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労働時間の再算定により支店長の脳出血の業務起因性を認め、一審判決を取り消した事例(福岡高裁令和5年9月26日判決)

はじめに

脳・心臓疾患の労災認定(業務起因性)の判断において、労働時間の認定は結論を左右する論点です。同一の事案について、一審と控訴審で労働時間の認定が分かれ、業務起因性の結論が逆転することもあります。

今回のコラムで紹介する福岡高裁令和5年9月26日判決は、支店長として勤務していた従業員が会議中に右被殻出血を発症し、その後死亡した事案について、一審(福岡地裁令和4年9月9日判決)が業務起因性を否定したのに対し、控訴審が労働時間の認定を是正した上で業務起因性を認め、一審判決を取り消したものです。

注:一審の福岡地裁令和4年9月9日判決については、こちらのコラム(「支店長の接待ゴルフ・会食等の労働時間該当性と業務起因性」)を参照ください。

本判決は、労働時間認定の細部が認定基準該当性を左右し、ひいては業務起因性の結論を分け得ることを示しており、企業の人事・労務ご担当者にとって、労働時間の記録・管理のあり方を考えるうえで参考になる事例です。

事案の概要

本件は、全国に支店を展開する情報通信関連会社(以下「本件会社」といいます。)の岡山支店で支店長を務めていた亡Cが、平成26年4月3日、本件会社中国支社で開催された施策検討会議に出席中、右被殻出血(以下「本件疾病」といいます。)を発症し、緊急開頭血腫除去手術等を受けたものの、平成28年3月24日に死亡したことを受け、亡Cの妻である控訴人が、岡山労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金等を請求した事案です。

処分行政庁は、本件疾病の発症は業務に起因するものと認められないとして、遺族補償給付を支給しない旨の処分(以下「本件処分」といいます。)をしました。控訴人は、これを不服として本件処分の取消しを求めて提訴しましたが、一審(福岡地裁令和4年9月9日判決)は、控訴人の請求を棄却しました。控訴人は、一審判決を不服として控訴を提起し、控訴審では、主として労働時間の認定の当否が争われました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①一審が認定した労働時間(ipad記載の取扱いおよび特定日の始業・終業時刻)に是正すべき誤りがあるか
争点②再算定後の労働時間を前提として、本件疾病の発症について業務起因性が認められるか

裁判所の判断

争点① 労働時間の認定について

裁判所は、一審の労働時間の認定について、複数の点で是正を加えました。

まず、労働時間集計表の計算方法に誤りがあった点については、被控訴人(国)も争わない旨を認めています。

次に、ipadに記載されたスケジュールの取扱いについて、裁判所は、本件支店の共有システム内に入力された本件スケジュール表の記載を補充する限度でipadの記載を参酌すべきであるとし、3日分について休憩時間を30分と認めました。

判決は、この点について、以下のように判示しています。

平成26年3月27日については、上記ipadに本件スケジュール表と同じ予定が記載されるとともに、移動時間を含めたスケジュールが記載されたと認められる……ことから、休憩時間は30分と認めるのが相当である。平成26年1月30日については、上記ipadに本件スケジュール表を補充する記載がされており、その内容も本件スケジュール表と矛盾するものではないことからすると、亡Cはipadの記載のとおりの業務を行ったと認められ……休憩時間は30分と認めるのが相当である。平成25年10月25日については、上記ipadに本件スケジュール表においては未確定であった午後の予定が確定したものとして記載され、その他の予定も本件スケジュール表と同様であると認められる……ことに照らすと、休憩時間は、移動時間等を考慮すると30分と認めるのが相当である。

さらに、裁判所は、特定日の始業・終業時刻について、運転日報、経費精算一覧(経費精算書)、取引先のスケジュール表、ipadの記載等の客観的資料を総合的に評価し、一審の認定を以下のとおり改めました。

日付一審の認定控訴審の認定
平成25年10月24日(終業時刻)本件支店(中国支社)退出時刻(午後5時32分)午後8時(支社会議後のh社との打ち合わせを労働時間に算入)
平成25年11月13日(始業時刻)本件支店への入室時刻(午前11時29分)定時の午前8時30分(c社への出張を認定)
平成26年1月17日(終業時刻)本件支店退出時刻午後11時(c社との打ち合わせが終電時刻近くまで及んだと認定)
平成26年3月26日(始業時刻)午後3時42分午前8時30分(運転日報および経費精算書からg施設への出張を認定)

平成25年11月13日については、判決は、以下のとおり判示しました。

亡Cが使用していたipadには本件スケジュール表と同様の記載があること……c社の担当者のスケジュール表に「来客 C支店長 Iさん 9:30~10:30」との記載があること……運転日報……によれば、同日、行先をc社として午前7時30分から午後4時まで社用車が利用され、運転手の名がIであったことなどの事実が認められ、c社までの移動距離……も併せ考慮すると、同日、亡Cは、午前9時30分にc社を訪問したと認めるのが相当であり、同日の始業時刻は、遅くとも定時の午前8時30分と認められる。

以上の労働時間の認定を踏まえ、裁判所は、本件疾病発症前6か月間の時間外労働時間数を以下のとおり認定しました(一審認定との対比を参考として併記しています。)。

期間一審認定控訴審認定
発症前1か月90時間16分97時間58分
発症前2か月(2か月平均)50時間13分(70時間14分)50時間13分(74時間05分)
発症前3か月(3か月平均)63時間07分(67時間52分)67時間37分(71時間56分)
発症前4か月(4か月平均)82時間11分(71時間26分)82時間11分(74時間29分)
発症前5か月(5か月平均)91時間07分(75時間22分)94時間06分(78時間25分)
発症前6か月(6か月平均)81時間23分(76時間22分)97時間20分(81時間34分)

なお、接待ゴルフや会食等の労働時間該当性の判断枠組みについては、業務命令またはこれと同視できるような状況がない限り労働時間とは認められないとする一審の立場が、控訴審においても維持されています。

争点② 業務起因性の有無について

裁判所は、再算定後の労働時間および労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮し、本件疾病について業務起因性を認め、一審判決を取り消しました。

裁判所は、まず量的過重性について、以下のとおり判示しました。

認定基準に照らしても、亡Cは、時間外労働の点において、発症前の長期間にわたって疲労の蓄積をもたらす加重な業務に従事していたといえる。

さらに、裁判所は、労働時間以外の負荷要因として、以下の事実を挙げました。

負荷要因内容
連続勤務発症前6か月間に、10日を超える連続勤務が5回(13日間、12日間、13日間、11日間、12日間)認められる
勤務間インターバル発症前1か月間に、勤務間インターバルが11時間未満の日が7回存在している
発症9日前の長時間労働平成26年3月25日から翌26日未明にかけて、取引先でのトラブル対応のため18時間01分に及ぶ労働が行われ、次の勤務までの勤務間インターバルは5時間程度にとどまった

他方、裁判所は、亡Cの飲酒・喫煙歴および健康診断の結果について、以下のとおり判示しました。

飲酒や喫煙についてその程度が著しいものとはいえないことなどに照らすと、これらの事情が、本件疾病が本件会社の業務に起因して発症したことを否定するに足りるものとまでは認め難い。

その上で、裁判所は、結論を以下のとおり示しました。

発症前6か月間の亡Cの時間外労働時間数が長時間であったことに加え、連続勤務及び勤務間インターバルの不足などの負荷要因があったこと、亡Cに本件疾病が本件会社の業務に起因して発症したことを否定すべき特段のリスクファクターも見当たらないことを総合的に考慮すれば、上記労働時間にはゴルフや会食の時間が一定時間含まれていること……などの事情を考慮しても、本件疾病の発症は、業務に内在する危険が現実化したことによるものと認めるのが相当であって、業務起因性が認められる。

以上により、裁判所は、本件処分を違法として原判決を取り消し、本件処分の取消しを認めました。

コメント

1 本判決の意義

本判決は、同一の事案について、労働時間の認定の是正を通じて業務起因性の結論が逆転した控訴審事例として、実務上の意義を有します。

一審と控訴審とで、接待ゴルフや会食等の労働時間該当性についての判断枠組みは共通しており、業務命令またはこれと同視できるような状況がない限り労働時間とは認められないとの立場が、控訴審でも維持されています。控訴審は、この判断枠組みを前提としつつも、個別の日の始業・終業時刻や休憩時間の認定について、運転日報、経費精算書、ipadの記載、取引先のスケジュール表といった客観的資料を丁寧に評価し、一審の認定を改めました。

その結果、発症前6か月間の平均時間外労働時間は、76時間22分から81時間34分に、発症前1か月間の時間外労働時間は、90時間16分から97時間58分に、それぞれ増加しました。これにより、認定基準が示す水準(発症前1か月間に概ね100時間、または発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働)に該当ないし近接する状況となり、連続勤務および勤務間インターバルの不足と併せて、本件疾病について業務起因性が認められる結論に至っています。

本判決は、労働時間の認定が認定基準該当性を左右し、ひいては業務起因性の結論を分け得ることを示す事例といえます。

2 企業の労務管理上、意識すべき点

本判決の判断の流れからは、企業の労務管理上、次の点を意識することが求められます。

項目対応のポイント
管理職の労働時間の客観的把握入退場記録、スケジュール表、運転日報、経費精算書、通信記録など、複数の客観的資料を相互に突き合わせて把握できる体制を整備すること
個人端末のスケジュール記録の取扱い個人が使用する端末(本件ではipad)に記載された予定についても、会社の共有スケジュール表との整合性が認められる限度では、労働時間の認定資料となり得ることを踏まえ、必要に応じて(特に個人端末を業務で使用することを認める場合には)個人端末の記録ツールについて運用ルールを整理しておくこと
出張・取引先対応時の終業時刻の把握所属拠点の入退場記録に現れにくい業務については、経費精算書、運転日報、取引先のスケジュール表等との突合せにより、終業時刻を把握できる仕組みを整えること
長時間労働が継続する場合の併行管理発症前6か月間にわたり月80時間前後の時間外労働が継続する場合、認定基準該当性が問題となり得ることを踏まえ、連続勤務や勤務間インターバルの不足についても併せて管理すること

企業としては、平時から、労働時間に関する記録・資料を事後に検証可能な形で整備しておくことが求められます。

おわりに

脳・心臓疾患の業務起因性の判断は、労働時間の認定、労働時間以外の負荷要因の評価、労働者の既往歴や生活習慣の評価など、多岐にわたる事情を総合的に検討する必要があり、企業が自ら対応するには専門的な知見を要します。とりわけ、管理職の労働時間管理、出張時や社外対応時の労働時間把握、個人端末上のスケジュール記録の取扱いといった論点は、平時の労務管理の整備状況が事後に問われる場面でもあります。

当事務所は、労災認定手続および労災民事訴訟への対応に加え、平時の労務管理体制の整備に関するご相談・ご依頼を受けております。労働時間の管理や過重労働に関してご不安な点がある場合、また、管理職の労働時間記録や出張・取引先対応に関する労働時間管理のあり方についてお悩みの場合には、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、ご連絡ください。


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