はじめに
遺言では、「全財産を相続させる代わりに、家族の生活を援助すること」など、特定の義務(負担)が付けられることがあります。このような「負担付遺言」について、受遺者(財産を受け取る相続人)が負担を履行しない場合、遺言そのものを取り消すことはできるのでしょうか。
今回のコラムでは、負担付「相続させる」旨の遺言の取消しの可否について判断した仙台高等裁判所令和2年6月11日決定(令和2年(ラ)第17号)を取り上げ、その内容と実務上のポイントを解説いたします。
事案の概要
本件は、遺言者である父が、遺言公正証書によって、全財産を長男(抗告人)に相続させるとともに、その相続の負担として、抗告人が二男(原審申立人)の生活を援助することを定めた、いわゆる負担付遺言に関する事案です。
遺言者は、D市の中学校の教師として長年勤務し、退職時には校長の職にあった方でした。
二男は、大学卒業後、しばらく司法試験の勉強を続けた後、平成元年4月に損害保険調査会社に入社しました。しかし、平成3年頃から頭痛等で病気休暇を取るなどしたのち、平成9年1月に勤務先から解雇されました。その後、平成14年12月頃から幻覚妄想の症状が現れて統合失調症と診断され、精神科への入通院を繰り返し、平成16年4月から平成21年3月までは入院していました。平成17年には、障害等級2級の障害者手帳の交付を受けています。退院後は、独居で生活し、年額約155万円の障害基礎年金を受給するようになりましたが、病状の影響で自炊が困難なため、宅配弁当や外食に頼らざるを得ず、また月額2万円程度の医療費もかかることなどから、毎月の支出は15万円から17万円に上り、年金だけでは生活を賄えない状況が続いていました(なお、平成30年4月以降は、経済的な事情等もあって再び入院しています。)。
遺言者は、二男の病状や生活状況を踏まえ、平成25年頃から、二男に対し、生活費の援助として最低でも月額3万円を送金するようになりました(医療費や家電の買い替え等が必要なときは別途加算)。平成26年10月には、遺言者は、本件遺言公正証書を作成するとともに、付言事項として、相続人らに対し、遺留分減殺請求等をすることなくお互いに助け合うよう求めました。平成28年夏頃からは、遺言者の指示を受けて、抗告人が二男への送金を代行するようになりました。
遺言者の死亡後も、抗告人は、平成29年4月までは、二男に対し月額3万円の送金を継続しました。しかし、平成29年5月以降、抗告人からの送金は止まりました。抗告人は、二男が叔父の告別式に参列できたことなどから、二男には経済的余裕があると判断して送金を停止したと主張し、節度ある支出をすれば二男は年金の範囲内で生活可能であるとも述べていました。
二男は、抗告人に対し、平成30年2月13日付け書面で、以下の合計55万円の支払を14日以内に行うよう催告しました。
| 請求項目 | 金額 |
|---|---|
| 平成29年5月から平成30年2月までの10か月分(月額3万5000円) | 35万円 |
| 故障した電話機及び冷蔵庫の買い替え費用、礼服の購入費用 | 20万円 |
しかし、相当期間が経過しても抗告人が支払わなかったことから、二男は、民法1027条に基づき、遺言の取消しを家庭裁判所に求めました。
原審(福島家裁いわき支部令和2年1月16日審判)は、抗告人には月額3万円の援助義務があり、催告後相当期間内に履行しなかったとして、遺言を取り消す旨の審判をしました。これに対し、抗告人が即時抗告をしたのが本件です。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 負担付「相続させる」旨の遺言について、民法1027条の類推適用が認められるか |
| 争点② | 本件遺言の定める負担(「生活を援助する」)の具体的な内容 |
| 争点③ | 負担の不履行について受遺者の責めに帰すべき事由があるか、また、遺言の取消しが遺言者の意思にかなうか |
裁判所の判断
争点① 負担付「相続させる」旨の遺言への民法1027条の類推適用について
裁判所は、負担付「相続させる」旨の遺言についても、民法1027条の類推適用を認めました。該当の判示部分は、以下のとおりです。
負担付遺贈については、催告後、相当期間内に履行がないときは、家庭裁判所に取消請求をすることが認められているところ(民法1027条)、本件遺言は、負担付きの「相続させる」旨の遺言であり、遺産分割方法の指定をしたもので遺贈とは異なるものの、その権利移転の効果は遺贈に類似するものであるし、遺言者の意思からすれば同条の類推適用を認めるべきである。
争点② 本件遺言の定める負担の内容について
本件遺言の定める負担は、「二男の生活を援助する」という漠然と扶養を求める文言でした。裁判所は、遺言者の生前の送金状況や二男の病状・財産管理能力の状況などを踏まえて、抗告人には、二男に対し、少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的援助をする義務があると認めました。該当の判示部分は、以下のとおりです。
また、負担の内容は、法律上の義務たり得るものであれば足りるというべきところ、上記のとおり、遺言者は、平成25年頃から、疾病の影響等もあって、障害基礎年金だけで生活していくことが難しい原審申立人に対し、最低でも月額3万円を送金してきているものであり、統合失調症で稼働することができない原審申立人に対しまとまった預金などを相続させることもできなかったわけではなかったが、原審申立人には自己の財産を管理する能力が十分ではなく、疾病等の影響で浪費してしまうおそれもなくはないため、すべての財産を抗告人に相続させる代わりに、原審申立人の存命中は少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的な援助を原審申立人にすることを法律上の義務として抗告人に負担させるというのが遺言者の意思であったと考えられる。
争点③ 抗告人の責めに帰すべき事由、及び遺言取消しが遺言者の意思にかなうかについて
裁判所は、抗告人に月額3万円の援助義務があることを認めつつも、次の事情を考慮して、現時点で抗告人が負担を履行していないことについては、抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情があり、本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものともいえないと判断し、原審判を取り消して、二男の申立てを却下しました。
考慮された事情は、以下のとおりです。
| 考慮された事情 |
|---|
| 遺言の文言が抽象的であり、その解釈が容易でないこと |
| 抗告人は、今後も一切義務の履行をしないというわけではないこと |
| 抗告人には、義務の内容が定まれば履行する意思があること |
抗告人の責めに帰すべき事由に関する判示部分は、以下のとおりです。
しかし、抗告人が原審申立人の生活を援助するための負担として、平成29年5月以降毎月3万円(本決定前の令和2年5月までで合計111万円)の支払をしていないことは、本件遺言に定める負担を履行していないものとはいえるが、抗告人には、負担の内容が具体的に示されればこれを完全に履行する意思もあり、本件遺言の抽象的文言からは、負担についての遺言者の意思解釈が必ずしも容易ではないことも考えると、現時点で、抗告人がその履行をしていないことについては、その責めに帰することができないやむを得ない事情があるといえる。
また、遺言の取消しが遺言者の意思にかなうかについての判示部分は、以下のとおりです。
遺言者は、長年に渡り闘病生活を送ってきた原審申立人の財産管理能力に疑念を抱き、原審申立人の生活を必要に応じて援助しなければならないが、一度に多額の現金を取得するなどした場合には、浪費をするなどして困窮したり、抗告人やEに扶養料を請求したりする事態になることを回避すべく、本件遺言をしたものと推認されるものであり、そのような遺言者の意思に鑑みても、抗告人に負担の不履行があるとして、今直ちに本件遺言を取り消すことが遺言者の意思にかなうものとは認められない。
コメント
本決定は、負担付「相続させる」旨の遺言について民法1027条の類推適用を認めた高等裁判所の判断として、実務上参考になります。以下では、本決定の理解を助ける前提知識も含めて、ポイントを整理します。
1 負担付遺言の「負担」とは何か ― 「条件」との違い
負担付遺言を理解するうえで、まず押さえておきたいのが、「負担」は「条件」とは異なるという点です。
条件付遺贈(たとえば「大学に合格したら〇〇を相続させる」など)の場合、その条件が成就するまで遺贈の効力は発生しません。これに対し、負担付遺贈・負担付「相続させる」旨の遺言の場合には、遺言の効力は、遺言者の死亡時にただちに発生し、受遺者(相続人)はまず財産を取得することになります。負担の履行は、財産を取得した受遺者が追って果たすべき義務として位置づけられます。
このような仕組みがとられているため、受遺者が負担を履行しなかったとしても、それだけで遺贈が自動的に無効となるわけではありません。
しかし、遺言者の通常の心情としては、受遺者に負担を果たしてもらうことを前提として財産を渡そうとしたはずですから、負担が履行されないまま放置されては、遺言者の意思が実現できない事態となりかねません。
そこで民法1027条は、相続人が催告してもなお履行がない場合には、家庭裁判所に遺言の取消しを求めることができるとし、具体的な妥当性の判断を家庭裁判所の裁量に委ねています。本決定は、この民法1027条が、負担付「相続させる」旨の遺言にも類推適用されることを明らかにしたものです。
2 取消しが認められるための視点 ― 契約解除との対比
民法1027条の取消しは、契約の債務不履行解除と類似した性質を有するものとして整理されてきました。取消しの可否を判断するにあたっては、主に以下のような視点が問題となります。
まず、受遺者の責めに帰すべき事情の存在です。単に負担が履行されていないというだけでは足りず、その不履行が受遺者側に起因するものといえる事情が求められます。
次に、不履行の程度です。未履行の部分がごく一部にとどまり、遺言が定めた負担の趣旨自体は実質的に達成されているとみられる場面では、取消しを認める必要性は乏しいと評価されます。逆に、一部の履行はあるものの、それだけでは負担の目的そのものを達成できない場合には、取消しを認める余地が生じます。
本決定も、このような視点から、抗告人の不履行の内容・程度、及び、不履行についての帰責事由の有無を具体的に検討した判断として位置づけられます。
3 抽象的な文言で定められた「負担」の内容をどう確定するか
本件で用いられた「生活を援助する」のような文言は、具体的にどの程度の援助を求めているのかが一義的には決まらない、抽象的な表現です。この場合、負担の内容は、遺言者と受益者の関係、受益者の生活の実情、遺言者の経済状況といった事情を手がかりに、遺言者が当時想定していたと考えられる援助の水準を、社会通念に照らして合理的に特定していくことになります。
もっとも、当事者間で理解が分かれる場合には、関係者だけで内容を確定することは容易ではありません。最終的には、家庭裁判所が、負担付遺言取消申立ての審判手続の中で負担の内容を具体的に認定して示す役割を担うことになります。
本決定は、負担の内容が遺言の文言から一義的には読み取りにくかったという事情を、抗告人の責めに帰することができないやむを得ない事情の一つとして評価しました。受遺者が履行すべき義務の範囲を事前に正確に把握することが難しい状況下で履行が遅延した場合には、それを直ちに「受遺者の責め」に帰することはできない、という判断です。
4 付言事項や遺産の内容も遺言者の意思を読み解く手がかりとなること
遺言者の意思の確定にあたっては、遺言書の負担に関する文言のほか、次のような事情も手がかりとなり得ます。原審および本決定は、本件においても、こうした事情を踏まえて、遺言者の意思を認定しました。
| 意思解釈の手がかりとなる事情(本件における例) |
|---|
| 遺言書の付言事項で、相続人らに対し、遺留分減殺請求等をすることなくお互いに助け合うよう求めていたこと |
| 抗告人が、本件遺言により、固定資産税評価額で3600万円を超える不動産(年間130万円程度の収益が上がる収益物件を含む)のほか、生前贈与分を含めて明らかになっているだけでも約2000万円の預金・現金を取得しており、負担の範囲(年額36万円)との間で均衡が確保されていたこと |
付言事項は、一般には法的拘束力を有しないとされていますが、遺言者が遺言全体として何を実現しようとしていたのかを読み解くうえでの参考資料となり得ます。また、遺産の規模と負担の内容との均衡も、負担の範囲を確定する際の考慮要素の一つとなり得ます。
実務上は、遺言書を作成する段階で、負担の具体的内容を明確に定めるだけでなく、付言事項を含めた遺言全体の整合性や、遺産の規模と負担との均衡にも目を配ることが、後日の紛争予防に資すると考えられます。
5 本決定の位置づけ(先例との関係)
負担付「相続させる」旨の遺言の取消しの可否について判断した先例としては、東京家裁立川支部平成30年1月19日審判が知られており(家庭の法と裁判23号115頁,小川惠「民法1027条による負担付相続させる遺言の取消しの可否」民商法雑誌157巻1号162頁以下参照)、本決定は、この問題について高等裁判所として判断を示した点に意義があるといえます。
6 実務上のポイント
本決定の判断から読み取れる実務上のポイントを、整理すると次のとおりです。
まず、負担付「相続させる」旨の遺言であっても、受遺者である相続人が負担を履行しない場合に、利害関係人が家庭裁判所に遺言の取消しを求める道は開かれています。
もっとも、取消しの可否は、不履行の事実のみで判断されるものではなく、遺言の文言、負担として定められた義務の輪郭、不履行の具体的な様相、遺言者が遺言によって実現しようとした目的、受益者が置かれた生活状況など、事案に即した諸般の事情を踏まえて判断されます。取消しを認めることが遺言者の意思に沿うのか否か、という視点から総合的に検討されるのが実務上の扱いといえます。
次に、本件のように、負担の内容が文言から直ちには読み取れない場合、受遺者が義務の範囲を事前に正確に把握することにも困難が伴います。このような事情は、帰責事由の有無を判断するにあたって考慮されることがあります。
以上を踏まえると、負担付遺言を作成する段階では、援助の金額、頻度、期間、終期など、負担の具体的内容を可能な限り明確に特定しておくことが、後日の紛争を予防するうえでの出発点となります。また、負担の履行を求める受益者の側としても、負担の内容を改めて整理したうえで催告するなど、手続の進め方に工夫する余地があります。
負担付遺言をめぐる問題は、遺言の文言解釈、負担の内容の特定、催告の方法、家庭裁判所への申立ての見通しなど、多くの専門的な検討を要する論点を含みます。判断に迷われた場合には、早い段階で弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
おわりに
負担付遺言をめぐる紛争では、遺言の文言の解釈や負担の履行の有無・程度など、専門的な判断を要する論点が多く、当事者間のみで適切に解決することが難しい場合が少なくありません。本決定のように、負担の内容が抽象的であるケースでは、紛争が長期化する傾向があります。
当事務所では、遺言書の作成、遺言執行、負担付遺言の履行・取消しの問題、これに関連する相続紛争について、これまで多くのご相談・ご依頼をお受けしてきました。負担付遺言に関してお悩みの方は、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、ご連絡ください。
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