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パワハラによる適応障害と休職期間満了後の自然退職の効力(東京地裁令和5年12月7日判決:人事担当者のための労働法)

従業員がメンタルヘルス不調を理由に休職し、休職期間が満了した場合、就業規則の定めに基づいて「自然退職」として取り扱うことは、実務上、広く採用されている制度です。

もっとも、そのメンタルヘルス不調の原因が職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)にある場合、自然退職扱いは許されるのでしょうか。

今回のコラムでは、上司によるパワハラが適応障害の原因であると認定され、休職期間満了による自然退職扱いが無効と判断された東京地裁令和5年12月7日判決(令和2年(ワ)第24091号)について、解説いたします。

本判決は、パワハラと休職、そして自然退職の関係について、企業が留意すべきポイントを複数含んでおり、実務上の参考になるものです。

事案の概要

被告会社(中国に本社を置く電機製品グループの日本法人、従業員約11名)に勤務していた原告(中国国籍の女性)は、平成30年6月に入社し、物流担当や総務担当の業務に従事していました。

平成31年2月、原告の直属の上司としてCが着任して以降、Cと原告の間で業務遂行に関する衝突が繰り返されました。Cは、原告に対し、事実誤認に基づく就業規則違反の警告、メール転送に関する過剰な叱責、遅延証明書への押印拒否、合理的な根拠を欠く反省文の提出指示などを行いました。

これらの経緯を経て、被告は、原告に対し、同年3月8日に退職勧奨を行い(退職勧奨①)、同月22日には訓戒処分と再度の退職勧奨を行いました(退職勧奨②)。いずれも、原告の言い分を十分に聴取することなく実施されたものでした。

原告は、同月25日に適応障害の診断を受けて欠勤し、被告は、原告に対し、同月25日から3か月間の休職を命じました。原告は、休職中に主治医から「症状寛解」「就労可能」との診断書を得て復職を申し出ましたが、被告は、復職を認めず、休職期間を延長した上で、延長後の休職期間満了日をもって自然退職として取り扱いました。

これに対し、原告は、雇用契約上の地位確認、未払賃金の支払い、パワハラに基づく損害賠償を求めて訴訟を提起しました。

本件の争点

争点内容
争点①B代表、A副社長及びCによるパワーハラスメント行為の有無
争点②原告の休職事由は、平成31年3月25日に発症した適応障害であるといえるか
争点③令和元年6月17日時点で休職事由は消滅したといえるか
争点④原告の適応障害と業務起因性の有無(休職事由の消滅が認められない場合の予備的主張)
争点⑤パワーハラスメント行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の成否
争点⑥休日出勤に係る未払賃金の有無及び額

裁判所の判断

争点①(パワハラの有無)について

裁判所は、Cの行為のうち、以下の4つをパワーハラスメント行為に該当すると認定しました。

認定されたパワハラ行為裁判所の評価
勤務時間中の読書に対する警告原告が業務関連の書籍を読んでいたにもかかわらず、事実確認を行わず業務外と誤認し、就業規則違反の警告をした。原告の反論も根拠なく虚偽と断定した。
メール転送に関する叱責情報共有を目的としたメール転送の理由を一方的に断定し、社内メールのマナー違反として懲罰の警告まで行った。
遅延証明書への押印拒否合理的な理由なく遅延証明書への押印を拒否し、その後も押印しなかった。
業務連絡に関する反省文の提出指示原告の不在認識を根拠なく断定し、責任放棄と評価した上で反省文の提出を指示。提出された反省文の内容を考慮せず、再提出を命じ、減給処分にまで言及した。

さらに、裁判所は、退職勧奨①②及び訓戒処分についても、以下のとおり判示してパワーハラスメント行為に該当すると認定しました。

「『上長の指揮命令に従わず、上長に反抗的な態度を示し、反省を拒むこと』と評価し得る行為が一応認められるものの、その根拠とした『会社の管理体制系統を無視し、飛越行為を繰り返した』に該当する行為は認められないという点において、根拠が乏しいうえ、これに至る経緯、原告とCとの関係悪化の原因が両者にあったことを考慮すれば、原告の言い分を十分に聴取することなく、事実確認や背景事情の確認等が不十分のまま、退職を勧奨したり、誓約書の提出を求めたり、更なる厳罰を警告するなど一方的に原告に不利益ないし責めを負わせようとするものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとはいえない。」

一方、以下の行為はパワーハラスメントに該当しないと判断しました。

パワハラ非該当とされた行為裁判所の評価
A副社長の業務時間外の連絡即時対応を求めるものではなく、翌営業日の対応で足りるものであった。
A副社長の週次会議での発言原告の能力不足を意味する趣旨であったとまでは認められない。
商談議事録の提出指示上司として適正な業務の範囲に含まれる。
日報作成指示原告が上司の正当な指示に従わなかったことに合理的理由がある。
配置転換(庶務担当への異動)必要性があり相当性を欠くとはいえず、適正な人事権行使である。

争点②(適応障害の発症)について

裁判所は、主治医の診断について、職場でのストレス性の出来事(パワハラ及び退職勧奨等)を心因として適応障害を発症したとの判断はICD-10等の一般的な医学的知見に照らして合理的であるとして、原告が平成31年3月25日に適応障害を発症したと認定しました。

被告側の医師(H医師)が適応障害の診断に疑問を呈する意見書を提出しましたが、裁判所は、以下のとおりこれを採用しませんでした。

「実際に診察を行ったE医師及びD医師において情動不安定と判断され、実際に職場にストレス性の心因となる出来事が発生していたと認められることからすれば、診療録に客観的な所見が記載されていないことをもって、E医師及びD医師による適応障害の診断が合理性及び妥当性を欠くとは認められない。」

争点③(休職事由の消滅)について

裁判所は、「休職事由が消滅したとき」の意義について、以下のとおり判示しました。

「『休職事由が消滅したとき』とは、職員が雇用契約で定められた債務の本旨に従った履行の提供ができる状態に復することであり、原則として、従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合、又は、当初軽易作業に就かせればほどなく従前の職務を通常の程度に行える健康状態になった場合をいうと解するのが相当である。」

その上で、裁判所は、以下の事情を考慮し、令和元年6月17日時点でも、休職期間満了時点(同年10月24日)でも、休職事由は消滅していなかったと判断しました。

考慮された事情内容
診断書の留保就労可能との診断書には「当初は4時間程度より開始し、その後2か月程度の期間を経て定時勤務とすることが望ましい」との留保があった。
臨床症状の残存令和元年6月14日時点で会社に行くことはできたが、話しながら涙ぐむ場面があり、不安動揺が残存していた。
その後の経過同年7月12日時点でも悪夢や流涙があり、同月26日時点でも「元気だが、会社には行けない」状態であった。

争点④(業務起因性)について

争点③で休職事由の消滅は認められませんでしたが、裁判所は、原告の適応障害に業務起因性が認められるか否かを検討しました。裁判所は、以下の考慮事実を総合的に評価し、心理的負荷の程度を「強」と認定しました。

考慮事実内容
Cによるパワハラ行為約2か月間に事実誤認に基づく警告、過剰な叱責、遅延証明書の押印拒否、不当な反省文提出指示が繰り返された。個々の心理的負荷は「中」程度。
退職勧奨①②原告の言い分を十分に聴取せず、事実確認も不十分なまま退職勧奨が行われた。
訓戒処分退職勧奨に応じなかったことを受けて訓戒処分が行われた。
配置転換物流担当から外され、庶務担当に配置転換された。
総合評価これらの一連の出来事を総合的に評価すると、心理的負荷は「強」に当たる。

その上で、裁判所は、以下のとおり判示し、業務起因性を認めました。

「原告の適応障害の発症には原告の個人的素質あるいは脆弱性の影響は認められるものの、前記アの本件における具体的出来事の心理的負荷が『強』であることを考慮すると、被告の業務に内在する危険が現実化したものであると認めるのが相当である。」

この結果、労働基準法19条1項の類推適用により、就業規則に基づく自然退職扱いは許されず、雇用契約は継続していると判断されました。

争点⑤(損害賠償)について

裁判所は、まず安全配慮義務の内容について、以下のとおり判示しました。

「使用者は、労働者に対し、良好な職場環境を保持するため、職務上の地位、人間関係等の職場内の優位性を背景として、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為を防止するという安全配慮義務を負う。」

その上で、裁判所は、被告がCのパワハラ行為をCCメールにより認識し又は認識し得たにもかかわらず、必要な措置を講じなかった点について、以下のとおり安全配慮義務違反を認定しました。

「B代表は、原告とCとの前記①ないし④に関するメールにCCとして入っていることからすれば、遅くとも前記①の段階で、原告とCが業務時間中に業務と無関係の本を読んでいたか否か、また業務時間中に業務と関連する本を読むことが許容されるかについて、原告とCが衝突していることを読み取れることができたというべきであり、遅くともこの頃には、被告は、原告に対しCに対する攻撃的な対応を注意するのみならず、Cに対し原告への対応について必要かつ相当な方法により指導するよう注意する等の措置を講じる義務があったと認められ、被告は、平成31年2月以降、前記義務を怠り、Cに対し何らの措置も講じることなく、その後もパワーハラスメント行為が発生したことについて、安全配慮義務違反が認められる。」

「また、被告は、原告とCの関係が悪化した背景事情等について原告に事実確認を行うことなく、その原因が原告にあることを前提として、本件退職勧奨①及び②並びに本件訓戒処分を行っており、この点についても安全配慮義務違反が認められる。」

損害額については、慰謝料50万円を認めた上で、原告の個人的素因(気分変調症、境界性パーソナリティ障害の可能性等)を考慮し、2割の素因減額を行い、弁護士費用等を含め損害賠償額を合計45万2205円と認定しました。

コメント

本判決の意義

本判決は、休職期間満了による自然退職扱いの効力について、休職事由の消滅が認められない場合であっても、当該休職事由となった疾病に業務起因性が認められるときは、労働基準法19条1項の類推適用により自然退職扱いが無効となることを示した裁判例です。

すなわち、パワハラ等の業務上の原因によりメンタルヘルス不調を発症した従業員については、たとえ休職期間満了時に復職できる状態に至っていなかったとしても、自然退職として取り扱うことはできません。この場合、雇用契約は継続しているものとして取り扱われ、休職期間中の賃金支払義務も生じ得ることになります。

パワハラ該当性の判断について

本判決において、裁判所は、Cの各行為について、パワハラに該当するものと該当しないものを丁寧に区別しています。該当すると判断された行為には、事実誤認に基づく断定的な指導、合理的理由を欠く対応、過剰な制裁の警告といった共通点が見られます。一方、商談議事録の提出指示や日報作成指示など、上司の正当な業務指示の範囲に含まれるものはパワハラに該当しないと判断されています。

厚生労働省が公表している「職場におけるハラスメント関係指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)では、パワハラの6類型として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害を挙げています(厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」パンフレット、3頁参照)。

本判決で認定されたCの行為は、主に「精神的な攻撃」に分類されるものですが、個々の行為が業務指導の外形を有していた点が特徴的です。業務指導の形式をとっていても、事実誤認に基づいていたり、相当性を欠く場合には、パワハラと評価される可能性があることに留意が必要です。

退職勧奨・懲戒処分の手続について

本判決では、退職勧奨及び訓戒処分について、原告の言い分を十分に聴取せず、事実確認が不十分なまま行われたことが問題視されています。退職勧奨や懲戒処分は、従業員に対する不利益が大きい措置であるため、実施に先立ち、対象従業員の弁明の機会を確保し、事実関係を慎重に調査・確認することが求められます。

企業に求められる対応

本判決から導かれる企業の実務上の対応として、以下の点が挙げられます。

1. パワハラ防止体制の実効性の確保

労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)30条の2は、事業主に対し、パワハラ防止のために雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけています。本判決では、代表取締役がCCメールを通じてCと原告の衝突を認識し又は認識し得る状況にありながら、Cに対する指導等の措置を講じなかったことが安全配慮義務違反と認定されました。

相談窓口の設置にとどまらず、管理職の言動を組織として把握し、問題がある場合に適時に介入する体制を構築することが必要です。

2. 管理職に対する教育・研修

本判決のCの行為は、本人としては業務上の指導として行ったものと考えられますが、事実確認を怠った点や過剰な制裁の警告を行った点がパワハラと評価されました。管理職に対して、指導とパワハラの境界について具体的な事例を用いた研修を行うことが有益です。

3. 休職者の復職判断及び退職判断における慎重な対応

メンタルヘルス不調により休職した従業員について、休職期間満了による自然退職扱いを行う場合には、当該メンタルヘルス不調の原因が業務に起因するものでないかを慎重に確認する必要があります。業務起因性が認められる場合には、労働基準法19条1項(又はその類推適用)により解雇制限がかかるため、自然退職扱いが無効となるリスクがあります。

厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」も参照の上、復職支援プログラムの整備を進めることが望ましいといえます。

4. 紛争の上流段階での対応

本判決の事案では、上司と部下の衝突が約2か月間にわたって繰り返された末に、退職勧奨、訓戒処分、適応障害の発症、休職、自然退職へと発展しています。上司と部下の関係悪化の兆候を早期に把握し、双方の言い分を公平に聴取した上で適切な対応を行うことが、紛争を予防する観点から重要です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。