①:時季指定の効力発生時期

裁判所は、年休の時季指定による就労義務の消滅という法律効果は、年休使用日について就労義務があることを前提とするものであるから、勤務指定表の発表によって就労義務の内容が確定して初めて生じると判断しました。

年休申込簿への記入・届出は、先行して希望日を伝えるものですが、その時点では時季指定権行使の法的効力は発生しないとされました。この点は、原審の判断と同旨です。

争点②:時季変更権の行使時期の合理性

(基本的な考え方)

裁判所は、まず時季変更権の行使時期に関する一般的な基準を次のとおり示しました。

「使用者が、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えて、不当に遅延して行った時季変更権の行使については、労働者の円滑な年休取得を合理的な理由なく妨げるものとして信義則違反又は権利濫用により無効になる余地があるものと解される。そして、使用者の無効な時季変更権の行使によって労働者が年休を取得できなかった場合、使用者は労働者に対し、労働契約上の債務不履行責任を負うことになる。」

その上で、本件の勤務日5日前の時季変更権行使が「合理的期間内」といえるかどうかを、以下の事情を総合考慮して判断しました。

(本件における判断)

裁判所は、次の諸事情を踏まえ、勤務日の5日前に時季変更権を行使したことは合理的期間を超えるものではないと結論づけました。

考慮事情具体的な内容
社会的使命鉄道事業法の規律のもと、東海道新幹線は日本の社会・経済を支える基幹的輸送手段であり、Y社には需要に応じた運行確保という社会的使命が強く期待されていた
人員補充の困難性乗務員には特別の資格(運転士は約10か月の養成期間を要する)が必要であり、柔軟・迅速な人員補充が類型的に困難であった
需要予測の困難性旅客需要の変動が大きく、月別の臨時列車等の本数は0本から80本と幅が広いなど、勤務指定表の発表時点(1か月以上前)での正確な需要予測が困難であった
乗務員調整の複雑性1本の臨時列車設定に複数の乗務員の行路変更が伴うことが多く(設定された臨時列車等353本のうち242本、すなわち約7割で追加乗務員が必要となった)、乗務員の調整作業に一定の時間を要した
運用の継続性と周知勤務日5日前の時季変更権行使という運用はY社の設立以来続いており、乗務員も認識していた
乗務員側の不利益の限定性連続休暇制度・特認休暇制度の対象となる年休は勤務指定表発表時点で確定しており、また年休使用日が公休・特休に指定されて就労義務が免除される場合もあった(本件期間中、一審原告らについてこのような年休使用日は年度ごとに8〜21日存在した)

「本件期間において、一審被告が勤務日の5日前に時季変更権を行使したことについては、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えてされたものということはできない。」

また、令和2年1月以降、Y社が前月25日の勤務指定表発表時に時季変更権行使を完了する運用に改めたことについては、ノウハウの蓄積による需要予測精度の向上や新幹線運行管理システムの改修による作業の効率化によるものであり、本件期間当時においては同様の運用が困難であったとして、本件期間中の行使時期の合理性を左右するものではないと判断しました。

争点③:年休使用日への公休・特休の指定

裁判所は、公休・特休と年休はともに労働者の心身の疲労を回復させ休息を確保するために設けられた制度であること、また公休・特休も有給で就労義務が免除されるという効果の点で年休と異なるものではないことなどを踏まえ、年休使用日に公休または特休を指定することは労基法39条5項に違反しないと判断しました。

「公休や特休は、有給で就労義務を免除されるという効果の面でも年休と異なるものではなく、年休使用日が公休又は特休に指定されることが労働者に実質的な不利益を被らせるものとは考え難いことを考慮すると、年休使用日に公休や特休を指定することが労基法39条5項に違反するものとは解されない。」

争点④:配慮義務違反の有無

裁判所は次の判断枠組みを示しました。

「使用者が通常の配慮をすれば代替勤務者を確保して勤務割を変更することが客観的に可能な状況にあるにもかかわらず、使用者が通常の配慮をしなかった場合には、時季変更権の行使は違法となる。」

しかし、使用者が配慮としてみるべき具体的行為を現実に行ったかどうかが時季変更権行使の要件となるものではないとも付け加えています(最高裁昭和62年7月10日判決・民集41巻5号1229頁、最高裁平成元年7月4日判決・民集43巻7号767頁参照)。

本件では、Y社は前月20日までの時季指定権行使に対して代替要員確保のための調整を行っていたものの、指定どおりに年休を付与すると東海道新幹線の正常な運行が不可能となったことから、代替勤務者を確保することが客観的に可能な状況にあったとはいえないと判断し、配慮義務違反を否定しました。

争点⑤:恒常的要員不足下での時季変更権行使

(一般的な判断基準)

裁判所は、次のとおり一般原則を示しました。

「使用者が恒常的な要員不足状態に陥っており、常時、代替要員の確保が困難な状況にある場合には、たとえ労働者が年休を取得することにより事業の運営に支障が生じるとしても、それは労基法39条5項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらず、そのような使用者による時季変更権の行使は許されないものと解するのが相当である。」

この一般論自体については、学説でも異論がないところです(荒木尚志ほか編『注釈労働基準法・労働契約法(1)』607頁〔野田進〕、菅野和夫『労働法〔第12版〕』567頁、荒木尚志『労働法〔第5版〕』248頁)。

(本件への当てはめ)

しかし、裁判所は、以下の事情を踏まえ、本件においてY社が恒常的な要員不足の状態にあったとは認められないと判断しました。

年度恒常的要員不足を否定した主な事情
平成27年度・配置人員が基準人員を大きく下回った事実が認められない
・臨行路等に要した乗務員数は年度当初の想定を下回った
・乗務員の年休平均取得実績がいずれの運輸所も平均20日を超えた
平成28年度・配置人数が基準人員を5%以上下回る状態が継続した期間は2か月以下にとどまる
・少なくとも年度の前半には配置人数に比較的余裕があった
・年度途中で年度当初の予測を超える乗務員の大幅な減少が生じたにもかかわらず、Y社は運転士資格保有者の追加転入など、迅速・柔軟な人員補充が困難な事情の中でできる限りの対応を講じた

なお、裁判所は、類似する他の裁判例(東京高判平成12年8月31日・労判795号28頁、金沢地判平成8年4月18日・判タ925号198頁)における考え方とも整合する判断をしています。また、Y社の同種事案については、大阪地判令和5年7月6日・労判1294号5頁およびその控訴審である大阪高判令和6年5月16日・LEX/DB(文献番号25620059)も同様の判断を示しています。

争点⑥:届出の不処理(X4)

裁判所は、Y社担当者が年休申込簿への記入を届出がないものとして扱った点について、労働契約上の債務不履行を認めました。しかし、この不履行によってX4の年休が失効したとはいえず、年休使用日の予定をキャンセルしたなどの具体的な損害を認めるに足りる証拠もないとして、慰謝料等の損害の発生を否定しました。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、時季変更権の行使について、実務上参考となる二つの判断基準を具体的な事実関係のもとで示した点で意義があります。

(1)時季変更権の「合理的期間内の行使」という基準

時季変更権の行使時期に明示的な法的規制はありません。しかし、本判決は、事業の正常な運営を妨げる事由の存否を判断するのに必要な合理的期間を超えた遅延は信義則違反または権利濫用として無効になりうるという基準を明示しました。使用者は、時季変更権を行使するか否かを、できる限り早期に判断・通知する必要があります。

本件では、勤務日の5日前という行使時期が合理的期間内と認められましたが、これはY社の業務の特殊性(旅客需要の大幅な変動、臨時列車の機動的設定の必要性、乗務員の専門資格の要件、複雑な行路調整の必要性)が前提となっています。他の業種・職種においては、同じ「5日前」という時期が当然に適法とはなりません。

(2)恒常的要員不足の認定基準

「恒常的要員不足」の状態にあるか否かは、①配置人数と基準人員との乖離の程度・継続期間、②年休取得実績、③代替要員確保のための具体的な対応措置の有無、などを総合的に検討して判断されることが明らかになりました。

単に年休の取得割合が低いことや、年度の一部において配置人数が基準人員を下回ることだけで、恒常的要員不足が認定されるわけではありません。

2 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業が時季変更権を適法に行使するためには、以下の点に留意することが有益です。

(1)時季変更権の行使時期の早期化と明確化

時季変更権は、年休使用日が近づくほど労働者の計画への影響が大きくなります。労働者が休暇の計画を立てやすくなるよう、自社の業務特性を踏まえた上で、できる限り早期に時季変更権の行使を完了させる手続を整備することが重要です。

特に、本件では、Y社が令和2年1月以降に時季変更権行使時期を「勤務指定表発表時(前月25日)」に前倒しした点が着目されます。この改善ができたのは、ノウハウの蓄積とシステム改修による効率化があったからです。自社においても、業務フローの見直しやITシステムの活用により、時季変更権の行使時期を前倒しできる余地がないか検討する価値があります。

(2)年休取得を前提とした人員計画の策定

恒常的要員不足の状態での時季変更権行使は許されません。これは裏を返せば、使用者は、労働者が年休を取得できるよう、適正な人員配置を行う義務を負うと評価することもできます。

厚生労働省は、2019年4月施行の労基法改正(年5日の年次有給休暇の確実な取得義務)に関連して、企業が年休取得促進に向けた取組を行うための指針を公表しています(厚生労働省「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」https://www.mhlw.go.jp/content/000463186.pdf)。この資料では、計画的付与制度の活用や年休管理簿の整備といった具体的な取組が紹介されており、人員体制の整備と組み合わせて活用することが有効です。

具体的には、①必要人員数の算出に際して年休取得日数を考慮した人員数を確保すること、②配置人員が基準を下回った場合には速やかな補充措置を検討すること、③代替要員の確保手続(休日勤務申込・応募募集、他部署・他事業所からの応援体制など)を制度化しておくことが求められます。

(3)年休管理手続の適正な運用

本件の争点⑥で問題となったように、年休申込書の受付処理が適切に行われないという事務上のミスが後の紛争の端緒となることがあります。申請の受付・記録・回答の手続を明確にし、担当者が変わっても適切に処理されるよう、マニュアルの整備や複数人によるチェック体制を設けることが重要です。

(4)労使間の情報共有と協議のプロセスの記録

本判決では、Y社が計画的な休日勤務指定の内容を事前に労働組合に説明していたこと、また労働組合からの要望により休日勤務指定の増加が困難であったことなどの事実が、Y社の対応の合理性を支える事情として認定されました。労使間の協議内容を適切に記録・管理しておくことは、後の紛争予防の観点からも有効です。

3 今後の実務への影響

本判決は、東海道新幹線という特殊な事業環境のもとでの事例判断です。もっとも、時季変更権の行使時期に関する「合理的期間」の考え方や、恒常的要員不足の判断枠組みは、他の業種・事業においても参考になります。

鉄道・航空・医療・介護・警備など、代替要員の確保が難しく公共性が高い事業を営む企業においては、本判決の判断枠組みを参考にしながら、自社の年休管理制度の適法性を確認することをが有益です。

また、年次有給休暇については、2019年4月施行の労基法改正により、使用者は10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年5日の年次有給休暇を確実に取得させることが義務付けられています(労基法39条7項・8項)。時季変更権の適法な行使と年5日取得義務の履行は、いずれも企業にとって対応が不可欠な課題です。詳細は厚生労働省の年次有給休暇取得促進に関するページ(https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/yukyu01_00001.html)もご参照ください。

 

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。