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コロナ禍における定年後再雇用の拒否と就業規則の退職事由(東京地裁令和5年6月29日判決:人事担当者のための労働法)

新型コロナウイルス感染症の拡大は、多くの企業に経営上の打撃を与え、人員削減を含む経営合理化策を余儀なくさせました。こうした中、定年を迎えた従業員から継続雇用の申込みを受けた場合、企業はどのように対応すべきでしょうか。

今回のコラムでは、コロナ禍を理由とする事業縮小に伴い、定年後再雇用を拒否したことの適法性が争われた東京地裁令和5年6月29日判決(令和3年(ワ)第7399号)を取り上げます。

本判決は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」といいます。)に基づく継続雇用制度を導入している企業が、経営悪化を理由に定年後再雇用を拒否することの可否について判断を示したものであり、企業の人事労務管理に携わる方にとって参考になる裁判例です。

事案の概要

本件の当事者と事実関係の概要は、以下のとおりです。

当事者

  
原告昭和62年に被告に入社した女性従業員(昭和35年生まれ)。空港の地上スタッフとして旅客業務・オペレーション業務等に従事。月額基本給59万7572円
被告米国テキサス州に本社を置く航空会社(米国法人)。東京都品川区に日本支店を設置

事案の経過

原告は、令和2年12月31日に満60歳の定年を迎えるにあたり、同年9月頃から被告に対して就業規則67条2項本文に基づく定年後再雇用を希望しました。

これに対し、被告は、新型コロナウイルス感染症の世界的拡大による経営悪化を理由として、同年9月頃に定年後再雇用制度を中止ないし一時的に凍結する方針(以下「本件方針」といいます。)を決定しており、同年10月9日、原告に対して再雇用を行わない旨を通告しました(以下「本件再雇用拒否」といいます。)。

原告は、同年12月31日をもって被告を定年退職したものとして取り扱われた後、被告に対し、主位的には労働契約上の地位確認と未払賃金の支払を、予備的には債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(2200万円)の支払を求めて提訴しました。

被告の経営状況

被告は、令和2年にコロナ禍の影響で営業収入が前年比で大幅に減少し(第2四半期は約86%減)、同年1月から12月の間で累積約84億5000万米ドルの営業損失を計上していました。被告は、世界規模で経費削減に取り組み、役員報酬の削減、人員削減(全世界で約4万人規模)を実施し、日本支社においても間接部門の正社員の約30%に当たる14名の退職勧奨等の施策を講じていました。

被告の就業規則の定め

就業規則の関連規定は、以下のとおりです。

条項内容
67条1項(定年退職)社員が60歳に達した日の属する月の末日をもって定年とする
67条2項本文(定年後再雇用)定年到達者が引き続き勤務を希望した時は、1年契約の更新制とし再雇用する
67条2項ただし書(再雇用の除外)定年の時点で69条の解雇事由又は65条の退職事由に該当する者は再雇用の対象としない
65条5号(退職事由)事業縮小、人員整理、組織再編成等により、社員の職務が削減されたとき

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①原告と被告との間で就業規則67条2項本文に基づき定年後再雇用に係る労働契約が成立したといえるか
争点②原告と被告との間で労働契約法19条2号の適用又は類推適用に基づき定年後再雇用に係る労働契約が成立したといえるか
争点③本件再雇用拒否が被告の債務不履行又は不法行為を構成するか

裁判所の判断

裁判所は、原告の請求をいずれも棄却しました。以下、各争点についての判断の要旨を述べます。

争点①について(就業規則67条2項本文に基づく契約成立の有無)

裁判所は、まず、原告が就業規則67条2項本文の要件を満たすことを認めました。

しかし、裁判所は、定年後再雇用の際の労働条件が定年前と同一であるという慣行の存在を否定しました。裁判所は、以下のように判示しています。

被告においては、定年に達した従業員から再雇用の申出を受けた場合、当該従業員について、いったん定年退職の扱いとし、再雇用後の労働条件について協議・合意した上で新たに労働契約を締結していたこと、その際、その時点のフライト数や業務内容、業務量等によって再雇用後のポジションや労働時間数、労働条件のオファーをし、定年後再雇用を希望する従業員との間で再雇用後の労働条件について調整し合意した上で個別に労働条件が決定されていたことが認められる

次に、裁判所は、就業規則67条2項ただし書の該当性について検討し、以下の事実を認定して、原告に同ただし書所定の退職事由(就業規則65条5号)が存在すると判断しました。

番号裁判所が認定した事実
1令和2年当時、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大を受けて航空旅客需要は大きく低下し、被告も大幅な減便を余儀なくされるなど収益が著しく悪化し、多額の営業損失が生じたこと
2被告は、経営悪化に対応するべく経費の削減に取り組み、その一環として従業員の雇用に要する労務費の削減を図ることとし、日本支社においても間接部門の正社員を約30%削減するなどの人員削減施策を講じたこと
3令和2年9月頃、定年退職者の再雇用についても中止ないし一時的に凍結し、定年退職する従業員が生じてもその後任者は補充せず、そのままそのポジションを廃止するという方針(本件方針)を決定したこと

また、裁判所は、本件再雇用拒否に解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用又は類推適用されるかについて、以下のように判示し、これを否定しました。

労契法16条は期間の定めのない労働契約を終了させるべくされた解雇を無効とし、従前と同様の期間の定めのない契約を継続させる効果を生じさせる旨の規定であるところ、(中略)被告における定年後再雇用の制度は、期間の定めのない労働者が定年に達した場合に退職の効力を一旦発生させた上で、定年後の労働条件についてあらためて協議・合意して労働契約を締結するという構造の制度であることが認められ、本件も、原告と被告との間の期間の定めのない労働契約が原告の定年退職により一旦終了した後に被告が原告に対して定年後再雇用に係る労働契約を締結しなかったことの当否が争われている事案であって、被告による解雇がされたものではないのであるから、労契法16条が想定し、同条が規定するいわゆる解雇権濫用法理が適用される枠組みとは事案を異にする

さらに、裁判所は、仮に解雇権濫用法理の観点から検討したとしても、原告の主張する事情(再雇用拒否を回避する努力の不足、人選の不合理性、手続の不相当性)はいずれも認められないとしました。この点について、裁判所が考慮した事情は、以下のとおりです。

原告の主張裁判所の判断
プロフィットシェアやグランドスラムの支給は経営悪化がなかったことを示すプロフィットシェアはコロナ禍の影響前の令和元年度の利益が原資であり、グランドスラムも令和2年1月の好成績に基づくものであって、経営状態が悪化していなかったことを示すものではない
令和2年4月に2名を新規採用し、同年6月までに3名を再雇用しているから人員削減の必要性がない日本支社の人員削減策が開始されたのは同年7月であり、本件方針の採用は同年9月であって、いずれも新規採用・再雇用の後の出来事である
原告を人員削減の対象としたことに合理性がない本件方針は定年後再雇用制度を一律に凍結するものであり、同年度に再雇用された3名も令和3年には再雇用されなかった
本件再雇用拒否前に十分な説明がなかった被告は社内ニュースを通じて経営悪化と人員削減の必要性を説明し、原告に対しても個別に経営状況と本件方針の趣旨を説明していた

争点②について(労働契約法19条2号の適用又は類推適用の有無)

裁判所は、以下のとおり、一定の場合に労働契約法19条の基礎にある法理等に基づいて定年後の再雇用契約が成立する余地があることを認めつつも、本件では原告の主張を退けました。

期間の定めのない労働契約が定年により終了した場合であっても、労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある労働契約を締結することが就業規則等で明定されていたり、確立した慣行となっており、かつ、その場合の労働条件等の労働契約の内容が特定されているということができる場合には、労働者において労働契約の定年による終了後も再度の労働契約の締結により雇用が継続されるものと期待することにも合理的な理由があり得、そのような場合において、労働者から再度の労働契約の締結の申込みがあったにもかかわらず、使用者が労働契約を締結せず、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、使用者が再雇用契約を締結しない行為は権利濫用に該当し、労契法19条の基礎にある法理や解雇権濫用法理の趣旨ないし使用者と労働者との間の信義則に照らして、期間の定めのない労働契約が定年により終了した後に、上記の特定されている契約内容による期間の定めのある再度の労働契約が成立するとみる余地はあるものと解される。

しかし、裁判所は、本件では以下の理由からこの法理の適用を否定しました。

再雇用契約の内容は、就業規則等において特定の労働条件が示されていたものではなく、かえって、当該契約を締結する個々の定年退職者との個別の協議により合意されることとされていたことが認められるから、定年後再雇用によって確定される労働契約の内容(労働条件等)が再雇用契約の締結時において特定されていたとは解し難い

加えて、裁判所は、原告の継続雇用への期待の合理性についても、以下のように判示しました。

就業規則では、「定年の時点で69条の解雇事由又は65条の退職事由に該当する者は再雇用の対象としない。」旨が定められており、就業規則所定の退職事由である「事業縮小、人員整理、組織再編成等により、社員の職務が削減されたとき」に該当する場合は前示の定年後再雇用の制度は適用されないことが明定されていたことが認められる(なお、高年齢者の再雇用に関して上記のような除外規定を設けることは、高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針(平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)によっても否定されていない。)。

争点③について(債務不履行又は不法行為の成否)

裁判所は、原告に就業規則67条2項ただし書に該当する事由が認められることから、被告に原告を定年後も雇用すべき債務又は注意義務があったとは認められないとして、債務不履行及び不法行為のいずれも否定しました。

コメント

1. 本判決の意義

本判決は、コロナ禍による経営悪化を理由とする定年後再雇用の拒否について、就業規則上の退職事由(事業縮小・人員整理による職務の削減)への該当性を認め、再雇用拒否を適法と判断したものです。

本判決の判断枠組みにおいて注目すべき点は、以下の2点です。

第一に、定年後再雇用の拒否には解雇権濫用法理(労働契約法16条)は適用されないと判断した点です。裁判所は、定年後再雇用制度が、定年退職により一旦労働契約が終了した後に新たな労働契約を締結する構造であることを重視し、解雇とは異なる法的枠組みで判断すべきであるとしました。

この点は、企業にとっては、定年後再雇用の拒否が整理解雇の4要素と同等の厳格な基準で審査されるものではないことを意味します。

第二に、就業規則において再雇用の除外事由を明確に定めていたことが、再雇用拒否の適法性を支える根拠として機能した点です。本件の就業規則では、定年時に退職事由(事業縮小等による職務の削減)に該当する場合は再雇用の対象としない旨が明記されていました。この規定の存在が、再雇用拒否の適法性判断において重要な役割を果たしました。

2. 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業が定年後再雇用制度を運用するにあたり、以下の点に留意することが求められます。

(1)就業規則の整備

定年後再雇用制度を就業規則に規定する際には、再雇用しない場合の事由(除外事由)を具体的に定めておくことが重要です。本判決でも、就業規則に退職事由への該当が再雇用の除外事由として明記されていたことが、再雇用拒否の適法性を基礎づけました。なお、厚生労働省の「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(平成24年11月9日厚生労働省告示第560号)では、心身の故障のため業務の遂行に堪えない者等の就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合には、継続雇用しないことができるとされています(同指針第2の2(4))。

:厚生労働省「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」(令和2年厚生労働省告示第351号)

(2)経営悪化時の対応手順の整備

本判決において裁判所は、被告が社内ニュースを通じて経営状況の悪化と人員削減の必要性を従業員に周知していたこと、原告に対しても個別に再雇用拒否の理由を説明していたことを認定しています。経営悪化等を理由に再雇用を拒否する場合には、上記就業規則の整備を前提に、以下の対応が求められます。

項目内容
客観的資料の整備経営状況の悪化を客観的な資料に基づいて記録・保存すること
意思決定の文書化再雇用制度の凍結等の方針を社内で正式に決定し、その決定過程を文書化すること
従業員への説明従業員に対して経営状況と人員削減の必要性を適時に説明すること
対象者への個別説明再雇用を拒否する対象者に対しては、個別にその理由を丁寧に説明すること

(3)定年後再雇用時の労働条件の設定

本判決では、被告において再雇用後の労働条件が定年前と同一の条件で締結されるという慣行の存在は否定されました。裁判所は、被告では、再雇用時にフライト数や業務内容等に応じて個別に労働条件を協議・決定していた実態を認定しています。企業としては、再雇用後の労働条件は個別の業務内容や業務量に基づいて設定するという運用を行い、その運用を実態として維持することが望ましいといえます。

(4)高年法の改正動向への対応

高年法は、令和3年4月1日施行の改正により、65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの就業確保措置を講ずることが努力義務とされました(高年法10条の2)。本判決は令和2年12月の定年退職に関する事案であるため改正法の適用はありませんが、今後は70歳までの就業機会の確保についても検討が求められます。

参考:厚生労働省「高年齢者雇用安定法の改正~70歳までの就業機会確保~

3. 本判決から得られる実務上の示唆

本判決は、企業がコロナ禍のような経営危機に直面した場合であっても、定年後再雇用の拒否が当然に適法となるものではなく、就業規則上の根拠規定の存在、経営悪化の客観的事実、全社的な人員削減施策の実施、対象者への説明といった要素が総合的に考慮されることを示しています。

定年後再雇用制度の設計・運用は、就業規則の規定内容、高年法との整合性、個別の労働条件の設定方法など、複数の法的論点が交錯する分野です。自社の制度が法的に適切に設計・運用されているか、経営環境の変化に対応した制度の見直しが必要かといった点について、ご不安やご疑問がございましたら、弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

 本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。