精神保健指定医は、措置入院や患者の行動制限の要否等を判断する権限を有する資格であり、厚生労働大臣が指定します(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」といいます。)18条1項)。
平成27年、ある大学病院において、多数の精神科医が、自ら関与していない症例のケースレポートを提出するなどして精神保健指定医の資格を不正に取得していた事実が判明しました。これを受け、厚生労働省は、全国の病院を対象として過去の指定医申請内容の点検を実施し、平成28年には、当該大学病院以外の病院に所属する医師合計89名に対し、指定医の指定取消処分を行いました。
今回のコラムで紹介する東京高裁令和3年1月27日判決(令和元年(行コ)第226号)は、この89名の処分対象者のうち、指導医の立場にあった医師Xに対する指定取消処分について、チーム医療の実情を考慮せずにカルテ記載の量及び質のみを根拠とした処分は裁量権の逸脱・濫用に当たり違法であるとして、処分を取り消した事例です。
行政処分において処分庁がどのような事項を考慮すべきか、いわゆる判断過程審査の手法を用いた裁判例として注目されるとともに、チーム医療を行う医療機関にとっても示唆に富む判決です。
事案の概要
1 前提となる制度と不正の発覚
精神保健指定医の指定を受けようとする医師(申請医)は、指導医の指導の下、自ら担当として診断・治療に十分な関わりを持った症例についてケースレポートを作成し、指導医の証明を受けて提出する必要がありました。
平成27年に、ある大学病院において、精神科全体カンファレンスで情報を共有していたにすぎない症例をケースレポートの対象としたり、先輩医師のケースレポートを使い回すなどの不正が判明し、多数の医師が指定取消処分を受けました。
2 全国調査と本件病院に対する処分
厚生労働省は、上記不正の発覚を受け、全国的な調査を実施しました。その際、同省が策定した処分基準は以下のとおりです。
| 処分基準 | 内容 |
|---|---|
| 基準① | ケースレポートに係る症例の診療録に申請医の記載が全くなく、診断・治療に十分な関わりがあったとはいえない申請医 |
| 基準② | ケースレポートに係る症例の診療録に申請医の記載が週1回未満であり、記載内容から診断・治療に十分な関わりがあったとはいえない申請医 |
| 基準③ | 申請医の不正なケースレポートにおいて指導等を行ったことを署名により証明した指導医 |
3 Xに対する処分の経緯
X(第1審原告)は、精神科の病棟長を務めるベテランの精神保健指定医でした。Xが勤務していた本件病院の精神科では、入院患者に対し、主治医、指導医及び受持医の複数の医師がチームを組んで診察・治療に当たるチーム医療体制が採用されていました。カルテの記載は、チーム内の受持医の中から選定された記載担当者が原則として行うこととされていました。
Xは、指導医として、E医師及びF医師の指定医申請に関するケースレポートに署名をしました。E医師及びF医師は、いずれもチーム医療体制の下で症例に主体的に関与していましたが、カルテ記載担当者ではなかったため、カルテへの記載は少ない状況にありました。
厚生労働省は、上記処分基準に基づき、E医師及びF医師のカルテ記載が少ないことを理由に両医師の申請が不正であると判断し、Xについても、不正な申請に指導医として署名したことが「指定医として著しく不適当」(精神保健福祉法19条の2第2項)に当たるとして、指定取消処分を行いました。
なお、X、E医師及びF医師は、処分前の聴聞手続において、チーム医療体制の下ではカルテ記載担当者以外の医師のカルテ記載が少なくなること等を説明しましたが、厚生労働省の担当官は、これらの説明に関心を示すことなく聴聞を終えたと認定されています。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 行政処分の取消訴訟において、被処分者が無過失であることを理由に処分が違法となるか(過失責任主義の適用の有無) |
| 争点② | E医師及びF医師に対する指定取消処分に裁量権の逸脱・濫用があるか(チーム医療におけるカルテ記載の量及び質のみを根拠として不正の存在を認定することの当否) |
| 争点③ | Xに対する指定取消処分が「指定医として著しく不適当」の要件を満たすか |
裁判所の判断
1 争点①(過失責任主義の適用の有無)について
裁判所は、行政処分の取消訴訟には民事法上の過失責任主義は適用されないと判断しました。判決は、以下のように判示しています。
民事法の分野におけるような過失責任主義は、行政法の分野には適用されない。好ましくない結果が生じたことについて無過失である者(通常であれば、注意義務を尽くしても、結果発生を防ぎようがなかった者)に対してされた不利益処分であっても、被処分者が無過失であることそれ自体を理由として違法となることはない。
その上で、裁判所は、無過失者に対しても結果責任的な不利益処分がなされる場合があることを認めつつ、その場合であっても司法審査は及ぶとして、以下のように判示しました。
しかし、好ましくない結果の具体的な内容や社会一般、公益に及ぼす好ましくなさの程度、そのような結果が発生した客観的な過程及び客観的な原因並びに処分の緊急の必要性の程度等を検討して、処分行政庁の判断が、重要な事実の基礎を欠くか、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くと認められる場合には、処分行政庁の処分は裁量権の逸脱又は濫用があるものとして違法となる。
すなわち、裁判所は、過失の有無にかかわらず行政処分は適法となり得るとしつつも、処分庁の判断過程に不合理な点がある場合には裁量権の逸脱・濫用として違法になると判示しました。
2 争点②(カルテ記載のみを根拠とする処分の当否)について
(1)E医師について
裁判所は、E症例においてはチーム医療体制の下でカルテ記載担当者が定められていたことから、E医師のカルテ記載の量及び質は「自ら担当として診断又は治療に十分な関わりを持った」かどうかの判断において「考慮してはならない事項であり、少なくとも重視してはならない事項である」と判断しました。
裁判所は、E医師の関与の態様を個別具体的に検討し、以下の事実を認定しました。
| 項目 | E医師の関与の内容 |
|---|---|
| 神経診察 | 入院当日に神経診察を実施し、ウェルニッケ脳症の除外鑑別を行った |
| 身体症状管理 | CPK値の上昇に対し、アルコール離脱による脱水と判断して輸液措置の継続を決定した |
| 検査の実施 | せん妄改善を判断して頭部MRI検査の実施時期を上申し、実施に至った |
| 疾患教育 | 患者の早期退院希望を踏まえ、疾患教育の早期開始を提案した |
| 治療手法の提案 | 当時紹介されたばかりの動機付け面接手法をチーム内で提唱し、自ら実行した |
これらの認定事実を踏まえ、裁判所は、次のように判示しました。
個別具体的な関与の態様を重視して判断すべきであるのに個別具体的な関与の態様を検討せず、重視すべきでないカルテ記載の量及び質に専ら依存してされたE医師に対する指定取消処分は、重視すべき事項を考慮に入れず、重視すべきでない事項を専ら考慮してされたものとして、裁量権の逸脱及び濫用があるものというべきである。
(2)F医師について
裁判所は、F医師についても同様の判断枠組みを適用し、F症例においてはチーム医療体制の下でカルテ記載担当者がG医師と定められていたことから、F医師のカルテ記載が少ないことには合理的な理由があると認定しました。
裁判所が認定したF医師の関与に関する事実は、以下のとおりです。
| 項目 | F医師の関与の内容 |
|---|---|
| 薬剤調整 | 昼夜逆転の原因が薬剤にある可能性を主治医に相談し、睡眠薬等の変更を提案した |
| 認知レベルの確認 | 易怒性に配慮しつつ、患者が応答できる範囲で認知レベルの把握に努めた |
| 鑑別診断 | 血管性認知症の要素が強いと主体的に判断し、ケースレポートに記載した |
| 環境調整 | 外出・外泊の計画と実行に主体的に関与した |
| 身体拘束の解除判断 | 当直日に患者の状態を評価し、身体拘束解除と外泊の最終許可を行った |
さらに、裁判所は、F医師の資質・能力について、以下のように認定しました。
担当医制を採用する別の病院でF医師が唯一単独の担当医として担当した認知症の症例について、F医師が試作したケースレポートであって2000字以内に収まらなかったものを、いささか無理をして2000字以内に圧縮して申請の際のケースレポートとして提出したと仮定すれば、F医師が指定医の指定を受けたことは確実であり、F医師がその後に指定医の取消処分を受けることがなかったことも確実であるという事実を推認することができる。
すなわち、裁判所は、F医師が独力でケースレポートを作成していたことや、別の病院で担当医制の下に単独で認知症の症例を2件担当してケースレポートを試作した実績があったこと等を踏まえ、F医師の資質・能力・知識は指定医の指定を受けるのに十分なものがあったと認定しました。
なお、F医師については、別訴において敗訴が確定していましたが、裁判所は、F医師が指定医に指定されたことにより社会が受けた好ましくない結果は「ほとんど無視できる程度に微小である」と認定しました。
3 争点③(Xに対する処分が「著しく不適当」に当たるか)について
裁判所は、以上の検討を踏まえ、Xに対する指定取消処分について以下のように判断しました。
まず、E医師に関しては、E医師を指定医に指定したことには何ら問題がなく、処分の前提となる事実自体が存在しないと判断しました。
E医師を指定医に指定したことには何ら問題がない。第1審原告が、指定医として指定されるべきでないE医師について指定医の指定をする結果を招いたという事実は存在しない。
次に、F医師に関しては、F医師の敗訴確定を前提としても、Xの指導は真摯かつ水準以上のものであったと評価した上で、以下のように判示しました。
カルテ記載の量が少ないことを問題とするのは、厚生労働省の担当官によるアンフェアーな後出しじゃんけんにすぎない。
そして、仮にXの指導・証明が不適当であるとの評価を免れないとしても、法定の処分要件を満たさないと判断しました。
指定医として「著しく」不適当であるとまではいえないことは、社会通念及びここまでの説示に照らし、明らかである。そうすると、第1審原告については法定の処分の要件(指定医として著しく不適当であると認められるとき)を満たさないから、本件指定取消処分は違法である。
さらに、裁判所は、カルテ記載の量及び質のみに依拠した処分基準について次のように述べています。
カルテ記載の量及び質に専ら依存した処分基準は、厚生労働省がチーム医療における医療現場の具体的実情に即した政策立案、行政運営を行っていないことを想起させ、現実の医療現場とは異なる姿、厚生労働省の本省の中で想像された仮想の現実離れした医療現場の姿を前提に作成されたものと推認され、少なくともチーム医療の現場に適用するにはアンフェアーであり後出しじゃんけん的なものといわざるを得ない。
加えて、仮に処分要件を満たすとしても、処分の量定として指定取消処分を選択することは重きに過ぎると判示しました。
処分基準が事前に周知されていれば第1審原告の指導によりF医師もF症例について相応のカルテ記載をしたことは確実であるという事実を推認することができることなどを考慮すると、本件における処分の量定として指定医の指定取消処分を選択することは、社会通念に照らして、重きに過ぎるものといわざるを得ない。
以上の判断に基づき、裁判所は、本件指定取消処分には裁量権の逸脱・濫用があり違法であるとして、処分を取り消しました。
コメント
1 本判決の意義
本判決は、行政処分における裁量権の逸脱・濫用の判断について、いわゆる判断過程審査の手法を用いて詳細な検討を行った裁判例です。
処分庁が策定した処分基準の当否について、チーム医療の実情という医療現場の具体的事情に即して検証し、「重視すべき事項を考慮に入れず、重視すべきでない事項を専ら考慮してされた」処分は裁量権の逸脱・濫用に当たるとの判断を示しました。行政事件訴訟法30条に規定する裁量処分の取消しに関する具体的な判断基準を示した点で、実務上の参考になるものです。
また、裁判所が処分の量定(指定取消しか職務停止か)についても踏み込んだ判断を示し、仮に処分要件を満たす場合であっても指定取消処分は重きに過ぎるとした点も注目されます。
2 行政による処分基準の策定に求められる視点
行政手続法12条1項は、行政庁に対し、不利益処分の処分基準をできる限り具体的に定めるよう努力義務を課しています。また、同法26条は、聴聞の主宰者に対し、当事者等の陳述内容を十分に聴取すべきことを求めています。
本判決は、処分基準の策定段階でチーム医療の実情が「全く検討の対象にならなかった」こと、聴聞手続においても厚生労働省の担当官がチーム医療に関する説明に「一切関心を示」さなかったことを事実認定した上で、これらの点が裁量権逸脱・濫用の判断に影響していることを明らかにしています。
このことは、行政庁が処分基準を策定する際には、規制対象となる現場の実態を十分に把握した上で基準を設定すべきであること、そして、聴聞手続においても被処分者から提出された具体的な反論に対して誠実に向き合う必要があることを改めて示したものといえます。
3 チーム医療を行う医療機関が検討すべき対応
本判決を踏まえると、チーム医療体制を採用する医療機関は、各チームメンバーの役割分担と具体的な関与の内容が事後的に確認できるようにしておくことが有益です。
厚生労働省「チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関する検討会報告書)」(平成22年3月19日)は、チーム医療を「医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と定義しています(同報告書2頁)。具体的には、以下のような対応を検討することが考えられます。
| 対応事項 | 内容 |
|---|---|
| カルテ記載のルール整備 | カルテ記載担当者以外のチームメンバーについても、自らの診察所見や判断を定期的にカルテに記載するルールを設けること |
| チーム内の役割分担の明確化 | チーム医療体制における各メンバーの役割分担、カンファレンスへの参加状況、具体的な診療行為への関与を記録として残すこと |
| 指定医申請に関する院内手続の整備 | ケースレポートの対象症例の選定、同一症例の重複の有無の確認、指導医による署名に至る手続等を整備すること |
| 行政手続への対応準備 | 不利益処分の聴聞に備え、チーム医療の実情を具体的に説明するための資料(カンファレンス記録、各医師の担当業務に関する記録等)を日頃から整備すること |
4 行政処分を受けた場合の対応
本判決は、処分を受けた医師が取消訴訟を提起し、勝訴判決を得た事例です。本件では、第1審(東京地裁)では請求が棄却されましたが、控訴審(東京高裁)で逆転勝訴し、処分が取り消されています。
行政処分を受けた場合には、処分の根拠となった事実認定や判断過程に不合理な点がないかを慎重に検討する必要があります。本判決が示すように、処分庁が考慮すべき事項を考慮せず、重視すべきでない事項のみを根拠として処分を行った場合には、裁量権の逸脱・濫用として処分が取り消される可能性があります。
特に、本判決の事案のように、聴聞手続において被処分者が具体的な反論を行ったにもかかわらず処分庁がこれを考慮しなかった場合には、その事実自体が裁量権逸脱・濫用の認定を基礎付ける事情となり得る点は留意が必要です。
行政処分に対する不服申立てや取消訴訟の提起には法定の期限がありますので、処分を受けた場合には速やかに弁護士に相談されることをお勧めします。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

