はじめに
著名な彫刻家の作品が無断で複製され、販売された場合、著作権者はどのような損害賠償を請求できるのでしょうか。また、その損害額はどのように算定されるのでしょうか。
今回のコラムでは、文化勲章受章者である彫刻家・富永直樹氏のブロンズ像が無断で複製・販売された事案について、裁判所が著作権法114条3項に基づく許諾料相当額の算定方法を判示した大阪地裁令和2年1月14日判決をご紹介いたします。
上記大阪地裁判決は、美術品の著作権侵害における損害額の算定にあたり、過去の許諾契約における許諾料を出発点としつつ、侵害時期の市場環境等を考慮して許諾料相当額を認定した裁判例です。
美術品や工芸品を取り扱う企業にとって、著作権管理のあり方を考える上で実務上参考となる判決です。
事案の概要
本件は、著名な彫刻家である故・富永直樹氏(文化功労者・文化勲章受章者)の単独相続人である原告が、被告に対し、著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償を請求した事案です。
被告は、美術工芸品の販売業を営む者であり、平成16年ころから平成28年ころまでの間、富永氏及び原告の許諾を得ずに、富永氏の彫刻作品(ブロンズ像)の複製品を第三者に依頼して製造させ、正規品を装って販売していました。
無断複製の対象となった作品及び数量は、以下のとおりです。
| 番号 | 作品名 | 複製数量 |
|---|---|---|
| ① | クリスマス・イブ(小) | 39体 |
| ② | パリ祭 | 20体 |
| ③ | 初舞台 | 16体 |
| ④ | 大将の椅子 | 17体 |
| ⑤ | トルコの貴婦人 | 11体 |
| ⑥ | トスカーナの女 | 5体(争いあり) |
被告は、ロストワックス鋳造法により鋳型を用いて複製品を製造し、着色業者に着色させた上で、正規品を装う打刻認証を施して販売していました。また、被告は、鋳造業者との間で作品名に符丁(隠語)を用いるなどしていました。
なお、被告は、「大将の椅子」の複製品を販売した行為等について、著作権法違反により罰金70万円の刑事処分を受けています。
原告は、著作権法114条3項に基づき、許諾料相当額として合計1億2580万円の損害賠償を請求しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点番号 | 争点の内容 |
|---|---|
| 争点① | 被告が「トスカーナの女」を複製したか否か及びその数 |
| 争点② | 著作権法114条3項に基づく許諾料相当額(損害額)の算定 |
裁判所の判断
争点① 被告が「トスカーナの女」を複製したか否か及びその数について
裁判所は、被告が「トスカーナの女」を5体複製したと認定しました。
まず、裁判所は、自白の成否について、被告が答弁書において「トスカーナの女」を含む作品の複製を認める旨を陳述していた経緯に照らし、「トスカーナの女」を複製したことについて自白が成立していると判断しました。
次に、裁判所は、その後、被告から主張された自白の撤回の可否について、以下の事情を認定し、被告の自白は真実に反するものではないから、その撤回は認められないと判断しました。
| 番号 | 考慮事実 |
|---|---|
| 1 | 被告自身が警察官面前調書において「トスカーナの女」を複製した旨供述していたこと |
| 2 | 鋳造業者の代表者が警察官面前調書において、被告からの依頼で「トスカーナの女」を約5体鋳造したと述べ、請求書の「篭地蔵」が「トスカーナの女」を指す旨の付記をしたこと |
| 3 | 被告が鋳造業者に対し「篭地蔵」なる作品5体の制作を依頼した具体的内容が何ら明らかにされていないこと |
| 4 | 「トスカーナの女」はかごを持つ女性の立像であり、被告及び鋳造業者が本件各ブロンズ像について外見をイメージさせる符丁を使用していたことに鑑みると、「篭地蔵」が「トスカーナの女」を指す符丁であると解することは不自然ではないこと |
| 5 | 鋳造業者の代表者は他の作品の鋳造数についても説明しており、その大半は被告も製造を認めるものであって、供述内容の信用性は高いこと |
争点② 許諾料相当額(損害額)の算定について
裁判所は、許諾料相当額について、過去の許諾契約における許諾料の半額をもって、侵害時期に対応する許諾料相当額とするのが相当であると判断し、合計6290万円の損害賠償を認容しました。
裁判所は、まず、著作権法114条3項の趣旨について、以下のとおり判示しました。
著作権法114条3項は、「著作権者…は、故意又は過失によりその著作権…を侵害した者に対し、その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。」旨規定し、使用料相当額の請求を認めるところ、これは、民法709条、著作権法114条1項及び2項の主張立証が困難な場合であっても、著作権者に最低限の損害賠償を保証する趣旨であると解されている。
その上で、裁判所は、美術作品の著作権の許諾の特性について、以下のとおり重要な判示をしました。
著作権の許諾は、多くの場合、特許権の実施許諾契約の場合に見られるように、実施権者が、自らの製品の一部に当該特許発明を用いて製造するといった態様ではなく、許諾を受けた者が、当該著作物をそのままの形で使用する態様が採られ、他の著作物による代替も予定されていない。また、本件のような著名な芸術家による高価な芸術作品の複製に関する許諾の場合には、大量の複製品の製造及び流通は通常予定されておらず、許諾を受けた者が制作する複製品の品質の評価が、著作者である芸術家の評価に直接影響することから、許諾に際し、慎重な選考が行われたり、複製品の製造数量が限定されたり、複製品の価格設定を著作権者が行ったり、比較的高い料率が設定されたりすることが考えられる。
裁判所は、許諾料相当額の算定にあたり、以下の事情を総合的に考慮しました。
許諾料を維持する方向に働く事情
| 番号 | 考慮事実 |
|---|---|
| 1 | 平成元年から平成23年までの間に、各作品の販売価格を基礎としてその約10~40%の額の許諾料で複製の許諾がなされていたこと |
| 2 | 具体的な許諾料は、複製品の制作者との協議の上で富永氏が決定しており、減額はされなかったこと |
| 3 | 作品の販売価格についても富永氏が原則として値引きを行わせなかったこと |
| 4 | 平成18年ころにおける各作品の販売価格は、許諾料が定められた際に基礎とされた販売価格とほぼ同水準であったこと |
許諾料を減額する方向に働く事情
| 番号 | 考慮事実 |
|---|---|
| 1 | 原告が著作権を相続した後にどの程度許諾料を得たかの証拠が提出されていないこと |
| 2 | 平成18年の回顧展の後の販売価格・数量に関する証拠が提出されていないこと |
| 3 | 「大将の椅子」について、平成23年以降は許諾先が倒産し製造販売されず、他の者への許諾もなされていないこと |
| 4 | 令和元年のオークションにおける「大将の椅子」の最低入札価格が68万円とされていること(以前の販売価格は450万円) |
| 5 | 過去の許諾料に関する合意が平成元年から平成9年にかけてなされたものであること |
一方で、裁判所は、侵害者が安価に販売したことを理由に許諾料相当額を引き下げることについて、以下のとおり判示し、これを否定しました。
本件のように、著作権者の側が、一定の水準以下では複製も、複製品の販売も認めないとしている場合に、無断で複製を行った者がこれを廉価で販売することで、侵害者の利益に合わせて許諾料相当額の水準を大きく下落させることは、(中略)著作権法114条3項の趣旨を没却することになり、相当でないというべきである。
以上を踏まえ、裁判所は、過去の許諾契約における許諾料の半額をもって許諾料相当額と認定し、合計6290万円の損害賠償を認容しました。認定された許諾料相当額は、以下のとおりです。
| 番号 | 作品名 | 1体あたり許諾料相当額 | 複製数量 | 小計 |
|---|---|---|---|---|
| ① | クリスマス・イブ(小) | 30万円 | 39体 | 1,170万円 |
| ② | パリ祭 | 75万円 | 20体 | 1,500万円 |
| ③ | 初舞台 | 40万円 | 16体 | 640万円 |
| ④ | 大将の椅子 | 90万円 | 17体 | 1,530万円 |
| ⑤ | トルコの貴婦人 | 75万円 | 11体 | 825万円 |
| ⑥ | トスカーナの女 | 125万円 | 5体 | 625万円 |
| 合計 | 6,290万円 |
コメント
本判決には、以下のような実務上の意義があると考えられます。
(1)許諾料相当額の算定方法を具体的に判示した意義
裁判所は、過去の許諾契約における許諾料を出発点としつつ、侵害時期の市場環境等を総合考慮して許諾料相当額を認定しました。美術品の著作権侵害において、許諾料相当額の算定が争われた裁判例は多くなく、本判決は、算定の際に考慮すべき事情を具体的に示した点で参考になります。
(2)侵害者による廉価販売を理由とする許諾料の引下げを否定した意義
裁判所は、著作権者が一定の水準以下での複製・販売を認めていない場合に、侵害者が廉価で販売したことに合わせて許諾料相当額を引き下げることは、著作権法114条3項の趣旨を没却するとして、これを否定しました。
この判示は、著作権者の価格維持の意思を尊重したものであり、特に、ブランド価値の維持を重視する美術品・高級品の著作権者にとって重要な意味を持ちます。
(3)著作権管理の重要性に関する示唆
本件では、過去の許諾契約における許諾料の存在が、損害額の認定にあたって有利に働きました。一方で、相続後の許諾料の取得状況や販売実績に関する証拠が提出されなかったことは、許諾料相当額が半額に減額される一因となりました。
このことは、著作権を管理する者にとって、許諾契約の締結・管理や、日頃から市場における作品の取引状況の記録を適切に行うことの重要性を示唆しています。
(4)企業等に求められる対応
美術品やブロンズ像等の美術工芸品を取り扱う企業においては、取扱作品の著作権の帰属や許諾の有無を確認することが求められます。また、著作権者の側においては、許諾契約の記録を適切に管理し、市場における作品の流通状況を把握しておくことが、万が一の著作権侵害に対する損害賠償請求において有利に働くと考えられます。
著作権の管理体制について不安がある場合には、弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。
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