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新聞報道による名誉毀損と取材の裏付け(名古屋地裁令和3年10月29日判決)

報道機関が事件報道を行う際、取材によって得た情報をどこまで裏付けた上で記事にする必要があるのでしょうか。

今回のコラムで取り上げる名古屋地裁令和3年10月29日判決は、日刊紙が公立病院の医師に関する記事を掲載したことをめぐり、名誉毀損に基づく損害賠償請求の可否が争われた事案です。

裁判所は、取材源が事実を明確に述べていなかったにもかかわらず、記者が推測に基づいて記事を執筆し、かつ本件病院や製薬会社への裏付け取材を行わなかったとして、名誉毀損を認めました。

報道被害は、著名人や経営者に限らず、医療従事者や公務員など、地域の報道によって社会的評価を傷つけられるリスクのある方にとっても身近な問題です。本判決は、報道機関に求められる取材水準を示したものとして、実務上の参考になります。

今回のコラムでは、上記名古屋地裁判決について、概要を解説いたします。

事案の概要

原告は、公立病院(A病院)の呼吸器・アレルギー疾患内科の部長を務める医師でした。原告は、治験補助会社をして息子の妻に賄賂(7か月分の給与相当額約94万円)を供与させたとの事実により、平成29年5月18日に第三者供賄罪で起訴されており、同月19日当時は休職状態にありました。

被告は、日刊新聞(B新聞)を発行する株式会社です。被告は、平成29年5月19日のB新聞C版朝刊の社会面に、原告に関する記事(以下「本件記事」といいます)を掲載しました。

本件記事の主な記載内容は、以下のとおりです。

記載種別内容
本件記載1見出し「委託料でキャバクラ」「参事の医師 会議費名目で流用」
本件記載2本文「病院関係者や捜査関係者によると、原告は診療科に配分された委託料を差配する立場にあり、会議費の名目でキャバクラを頻繁に利用したりして、飲食代などに費やしていたという。」
本件記載3本文原告が、院内で採用する薬を選ぶ権限を利用して製薬会社に自身の講演会を企画させ、講演料の見返りに薬の採用を決めたこともあった。また、「薬を売りたければ俺のところに言ってこい」と豪語し、「薬は売れる。僕に金が入る。病院の収益も上がる。みんながハッピーだからいいことじゃないか」とうそぶき、「僕みたいにうまくやれば、公務員でも年収5000万円以上になる」と吹聴していたとされる、などの内容。

A病院では、製薬会社から支払われる治験委託料のうち半分が病院全体の収入となり、残りの半分が治験を担当した医師グループの所属診療科に分配される取扱いがされていました。また、診療科への分配部分については、院内ガイドライン(「治験受託料の科支給及び実習謝礼の部署支給の使途について」)が定められていました。

原告は、本件記事により名誉を毀損されたとして、被告に対し、慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の合計330万円の支払を求め、訴訟を提起しました。

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか
争点②公共性及び公益目的の有無、真実性等の有無
争点③原告の損害及び額

三つの争点のうち、本件の核心は争点②、とりわけ「被告が記事の内容を真実と信じたことについて相当な理由があったか(相当性)」の判断にあります。争点①の名誉毀損性や公共性・公益目的については、双方の主張の隔たりが相対的に小さく、裁判所も比較的あっさりと判断を示しています。これに対し、相当性の有無は本件における主要な争点であり、本判決の判断内容を理解する上で特に注目すべき点です。

裁判所の判断

争点①――本件記事による名誉毀損の成否

裁判所は、名誉毀損の判断基準として、

「ある表現における事実の摘示が人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該表現についての一般的な読者の普通の注意と読み方とを基準としてその意味内容を解釈し、判断すべきものである」(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁等参照)

との枠組みをあらためて確認した上で、本件各記載を検討しました。

本件記載1・2については、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すると、

「原告が、診療科に分配される治験委託料を差配する立場にあることを利用してこれをキャバクラでの飲食等に私的に費消したとの事実を摘示するものと解される」

と判断しました。

本件記載3については、

「原告が、本件病院内で使用する薬を選ぶ権限があることを利用して製薬会社に自身の講演会を企画させ、その講演料を原告個人の収入とすることにより年収5000万円以上を得ており、そのような収入の取得方法について罪悪感を覚えていなかった事実、原告が講演料の見返りに薬剤の採用を決めたこともあった事実を摘示するものと解される」

としました。

裁判所は、これらの記載の全体について、

「一般人に対し、原告が本件病院における立場を悪用し、原告個人の収入やキャバクラでの遊興といったことに執着し、公私混同する人物であるとの印象を与え、原告の品性や信用等に対する社会からの評価を低下させるものである。」

と認定し、名誉毀損の成立を認めました。

なお、原告が本件記事の掲載前日に第三者供賄罪で起訴されていたことについては、本件記事で摘示された事実が「第三者供賄罪に係る被疑事実には含まれない治験委託料の私的流用に関する問題を取り上げるものであるから」、起訴の事実が既に読者に知られていたとしても、名誉毀損の成否に関する結論は左右されないとされました。

争点②――公共性・公益目的の有無及び真実性等の有無

公共性・公益目的について

裁判所は、本件記事が「公立病院たる本件病院に勤務する公務員であり医師である原告の資質に疑問があることを取り上げる点などに主眼があると認められる」として、公共性・公益目的をいずれも肯定しました。

しかし、この点が認められたとしても、名誉毀損責任が否定されるためには、さらに「真実性」または「真実と信じたことの相当性」が必要です。

裁判所は、以下のとおり、この点を否定しました。

本件記載1・2の真実性・相当性について

裁判所の認定によれば、E記者は、本件取材対象者(以下「本件対象者」といいます)から、①原告がキャバクラに頻繁に行っていること、②治験委託料の半分が担当診療科に分配されること、③原告が所属診療科の治験委託料を差配していたこと、④製薬会社の接待交際費の扱いが厳しくなったことから治験委託の形式にシフトしていったこと、などを聞きました。さらに、①②については捜査関係者から肯定的な反応を得たことから、治験委託料がキャバクラ等での飲食代金に流用されたと理解し、記事を執筆しました。

しかし、裁判所は、以下のように判示しました。

「本件病院における原告の地位等からして、原告には治験委託料について不正な取扱いをせずとも相当高額の収入があったと推察され、その収入を使えばキャバクラなどで飲食することも可能であったと考えられることなどからすると、E記者において本件対象者から聞いた話を信用することができると考えたとしても、上記①ないし④の話から原告が治験委託料を不正に流用してキャバクラ等を利用していた事実があったとまで推測するのは早計といわざるを得ない。」

さらに、裁判所は、

「E記者は、本件記載1及び2が推測によるものにすぎないにもかかわらず、原告が会議費名目で治験委託料を流用したことが真実であるか否かについて、本件病院や製薬会社への取材等の裏付け調査を行っていない。」

として、「本件記載1及び2は、十分な裏付け調査を経ないままに記載されたものといわざるを得ないから、真実であることの証明があったとはいえないし、被告が真実であると信じたことにつき相当な理由があったともいえない」と結論づけました。

なお、本件記事掲載後に複数の捜査幹部から「よくここまで書いてくれた」との発言があったことについても、「そのことのみをもって、本件記事が事実に即したものと認めることもできない」と述べています。

本件記載3の真実性・相当性について

本件対象者については、原告が営業時間外のキャバクラを無理やり開けさせたなど信じがたいエピソードを述べるなど、原告に対して悪感情を持っていた可能性が否定し難い状況が認定されました。

しかし、E記者は、そのような本件対象者に対して、原告の発言を聞いた具体的な日時・場所も確認せず、製薬会社関係者への裏付け取材も全く行わないまま、本件記載3の原稿を執筆しました。

裁判所は、

「このような取材及び本件記載3の作成経緯に照らすと、E記者が述べる取材状況等を考慮しても、本件記載3に係る事実を真実と認めることはできないし、被告がこれを真実であると信じたことにつき相当な理由があったともいえない。」

と述べ、本件記載3についても真実性・相当性をいずれも否定しました。

争点③――損害額

裁判所は、B新聞C版の1日当たりの発行部数が約12万部であり、その影響が大きかったと評価しました。もっとも、掲載がC版(地域版)にとどまり、全国版に比べてその範囲が限定的であること、本件記事掲載前日に第三者供賄罪で起訴されており、それによる社会的評価の低下が既に生じていたと推認されることを踏まえ、裁判所は、慰謝料を100万円、弁護士費用を10万円と認定し、合計110万円の支払を命じました。

コメント

名誉毀損の抗弁――真実性・相当性の法的枠組み

名誉毀損の不法行為責任は、①摘示された事実が公共の利害に関するものであり、②専ら公益を図る目的によるものであり、③摘示された事実が真実である(または真実と信じるにつき相当な理由がある)場合には、違法性が阻却され、損害賠償責任は生じません。この枠組みは、最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決(民集20巻5号1118頁)が次のように示しています。

「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。」

本件では、公共性・公益目的はいずれも肯定されたものの、真実性・相当性がいずれも否定されたため、被告の不法行為責任が認められました。

本判決の示す取材の相当性の水準

本判決で注目されるのは、「相当性」の判断において、以下の2点が否定された論理です。

第一に、推測に基づく記事化の危険性。本件では、取材源や捜査関係者から得た情報が、記事で断定的に記載された事実(治験委託料のキャバクラ流用)を直接裏付けるものではありませんでした。裁判所は、複数の情報をつなぎ合わせた記者の「理解」は推測にとどまるとし、その推測を裏付け取材なしに記事化することは「早計」であると述べました。「捜査関係者から肯定的な反応を得た」という事実も、相当性の根拠として十分ではないと判断されています。

第二に、裏付け取材先の選定。裁判所は、本件病院や製薬会社への取材が行われていなかった点を、相当性否定の根拠の一つとして明示しています。事実関係を確認できる機関・当事者への取材を経ることなく記事化することは、相当性を欠くと評価されるリスクがあります。

相当性判断の考慮要素

相当性の判断にあたっては、取材源の属性や信用性、得られた情報の具体性、容易に実施し得た裏付け取材の有無などが総合的に検討されるとされています(尾島明・最高裁判例解説民事篇平成14年度(上)122頁以下参照)。とりわけ、最高裁は、報道機関が犯罪報道を行う場面では、当事者への取材を含む慎重な裏付け調査を要求する傾向にあり、相当性の認定には厳格な姿勢がとられていると指摘されています(同124頁参照)。

本件においても、裁判所は、本件対象者の供述の信用性に疑問がある状況下で、本件病院や製薬会社など事実関係を直接確認し得る先への取材が行われなかった点を重視し、相当性を否定しています。

このように報道機関に対して厳格な裏付け取材が求められるのは、新聞等の報道が、不特定多数の読者に対して一方的かつ即時に情報を伝達する性質を有しており、いったん掲載された記事の影響を事後的に除去することが著しく困難であるためです。報道の対象者にとって、誤った事実が実名とともに広く流布されることは、回復し難い名誉の侵害をもたらします(神田孝夫・マスコミ判例百選〔第2版〕49頁参照。名誉毀損に関する裁判例の動向につき、升田純『名誉毀損判例・実務全書―判例分析からみる法理と実務―』72頁も参照)。本件では、地域版とはいえ1日約12万部が発行されており、報道の影響力は相当なものであったといえます。

本判決が採用した判断枠組み自体は、前掲最高裁昭和41年判決以来の確立された法理に従うものです。しかし、本判決の実務的な価値は、取材源からの情報が記事の内容を直接裏付けていない場合に、記者の推測のみで記事化することのリスクと、容易に実施可能であった裏付け取材(本件病院・製薬会社への確認)を怠ったことの評価を、具体的な事実関係に即して明らかにした点にあります。

報道被害を受けた方が損害賠償請求を検討する際、取材過程の不備をどのように主張・立証するかについて、具体的な手がかりを提供する裁判例といえます。

 


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。