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薬物取引の前払代金と麻薬特例法における薬物犯罪収益の範囲(最高裁令和元年12月20日判決:刑事弁護)

薬物犯罪によって得られた収益は、麻薬特例法(正式名称:国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律)に基づき、没収・追徴の対象となります。

それでは、薬物の売買代金が前払いされたものの、約束した薬物の一部しか引き渡されなかった(あるいは引渡しが未遂に終わった)場合、没収・追徴の対象となる金額はいくらになるのでしょうか。実際に引き渡された(又は引き渡そうとした)薬物に対応する金額に限られるのか、それとも前払代金の全額が対象となるのか――この点が争われたのが、最高裁令和元年12月20日判決(最高裁判所第二小法廷 平成30年(あ)第437号、刑集73巻5号174頁)です。

今回のコラムでは、上記最高裁判決の内容と意義について、概要を解説いたします。

事案の概要

本件の事実関係は、以下のとおりです。

被告人は、Aとの間で、覚せい剤100gを代金80万円で譲り渡すこと、覚せい剤は80gと20gに分けて引き渡すことを約束しました。Aは、代金全額(80万円)を被告人名義の預金口座に振り込みました。

その後、被告人は、約束に係る覚せい剤の一部として覚せい剤78.76g(以下「本件覚せい剤」といいます。)をAの住居宛てに宅配便で発送しましたが、Aへの引渡しには至りませんでした(覚せい剤譲渡未遂)。

各審の判断の推移は、以下のとおりです。

審級追徴額理由
第1審(福井地裁)80万円代金全額が薬物犯罪収益に該当する
控訴審(名古屋高裁金沢支部)64万円実際に発送した覚せい剤は約束した量の約8割であるから、代金の8割相当額(64万円)のみが薬物犯罪収益に該当する
上告審(最高裁)80万円代金全額が薬物犯罪収益に該当する(原判決の追徴部分を破棄自判)

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①覚せい剤譲渡の約束に基づき前払いされた代金80万円のうち、麻薬特例法2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」(薬物犯罪収益)に該当するのは、代金全額(80万円)か、それとも実際に発送した覚せい剤に対応する金額(64万円)に限られるか

控訴審は、薬物犯罪収益となるのは「薬物犯罪の犯罪行為である本件覚せい剤の譲渡未遂により得た財産の価額」であり、本件覚せい剤の代金相当額に限られるとして、64万円のみを追徴の対象としました。これに対し、検察官が上告しました。

裁判所の判断

最高裁は、職権により、控訴審判決には麻薬特例法2条3項の解釈適用を誤った違法があると判断し、追徴額を80万円に変更しました(裁判官全員一致)。

最高裁は、その理由について、以下のように判示しました。

被告人は、覚せい剤100gを代金80万円で譲渡するという約束に基づき、代金の支払を受けるとともに、本件覚せい剤の譲渡の実行に着手したもので、代金全額が、その約束に係る覚せい剤の対価として本件譲渡未遂と結び付いており、本件譲渡未遂を原因として得た財産といえるから、麻薬特例法2条3項にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」として薬物犯罪収益に該当するというべきである。

最高裁の判断における考慮要素を整理すると、以下のとおりです。

考慮要素内容
約束の存在被告人は、覚せい剤100gを代金80万円で譲渡するという約束に基づいて行動していた
代金受領と実行の着手被告人は、上記約束に基づき代金全額の支払を受けるとともに、本件覚せい剤の譲渡の実行に着手した
代金全額と犯罪行為との結び付き代金全額が、上記約束に係る覚せい剤の対価として本件譲渡未遂と結び付いている
結論代金全額(80万円)が、本件譲渡未遂を原因として得た財産であり、薬物犯罪収益に該当する

また、三浦守裁判官は、補足意見において、以下の点を指摘しました。

規制薬物の有償譲渡については、譲渡行為の前に代金が支払われることもあるが、その先後にかかわらず、譲渡に関する当事者間の約束において代金の額等が定められ、これに従ってその代金を得たという場合、当該譲渡に係る犯罪が成立する限り、当該代金は犯罪行為「により得た」財産に当たるものと認められる。

本件のように、規制薬物の譲渡の約束に基づいて前払代金を得ながら、その約束の一部の規制薬物の譲渡が行われ又はそれが未遂に終わった場合も、犯罪行為に係る約束に基づいて財産を得た上で、その約束に沿う犯罪を行ったという点では基本的に同じである。この場合、犯罪行為の範囲と財産の範囲に差異が生じるようにもみえるが、この財産は、その約束に係る規制薬物の対価として一体的に犯罪行為と結び付いており、その財産の全体について犯罪行為により得たものということができる。

コメント

1. 本判決の意義

本判決は、薬物の有償譲渡において前払いされた代金全額が麻薬特例法にいう「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」に該当することを明らかにした判例です。たとえ実際に引き渡された(又は引き渡そうとした)薬物が約束した量の一部にとどまる場合であっても、代金全額と犯罪行為との間に「結び付き」が認められる限り、代金全額が没収・追徴の対象となります。

この判断は、犯罪収益の剥奪を通じて薬物犯罪を抑止するという麻薬特例法の趣旨に沿うものです。三浦裁判官の補足意見が指摘するように、没収・追徴の制度は「犯罪行為による不正な利得の保持を許さない」ためのものであり、代金の一部のみを対象とすることは、この趣旨に反する結果となりかねません。

この点に関連して、最高裁の先行判例は、薬物の譲渡にかかった費用や送料を代金から差し引く必要はないとしていました(最三決平17.7.22刑集59巻6号646頁、最三判平20.4.22刑集62巻5号1528頁)。すなわち、没収・追徴の対象となる財産は、犯罪行為に関連して取得した財産そのものであり、譲渡した薬物と経済的に等しい価値であることまでは求められていなかったといえます。

本件の控訴審は、実際に発送した薬物の量に比例する金額のみを没収・追徴の対象としましたが、この判断は、上記の先行判例の考え方とも整合しなかったものと考えられます。

なお、本判決は、本件の具体的な事実関係を前提とした事例判断です。したがって、取引の形態や当事者間の合意の内容が異なる場合には、改めて個別の検討が必要となる点に留意が必要です。

2. 犯罪収益の剥奪をめぐる近時の動向

犯罪収益の没収・追徴の制度は、マネー・ローンダリング対策及びテロ資金供与対策(AML/CFT)の一環として、国際的にもその強化が求められています。FATF(金融活動作業部会)の対日相互審査を踏まえ、令和4年12月には麻薬特例法及び組織的犯罪処罰法の改正が行われ、没収対象財産の拡大や犯罪収益隠匿罪等の法定刑の引上げが実現しました(法務省「令和5年版犯罪白書」第2編第2章第6節参照。https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/70/nfm/n70_2_2_6_1_4.html)。

こうした法改正の流れの中で、本判決は、犯罪収益の範囲に関する解釈論として、犯罪行為と財産取得との「結び付き」を重視する立場を示しており、犯罪収益の剥奪を実効的に行うための判例法理の一つに位置付けられます。

3. 企業に求められる対応

本判決は薬物犯罪に関する刑事事件の判決ですが、犯罪収益の移転防止という観点から、企業にとっても示唆を含んでいます。

犯罪収益移転防止法(犯収法)に基づき、金融機関をはじめとする特定事業者には、取引時確認や疑わしい取引の届出等の義務が課されています。本件では、被告人名義の預金口座に薬物取引の代金が振り込まれていますが、こうした口座を通じた犯罪収益の移転を防止するため、特定事業者には継続的な顧客管理が求められます。

警察庁の犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)は、毎年「犯罪収益移転防止に関する年次報告書」を公表しており、疑わしい取引の届出状況や犯罪収益の実態について詳細な分析を行っています(https://www.npa.go.jp/sosikihanzai/jafic/nenzihokoku/nenzihokoku.htm)。

犯罪収益の没収・追徴の範囲が広く解釈される傾向にあることを踏まえると、企業や事業者としては、取引の相手方や資金の流れに不審な点がないか、日常的に注意を払うことが求められるといえます。

犯罪収益に関連する取引に意図せず関与してしまうリスクを低減するためにも、社内のコンプライアンス体制を定期的に見直し、従業員への研修を継続的に実施することが望ましいでしょう。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。