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配転命令の有効性と人事管理目的の配置転換(東京高裁令和5年8月31日判決:人事担当者のための労働法)

配転命令は、企業の人事権の中核をなすものですが、その有効性をめぐっては多くの裁判例が積み重ねられてきました。

今回のコラムでは、勤務態度や勤務実績に課題のある理学療法士に対する新設部門への配転命令の有効性が争われ、原審の判断を覆して配転命令を有効と判断した東京高裁令和5年8月31日判決(社会福祉法人秀峰会事件)を取り上げます。

本判決は、勤務態度や勤務実績に課題のある従業員を、企業運営上の必要性のある新設部門に配置するという、企業の現場でしばしば直面する人事判断について、東亜ペイント事件最高裁判決の判断枠組みのもとで、企業運営上の必要性と人事管理上の必要性とを併せて業務上の必要性を肯定し、人事管理目的での人員配置も濫用にわたらない限り企業の合理的運営として許容されると明示した点で、企業の人事担当者の皆様が押さえておくべき実務上の指針を示したものといえます。

今回のコラムでは、本判決の判断枠組みと判示内容を整理した上で、企業の人事担当者の皆様が日々の人事運営において留意すべき実務上のポイントを解説いたします。

事案の概要

(1)当事者及び前提事実

本件の当事者及び前提となる事実は、以下のとおりです。

項目内容
控訴人(使用者)横浜市内に159の事業所を有し、約3000名の従業員を雇用する社会福祉法人
被控訴人(労働者)平成16年10月に控訴人に入職した理学療法士。本件配転命令まで、訪問リハビリテーション業務に従事
雇用契約上の特約職種限定・勤務地限定の特約は存在しない
就業規則第7条「法人は業務の都合により職員の技能、経験、勤務成績等を勘案し、配置換え、転勤または出向を命じる事がある。この場合に職員は正当な理由なくこれを拒む事はできない。」との配転条項が定められ、職員に周知されていた

(2)本件配転命令の発令

控訴人は、職員の腰痛を始めとする業務上災害の増加や職員の高齢化を背景として、産業理学療法を中心に扱う新部門を法人本部に新設しました。

そして、控訴人は、令和2年12月、被控訴人に対し、当該新部門への異動を命じる配転命令(本件配転命令)を発令しました。

新部門には、当面の体制として、人財部部長を兼務するD部長、訪問看護サービス事業部の事業部長を兼務するC部長、及び被控訴人の3名が配置され、D部長及びC部長は、それぞれの兼務先の業務を担いながら、新部門での被控訴人の業務を監督する立場にありました。

(3)配転命令に至る控訴人側の問題意識

控訴人が本件配転命令に至る背景には、被控訴人の勤務状況に対する以下の問題意識がありました。

項目控訴人側の認識
リハビリミーティング被控訴人は出席していなかった
新規利用者の割り当て被控訴人は応じなかった
訪問実績被控訴人の訪問件数は、他の理学療法士と比較して少なかった
人事評価直近2年の人事評価は低位に推移していた

控訴人は、これらの事情を踏まえ、被控訴人を本件施設に継続して配置することは周囲の職員や利用者のために不適当であるが、理学療法士の資格を有し長年の実務経験もある被控訴人は新部門の業務を担うのに適していると判断したとされています。

(4)本件配転命令後の処遇

本件配転命令後の被控訴人の処遇は、以下のとおりです。

項目配転前後の変動
職種理学療法士のまま変更なし
賃金理学療法士としての職務給を含めて変更なし
休日本件施設在籍時の条件を維持
始業・終業時刻本件施設在籍時の条件を維持
業務内容訪問リハビリテーション業務から新部門の業務に変更
勤務場所本件施設から法人本部に変更
通勤時間15分ほど長くなった

(5)訴訟の経過

被控訴人は、本件配転命令は権利の濫用にあたり無効であるなどと主張して、法人本部に勤務する雇用契約上の義務を負わないことの確認と、不法行為に基づく慰謝料200万円の支払を求めて訴訟を提起しました。

原審(横浜地裁令和4年12月9日判決)は、本件配転命令を権利濫用として無効と判断し、慰謝料50万円の限度で請求を認容したため、控訴人が控訴した、というのが事案の概要です。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①本件配転命令の効力(不当労働行為該当性及び権利濫用該当性)
争点②本件配転命令を行ったことが被控訴人に対する不法行為に該当するか

裁判所の判断

東京高裁は、原審とは異なり、本件配転命令を有効と判断し、被控訴人の請求をいずれも棄却しました。

争点① 本件配転命令の効力について

裁判所は、まず、配転命令の有効性に関する判断枠組みについて、東亜ペイント事件最高裁判決(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決)を踏まえて、次のとおり判示しました。

「使用者がその労働者に対する配転命令権を有する場合において、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の職務内容や勤務地を決定することができるというべきであるが、使用者の配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されない。したがって、当該配転命令につき業務上の必要性が存しないか、業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき又は労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときは、当該配転命令は、権利の濫用になり無効であるというべきであるが、労働力の適正配置、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、上記業務上の必要性の存在は肯定されると解される。」

その上で、裁判所は、業務上の必要性、不利益の程度、不当な動機・目的の有無の各観点から、以下のとおり判断しました。

(1) 業務上の必要性について

裁判所は、控訴人において産業理学療法の知見を取り入れた新部門を設立する企業運営上の必要性を肯定するとともに、被控訴人の勤務状況に関し、以下の事情を踏まえ、被控訴人を新部門に配置する人事管理上の必要性を肯定しました。

番号裁判所が考慮した被控訴人の勤務状況
リハミーティングに参加していなかったこと
令和2年8月から同年11月までの一日の訪問実績が、本件施設に在籍していた他の理学療法士と比較して少なかったこと
新規利用者の割り当てに被控訴人が応じず、上司からのフィードバック及び注意・指導によっても改善が認められなかったこと
就業時間中の空き時間について上司から報告を求められるなどの指導がされても、対応に改善が見られなかったこと
本件配転命令を受ける直近2年の人事評価について、業績評価の「仕事の量」や能力評価の「他部門との連携」「チームワークとコミュニケーション」等の事項が最低評価であったこと

裁判所は、「労働力の適正配置や業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、配転命令に関する業務上の必要性が肯定され、人事管理目的での人員配置をすることも、これが濫用にわたらない限り、企業の合理的運営として許容されると解される」と判示し、人事管理目的での配置転換に業務上の必要性を認めました。

(2) 被控訴人が被る不利益について

裁判所は、配転後の処遇について、理学療法士としての職種や賃金、休日や終業時刻についても本件施設在籍時の条件が維持され、業務内容・勤務場所の点を除いて変更がなかったこと、通勤時間が15分ほど長くなったことは通常甘受すべき程度の不利益にとどまることを指摘しました。

被控訴人は、これまで培った技術やノウハウが劣化することは看過し難い不利益であるなどと主張しましたが、裁判所は、本件雇用契約に職種限定の合意がないことを踏まえ、次のとおり判示しました。

「被控訴人の主張に係る上記諸点を不利益と捉えることは、職種限定の合意があることと同様の結果となりかねないため、その主張するところをそのまま受け入れることは相当でないというべきである。」

その上で裁判所は、被控訴人のいう、理学療法士としてのやりがいを保つことが困難となったり、技術等が劣化したりすることは、主観的な不利益の域を出るものではなく、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とはいえないと判断しました。

(3) 不当な動機・目的の有無について

裁判所は、本件配転命令の前後を通じて控訴人から被控訴人に対して退職勧奨がされたような事実は認められず、嫌がらせないし退職強要目的をうかがわせる事情も認められないと判断しました。さらに、裁判所は、次のとおり判示しています。

「仮に、新部門の設立につき、被控訴人の適性配置の必要性という側面が重視されていたとしても、そのことのみから直ちに、本件配転命令が、嫌がらせ等や、実質的に被控訴人に懲罰を科す動機・目的によってされたなどということはできない。」

以上から、裁判所は、本件配転命令は権利濫用にあたらず有効であると判断しました。

争点② 不法行為該当性について

裁判所は、本件配転命令が権利濫用として無効であるとはいえない以上、不法行為に該当するとの主張は、その前提を欠き失当であると判断しました。

コメント

1 本判決の位置づけと原審との対比

本判決は、東亜ペイント事件最高裁判決の判断枠組みを踏襲しつつ、勤務態度や勤務実績に課題のある従業員に対する人事管理目的での配転命令について、その業務上の必要性を正面から肯定した点に意義があります。とりわけ、新部門の設立という企業運営上の必要性と、特定の従業員の適正配置という人事管理上の必要性とを結びつけて、両者を併せて配転命令の業務上の必要性を肯定した判断手法は、実務上参考になります。

注目すべきは、本件においては、原審(横浜地裁令和4年12月9日判決)と本判決とが、いずれも東亜ペイント事件最高裁判決の同じ判断枠組みを採用し、認定事実にも大きな相違がないにもかかわらず、業務上の必要性、不当な動機・目的、不利益の程度のいずれの観点においても、正反対の評価に至っている点です。

両判決の判断を比較すると、以下のとおりです。

観点原審(横浜地裁令和4年12月9日判決)本判決(東京高裁令和5年8月31日判決)
業務上の必要性新部門の実体は乏しく、被控訴人に行わせた業務も公刊物の引用で足りるものであって、新部門設立及び被控訴人の同部門への配置の必要性は認め難い。被控訴人の勤務態度に問題があったとしても、他の同種施設への異動で足り、訪問リハビリテーション以外の業務を行わせる必要性はなかった産業理学療法の知見を取り入れた新部門を設立する企業運営上の必要性が十分に肯定される。被控訴人の勤務状況を踏まえれば、被控訴人を新部門に配置する人事管理上の必要性も肯定される。人事管理目的での人員配置も、濫用にわたらない限り企業の合理的運営として許容される
不当な動機・目的業務上の必要性を欠く人事管理目的の異動は、実質において懲罰を目的とするものであり、就業規則の懲戒手続を潜脱する不当な目的に基づく配転命令である退職勧奨等の事実は認められず、嫌がらせ・退職強要目的をうかがわせる事情もない。仮に被控訴人の適性配置の必要性が重視されていたとしても、そのことのみから直ちに嫌がらせや懲罰目的によるものとはいえない
不利益の程度賃金・労働条件に変更はないが、職制上他の職員から切り離されて孤立し、上位役職者から業務上の成果物等について厳しく精査され叱責を受ける状況は、通常甘受すべき程度を逸脱した職業上著しい不利益である職種・賃金・休日・終業時刻に変更はなく、通勤時間が15分ほど長くなった点は通常甘受すべき程度の不利益にとどまる。技術・ノウハウの劣化やりがいの喪失といった主張は、職種限定の合意がない以上、主観的な不利益の域を出ない
結論配転命令は権利濫用として無効。慰謝料50万円を認容配転命令は権利濫用にあたらず有効。被控訴人の請求をいずれも棄却

配転命令の有効性判断は事実評価の幅が広く、第一審で敗訴したとしても控訴審で結論が覆る可能性が十分にあるということを示す事例といえます。企業の担当者の皆様には、配転命令の合理性を裏付ける主張・立証を粘り強く積み上げていく姿勢が求められます。

2 本判決から読み取れる実務上の意義

本判決から読み取ることのできる実務上の意義として、以下の点を指摘することができます。

(1)人事管理目的の配転が許容されることの明示

本判決は、人事管理目的の配転を懲戒手続の潜脱と評価する原審の論理を否定し、「人事管理目的での人員配置をすることも、これが濫用にわたらない限り、企業の合理的運営として許容される」と明示しました。

勤務態度に課題のある従業員への対応として、いきなり懲戒処分に踏み切るのではなく、その前段階で配転を選択する余地が確認された点は、企業の人事担当者にとって重要な意味を持ちます。

(2)配転先・業務内容の選定に関する使用者の裁量

本判決は、他の同種施設等への異動で足りたとする代替手段論に立ち入らず、「企業において、どの職員にどのような業務を担当させるか等は、企業たる使用者がその人事権を行使し、労働力の適正配置や業務運営の円滑化等を図っていく中で、合理的な裁量をもって決定していくべき事柄」と判示しました。

配転先の選定や配転後に担当させる業務の内容について、使用者の裁量を広く認める姿勢を示した点は、企業の人事運営上、参考になります。

(3)配転命令の有効性は発令時の状況によって判断されること

本判決は、配転後に実際に行わせた業務の実体の乏しさを業務上の必要性を否定する根拠とした原審の論法を採りませんでした。

配転命令の有効性は、原則として発令時の状況によって判断されるべきものであり、配転後の業務実態をもって発令時の判断を遡って否定することには慎重であるべきであるという考え方を示唆する点で、実務上の意義があります。

(4)職種限定合意の有無の意義

本判決は、「ノウハウの劣化」や「やりがいの喪失」といった従業員の主観的な不利益について、職種限定の合意がない以上、これを過大に評価することは適切ではないと明確に示しました。

職種限定の合意の有無が、配転命令の有効性判断における不利益評価の前提として重要な意味を持つことを改めて確認した点でも、注目すべき判断といえます。

3,企業の人事担当者に求められる対応

本判決から、企業の担当者の皆様には、以下のような対応が求められると考えられます。

番号対応事項内容
(1)業務上の必要性を裏付ける客観的資料の準備配転命令を発令するにあたっては、その業務上の必要性を、企業運営上の必要性と人事管理上の必要性の両面から整理し、いずれの観点からも合理的な説明ができるよう、客観的な資料を準備しておくことが重要です。本件では、業務上災害の発生状況や職員の高齢化等の客観的データが、新部門設立の必要性を裏付ける材料となりました。
(2)対象従業員の勤務状況・人事評価記録の蓄積対象となる従業員の勤務状況や人事評価の記録を、日常的に適切に蓄積しておくことが求められます。本件では、被控訴人の訪問件数、新規利用者割り当てへの対応、人事評価の内容等が具体的に認定され、人事管理上の必要性を基礎付ける重要な事実となりました。配転命令の有効性は、配転発令の時点までに積み上げられた事実によって判断されるため、平時からの記録の整備が肝要です。
(3)配転後の労働条件の維持配転後の労働条件について、給与、休日、勤務時間等の処遇を可能な限り維持することが、不利益の程度を抑え、配転命令の有効性を支える重要な要素となります。
(4)雇用契約書・就業規則の整備状況の点検職種限定の合意の有無は、配転命令の有効性判断の出発点に位置するため、雇用契約書や就業規則の整備状況を改めて点検しておくことが望まれます。

配転命令は、一度発令すれば従業員との関係に大きな影響を及ぼす人事措置であり、その判断には、個別の事情を踏まえた慎重な検討が求められます。配転命令の発令を検討される際には、事前に弁護士に相談し、法的リスクを的確に把握された上で進められることをお勧めします。

おわりに

配転命令の有効性をめぐる紛争は、企業と従業員との信頼関係に深刻な影響を及ぼし、訴訟に発展した場合には、企業に大きな負担をもたらします。

配転命令の発令前の段階から、対象従業員の選定、業務上の必要性の整理、配転後の処遇の設計、対象従業員への説明の方法等について、弁護士に相談されることが、紛争の予防と円滑な人事運営のために有益です。

当事務所では、配転命令を始めとする人事労務分野のご相談・ご依頼を多数お受けしております。配転命令の発令を検討されている企業の担当者の方、現に配転命令をめぐる紛争に直面されている企業の担当者の方は、お気軽に当事務所までご相談ください。


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