映画や小説、企画書などの「まだ公表していない作品」を、報道機関が無断で記事に引用したら、どのような法的問題が生じるのでしょうか。
知的財産高等裁判所令和5年2月7日判決(令和4年(ネ)第10059号)は、公開直前に公開延期となった成人映画について、その未公表脚本の一部を週刊誌が無断で引用した行為が、脚本制作者の著作者人格権(公表権)を侵害すると判断しました。
本判決は、①報道目的による著作物の利用を認める著作権法41条が、著作者人格権である公表権を制限する根拠にはならないこと、②限定された参加者による試写会は「公衆への提示」に当たらないことを明らかにしており、コンテンツ制作者・出版社・報道機関にとって参考となる先例です。
今回のコラムでは、企業のコンテンツ担当者・広報担当者・編集者の方を念頭に、上記知財高裁判決のポイントをわかりやすく解説いたします。
事案の概要
控訴人X1は、ある成人向け映画(以下「本件映画」といいます。)の脚本(以下「本件脚本」といいます。)を制作し、本件映画の監督を務めた人物です。控訴人X2は、控訴人X1とともに本件脚本を制作した人物です。
被控訴人新潮社は、平成30年3月1日発売の週刊新潮2018年3月8日号(以下「本件週刊誌」といいます。)において、本件映画が昭和天皇をモデルとした「不敬映画」であるなどとする記事(以下「本件記事」といいます。)を掲載し、その中で本件脚本の一部を引用しました。本件映画は、本件週刊誌の発売前に公開延期とされ、その後公開中止となっています。
これに対し、控訴人らは、被控訴人新潮社に対し、①本件記事の記載が控訴人らの名誉を毀損すると主張して損害賠償等を請求し、②本件脚本を無断で引用した行為が著作者人格権(公表権)を侵害すると主張して損害賠償を請求しました。あわせて、控訴人X1は、本件映画の著作権を譲り受けた被控訴人オーピー映画らに対し、本件映画の公開中止やデータの廃棄に係る損害賠償等を請求しました。
原審は、公表権侵害に係る請求の一部のみを認容し、その余を棄却したため、双方が控訴・附帯控訴したものです。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件記事の各記載について名誉毀損が成立するか |
| 争点② | 名誉毀損が成立するとして、違法性又は故意若しくは過失が認められるか |
| 争点③ | 本件脚本を週刊誌に引用した行為が著作者人格権(公表権)を侵害するか(試写会による公表の有無、著作権法41条との関係を含む) |
| 争点④ | 本件映画の公開を中止したことにより、控訴人X1の期待権が侵害されたといえるか |
| 争点⑤ | 本件映画に係る映像素材データを廃棄したことにより、控訴人X1の人格権が侵害されたといえるか |
| 争点⑥ | 本件映画の著作権譲渡契約が、債務不履行により解除されたといえるか |
裁判所の判断
争点① 本件記事の各記載についての名誉毀損の成否
裁判所は、本件記事中の各記載のうち、本件映画を「不敬映画」と評価する記載(本件記載1)等については、控訴人らの社会的評価を低下させるものであることを認めました。
本件記載1について、裁判所は次のように判示しています。
「本件映画を制作すること自体、社会的に許されないとされるおそれがある旨の意見ないし論評を表明することにより、本件映画を制作した控訴人らの資質等に問題があるとの印象を与えるものであるから」、控訴人らの社会的評価を低下させるものと認められる。
争点② 違法性又は故意若しくは過失の有無
裁判所は、本件記載1については、本件記事の掲載が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあったとした上で、前提とする事実の重要な部分が真実であり、意見ないし論評としての域を逸脱したものともいえないと判断し、不法行為の成立を否定しました。本件記載2から4についても、それぞれ違法性が否定され、又は被控訴人新潮社に故意若しくは過失がないとして、不法行為の成立を否定しました。
公共の利害に関する事実該当性について、裁判所は次のように判示しました。
「およそ公開が予定されていた映画の公開がその直前になって延期されることは、社会的に異例の事態であって、本件映画自体に関心がある者であるか、そうでない者であるかに関わりなく、社会一般の関心が高い出来事であるといえる。」
また、論評の域の逸脱の有無について、裁判所は次のように判示しています。
「本件記載1には、本件映画が不敬映画であって、そのような本件映画を制作すること自体、社会的に許されないとされるおそれがある旨の意見ないし論評が表明されているものの、本件映画の脚本を制作し、監督を務めた控訴人X1個人又は本件映画の脚本を制作した控訴人X2個人を殊更に攻撃するような表現は認められない。」
争点③ 本件脚本の無断引用と公表権侵害
裁判所は、本件脚本の無断引用行為について、控訴人らの著作者人格権(公表権)の侵害を認めました。
ア 試写会による公表の有無
被控訴人新潮社は、本件試写会において本件脚本が公衆に提示されたから、本件脚本は既に公表されていると主張しました。しかし、裁判所は、本件試写会の参加者の構成等に照らして、本件脚本が公衆に提示されたとはいえないと判断しました。
すなわち、裁判所は、本件試写会について、次のとおり認定しています。
| 認定事項 | 内容 |
|---|---|
| 試写会の性質 | 映倫の審査のための試写と被控訴人大蔵映画の社内試写を兼ねたものである |
| 参加者の総数 | 映倫の審査員と、その余の14名 |
| 内訳 | 14名のうち9名は被控訴人大蔵映画の社員であり、外部の者は評論家、ライター、スチールマン等の僅か4名にすぎない |
| 外部参加者の属性 | 4名はいずれも控訴人X1の知り合い等であった |
その上で、裁判所は、次のように判示しました。
「仮に、当該評論家やライターにおいて、本件映画について評論を書くなどの予定があったとしても、上記の者らが参加したにすぎない本件試写会において本件映画が上映されたことをもって、本件脚本が特定かつ多数の者である公衆に提示されたものと評価することはできない。」
イ 著作権法41条と公表権との関係
被控訴人新潮社は、本件記事の掲載は時事の事件(本件映画の公開中止)の報道に該当し、本件脚本の引用は著作権法41条によって許されると主張しました。しかし、裁判所は、この主張を退け、次のように判示しています。
「著作権法41条は、著作権の制限に関する規定(同法第2章第3節第5款)であり、現に、同法50条は、『この款の規定は、著作者人格権に影響を及ぼすものと解釈してはならない。』と定めるところであるから、本件脚本が報道の目的で利用される場合であっても、本件脚本に係る控訴人らの公表権が制限されると解することはできない。したがって、仮に、本件記事の掲載が時事の事件の報道に該当し、本件脚本が当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られる著作物であり、かつ、本件週刊誌において、本件脚本が報道の目的上正当な範囲内で利用されたものであったとしても、本件脚本を控訴人らに無断で本件週刊誌に掲載する行為は、本件脚本に係る控訴人らの公表権を侵害するものである。」
裁判所は、以上を踏まえ、控訴人らそれぞれにつき33万円及び遅延損害金の支払を求める限度で公表権侵害を理由とする請求を認容しました。
争点④ 本件映画の公開中止と期待権侵害の成否
控訴人X1は、本件基本契約等に照らせば、本件映画が公開されることに対する期待は法的に保護される利益に当たると主張しました。しかし、裁判所は、次のとおり判示し、この主張を採用しませんでした。
「映画を公開するか否かの決定権は、著作権に含まれる権利(上映権)として著作権者が専有するものであるし、取引通念に照らしても、映画を制作した映画監督等から当該映画やその著作権を買い取った映画会社等は、当該映画を公開するのが当然であるとまでいうことはできない。被控訴人オーピー映画が本件映画の公開を予定して控訴人X1から本件映画を買い取ったなどの控訴人X1が主張する事情を考慮しても、本件映画と共にその著作権を被控訴人オーピー映画に譲渡した控訴人X1が抱いたであろう上記の期待は、いまだ事実上のものであるといわざるを得ず、これが法的に保護された権利ないし利益であるということはできない。」
争点⑤ 映像素材データの廃棄と人格権侵害の成否
控訴人X1は、本件映画に係る映像素材データの廃棄により、自己の人格権が侵害されたと主張しました。しかし、裁判所は、本件映画の著作権を被控訴人オーピー映画に譲渡している以上、控訴人X1はもはや本件映画を利用する権利を有しておらず、また、被控訴人大蔵映画らが私企業として保存すべき映画等についての選択の自由を有していることにも照らし、当該廃棄により控訴人X1の法律上保護される権利ないし利益が侵害されたとはいえないと判断しました。
裁判所は、次のように判示しています。
「控訴人X1は、本件映画と共にその著作権を被控訴人オーピー映画に譲渡している以上、もはや本件映画を利用する権利を有しておらず、加えて、被控訴人大蔵映画らが私企業であり、上映すべき映画、保存すべき映画等についての選択の自由を有しているものと解されることにも照らすと、被控訴人大蔵映画らが本件映画の全部又は一部を構成する本件データ等を廃棄したとしても、控訴人X1が本件映画の著作権に優先する人格権その他の法律上保護される権利ないし利益を有しているとはいえず、当該廃棄によりこれが侵害されるということにはならない。」
争点⑥ 著作権譲渡契約の解除の成否
控訴人X1は、被控訴人オーピー映画の債務不履行を理由とする本件著作権譲渡契約の解除を主張しましたが、裁判所は、原審の判断を維持し、解除を認めませんでした。
コメント
本判決は、著作物が「公表」されたといえるかどうかの判断、及び報道目的による引用と著作者人格権との関係について、実務上参考となる判断を示したものです。著作者人格権のうち同一性保持権や氏名表示権に関する裁判例と比較すると、公表権の解釈・適用が正面から争われた裁判例はそれほど多くありません。
本判決は、こうした中で、未公表の著作物が第三者により無断で利用された場面における公表権侵害の成否について判断を示した先例として、参考となるものです。
(1)本判決の意義
ア 試写会・社内試写・内覧会と「公表」の判断
本判決は、限定された関係者を対象とする試写会・社内試写・関係者向け内覧会等は、参加者の人数や属性によっては、「公衆への提示」に当たらず、公表権の対象である「未公表の著作物」のままであることを改めて明らかにしました。
コンテンツの完成前後に行われる関係者向けの内覧やプレビューが「公表」に当たるかは、参加者が「特定かつ多数の者」といえるかにより判断されることになります。
イ 著作権法41条(時事の事件の報道のための利用)と公表権との関係
本判決は、著作権法41条が定める時事の事件の報道のための利用は、財産権としての著作権を制限するものにすぎず、著作者人格権である公表権を制限するものではないことを明確にしました。
報道機関が時事の事件に関連して未公表の著作物(脚本、企画書、内部資料、社内メモ等)を記事に引用する場合には、公表権侵害のリスクが残ることに留意する必要があります。
ウ 公表権の範囲(時期・方法・態様)と同意の範囲
本判決の原審は、公表権の内容について、「公表権には、公表の時期、方法及び態様を決定する権利も含まれると解するのが相当である」とし、控訴人X1が公表につき同意したのは「飽くまで、本件試写会におけるものにとどまる」と判示しました。控訴審判決もこの判断を維持しています。
仮にある形態での公表(例えば社内向けの試写)に同意していたとしても、それを超える別形態での公表(例えば週刊誌への掲載)にまで同意していたことには当然にはならない、ということになります。コンテンツの利用に当たっては、利用の時期、方法及び態様ごとに著作者の同意の範囲を確認することが重要です。
エ 著作権譲渡後における作品の公開・廃棄をめぐる権利関係
本判決は、映画監督等が制作した作品について、その著作権を譲渡した後は、当該作品が現実に公開されることへの期待は事実上のものにとどまり、法的保護に値する権利ないし利益とはいえないとしました。
クリエイターと著作権譲受会社との間で、公開の有無や時期、廃棄等についてトラブルが生じることを避けるためには、契約段階において、公開・宣伝・保存・廃棄等に関する取扱いを明確に合意しておくことが重要です。
(2)企業等に求められる対応
本判決から、企業側・クリエイター側のそれぞれに求められる対応として、次のような点が考えられます。
ア コンテンツを利用・取得する企業側(出版社・編集部・権利譲受会社等)に求められる対応
| 場面 | 求められる対応 |
|---|---|
| 他社の未公表作品(脚本、企画書、社内資料、ドラフト原稿等)を記事や書籍等に引用する場合 | たとえ報道目的であっても、著作権法41条のみを根拠に安心することはできません。事前に著作者の同意を得るか、著作物そのものを引用しない形で報道する方法を検討することが望まれます。 |
| ある形態での公表に同意を得ている著作物を、別の媒体・別の形態で利用する場合 | 改めて利用の時期・方法・態様について、著作者の同意の範囲を確認することが望まれます。 |
| 映像作品・出版物等の権利を譲り受ける場合 | 作品の公開・廃棄等をめぐるクリエイターとの紛争を予防するため、契約段階で公開・宣伝・保存・廃棄に関する取扱いや協議義務の有無を明示しておくことが望まれます。 |
イ コンテンツを制作するクリエイター側に求められる対応
| 場面 | 求められる対応 |
|---|---|
| 作品の試写会・内覧会・関係者プレビュー等を実施する場合 | 参加者の範囲・人数・属性を記録しておくことが、後日「未公表」であることを主張する上で有用です。 |
| 関係者向けに作品(脚本、企画書、ドラフト等)を提供する場合 | 提供の目的・範囲・利用方法を書面で明示しておくことで、後日、想定外の形態での利用が行われた場合に公表権侵害を主張する上で有用です。 |
| 制作した作品の著作権を譲渡する場合 | 譲渡後の作品の公開・宣伝・保存・廃棄等に関する取扱いや協議の機会について、契約上明確に合意しておくことが望まれます。 |
未公表の著作物の取扱い、報道目的による引用の可否、作品の公開・廃棄をめぐるクリエイターとの契約設計等は、関係する法令・契約・取引慣行が複雑に絡み合う分野であり、個別の事案ごとに丁寧な検討が必要です。
当事務所では、出版社、映像制作会社、コンテンツ事業者、クリエイターの皆さまから、こうした著作権・著作者人格権をめぐるご相談を多く承っております。
紛争となる前の予防的なリーガルチェック、契約書のレビュー・作成、紛争となった後の交渉・訴訟対応まで、幅広く対応しておりますので、お気軽にご相談ください。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

