特殊詐欺の手口は年々巧妙化しており、金融機関職員等を装って高齢者宅を訪問し、キャッシュカードをすり替えて窃取する「すり替え型」の被害が後を絶ちません。
このような犯行では、電話をかける「かけ子」、被害者宅を訪問してカードをすり替える「受け子」など、複数の者が役割を分担して犯行に及びます。では、受け子が被害者宅に到着する前に警察官に発見された場合、窃盗罪の「実行の着手」は認められるのでしょうか。
今回のコラムでは、この点について判断を示した東京高裁令和3年7月14日判決の概要を紹介いたします。
事案の概要
本件は、被告人が、氏名不詳者らと共謀の上、金融機関の職員等になりすまして、当時74歳の被害者からキャッシュカードをすり替えの方法により窃取しようとした事案です。
犯行計画の概要は、以下のとおりです。
| 段階 | 役割 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1段階 | かけ子(共犯者) | 市役所職員や金融機関職員を装って被害者宅に電話をかけ、「保険の還付金がある」「キャッシュカードを新しくする必要がある」などとうそを言い、キャッシュカードの情報や暗証番号、自宅の住所等を聞き出す |
| 第2段階 | 受け子(被告人) | 金融機関職員を装って被害者宅を訪問し、キャッシュカードを封筒に入れさせた上で、印鑑を取りに行かせる等して被害者がその場を離れた隙に、事前に準備した別のカード入りの封筒とすり替えてキャッシュカードを窃取する |
本件では、共犯者による電話(欺罔行為)は実行されましたが、被害者は、電話を切った後に不審に思い、金融機関に確認してだまされたことに気付き、110番通報しました。
被告人は、被害者宅の約100メートル先の林内にいたところ、通報により臨場した警察官の職務質問を受け、被害者宅を訪れるには至りませんでした。なお、被告人は、職務質問を受けた際、すり替えに用いるとみられる複数の白色封筒や未使用のカード7枚等を所持していました。
原審(第一審)は、窃盗未遂罪の成立を認めましたが、窃盗罪の実行の着手が認められる理由やその時点について特段の説明をしませんでした。これに対し、弁護人が、窃盗罪の実行の着手は認められないとして控訴しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 被告人が被害者宅の約100メートル先の地点にいた時点で、窃盗罪の実行の着手が認められるか |
| 争点② | 原判決の量刑(懲役2年4月)は重すぎて不当か |
弁護人は、争点①に関し、主に以下の4点を主張しました。
| 弁護人の主張 | 内容 |
|---|---|
| 主張(1) | 被告人は、すり替える行為を開始しておらず、準備段階にあったにすぎない |
| 主張(2) | 被告人は、特殊詐欺に関わるのは初めてで、具体的な犯行計画を知らされておらず、指示役らの計画を遂行する道具として不完全な状態にとどまっていた |
| 主張(3) | 犯行計画は稚拙であり、頓挫しやすかった(被害者が不審に思い通報していること、指示役の手際が悪かったこと等) |
| 主張(4) | 欺罔行為とすり替え行為との間に時間的・場所的な近接性がない |
裁判所の判断
争点①(実行の着手)について
東京高裁は、窃盗罪の実行の着手に関する一般論として、以下のとおり判示しました。
窃盗未遂罪が成立するためには、窃盗罪の実行行為である窃取行為それ自体の開始を必ずしも要するものではなく、窃取行為に密接であり、かつ、その時点で窃取の結果を生じさせる客観的な危険性が認められる行為が行われていれば足りると解される。
その上で、東京高裁は、以下の事実を考慮し、遅くとも被告人が被害者宅の約100メートル先の地点にいた時点において、窃盗罪の実行の着手が認められると判断しました。
| 考慮事実 | 内容 |
|---|---|
| 考慮事実① | 共犯者による欺罔行為等は、本件犯行計画に基づき、被害者にキャッシュカードを手元に用意させることにより、窃取の対象となる物を特定してこれに対する窃取行為が容易となる状況を整えたものであること |
| 考慮事実② | 上記欺罔行為等は、キャッシュカードを間もなく来訪する金融機関職員を名のる被告人に呈示することなども了承させることにより、被告人に対する警戒心を緩ませ、被告人がすり替える行為を行うための隙を作ることを容易にするものであること |
| 考慮事実③ | 被告人は、本件犯行計画に沿って被害者宅付近に赴き、被害者宅の約100メートル先の地点にいたこと |
| 考慮事実④ | 被告人は、すり替えに用いるものと認められる複数の白色封筒や代わりのカード等を準備して所持していたこと |
東京高裁は、これらの事実を踏まえ、以下のとおり判示しました。
このような本件犯行計画及びその実施状況に照らすと、遅くとも被告人が上記地点にいた時点においては、本件犯行計画の相当部分が実施されており、被告人が同計画に基づく準備を相応に遂げた上で被害者方の近辺まで来ていることからしても、窃盗行為に密接な行為が行われ、特定された窃取の対象物について窃取の結果を生じさせる客観的な危険性が高まった状態に至っていたということができる。
さらに、弁護人の各主張に対して、東京高裁は、以下のとおり判断しました。
主張(1)(すり替え行為の未開始)について
すり替える行為が開始されていないことは、実行の着手を否定する事情にはならないと判断しました。
主張(2)(被告人の犯行計画に対する認識の不十分さ)について
被告人が欺罔行為等の詳細までを知っていたことを直接示す証拠はないものの、被告人は、キャッシュカードをすり替えるという窃取行為を行うことを依頼され、必要な封筒や代わりのカード等も準備した上で被害者宅付近まで赴いていることから、窃取の結果を生じさせる客観的な危険性が高まっていたと判断しました。
主張(3)(犯行計画の稚拙さ)及び主張(4)(時間的・場所的近接性の欠如)について
東京高裁は、以下のとおり判示しました。
本件欺罔行為等は、前記の内容に照らしても、相当に巧妙なものということができ、現に本件欺罔行為等が行われた時点では被害者が欺罔文言を信じてしまい、言われるまま情報提供等をしているのであり、また、被告人も本件犯行計画に沿って封筒や代わりのカード等を準備した上で被害者方付近に赴いているのであるから、そのまま被害者が不審に思わずに、被告人を金融機関職員と信じ、すり替えによる窃取を許してしまう可能性は十分にあったものといえ、所論を踏まえても、被告人が被害者方付近に赴き、その約100メートル先の地点にいた時点において、窃取の結果が生じる客観的な危険性が高まっていたことに疑いをいれるべき事情はない。
争点②(量刑不当)について
東京高裁は、原判決の量刑判断について、考慮した事情及びその評価ともに適切であるとして、弁護人の主張を退けました。
以上の結果、東京高裁は、控訴を棄却しました。
コメント
本判決の意義
本判決は、キャッシュカードすり替え型の特殊詐欺において、受け子が被害者宅を訪問する前の段階であっても、窃盗罪の実行の着手が認められることを明確にした裁判例です。
窃盗罪の実行の着手は、窃取行為そのものの開始がなくても、「窃取行為に密接」で、かつ「窃取の結果を生じさせる客観的な危険性が認められる行為」が行われていれば足りるとされています(最高裁平成16年3月22日決定参照)。本判決は、この判断枠組みを前提に、共犯者による欺罔行為と被告人が被害者宅付近に到達したことを総合的に評価し、実行の着手を認めました。
なお、本判決の後、最高裁も同種のすり替え型窃盗について実行の着手を肯定する判断を示しています(最三小決令4.2.14〔裁判所HP〕)。この最高裁決定により、すり替え型窃盗における実行の着手に関する実務上の判断の方向性は固まりつつあるといえます。
もっとも、実行の着手の有無は、個別の事案における具体的な事実関係に即して判断されるべき問題であり、本判決も、そのような事例判断の蓄積の一つとして意義を有するものです。
詐欺罪の実行の着手との異同
特殊詐欺グループによる詐欺の事案については、被害者に対して現金の交付を求める文言を述べていなくても、一定の事実関係の下で詐欺罪の実行の着手が認められるとした最高裁判例があります(最一小判平30.3.22刑集72巻1号82頁)。
しかし、本件のようなすり替え型の事案は、詐欺罪ではなく窃盗罪として構成されるため、上記判例の判断がそのまま妥当するわけではなく、窃盗罪固有の観点からの検討が必要となります。
本判決は、窃盗罪の枠組みの中で、犯行計画全体の内容とその実施状況を踏まえて実行の着手を判断したものであり、詐欺罪の場合とは異なる考慮が求められることを前提とした判断として、参考になるものといえます。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

