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私的整理の枠組みの中で行われた集合債権譲渡担保の設定と会社更生法の否認(東京地裁令和5年9月29日判決)

会社更生手続において、管財人が有する「否認権」は、更生手続開始前に行われた偏頗的な行為の効力を否定し、債権者間の公平を確保するための制度です。

今回のコラムでは、鶏卵生産販売大手であるイセ食品株式会社(以下「更生会社」といいます。)の会社更生手続において、更生会社が取引銀行であるイオン銀行に対して行った集合債権譲渡担保の設定が否認された東京地方裁判所令和5年9月29日判決を取り上げます。

上記東京地裁判決は、私的整理の枠組みの中で行われた担保設定について、支払不能の時期の認定、債権者の悪意の判断、有害性・不当性の各要件を詳細に検討しており、企業の資金調達や取引金融機関との関係において参考となる裁判例です。

事案の概要

更生会社は、鶏卵の生産販売事業を営む企業グループ(イセ食品グループ)の中核企業であり、取引金融機関に対して約179億円の借入債務を負っていました。

更生会社は、令和2年7月、全取引金融機関に対して令和3年7月末までの返済猶予を申し入れ、同意を得ました。しかし、令和3年7月末以降の弁済計画については全取引金融機関の同意を得ることができず、約119億円の借入債務の返済期限が経過しました。

こうした状況の中、原告であるイオン銀行(以下「原告」といいます。)は、更生会社に対し、イオングループ各社に対する売掛債権を集合債権譲渡担保として提供するよう求めました。更生会社は、令和4年1月27日、原告との間で集合債権譲渡担保契約を締結し、イオングループ16社に対する将来約10年間の売掛債権を原告に譲渡しました(以下「本件債権譲渡」といいます。)。

その後、令和4年3月11日に更生手続開始の申立てがなされ、同月25日に更生手続開始決定がされました。更生会社の管財人は、本件債権譲渡について会社更生法86条の3第1項1号イに基づく否認の請求を行い、認容決定を得ました。

本件は、原告が当該認容決定に対して異議の訴えを提起した事案です。

時系列

時期出来事
令和2年7月更生会社が全取引金融機関に返済猶予(令和3年7月末まで)を申入れ
令和2年9月全取引金融機関が返済猶予に同意
令和3年1月原告が更生会社に売掛金の入金先を自行口座に変更するよう依頼
令和3年7月8日更生会社が2021年度計画を提示し、令和4年7月末までの再猶予を要請
令和3年7月16日同意見込みが低いため修正案作成を通知し、9月末までの猶予を再要請
令和3年8月2日約119億円の借入債務の返済期限が到来(裁判所認定の支払不能時点
令和3年8月23日原告が更生会社に対し期限の利益喪失を通知
令和3年8月31日主要5行がイセ食品グループに対し修正案の条件を要請
令和3年10月1日更生会社が全取引金融機関に暫定的条件変更を申入れ(裁判所認定の支払停止時点
令和3年11月暫定的条件変更に対し全行同意が不成立
令和4年1月21日主要金融機関への説明会で日本政策金融公庫が偏頗行為を指摘
令和4年1月27日本件債権譲渡(集合債権譲渡担保契約の締結)
令和4年3月11日更生手続開始の申立て
令和4年3月25日更生手続開始決定

本件の争点

本件の争点は以下のとおりです。

争点内容
争点①更生会社が支払不能になった時期はいつか
争点②原告は、本件債権譲渡当時、更生会社が支払不能であったこと又は支払の停止があったことを知っていたか(悪意の有無)
争点③本件債権譲渡が有害性を欠くか
争点④本件債権譲渡が不当性を欠くか

裁判所の判断

争点①:支払不能の時期

裁判所は、更生会社が遅くとも令和3年8月2日の時点で支払不能に陥っていたと認定しました。裁判所は、以下の事実を総合的に考慮しています。

考慮事実内容
返済期限の到来約119億円の借入債務について、遅くとも令和3年8月2日が返済期限であった
現預金残高の不足令和3年7月末時点の現預金残高は約11億5500万円にすぎず、返済期限到来後もこれを超えることはなかった
弁済額の僅少令和3年8月から令和4年2月までの約半年間で弁済できた元本は合計約9億6300万円にとどまり、約119億円のごく一部であった
新たな期限の利益の不存在全取引金融機関から新たな返済猶予の同意は得られておらず、新たな期限の利益を付与する合意がされたとは認められない
外部調達の困難他の関連企業から借入債務を返済するに足りる資金調達をすることができた様子が窺われない

原告は、私的整理の枠組みが維持されていたため令和3年8月2日時点では支払不能ではなかった旨を主張しました。しかし、裁判所は、以下のとおり判示して原告の主張を退けました。

「全取引金融機関が、令和2年9月末日までに、令和3年8月以降の5年間にわたる更生会社の「収入の範囲内」での借入金の分割弁済という依頼についても同意していたとは到底認められない。」

「債務者である更生会社自身、その後、取引金融機関に対して送付した文書において、令和3年7月末までの返済猶予は得ているが同月以降の取引金融機関からの支援については同意を得られていない旨を説明しており、同月以降の返済猶予や分割弁済の合意がされたとは認識していなかった」

争点②:原告の悪意

裁判所は、原告が本件債権譲渡時点において更生会社が支払不能であったことを知っていたと認定しました。裁判所が認定の根拠とした事実は、以下のとおりです。

考慮事実内容
返済期限の認識原告は、令和2年9月頃までに、多額の借入債務の返済期限が令和3年7月末頃に到来することを認識していた
期限の利益喪失の通知原告自身が令和3年8月23日に更生会社に対し期限の利益を喪失している旨を通知した
遅延損害金の起算原告は令和4年3月11日頃、令和3年7月31日を起算日として遅延損害金を請求する意思表示をしていた
延滞の認識全取引金融機関宛ての文書に「延滞については治癒する予定」との記載があり、原告も延滞状態を認識していた
弁済計画の不成立暫定的条件変更が令和3年11月時点で不成立となり、弁済計画の同意の見込みがなかったことを原告は認識していた

「原告は、本件債権譲渡までに、更生会社が令和3年7月末日頃に弁済期を迎えた多額の借入債務について弁済することができず、履行を遅滞している状態にあることを十分認識していたと認められる。」

争点③:有害性

原告は、本件債権譲渡は、原告が本件口座の預金払戻請求権と本件貸付債権を相殺できる地位(既存の担保)からの「担保の付替え」にすぎず、有害性を欠く旨を主張しました。

裁判所は、まず支払停止の時点について、更生会社が令和3年10月1日に全取引金融機関に対して行った返済猶予の要請が支払停止に該当すると認定しました。

「遅くとも、更生会社による同年10月1日の返済猶予の要請は、その時点ではもはや全取引金融機関がこれに応じる蓋然性があったとは認められないものであったというべきであるから、更生会社が支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができない旨を明示的又は黙示的に外部に表示する支払停止に該当するものと認められる。」

その上で、裁判所は、会社更生法49条1項3号に基づき、原告が支払停止を知った令和3年10月1日以降に本件口座に入金された預金について、原告はこれを受働債権とする相殺が禁止される旨を判示しました。

「遅くとも、更生会社が支払不能となり、かつ、原告において更生会社につき支払の停止があったことを知った日である令和3年10月1日よりも後に、本件口座に入金され、原告が負うに至った預金払戻債務は、会社更生法49条1項3号本文に規定する債務に該当するため、同債務に係る預金払戻請求権を受働債権とする相殺は原則として許されない。」

本件口座では多額の入出金が繰り返されていたことから、本件債権譲渡時点の口座残高約3億2800万円は、少なくともその大部分が支払停止後に入金されたものであり、原告は相殺をすることができる地位にはなかったと認定しました。

「原告が支払停止を知った同日の本件口座の残高は1億2508万8759円であり、その後、同月29日に1702万8074円まで減少しており、また、本件債権譲渡時までに多額の入出金が繰り返されたことからすると、本件債権譲渡時点の本件口座の残高3億2883万0457円は、少なくともその大部分において原告が支払停止を知った日(令和3年10月1日)の後に入金がされて、原告が債務を負担したものということができるから、原告が、本件預金払戻請求権を受働債権として本件貸付債権と相殺をすることは許されない。」

また、原告は、支払停止前に売掛金の入金先を本件口座に集約する合意がなされていたこと(会社更生法49条2項2号の相殺禁止の例外)を主張しましたが、裁判所は以下のとおり判示してこれを退けました。

「本件口座に入金がされる前の売掛債権自体については、譲渡禁止特約が付されていたとしても、何ら法的な担保に供されていたものではないし、売掛債権が本件口座に係る預金払戻請求権に転化することが確実であったものでもなかったから、原告以外の総債権者からみても、自己の債権の引当てとなる責任財産に含まれることを期待するのが合理的である。」

裁判所は、本件債権譲渡が有害性を欠くとは認められないと結論づけました。

争点④:不当性

原告は、本件債権譲渡と同時交換的に本件口座から合計約9億5100万円の引出しが行われ、更生会社の事業資金として利用されたのであるから、同時交換的取引として不当性を欠く旨を主張しました。

裁判所は、以下のとおり判示してこの主張を退けました。

「本件貸付債務につき期限の利益を喪失したとしても、原告が更生会社に対して当然に本件口座の預金の払戻しを拒むことができる理由となるものではなく、本件口座の預金は本来更生会社が自由に処分できるものでなかったとは認められない。そうすると、原告が、本件債権譲渡(譲渡担保権の設定)と引換えに本件口座からの引出しを認めたことをもって、更生会社が本来事業資金として用いることができなかった金員を利用可能としたものということはできず、同時交換的取引と評価することはできない。」

結論

以上の判断により、裁判所は、本件債権譲渡を否認した原決定は正当であるとして、これを認可しました。原告の異議の訴えは棄却されました。

コメント

1. 本判決の意義

本判決は、会社更生法における偏頗行為否認について、支払不能の認定時期、債権者の悪意、有害性(相殺禁止との関係)及び不当性(同時交換的取引の成否)の各争点を詳細に検討した裁判例です。

特に、以下の点で実務上の意義があります。

第一に、私的整理の枠組みにおける「支払停止」の認定基準です。

本判決は、全取引金融機関の同意を得られないまま返済期限が到来した場合、「私的整理が維持されている」という主張だけでは支払不能の認定を免れないことを示しました。返済猶予の合意が成立していない以上、返済期限到来時に弁済資力が不足していれば支払不能と認定される可能性があります。

また、「支払の停止」の認定に関しては、以下の点が注目されます。

私的整理の過程で債務者が債権者に対して支払の猶予や一部免除を求める行為は、形式的には「支払の停止」の定義(債務者が支払能力の欠如を理由に弁済期の到来した債務を一般的かつ継続的に弁済できない旨を外部に表示する行為。最判昭60.2.14集民144号109頁、最判平24.10.19集民241号199頁)に該当し得ます。

しかし、近時の学説では、こうした猶予の要請であっても、主要な債権者がこれに応じる合理的な見込みがある段階では、なお「支払の停止」には至らないとする見解が有力に主張されていました(伊藤眞『破産法・民事再生法〔第5版〕』〔有斐閣〕122頁(注79)、536頁(注133)参照)。同様の考え方に立ち、猶予の要請が債権者に受け入れられる蓋然性がある場合には、支払停止とはいえない旨を判示した裁判例もあります(東京地決平23.8.15判タ1382号351頁、東京地決平23.8.15判タ1382号357頁、東京地決平23.11.24金法1940号148頁)。

本判決は、更生会社が令和3年8月2日の返済期限経過後も主要取引金融機関との間で弁済計画の修正交渉が続いていた経緯を踏まえた上で、更生会社が修正条件を充足できないまま改めて返済猶予を要請した令和3年10月1日の時点では、もはや全取引金融機関の同意が得られる蓋然性がなくなったと評価し、同日の要請をもって「支払の停止」に該当すると判断しました。

このように本判決は、上記の学説・裁判例の考え方に沿い、返済猶予の交渉の経過を具体的に分析した上で「支払の停止」の該当性を判断したものと位置づけることができます。この点は、私的整理の過程にある企業やその関係者にとって、どの段階で「支払の停止」と評価されるリスクが生じるかを検討する上で参考になります。

第二に、預金口座への入金集約と相殺禁止の関係――「振込指定」の類型による区別です。 本判決は、債務者の売掛金の入金先を特定の銀行口座に集約したとしても、売掛債権が当該口座の預金払戻請求権に転化することが確実であったとはいえない場合には、会社更生法49条2項2号の「支払の停止があったことを更生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく相殺とは認められないと判断しました。金融機関が融資保全の目的で入金口座を自行に集約する実務は広く行われていますが、これが当然に相殺の合理的期待を基礎づけるわけではないことに留意が必要です。

この点に関しては、金融実務上「振込指定」と呼ばれる慣行の法的評価が問題となります。振込指定とは、金融機関が融資先の第三債務者に対して、融資先への弁済金を当該金融機関に開設された口座に振り込むよう指定するものですが、その態様によって法的効果が異なるとされています。

類型合意の当事者振込先変更の可否相殺の合理的期待
強い振込指定金融機関・融資先・第三債務者の三者間合意金融機関の承諾がなければ変更不可基礎づけられる
弱い振込指定融資先と第三債務者の二者間合意融資先と第三債務者の合意のみで変更可能基礎づけられない

(名古屋地判昭55.6.9判タ426号185頁、名古屋高判昭58.3.31判タ497号125頁参照)

本件では、売掛金の入金先変更は更生会社と第三債務者との間の合意によるものであり、原告(金融機関)の承諾がなければ入金先を変更できないとする三者間の合意は存在しませんでした。そのため、本判決は、入金先の変更がいわゆる「弱い振込指定」にとどまるものと評価し、これをもって相殺に対する合理的な期待を客観的に生じさせる債務負担の原因とは認めなかったものと考えられます。

企業の担当者としては、金融機関から売掛金の入金先を自行口座に集約するよう求められた場合、その合意が金融機関・自社・第三債務者の三者間で締結されるものか、自社と第三債務者の二者間で行うものかによって法的効果が大きく異なることを理解しておくことが有益です。

第三に、預金払戻しの拒絶と同時交換的取引の関係です。 本判決は、期限の利益喪失を理由として預金の払戻しを事実上拒絶し、担保の提供と引換えに払戻しを認めたとしても、預金は本来債務者が自由に処分できるものであるから、これを同時交換的取引と評価することはできないと判断しました。

2. 関連裁判例

なお、本判決の関連事案として、イオン銀行とイセ食品との間で、預金口座に入金された売掛金に係る預金債権について相殺が許されるかが争われた別訴(東京地判令5.11.22・金判1691号44頁)があります。同判決は、相殺禁止規定の適用について本判決と共通する論点を含んでおり、あわせて参照することが有益です。

3. 企業に求められる対応

本判決の考え方を踏まえると、企業としては以下の点に留意することが考えられます。

(1) 私的整理における合意形成の管理

本判決は、返済猶予の合意が全取引金融機関から明確に得られていない状態で返済期限が到来した場合、支払不能と認定されるリスクがあることを示しました。

また、上記1で述べたとおり、私的整理の過程で返済猶予の交渉が進行中であっても、債権者が同意する蓋然性が失われた時点で「支払の停止」と認定されるリスクがあります。

交渉が難航している場合には、その時点で法的にどのような評価を受ける可能性があるかについて、早期に専門家の助言を得ることが望ましいといえます。

(2) 危機時期における担保取得の否認リスク

取引先企業が経営難に陥った際に、金融機関が追加的に担保を取得する行為は、支払不能又は支払停止の後に行われた場合、偏頗行為として否認されるリスクがあります。本判決のように、他の金融機関から偏頗行為に該当する旨の指摘を受けている状況下で担保の取得を進めた場合、悪意が認定される可能性が高いといえます。

企業側の立場としても、特定の金融機関のみに担保を提供する行為は、他の債権者との関係で問題を生じさせ、その後の事業再生手続に影響を及ぼす可能性に留意する必要があります。

(3) 預金口座の管理と振込指定の法的効果の確認

本判決は、売掛金の入金先を特定の銀行口座に集約したことのみでは、当該銀行の相殺の合理的期待を基礎づけないと判断しました。金融機関から入金口座の集約を求められた場合には、それが三者間合意に基づく「強い振込指定」であるか、二者間合意にとどまる「弱い振込指定」であるかによって、相殺禁止の例外に該当するか否かの結論が左右され得ます。入金口座の変更に関する合意の内容や当事者の範囲について、事前に法的な検討を行うことが望ましいといえます。

(4) 早期の専門家への相談

本判決が示すとおり、支払不能の認定時期や否認権の成否は、個別の事実関係に基づく判断です。資金繰りに懸念が生じた場合や、金融機関から追加担保の要請を受けた場合には、信頼のできる弁護士に早期に相談し、法的リスクを把握した上で対応を検討することが重要です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。