はじめに
防犯カメラの映像から犯人の顔と被疑者の顔を比較・照合する「顔画像鑑定」は、刑事事件における犯人性立証の重要な間接証拠の一つとして用いられてきました。一方で、近年、その信用性および証明力をめぐっては、実務上、慎重な検討が必要であるとの議論が活発化しています。
今回のコラムでは、防犯カメラ映像をもとに行われた顔画像鑑定について、その信用性および証明力を否定し、被告人に無罪を言い渡した大阪高等裁判所令和3年3月3日判決を取り上げて、わかりやすく解説いたします。
本判決は、顔画像鑑定のうち、専門的判断として尊重されるべき部分とそうでない部分を区別し、結論部分について科学的原理・知見の欠如を指摘してその信用性を否定した点で、刑事弁護に携わる方や、科学的証拠が問題となる事案にご関心をお持ちの方にとって、参考となる裁判例です。
事案の概要
被告人は、平成31年のある日、A市内の電器店において、アルコールチェッカー2点を含む4点(販売価格合計1万6156円)を窃取したという窃盗の罪で起訴されました。
本件においては、犯行時にその場で被告人の身柄が確保されたという事情はなく、店舗に設置されていた防犯カメラに残されていた映像のなかに、商品を持ち去る男性の姿が確認されたことから、捜査が開始されたという経緯にあります。
検察官は、犯人と被告人の同一性を立証する間接証拠として、主に以下の事実を挙げました。
| 間接証拠 | 内容 |
|---|---|
| 顔画像鑑定(B鑑定)の結果 | 防犯カメラ画像と被告人の顔を比較・照合した顔画像鑑定(以下「B鑑定」)の結果、犯人と被告人について「おそらく同一人と推定される」との結論が示されたこと |
| 質店における売却の事実 | 被告人が、本件の7日後に、本件被害品と同種でほぼ同じ型番の携帯ラジオ2台およびアルコールチェッカー2点を含む小型家電製品を質店に売却していたこと |
原審の京都地方裁判所は、これらの間接事実によって、合理的な疑いを差し挟むことのない程度に犯人と被告人の同一性が認められるとして、被告人を有罪としました。
しかし、被告人が、自らは本件窃盗の犯人ではないとして控訴を行い、本件判決(大阪高裁)は、原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 顔画像鑑定(B鑑定)の信用性および証明力 |
| 争点② | 質店における売却の事実が被告人の犯人性を推認させる程度 |
| 争点③ | 各間接事実を総合して、被告人を本件窃盗の犯人と認定できるか |
裁判所の判断
争点① 顔画像鑑定(B鑑定)の信用性および証明力について
裁判所は、B鑑定について、防犯カメラ画像から犯人画像を抽出し、被告人の3D画像と比較・重ね合わせるなどしてB指摘の類似点を認めた部分(手法部分)と、それらを総合した結果として「おそらく同一人と推定される」と結論付けた部分(結論部分)とを区別して検討しました。
裁判所は、手法部分については、わが国の顔画像鑑定の実務において一般的に承認されている基準・方法に基づいて実施されたものと認めて、おおむね信用できると判断しました。一方、結論部分については、その判断の根拠となる科学的原理・知見が示されていないとして、専門的判断とはいえないとしました。
該当する判示部分は、以下のとおりです。
しかし、B鑑定のうち、上記の類似点を総合した結果、本件窃盗犯人と被告人はおそらく同一人と推定されるという結論部分については、これが何らかの科学的原理・知見に基づく専門的な判断であるということは全く示されていない。
顔面の各部位のうち4つの項目に特徴的な検査所見の一致があり、かつ、別人であるという所見がないという事実から、同一人であることが相当に強く推認されると専門的判断として述べるためには、その検査所見がいかに出現頻度の低いものであるか、あるいは実際には別人であるのに別人であるという所見がないということがいかに生じ難い事実であるかといったことについての科学的知見が必要なはずである。
加えて、裁判所は、B鑑定が指摘する各類似点について、通常の経験則に照らしても、犯人と被告人の同一性が相当に強く推認されるとはいえないと判断しました。判断にあたって考慮された事実は、以下のとおりです。
| 観点 | 考慮された事実 |
|---|---|
| 4項目の類似点の固有性 | 「面長な顔型」など指摘された4項目の特徴は、いずれも多くの人物に見られるものであり、固有性の高い特徴とはいえないこと |
| 個別の検査所見の信頼性 | 「眉弓の隆起の上方および眉間の隆起の上方の横方向の陥凹」については、犯人画像の画質が悪く、陥凹であると断定できるか疑問があること |
| 個別の検査所見の信頼性 | 「眉弓の隆起が中等度」との判断は、鑑定者の主観に左右される側面が大きいこと |
| スーパーインポーズ法の位置づけ | スーパーインポーズ法による重ね合わせは、形態学的検査および計測学的検査に対して補足的に行うもので、それ自体で同一性を判断するものではないこと |
| 犯人画像の品質 | 犯人画像は、犯人が眼鏡をかけていたために両眼付近の情報が乏しく、画質にも限界があったこと |
| 出現頻度に関する科学的知見の不存在 | 各類似点の出現頻度に関する科学的知見が示されておらず、累積的に高まる程度を判断する根拠がないこと |
争点② 質店における売却の事実の推認力について
裁判所は、被告人が本件の7日後に質店に小型家電製品を売却した事実について、犯行と一定の時間的近接性は認められるものの、その推認力には限界があると判断しました。
該当する判示部分は、以下のとおりです。
犯行日に近接しているとはいえ、7日もの間隔があること、被害店はA市内にあり、C市内に居住する被告人の行動範囲であるとはいえ、相応に離れた場所にあること、本件被害品と同じ型番の製品は大手家電量販店で広い範囲で販売され、多数流通しているとみられることからすれば、型番等の一致は偶然にすぎない可能性は相応にあり、被告人が売却した上記携帯ラジオ等が本件被害品である可能性はそれほど高いものではない。
争点③ 各間接事実を総合した犯人性の認定について
裁判所は、争点①および争点②で示した判断を前提に、各間接事実を総合しても、被告人が犯人でないとした場合に合理的な説明が困難な事実関係があるとはいえないとして、被告人を犯人と認定するには合理的な疑いを差し挟む余地があると結論付けました。
該当する判示部分は、以下のとおりです。
推認力の高くない上記2つの事実を総合しても、被告人が犯人でないとしたならば合理的な説明が極めて困難な事実関係があるとまではいえない。被告人が犯人であると認定することには合理的な疑いを差し挟む余地があるというべきである。
裁判所は、以上の理由から、原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡しました。
コメント
(1)本判決の意義
本判決は、顔画像鑑定について、専門的判断として尊重されるべき部分(手法の合理性)と、そうでない部分(結論部分)とを区別し、結論部分について科学的原理・知見の欠如を理由としてその信用性を否定した点に意義があります。
(2)顔画像鑑定の手法と判断結果の表現
顔画像鑑定(顔写真鑑定とも呼ばれます)は、解剖学や形質人類学に立脚した専門的な知見および経験則をもとに、人物の同一性判断を行う照合型の科学的証拠の一つに位置付けられています(司法研修所編『科学的証拠とこれを用いた裁判の在り方』12頁)。
実務上、鑑定は、一般に、①顔の外形や各パーツの形状を形態学的な観点から検討する形態学的検査、②顔の部位ごとの人類学的計測値から得られる指数を相互に比較する人類学的計測検査、および、③三次元画像の重ね合わせによって各部位の一致や矛盾の有無を検証するスーパーインポーズ法という3つの手法を組み合わせて行われるものとされています(吉野峰生ほか「過去5年間における顔写真鑑定の統計的検討」科学警察研究所報告法科学編50巻1号33頁)。
もっとも、顔画像鑑定には、DNA鑑定のように特徴点の出現頻度を統計値として数値化することが容易ではないという固有の課題があります。そのため、顔画像鑑定の評価にあたっては、専門家でなければ理解が及ばない高度な分析の領域と、社会通念に照らして判断が可能な領域とを切り分けて検討することが、重要となります。
なお、わが国の警察における顔画像鑑定の実務上、鑑定結果は以下の4段階の表現を用いて示されているとされています。判断にあたっては、科学警察研究所が長年にわたり集積してきた顔貌の各部位の形状等についての統計的データが、参照されているとも紹介されています(今泉和彦「顔画像鑑定に関連する各種とりくみについて—3次元顔画像の活用、顔の加齢処理、他—」犯罪学雑誌83巻3号44頁)。
| 鑑定結果の表現 | 英語表記 |
|---|---|
| 同一人であると推定される | positive identification |
| おそらく同一人であると推定される | probable identification |
| 同一人であっても差し支えない | possible identification |
| 別人であると推定される | exclusion |
本件のB鑑定が用いた「おそらく同一人と推定される」という結論は、この4段階分類のうちの第2段階に位置付けられるものといえます。
(3)鑑定の信用性を吟味する視点
本判決は、鑑定人が「わが国の顔画像鑑定の実務において一般的に確立されている統一的な判断基準に従った」と供述していたとしても、その判断基準が依拠する科学的原理・知見が示されていなければ、専門的判断として尊重することはできないと述べています。
本判決が問うているのは、鑑定の結論が、いかなる事実関係を基礎として、どのような根拠と推論過程を経て導かれたのかが、第三者にも検証できる形で開示されているか、という点であるといえます。鑑定の結論部分まで含めて専門性を備えたものとして信用に値するためには、鑑定者の経験や直感に依拠するだけでは足りず、結論を支える具体的な原理および根拠が、外形的に説明されている必要があると整理することができます。
これらの視点は、専門家による鑑定結果が刑事裁判に提出される場面において、どのような観点から鑑定書の信用性を吟味すべきかを示す手掛かりとなります。
(4)累積効果論と専門性の基盤
また、本判決は、複数の特徴が一致するほど同一人物である可能性が累積的に高まるという原判決の一般論について、各特徴の出現頻度が明らかでなければ、その累積的に高まる程度を判断する根拠がないと指摘しています。この指摘は、犯人と被告人の顔貌の類似性のみを根拠に犯人性を立証しようとする場面において、立証がどこまで十分といえるかを慎重に検討する必要があることを、改めて示したものといえます。
もう一つ、本判決の射程を考えるうえで意識しておきたいのは、DNA鑑定のように統計学を駆使した数値化が容易ではない顔画像鑑定において、その専門性の根拠をどこに見出すかは、いまなお実務上の課題として残されているという点です。本判決は、この課題の所在を具体的な事案に即して浮かび上がらせた事案であり、今後の実務における顔画像鑑定の運用や評価にとって、参照すべき指針を提供するものといえます。
(5)刑事実務への示唆
刑事事件においては、防犯カメラ映像を端緒として犯人性の立証が問題となる場面は、少なくありません。本判決は、捜査機関側が提出する科学的証拠について、その手法・分析過程・結論の各段階に分けて、依拠する科学的原理・知見を逐一検討すべきことを、実務に向けて示したものといえます。被告人側としては、鑑定書の手法部分の合理性のみを争うのではなく、結論部分における推論過程と科学的原理の有無に着目した反論を行うことが、適切な弁護活動につながる可能性があります。
刑事手続における科学的証拠の評価をめぐっては、当該分野に精通した者でなければその当否を見抜くことが容易でないために、結論を導く論理過程が十分に検証されないまま事実認定に取り込まれ、ひいてはその証明力が必要以上に評価されてしまう、という構造的なリスクが、従来から指摘されてきたところです。
本件は、特定の事案にかかる判断ではありますが、顔画像鑑定における専門的判断の対象範囲を細やかに腑分けした事例として、今後の刑事実務において参照されるべき意義を有していると考えられます。
おわりに
刑事事件における科学的証拠の評価、とりわけ顔画像鑑定をはじめとする照合型鑑定の信用性および証明力をめぐる問題は、専門的かつ高度な検討を要する分野です。本判決のように、原審と控訴審で判断が分かれる事案も少なくなく、適切な対応を行うためには、早期に弁護士に相談することが有益です。
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