はじめに
週刊誌やインターネット記事による名誉毀損は、表現の自由と個人の名誉保護との調整が問われる場面です。今回のコラムで紹介する東京地裁令和2年11月20日判決は、当時の内閣情報官に対する週刊誌・ウェブサイト記事の名誉毀損該当性、ならびに真実性・相当性の抗弁の成否について、従来の最高裁判例の枠組みに従って判断した事例判断です。
報道に携わる事業者の方にとっては、表現の整え方や裏付け取材のあり方を検討するうえで、また報道で被害を受けた方にとっては、救済の可能性と限界を理解するうえで、参考となる内容を含んでいます。
以下、上記東京地裁判決について、わかりやすく解説いたします。
事案の概要
本件は、被告会社が発行する月刊雑誌及び被告会社が運営するインターネットウェブサイトに、原告(当時、内閣官房の内閣情報官の職にあった国家公務員)に関する記事4件(以下「本件記事1」から「本件記事4」)が掲載され、うち2件についてはその見出しが新聞広告(以下「本件各新聞広告」)にも掲載されました。原告は、これらにより名誉を毀損されたとして、被告会社及び被告会社代表者(本件雑誌の編集人兼発行人)に対して、不法行為に基づく損害賠償等を請求しました。
本件各記事の内容は、以下のとおりです。
| 記事 | 内容 |
|---|---|
| 本件記事1 | 平成29年8月号の本件雑誌に掲載され、内閣情報官である原告が、B官房副長官の手足となって、公安警察ネットワークを利用して政治家や官僚の身辺調査を行い、A政権を脅かす政官界関係者の醜聞をA政権寄りのメディアに流している等の事実を摘示したうえで、原告がB官房副長官と共に、A政権の一強体制を守るために、政官界関係者を威嚇、牽制する「裏の権力」を行使しているとの意見又は論評を表明する内容 |
| 本件記事2 | 平成30年9月号の本件雑誌に掲載され、原告が、自身がトップを務める内閣情報調査室にA政権批判的な言動や首相の政敵のスキャンダルを重点的に集めさせ、首相に報告するとともに、政権寄りのメディアにも流すよう仕向けている等の事実、及び、原告が自身の論文の中で戦前・戦中の特別高等警察や治安維持法を賛美し、危機の時代の「防諜(スパイ防止)体制」の重要性を説いている等の事実を摘示したうえで、原告には、私信検閲、素行調査、言論抑圧を行う志向性があるとの意見又は論評を表明する内容 |
| 本件記事3 | 平成30年10月号の本件雑誌に掲載され、A政権による外交政策が外務省ではなく官邸の官僚により組み立てられているが、官邸官僚中心の外交が奏功していないとの意見又は論評を表明する内容 |
| 本件記事4 | 平成30年12月号の本件雑誌に掲載され、内閣情報調査室のトップを務める原告が、仕事で成果を出せず力量不足を非難されるなどして苛立ち、そのため、内閣情報調査室が功を焦り、憶測に基づく情報を流布させたりしていること、内閣情報調査室がA政権の行方を左右しかねない人物を監視対象としていること等の事実を摘示したうえで、内閣情報調査室が危機管理をはき違えた特異な体質を有しており、これは原告の独特な志向性が投影しているとの意見又は論評を表明する内容 |
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件各記事及び本件各新聞広告による事実摘示又は意見若しくは論評の表明の内容、及びこれにより原告の社会的評価が低下したか否か |
| 争点② | 真実性又は相当性の抗弁の成否 |
裁判所の判断
裁判所は、本件各記事のうち3件について名誉毀損による不法行為の成立を認め、本件記事1につき110万円、本件記事2につき55万円、本件記事4につき55万円の損害賠償義務を肯定しました。他方、本件記事3及び本件各新聞広告については、名誉毀損の不法行為の成立を否定しました。
争点①:本件各記事及び本件各新聞広告による名誉毀損該当性について
裁判所は、各記事について、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、摘示事実及び意見・論評の内容を認定し、原告の社会的評価を低下させるか否かを個別に判断しました。
本件記事1について、裁判所は次のとおり判示しています。
「本件記事1は、これを読む一般の読者に対し、内閣情報官である原告が、戦前の政治思想警察である特別高等警察制度を賛美し、B官房副長官と共に、その権限を逸脱・濫用して秘密裏に政官界関係者の醜聞を収集し、これを政権寄りのマスメディアに流して上記関係者を陥れるばかりか、A首相夫妻も調査対象としてその弱みを握り、これにより長期にわたって自己の地位を維持し続け、裏側から政権を操っているとの印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものというべきである。」
本件記事2について、裁判所は次のとおり判示しています。
「本件記事2は、これを読む一般の読者に対し、原告には私信検閲や言論弾圧などの人権侵害の志向性があるとの印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。」
なお、原告は、原告とA首相の面会回数が非常に多く近しさが尋常ではないとの摘示事実又は意見論評も社会的評価を低下させるものであると主張しましたが、裁判所はこの点について、次のとおり判示し、原告の上記主張を採用しませんでした。
「内閣情報官である原告と首相との距離が近いこと自体は、原告の社会的評価を低下させるものとはいえず、これを前提とするその余の意見論評も原告の社会的評価を低下させるものとはいえない」
本件記事4について、裁判所は次のとおり判示しています。
「本件記事4は、これを読む一般の読者に対し、内閣調査室のトップを務める原告の焦りや独特な志向性が内閣情報室の不適切な権限行使を誘発しているとの印象を与えるものであり、原告の社会的評価を低下させるものである。」
なお、原告は、原告がA首相の特別な寵愛を受けていること、原告は異常なまでにA首相に愛情があることなどの摘示事実又は意見論評についても社会的評価を低下させるものであると主張しましたが、裁判所はこの点について、次のとおり判示し、原告の上記主張を採用しませんでした。
「原告が首相に忠誠心があり、首相からも気に入られていることが原告の社会的評価を低下させるとはいえない」
これに対して、本件記事3について、裁判所は次のとおり判示しました。
「一般読者の普通の注意と読み方を基準とすると、A政権による外交政策が外務省ではなく官邸の官僚により組み立てられており、官邸官僚中心の外交が奏功していないとの意見又は論評を表明するものであり、原告に向けた事実の摘示又は意見若しくは論評をするものではない。したがって、本件記事3は、原告の社会的評価を低下させるものではない。」
また、本件各新聞広告についても、裁判所は次のとおり判示しています。
「本件各新聞広告(本件記事1及び4に係る新聞広告)には、本件記事1及び4の見出しが記載されるにとどまっており、その内容に照らせば、これにより原告の社会的評価を低下させる摘示事実及び意見又は論評がされたと認めることはできないから、被告らによる本件各新聞広告の掲載について、原告に対する名誉毀損の不法行為が成立するとはいえない。」
争点②:真実性又は相当性の抗弁の成否について
裁判所は、本件各記事の摘示事実のうち一部については真実性を認めたものの、その余については真実性も相当性も認めませんでした。
裁判所が真実性を認めた摘示事実及び認めなかった摘示事実の取扱いは、以下のとおりです。
| 摘示事実 | 真実性の判断 |
|---|---|
| 原告がA首相と親しい元a社記者の強姦事件を揉み消した黒幕と目されている | 真実と認められる |
| 一部週刊誌が原告のことを「●●●(ナチスのユダヤ人虐殺を指揮した親衛隊中佐)」と命名している | 真実と認められる |
| その余の摘示事実 | 裏付ける証拠がなく、真実とは認められない。また、真実と信ずるにつき相当の理由があるとも認められない |
その結果、名誉毀損該当性が認められた本件記事1、本件記事2及び本件記事4については、真実性の抗弁も相当性の抗弁もいずれも成立しないとされ、被告らの不法行為責任が肯定されました。
コメント
本判決は、報道記事の名誉毀損該当性及び真実性・相当性の抗弁について、最三小判平成9年9月9日及び最一小判平成16年7月15日等の従来の判例の枠組みに従って判断した事例判断です。実務上参考となる視点として、以下の点を指摘することができます。
1 事実摘示と意見・論評の区別基準
名誉毀損の成否は、表現が事実摘示か意見・論評かによって、適用される違法性阻却の要件が異なります。本判決は、両者の区別について、従来の最高裁判例(最二小判昭和31年7月20日、最三小判平成9年9月9日、最一小判平成16年7月15日参照)の枠組みに従い、次のとおり判示しています。
「ある表現が、事実を摘示するものか、意見又は論評の表明であるかの区別については、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、前後の文脈や記事の公表当時に一般の読者が有していた知識又は経験等を考慮すると、当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を明示又は黙示的に主張するものと解される場合には、当該表現は、上記特定の事項についての事実摘示をするものと解するのが相当であり、上記のような証拠等による証明になじまない物事の価値、善悪、優劣についての批評や論議などは、意見又は論評に当たると解するのが相当である。」
本判決もこの基準に従い、各記事の表現を事実摘示と意見・論評に切り分けたうえで、それぞれの違法性阻却要件を検討しています。記事の表現を構成する際には、ある記述が証拠で真偽を決し得る具体的事項に当たるか否かという視点で、自らの表現がどちらの類型に位置づけられるかを意識することが出発点となります。
本判決が前提としている違法性阻却の枠組みは、次のとおり整理することができます。
| 類型 | 違法性阻却・故意過失阻却の要件 |
|---|---|
| 事実摘示型 (最一小判昭41.6.23、最一小判昭58.10.20、最三小判平9.9.9) | ①公共の利害に関する事実に係ること、②目的が専ら公益を図ることにあったこと、③摘示事実の重要な部分について真実であることの証明があったこと(真実性の抗弁)。真実性の証明がない場合でも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意又は過失が否定される(相当性の抗弁)。 |
| 意見・論評型 (最二小判昭62.4.24、最一小判平元.12.21、最三小判平9.9.9) | ①公共の利害に関する事実に係ること、②目的が専ら公益を図ることにあったこと、③意見又は論評の前提としている事実の重要な部分について真実であることの証明があったこと、④人身攻撃に及ぶなど意見又は論評としての域を逸脱したものでないこと。真実性の証明がない場合でも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、故意又は過失が否定される。 |
2 一般読者基準による記事ごとの個別判断
記事の名誉毀損該当性は、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、前後の文脈や記事公表当時に一般読者が有していた知識又は経験等を考慮して判断されます。本判決では、4本の記事それぞれについて、摘示事実と意見・論評の内容が個別に分析されており、同一の取材対象を扱う記事であっても、表現や構成によって名誉毀損該当性の判断が分かれ得ることが示されています。
記事を作成・編集する立場としては、各記事の表現が一般読者にどのような印象を与えるかを、記事ごとに丁寧に検討する姿勢が求められます。
3 摘示・論評の内容自体の評価
本件では、原告の主張のうち、原告とA首相との関係性に言及する部分(面会回数や寵愛等)が社会的評価を低下させるかも争点となりました。裁判所は、本件記事2の判断において、原告と首相の面会回数等について「内閣情報官である原告と首相との距離が近いこと自体は、原告の社会的評価を低下させるものとはいえ」ないと判示し、本件記事4の判断においても、原告がA首相の特別な寵愛を受けていること等について「原告が首相に忠誠心があり、首相からも気に入られていることが原告の社会的評価を低下させるとはいえない」と判示しました。
要人との距離の近さや厚遇を示す描写は、見方によっては肯定的に評価される要素も含むため、批判的な文脈で用いられていても、社会的評価の低下に直結するとは限りません。記事の表現が一般読者にどのような印象を与えるかを判断する際には、批判的なトーンの強さだけでなく、摘示又は論評された内容自体が読者の評価を低下方向に動かすものといえるかを、客観的に見極める必要があります。
4 意見・論評の前提事実の裏付け
意見・論評の表明であっても、その前提となる事実については真実性の証明又は真実と信ずるにつき相当の理由が必要となります。本判決では、摘示事実の一部について真実性が認められたものの、その余については裏付け証拠がないとして真実性も相当性も認められませんでした。
論評の体裁を整えていれば責任を免れるというものではなく、論評の土台となる事実関係についての裏付け取材と証拠の確保が、責任の有無を左右することになります。
5 新聞広告の見出しの取扱い
新聞広告の見出しについては、本判決は、原告の社会的評価を低下させる摘示事実及び意見・論評がされたとは認められないと判断しました。広告の文言と本文記事との関係をどのように評価するかは、表現の長短や具体性によって結論が変わり得る論点であり、見出し・キャッチコピーの作り方についても、本判決の判断は一つの参考になります。
おわりに
名誉毀損に関する紛争では、記事の表現が事実摘示と意見・論評のいずれに当たるか、社会的評価の低下が認められるか、真実性・相当性の抗弁が成立するかなど、専門的な判断を要する論点が数多くあります。発信側、被害者側のいずれの立場であっても、初動の対応や証拠の収集・保全のあり方が結論を左右することがあるため、早期に弁護士に相談することが有益です。
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