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有期労働契約の試用期間中の解雇の有効性(東京高裁令和5年4月5日判決:人事担当者のための労働法)

有期労働契約(期間の定めのある労働契約)においても、試用期間を設けることがあります。では、有期労働契約の試用期間中に従業員を解雇する場合、どのような法的基準が適用されるのでしょうか。

この点について正面から判断を示した裁判例として、東京高裁令和5年4月5日判決があります。本判決は、有期労働契約の試用期間中の解雇について、留保解約権の行使としての合理性・相当性に加え、労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」も必要であるとの判断枠組みを示しました。

今回のコラムでは、上記東京高裁判決の事案及びポイントを整理した上で、企業の労務管理上の留意点について解説いたします。

事案の概要

本件は、建具工事業等を目的とする従業員8人から10人程度の株式会社(被控訴人)が、事務職員として採用した控訴人を、試用期間中に解雇した事案です。

控訴人は、令和元年10月14日、被控訴人との間で、雇用期間を1年間(1年ごとの契約更新)、当初3か月間を試用期間とする有期労働契約を締結しました。控訴人は、履歴書に「事務の経験は3年程、電話応対や契約書類の作成、請求書の作成などをさせていただいていました。」と記載しており、被控訴人は、控訴人に文書作成業務を中心とする業務を行わせる目的で採用しました。

しかし、控訴人は、小口精算帳簿へのデータ入力や見積書の作成といった比較的単純な文書作成業務において、多数の誤記、記入漏れ、二重計上等のミスを繰り返しました。上司であるCが赤字で訂正を入れて指導しても、再提出した書類にも同種の誤りが残るという状態が、令和元年10月から12月にかけて継続しました。

被控訴人は、試用期間中の令和元年12月25日、控訴人を解雇しました(試用期間3か月のうち約2か月10日が経過した時点)。

控訴人は、本件解雇は無効であると主張し、労働契約上の地位確認と未払賃金の支払を求めて提訴しました。原審(第一審)は解雇を有効と判断し、控訴人が控訴しましたが、東京高裁も控訴を棄却しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号争点の内容
争点①本件解雇の有効性(能力不足を理由とする解雇の可否)
争点②本件解雇の有効性(その余の解雇事由の有無)
争点③本件労働契約の更新の有無

なお、裁判所は、争点①のみで解雇を有効と判断し、争点②及び争点③については判断していません。

裁判所の判断

争点① 能力不足を理由とする解雇の有効性について

1. 有期労働契約の試用期間中の解雇に適用される法的基準

裁判所は、まず、有期労働契約の試用期間中の解雇に適用される法的基準について、以下のとおり判示しました。

使用者による試用期間経過後の労働者に対する留保解約権の行使は、本採用後の通常解雇より広い範囲で認められるべきであるが、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されると解するのが相当である(前掲・最高裁昭和48年12月12日大法廷判決参照)。

また、有期労働契約における解雇は、労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」がある場合にのみ許されるところ、本件は、有期労働契約に設けられた試用期間中の解雇(留保解約権の行使)であるから、試用期間経過後の留保解約権の行使が認められる客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得るという上記の基準に加え、有期労働契約における解雇に要求される上記「やむを得ない事由」があることをも要するものと解される。ただし、本件で試用期間が設けられた(解約権が留保された)趣旨にも鑑み、また、試用期間中の解雇ではあるものの、上記「やむを得ない事由」の存否の判断は若干緩やかに行うことが相当である。

2. 能力不足の認定

裁判所は、控訴人の能力不足について、具体的な事実に基づき認定しました。裁判所が認定した主な事実は、以下のとおりです。

小口精算帳簿のデータ入力における誤り

対象月認定された誤りの内容
令和元年10月分現場名の誤入力(10か所の異なる現場を全て「虎ノ門」と入力)、取引先名の入力漏れ、二重計上等。Cが赤字で訂正後の再提出でも、取引先名の入力漏れや二重計上、日付・金額の誤記が残存
令和元年11月分取引先名の入力漏れ、現場名の誤記、多数の入力漏れ。Cによる2度の訂正指示後の再訂正版でもなお誤記が残存
令和元年12月分現場名の誤記(「虎ノ門」を「西新橋」等)、取引先名の入力漏れ、二重計上

見積書の作成における誤り

見積書認定された誤りの内容
K社宛て見積書作成日付の誤記、文字の切れ、金額のカンマ漏れ、数量の小数点以下の脱落、工種の記入漏れ、誤記、全角・半角の不統一等
M社宛て見積書表紙の会社名・住所欄に「定価 15.300円」等の誤表記、工事名・工事場所・支払条件欄の明らかな誤記、備考欄の余事記載等

裁判所は、これらの事実を踏まえ、以下のとおり判示しました。

控訴人は、小口精算帳簿へのデータ入力や、見積書の作成(原案の転記)といった、比較的単純な文書作成業務においても、多くの誤記や記入漏れ、二重計上等を生じさせたものであり、この中には、上記②の見積書のように、一見して表紙に誤りがあることに当然気付くものも含まれている。しかも、これらの誤記等に対し、Cは赤字で訂正を入れており、これに加えて口頭でも説明するなどの適宜の対応をしていたことが認められるところ、その後も控訴人は同様の誤記等を繰り返したものである。いずれにせよ、控訴人がデータ入力をした小口精算帳簿や見積書は、会計帳簿としての使用や取引先への提出書面としての使用に耐えられるものではなく、控訴人の事務職員としての能力は、被控訴人において合理的に期待していた程度を著しく下回るものであったといわざるを得ない。

3. 解雇の有効性の判断

裁判所は、能力不足の認定に加え、以下の考慮要素を総合的に検討し、本件解雇を有効と判断しました。

考慮要素内容
指導による改善の見込みCの度重なる対応によっても、能力不足は改善しなかった
採用時の期待との乖離控訴人は「事務の経験は3年程」「契約書類の作成、請求書の作成」をしていた旨を履歴書に自ら記載しており、採用時に能力不足を把握することは困難であった
配置転換の可能性従業員数8人から10人程度の小規模企業であり、事務職員は2人のみで、他の部署への異動は困難ないし不可能
試用期間の経過状況3か月の試用期間のうち約2か月10日が経過した時点での解雇であり、試用期間の大半が終了していた
その他の事情控訴人の不適切な発言、夫による不当請求への関与の疑い、書類物色の疑い等の事情が相次いだ

裁判所は、以上の考慮要素を踏まえ、以下のとおり結論づけました。

試用期間中の留保解約権の行使としてされた本件解雇には、解約権の留保の趣旨・目的に照らして、客観的な合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認されるものであり、かつ、(中略)解雇には労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」の存在が必要であるところ、先に述べた緩やかな判断を行うまでもなく、当該事由があったというべきである。

コメント

1. 本判決の意義

(1)本判決が示した判断枠組み

本判決は、有期労働契約の試用期間中の解雇については、以下の2つの基準をいずれも満たす必要があるとの判断枠組みを示しました。

基準内容根拠
基準1解約権留保の趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得ること三菱樹脂事件最高裁判決(最判昭和48年12月12日)
基準2労働契約法17条1項の「やむを得ない事由」があること労働契約法17条1項

ただし、裁判所は、試用期間が設けられた趣旨に鑑み、「やむを得ない事由」の存否の判断は「若干緩やかに行うことが相当」であるとしました。

この判断枠組みは、有期労働契約の試用期間中の解雇が、無期労働契約の試用期間中の解雇よりも厳格な基準に服することを意味しています。企業としては、有期労働契約に試用期間を設ける場合には、この点を十分に認識しておく必要があります。

(2)先行裁判例との比較

本判決と同様に、有期労働契約の試用期間中の解雇の有効性が争われた先行裁判例として、リーディング証券事件判決(東京地判平25.1.31労経速2180号3頁)があります。

同判決は、有期労働契約における留保解約権の行使が適法となるためには、三菱樹脂事件最高裁判決の基準に加えて、「労契法17条1項所定の『やむを得ない事由』に準じる特別の事由の存在を要する」としました。さらに、同判決は、具体的な要件として、「①その者を引き続き当該企業に雇用しておくことが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であること」に加え、「②雇用期間の満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由が存在するものと認められる場合」に限り適法となるとしました。

これに対し、本判決は、「やむを得ない事由」があることを要するとしつつも、試用期間が設けられた趣旨に鑑み、その判断は「若干緩やかに行うことが相当」であるとしました。リーディング証券事件判決が「やむを得ない事由に準じる特別の事由」や「特別の重大な事由」といった独自の表現を用いて要件を設定したのに対し、本判決は、「やむを得ない事由」という労働契約法17条1項の文言をそのまま用いつつ、その判断の厳格さを試用期間の趣旨に応じて調整するというアプローチを採用しています。

このように、有期労働契約の試用期間中の解雇をめぐっては、裁判例の間でも判断基準の立て方に違いがみられます。企業としては、裁判所がどのような判断枠組みを採用するかにより結論が左右される可能性があることを念頭に置く必要があります。

(3)「やむを得ない事由」の判断基準について

本判決は、「やむを得ない事由」の判断を「若干緩やかに行うことが相当」としており、有期労働契約の期間途中の通常の解雇の場合と全く同一の厳格さが求められるわけではないことも示しています。

他方で、裁判所が「緩やかに」ではなく「若干緩やかに」という限定的な表現を用いた点には留意が必要です。企業としては、有期労働契約の試用期間中の解雇であっても、「やむを得ない事由」の基準が大幅に緩和されるわけではないことを前提に、慎重な対応を行うことが求められます。

2. 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業が有期労働契約の試用期間中に従業員を解雇する場合には、以下の点に留意することが求められます。

(1)能力不足の客観的な記録化

本判決では、小口精算帳簿や見積書における具体的な誤りが詳細に認定されました。企業としては、能力不足を理由に解雇を検討する場合、業務上のミスや問題点を具体的かつ客観的に記録しておくことが重要です。

(2)指導・改善の機会の付与とその記録化

裁判所は、上司による指導の事実とその後も改善がみられなかったことを考慮要素として重視しました。解雇に先立ち、注意・指導を行い、改善の機会を与えたこと、及びそれでも改善がみられなかったことを記録として残しておくことが重要です。

(3)有期労働契約における試用期間の設計

本判決は、有期労働契約に試用期間を設けた場合、期間途中の解雇には「やむを得ない事由」が必要となることを示しました。このことは、有期労働契約における試用期間の設計について、慎重な検討が必要であることを意味します。

(4)配置転換の検討

裁判所は、従業員数や職種構成に照らし、配置転換が困難であったことを考慮要素として挙げました。企業の規模や組織体制によっては、解雇の前に配置転換の可能性を検討し、その検討結果を記録しておくことも有用です。

(5)採用時の能力確認

本判決では、控訴人が履歴書に記載した事務経験と実際の能力に乖離があったことが認定されました。企業としては、採用時に履歴書の記載内容の確認にとどまらず、実技テストの実施や前職への照会など、応募者の能力をより具体的に確認する方法を検討することも一つの選択肢です。

3. まとめ

有期労働契約の試用期間中の解雇は、無期労働契約の場合と比較して、より厳格な法的基準が適用されます。企業としては、有期労働契約に試用期間を設ける場合の法的リスクを正しく理解した上で、能力不足等の問題が生じた際には、具体的な事実の記録化、指導・改善機会の付与、配置転換の検討など、適切な手順を踏むことが重要です。

個別の事案における判断は、契約内容、業務内容、企業規模、指導の経緯等の具体的事情により異なります。試用期間中の解雇を検討される場合には、事前に弁護士に相談することが有益です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。