本記事は令和8年(2026年)8月時点の法令(不正競争防止法ほか)に基づきます(更新)。
退職者による情報持ち出しへの対応で紹介した回転寿司チェーンの事件(かっぱ寿司事件)でも、ソフトバンクの5G情報持ち出し事件でも、刑事責任の出発点になったのは、持ち出された情報が法律上の「営業秘密」にあたるという判断でした。裏を返せば、どれほど大切な情報でも、「営業秘密」の要件を満たさなければ、不正競争防止法では守られません。
「自社の顧客名簿や技術情報は、法律で守られるのだろうか」——退職者による持ち出しや競合による不正取得に備えるうえで、まず理解しておきたいのが「営業秘密」の3要件です。情報を持ち出されても、その情報が法律上の「営業秘密」にあたらなければ、不正競争防止法による差止めや損害賠償は認められません。
ある情報が不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるためには、①秘密管理性(秘密として管理されていること)、②有用性(事業活動に有用であること)、③非公知性(公然と知られていないこと)という3つの要件をすべて満たす必要があります(2条6項)。そして、実務で最も争われるのが①の秘密管理性です。
今回のコラムでは、営業秘密の3要件の内容と実務上のポイントを、条文及び裁判例を基に、わかりやすく解説いたします。
「営業秘密」とは、どんな情報のことですか?
営業秘密とは、秘密として管理されている、事業活動に有用な、公然と知られていない、技術上または営業上の情報をいいます(2条6項)。この定義に含まれる「秘密管理性・有用性・非公知性」の3つが、営業秘密の要件です。
条文は次のとおりです。
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
この一文の中に、3つの要件が織り込まれています。
| 要件 | 条文上の表現 | 意味 |
|---|---|---|
| ①秘密管理性 | 秘密として管理されている | 秘密として管理されていると客観的に分かる状態にあること |
| ②有用性 | 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報 | 事業活動にとって役に立つ情報であること |
| ③非公知性 | 公然と知られていない | 一般に知られておらず、容易には知り得ないこと |
この定義が定める3要件(秘密管理性・有用性・非公知性)は、平成2年の改正で導入されて以降、変更されていません。3つのうち1つでも欠ければ営業秘密にはあたらないため、以下、順に見ていきます。
①秘密管理性とは?どこまで管理すれば認められますか?
秘密管理性とは、その情報を秘密として管理しようとする会社の意思(秘密管理意思)が、具体的な管理措置によって従業員などに明確に示され、従業員がそれを秘密だと認識できる状態にあることをいいます。会社が「秘密のつもりだった」と主観的に思っているだけでは足りません。
秘密管理性の要件の趣旨は、秘密として管理する情報の範囲を従業員や取引先に対して明確化することで、従業員等の予見可能性、ひいては経済活動の安定性を確保する点にあります。そして、保有者が単に主観的に秘密だと認識しているだけでは足りず、秘密管理意思が、具体的な状況に応じた合理的な秘密管理措置によって従業員等に明確に示され、従業員等がその意思を認識できる状態が確保されていることが必要です。
具体的にどのような措置が考えられるかについても、次のような例が示されています。
| 情報の形態 | 秘密管理措置の例 |
|---|---|
| 紙媒体 | 一般の情報と区分したうえで、文書に「マル秘」などの秘密表示をする |
| 電子媒体 | 記録媒体へのマル秘表示、電子データのヘッダー等へのマル秘の付記、格納場所へのアクセス制限 |
| 媒体によらない情報 | 営業秘密のカテゴリーをリスト化する、内容を文書に記載するなどして、従業員が認識できるようにする |
どの程度の措置が必要かは一律ではなく、裁判例は、情報の性質・保有形態・企業の規模などの事情を総合的に考慮して、合理的な秘密管理措置がとられていたかという観点から判断しています。
裁判例としては、大量の顧客情報が外部に流出したベネッセ顧客情報漏えい事件の刑事事件(東京高判平成29年3月21日・判タ1443号80頁)がよく引用されます。この判決は、秘密管理性が要件とされる趣旨と、その判断のポイントについて、次のように述べています。
不正競争防止法2条6項が保護されるべき営業秘密に秘密管理性を要件とした趣旨は,営業秘密として保護の対象となる情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ,事業者が保有する情報に接した者にとって,当該情報を使用等することが許されるか否かを予測することが困難となり,その結果,情報の自由な利用を阻害することになるからである。そうすると,当該情報が秘密として管理されているというためには,当該情報に関して,その保有者が主観的に秘密にしておく意思を有しているだけでなく,当該情報にアクセスした従業員や外部者に,当該情報が秘密であることが十分に認識できるようにされていることが重要であり,そのためには,当該情報にアクセスできる者を制限するなど,保有者が当該情報を合理的な方法で管理していることが必要とされるのである。
つまり、会社が「秘密のつもり」でいるだけでは足りず、情報に接した従業員や外部者が「これは秘密だ」と十分に認識できる状態にしておくことが重要だ、という考え方です。この判決は、アクセス制限に一部不備があっても、情報に接した人が秘密だと認識できれば、全体として秘密管理性は満たされ得るとも判断しています。
なお、経済産業省は「営業秘密管理指針(令和7年3月31日)」を公表しており、営業秘密として法的保護を受けるために必要な最低限の対策を具体的に示しています。「アクセス制限」は「認識可能性」を担保する一手段であって、両者は別個独立の要件ではありません。具体的な管理体制の作り方は営業秘密の管理体制はどう作る?で詳しく解説しています。
②有用性とは?失敗データや欠陥情報も含まれますか?
有用性とは、その情報が客観的にみて事業活動に役立つことをいいます。現に使っていなくても、費用の節約や経営効率の改善に役立つ情報であれば有用性が認められ、失敗した実験データのようなネガティブな情報も対象になり得ます。一方、脱税など反社会的な情報は保護されません。
有用性の「有用な」とは、財やサービスの生産・販売・研究開発に役立つなど事業活動にとって有用であることを意味します。また、現に事業活動に使用・利用されている必要はないものの、使用・利用によって費用の節約や経営効率の改善に役立つことが必要であり、この有用性は保有者の主観ではなく客観的に判断されます。設計図・製法、顧客名簿、販売マニュアル、仕入先リストなどが例として挙げられています。
ポイントを整理すると次のとおりです。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 客観的に判断される | 会社が「価値がある」と思っているかではなく、客観的に事業活動に役立つかで判断される |
| 現に使っていなくてもよい | 使用・利用によって費用節約・経営効率改善に役立つ情報であれば足りる |
| ネガティブ情報も対象 | 過去に失敗した実験データも、不要な研究開発費を回避できる意味で有用性が認められ得る |
| 反社会的情報は除外 | 脱税、有害物質の垂れ流し、賄賂の提供など公序良俗に反する情報は保護されない |
反社会的情報が除外される点については、公共土木工事単価情報事件(東京地判平成14年2月14日)が参考になります。この事件では、公正な入札を妨げ、公共の利益に反する性質をもつ情報は法的保護に値せず、営業秘密にはあたらないと判断されました。有用性の要件は、こうした保護に値しない情報を除外したうえで、広く商業的価値のある情報を保護する点に主眼があります。
③非公知性とは?一部が知られていると失われますか?
非公知性とは、その情報が一般に知られておらず、または容易に知ることができない状態にあることをいいます。保有者の管理下以外では一般に入手できない状態であれば、特定の人が知っていても非公知性は失われません。
非公知性が認められるためには、一般的に知られておらず、または容易に知ることができないことが必要であり、具体的には、合理的な努力の範囲内で入手できる刊行物に載っていないなど、保有者の管理下以外では一般に入手できない状態であることが必要です。
実務で誤解されやすい点を整理すると、次のとおりです。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 特定の人が知っていてもよい | 特定の者が事実上秘密を守っていれば、なお非公知といえる場合がある |
| 独自開発があっても失われない | 第三者が独自に同じ情報を開発しても、その第三者が秘密に管理していれば非公知性は保たれる |
| 断片の寄せ集めで再構成できても直ちには失われない | 情報の断片が各所の刊行物に載っていても、どの情報をどう組み合わせるかに価値がある場合、それだけで非公知性は否定されない |
非公知性が争われた例としては、セラミックコンデンサー事件(大阪地判平成15年2月27日)が参考になります。この事件では、製造機械の設計図に関する情報について、製品を分解して調べる(リバースエンジニアリングする)ことで同じ情報を得るのは困難であり、多額の費用と長い時間を要すると考えられることなどから、機械が販売されていたことをもって公知になったとはいえないと判断されました。製品が市場に出ていても、そこから情報を読み取るのが困難であれば非公知性は保たれ得るという点で、実務上重要な判断です。
3要件を満たさず、保護されなかった例はありますか?
とくに秘密管理性を欠くと判断され、営業秘密として保護されなかった例が多くみられます。「重要な情報のつもりだった」というだけでは足りず、実際に秘密として管理していた実態が必要です。
3要件は、1つでも欠ければ営業秘密にあたりません。実務上、争いになりやすいのは次のような場面です。
| 欠けやすい要件 | よくある場面 |
|---|---|
| 秘密管理性 | 誰でもアクセスできる状態だった/マル秘表示もパスワードもなかった/「全部秘密」と表示して実質的に区別がなかった |
| 有用性 | 反社会的な情報など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報だった |
| 非公知性 | すでに公開された刊行物やウェブに載っていた/容易に入手できる情報だった |
とくに秘密管理性については、秘密管理措置が実効性を失って「形骸化」している場合には、適切な秘密管理措置とはいえません。「職務上知り得た情報すべて」といった漠然とした指定で、明らかに一般情報まで含めてしまうと、かえって秘密管理性が否定されるおそれがあります。裏を返せば、平時からきちんと管理しておくことが、いざ持ち出されたときに「営業秘密だった」と主張できる前提になるのです。
弁護士に相談するタイミング
「この情報は営業秘密として守られるか」を確認したいとき、そして「守られるように整えたい」ときの両方で、弁護士のサポートが役立ちます。とくに管理体制の整備は、顧問契約による継続的なサポートが有効です。
場面ごとの相談の意義は次のとおりです。
| 場面 | 弁護士ができること |
|---|---|
| 持ち出しが疑われるとき | その情報が3要件を満たすかの検証、証拠(管理状況)の整理、請求の可否判断 |
| 契約・書面を作るとき | 秘密保持契約(NDA)・誓約書での秘密の特定、就業規則の整備 |
| 体制を整えたいとき | 秘密管理の対象・方法の設計、従業員研修、指針に沿った運用の点検 |
営業秘密は、事後に「これは秘密だった」と主張するだけでは足りず、平時から3要件(とくに秘密管理性)を満たす形で管理しておくことが決定的に重要です。そして、その管理は一度整えれば終わりではなく、人の出入りや事業の変化に応じた継続的な運用が求められます。こうした予防法務には、日常的に相談できる顧問契約の活用が有効です。
顧問契約については顧問契約のご案内もご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 自社の顧客名簿は営業秘密として守られますか?
秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たせば守られます(不正競争防止法2条6項)。顧客名簿は事業活動に有用で、公然と知られていないことも多いため、有用性・非公知性は認められやすい一方、鍵になるのは秘密管理性です。マル秘表示やアクセス制限などで秘密として管理していた実態があるかどうかが、保護されるかどうかを分けます。
Q2. 秘密管理性は、どこまでやれば認められますか?
一律の基準はなく、情報の性質・保有形態・会社の規模などを総合して判断されます。秘密として管理する意思が、具体的な管理措置によって従業員に明確に示され、従業員がそれを認識できる状態が必要です。紙なら「マル秘」表示、電子データならヘッダーへのマル秘付記やアクセス制限などが典型例です。
Q3. 過去に失敗した実験データも営業秘密になりますか?
なり得ます。失敗した実験データも、その情報を利用して不要な研究開発費の投資を回避・節約できる意味で有用性が認められる場合があります。有用性は「現に使っているか」ではなく、客観的に事業活動に役立つかで判断されます。
Q4. インターネットや刊行物に一部が載っていると、営業秘密になりませんか?
一部の断片が載っているだけで、直ちに非公知性が否定されるわけではありません。情報の断片が各所に存在しても、どの情報をどう組み合わせるかに価値がある場合には、その総体としての情報になお非公知性が認められ得ます。組合せの容易性や取得コストなどを考慮して判断されます。
Q5. 「重要な情報」と社内で言っていれば、営業秘密になりますか?
それだけでは足りません。会社が主観的に「秘密のつもり」でいるだけでは秘密管理性は認められず、秘密として管理する意思が具体的な措置によって従業員に明確に示され、従業員がそれを認識できる状態にあることが必要です(不正競争防止法2条6項、ベネッセ顧客情報漏えい事件・東京高判平成29年3月21日)。
3要件を満たす「管理の実態」が鍵
不正競争防止法上の営業秘密として保護されるには、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件をすべて満たす必要があります(2条6項)。有用性・非公知性は比較的認められやすい一方、実務で最も争われるのが秘密管理性です。会社が「秘密のつもり」でいるだけでは足りず、秘密として管理する意思を具体的な措置で従業員に示し、認識できる状態にしておくことが求められます。
当事務所では、自社情報が営業秘密の3要件を満たすかの検証、秘密管理体制やマル秘表示・アクセス制限の整備、秘密保持誓約書・NDAの作成など、不正競争防止法に関するご相談・ご依頼を多数承っております。自社の情報が守られるか不安な方、これから管理体制を整えたい方は、まずはお気軽にお問い合わせください。
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