職場におけるパワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)が社会問題として定着し、企業には適切な相談窓口の設置や事実調査の実施が求められています。しかし、実際にハラスメントの申告を受けた場合、「誰が」「どのように」調査を行えばよいのかという点は、多くの企業にとって悩みの種です。
特に問題となるのが、自社の顧問弁護士に調査を依頼することの適否です。顧問弁護士は日頃から会社側の立場で助言を行う存在であるため、「会社寄りではないか」「中立・公平な調査ができるのか」という疑問が生じます。
東京地裁令和元年11月7日判決は、税理士法人の顧問弁護士が行ったパワハラ調査の中立性・公平性が争われた事案です。裁判所は、調査報告書の信用性を認めて懲戒処分を有効とする一方、調査対象とならなかった事由を懲戒理由に加えることは許されないとも判示しており、ハラスメント調査の実務における重要な指針を示しています。
本コラムでは、上記東京地裁判決について、概要を紹介いたします。
事案の概要
当事者と職場環境
被告は税務業務を行う税理士法人(以下「会社」といいます。)です。原告は平成27年11月から会社の人事部課長として勤務していました。
人事部には、平成29年4月から原告の上司としてA部長が着任し、顧問のD、課長である原告、原告の部下のパート社員E、およびC(韓国籍の女性)という体制でした。
ハラスメント申告と調査
平成29年6月15日、会社のコンプライアンス室が、原告によるパワーハラスメントについて匿名の通報を受けました。一方、同年7月11日には、原告自身が、A部長から受けたパワーハラスメントについてコンプライアンス室に通報しました。
会社は、両方の申告を受け、顧問弁護士であるB弁護士に対し、原告およびA部長によるパワーハラスメントの有無と評価について調査(以下「本件調査」といいます。)を依頼しました。B弁護士は、人事部の関係者のみならず、隣接する部署の従業員を含む複数名に対して事情聴取を行い、同年7月28日付けで調査報告書(以下「本件報告書」といいます。)を作成しました。
懲戒処分の内容
会社は、本件報告書を踏まえ、平成29年8月15日、原告に対し訓戒の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」といいます。)を行いました。懲戒理由とされたのは、次の2点です。
①パワーハラスメント(就業規則79条18号)
Cの国籍に関する差別的言動、席の横に立たせての叱責、フロア全体に聞こえる大声での叱責②みだりに職場を離れた行為(就業規則79条8号)
遅刻が多いこと、出社後20〜30分間トイレで化粧をしていたこと
原告の主張
原告は、本件懲戒処分の無効確認と損害賠償200万円を求めて提訴しました。原告は、調査の中立性について、B弁護士が会社の顧問弁護士であること、およびA部長によるハラスメントはすべて否定され、原告によるハラスメントはすべて認定されたという結果の偏りを根拠として、本件報告書は公平性を欠き信用できないと主張しました。
争点
本件の主な争点は以下の3点です。
争点① 本件懲戒処分の無効確認を求める訴えに確認の利益があるか
争点② 本件懲戒処分は有効か(懲戒事由の存否・調査の中立性等)
争点③ 会社による不法行為の成否および損害額
本コラムでは、ハラスメント調査の実務に直結する争点②を中心に解説していきます。
裁判所の判断
争点①:訴えの却下
裁判所は、懲戒処分の無効確認を求める訴えを却下しました。処分後も原告の役職は課長のまま変わらず、給与上の不利益も生じていませんでした。また、懲戒処分から1年以内に再び懲戒事由があれば一段階重い処分とする就業規則の規定(82条)の適用期間も既に経過していたため、現時点での具体的な不利益が認められないとして、確認の利益を欠くと判断されました。
争点②:本件懲戒処分の有効性(顧問弁護士による調査の中立性・信用性)
本争点の中心的な問題は、顧問弁護士が行った調査に中立性・公平性があるかという点です。
裁判所は、本件調査の実施方法を詳細に検討した上で、次のとおり判示しました。
「B弁護士による調査が中立性、公平性を欠くというべき具体的な事情は窺われず、また、上記のとおり本件調査における調査は、複数の部署にわたる被告の従業員から事情を聴取して行われており、人事部における人間関係にとらわれない調査方法が用いられているということができる。さらに、本件報告書の記載内容は、詳細かつ具体的である上、事実認定に至る過程に特段不自然・不合理な点は認められない。」
すなわち、裁判所が中立性・信用性を認めた根拠は以下の点にあります。
・B弁護士は、依頼を受けるにあたり会社から調査内容についての意見を聴取することなく独自に調査を開始した
・人事部の関係者のみならず、隣接する部署の従業員も含む複数の従業員から事情聴取を行い、特定の人間関係に偏らない調査方法をとった
・報告書の記載は詳細かつ具体的であり、事実認定の過程に不自然・不合理な点がない
原告は「A部長のハラスメントがすべて否定され、自分のハラスメントがすべて認定されたのは不公平だ」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。多数の従業員が虚偽の供述をすることは考え難く、また、Cと親しい関係にあるとは認められない他部署の従業員からも聴取が行われていたことが、この判断を支えています。
争点②:本件懲戒処分の有効性(パワーハラスメントの認定)
(国籍に関する差別的言動)
B弁護士の調査では、原告がCに対し「そんな指示はしていない」と叱責した際、「あなた何歳のときに日本に来たんだっけ?日本語分かってる?」と発言した事実が認定されました。裁判所は、
「本件発言は、その発言内容そのものが相手を著しく侮辱する内容であり、また、Cが日本国籍を有しない者であることからしても、同人に強い精神的な苦痛を与えるものというべきである。そうすると、上記発言は、原告が部下であるCに対し、職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与えたものとして、被告の就業規則79条18号所定のパワーハラスメントに当たるというべきである。」
と判示し、就業規則79条18号のパワーハラスメントに該当すると認定しました。
(注意の態様)
Cを席の横に立たせた状態での叱責、人事部全体に聞こえる大声での執拗な叱責、および叱責後にCが泣いていた事実についても、裁判所は次のとおり判示しました。
「本件報告書において認定された……行為の態様、原告の行為後にCが泣いていたことなどの事情に照らせば、原告のCに対する注意については、職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与え、又は職場環境を悪化させる行為をしたものとして、被告の就業規則79条18号所定のパワーハラスメントに当たるというべきである。」
すなわち、叱責の内容だけでなく、その態様(席の横に立たせる・大声・繰り返し)と結果(Cが泣いていた事実)を総合して、パワーハラスメントに該当すると判断されました。
争点②:本件懲戒処分の有効性(調査対象外の事由は懲戒理由にならない)
本件で特に注目されるのが、遅刻・トイレでの化粧を懲戒理由に加えることの可否です。会社はこれらも懲戒事由として主張しましたが、裁判所は、次のとおり否定しました。
「これらの事実については、原告に対して釈明又は弁明の機会が付与されたものとは認められず、これらを本件懲戒処分の基礎とすることは相当ではない。」
本件調査はパワーハラスメントの有無に特化したものであり、遅刻やトイレでの化粧については調査が行われず、原告に弁明の機会が与えられていませんでした。よって、これらは懲戒処分の根拠とすることができないとされました。
争点②:本件懲戒処分の有効性(弁明の機会の付与)
会社の就業規則は「懲戒を行う場合は、事前に本人の釈明、又は弁明の機会を与えるものとする」と定めていました。原告は、B弁護士からのヒアリングを受けただけで懲戒権者(会社)への弁明機会が与えられていないと主張しました。
裁判所は、この主張を退けました。就業規則は弁明機会の「方法」を定めておらず、B弁護士の調査でのヒアリングが釈明の機会の付与として適切であるとして、次のとおり判示しました。
「本件懲戒処分に先立ち行われた本件調査は、法的判断に関する専門的知見を有し、中立的な立場にあるB弁護士が、被告から依頼を受けて行ったものであるから、釈明の機会の付与の方法として適切な方法がとられたということができ、被告の就業規則において必要とされる手続が履践されたというべきである。」
すなわち、第三者としての中立性と専門的知見を有する弁護士によるヒアリングは、会社への直接の弁明に代わる適切な方法として認められました。手続上の瑕疵はないとされました。
企業に求められる対応
顧問弁護士への調査依頼は「独立性」の確保が前提
顧問弁護士による調査であっても中立性・公平性が認められ得ることを示しました。最も、その前提は、弁護士が会社の意向を受けることなく独立して調査を実施した点にあります。調査依頼の際には、調査の方針や結論について会社が意見を述べないことを明確にし、弁護士が独自の判断で進めることができる体制を確保することが不可欠です。
また、実務的には、調査については、顧問弁護士以外の弁護士に依頼し、その調査結果を踏まえた懲戒処分の検討段階から顧問弁護士に相談するという運用も多く、最近ではむしろ後者の進め方の方が主流になっている印象です。
いずれにしても、企業としては、調査の中立性・独立性が確保される形で調査を実施することが求められます。
調査対象は広く設定する
また、裁判所が本件調査の信用性を認めた大きな要因は、人事部の関係者だけでなく、隣接する部署の従業員からも事情聴取が行われた点にあります。対象者を当事者やその周囲の一部に限定してしまうと、偏りがあるとみなされるリスクがあります。やみくもに広く設定すればいいというものではありませんが、第三者的に見て、客観性が担保されていると考えられる範囲で調査対象を設定することが求められます。調査方針の設計・検討段階から、当事者以外の客観的証人を幅広く確保することが大切です。
懲戒処分の根拠は「調査・弁明の対象とした事由」に限定する
本判決が調査の対象とならなかった事実(本件では遅刻・化粧)は、懲戒処分の根拠として用いることができないとした点も重要です。当然のことではありますが、懲戒処分を行う際は、処分の根拠とする事由をあらかじめ調査・ヒアリングの対象に含め、本人に弁明の機会を与えておくことが求められます。特に複数の問題行為を一括して処分する場合は、すべての事由について調査と弁明機会の付与の対象とされているか、確認することが大切です。
就業規則の内容を踏まえ対応する
裁判所は、弁明機会の付与について、懲戒権者への直接の申述がなくても、専門的知見を有する第三者によるヒアリングをもって足りると判断しました。もっとも、これはあくまで就業規則に方法の定めがなかったものと考えられます。就業規則に「懲戒委員会での弁明」等の具体的な方法が定められている場合は、安全サイドに立ち、その方法に従って対応することが大切です。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

