はじめに
宗教団体の教義や聖典についても、著作権法の保護が及ぶのでしょうか。また、宗教上の教義を出版物に掲載する行為は、著作権法上の「引用」(著作権法32条1項)として許されるのでしょうか。
今回のコラムでは、宗教法人「生長の家」の教義である「声字即実相の神示」を個人的広報誌に掲載した行為が著作権法32条1項の引用に該当するかが争われた事案について、原審である東京地裁令和4年12月19日判決及び控訴審である知財高裁令和5年5月25日判決を取り上げ、その判断内容と実務上のポイントについて、解説をいたします。
事案の概要
公益財団法人である原告事業団は、宗教法人「生長の家」の創立者の著作物である「声字即実相の神示」(以下「本件著作物」といいます。)の著作権を有していました。また、出版社である原告光明思想社は、原告事業団との間で本件著作物の出版権設定契約を締結し、本件著作物を掲載した「神示集」を発行していました。
一方、被告は、宗教法人「生長の家」に長年勤務し、本部講師や責任役員などの要職に就いた後に退職した人物です。被告は、個人的広報誌を発行するなどの言論活動を行っていました。
被告は、令和4年1月頃、本件著作物の全文を掲載した出版物(以下「本件出版物」といいます。)を500部発行し、読者に郵送して配布しました。本件出版物は全4頁で構成され、宗教法人「生長の家」の根本聖典である「生命の實相」の発刊90周年をたたえることを目的とする内容でした。
これに対し、原告らは、被告の行為が原告事業団の複製権及び原告光明思想社の出版権を侵害するとして、本件出版物の発行等の差止め、謝罪広告の送付及び損害賠償を求めて提訴しました。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点番号 | 争点の内容 | 概要 |
|---|---|---|
| 争点① | 原告らの著作権・出版権の有無 | 本件著作物について原告らが著作権・出版権を有しているか |
| 争点② | 司法審査の対象性 | 宗教上の教義に関わる紛争として司法審査の対象となるか |
| 争点③ | 本件著作物に対する著作権法の適用の可否 | 宗教上の「神示」に著作権法が適用されるか |
| 争点④ | 引用の成否 | 本件著作物の掲載が著作権法32条1項の引用に該当するか |
| 争点⑤ | 損害 | 出版権侵害に係る損害の額 |
裁判所の判断
1. 争点①(原告らの著作権・出版権の有無)について
被告は、本件出版物に掲載した「声字即実相の神示」は、原告らが権利を主張する「神示集」ではなく、別の書籍である「到彼岸の神示」を基に掲載したものであるから、原告らは著作権又は出版権を有しておらず、訴訟要件を欠くと主張しました。
しかし、原審(東京地裁)は、以下のように判示し、被告の主張を退けました。
「証拠(甲3ないし6)及び弁論の全趣旨によれば、原告事業団は、『生命の實相』に収録されている神示の一つである本件著作物の著作権を有しており、また、前提事実のとおり、原告光明思想社は、本件著作物の出版権を有していることからすれば、被告の主張は、前提を欠く。そもそも、本件著作物に関する権利義務関係は、本案判決の対象となり、かつ、本案判決によって終局的に解決され得るものであるから、訴えの利益を認めるのが相当であり、訴訟要件を欠くものとはいえない。」(原審)
また、原審は、依拠性の有無についても以下のとおり付言しています。
「本件出版物において掲載された『声字即実相の神示』は、本件著作物と振り仮名の有無や漢字表記の有無(例えば『吾が』と『わが』など)について異なる箇所があるものの、それ以外は、本件著作物と全て同一であることからすれば、仮に被告が『到彼岸の神示』に掲載されている『声字即実相の神示』の創作的表現部分に依拠していたとしても、これと同一である本件著作物の創作的表現部分に依拠したともいえるから、被告の主張は、無体財産権である著作権侵害の要件としての依拠性の認定を左右するものとはいえ」ない。
2. 争点②(司法審査の対象性)について
被告は、本件が宗教上の教義の位置付けに関わる紛争であるため、司法審査になじまないと主張しました。
しかし、原審(東京地裁)は、本件訴訟において著作権に基づく請求の当否を判断するために必要な前提問題は、宗教上の教義や信仰の内容に深く関わるものとはいえず、その内容に立ち入ることなく結論を導くことができると判断しました。原審は、以下のように判示しています。
「本件訴訟は、著作権に基づく請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深く関わるものとはいえず、その内容に立ち入ることなくその問題の結論を導き得るものと認められる」(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁、最高裁昭和61年(オ)第943号平成元年9月8日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁各参照)
この判断は、著作権法上の引用の成否の判断にあたって、著作物の内容の価値や評価に立ち入ることはかえって相当ではなく、宗教上の教義の内容に立ち入ることなく判断できるという考え方に基づくものです。
3. 争点③(著作権法の適用の可否)について
被告は、本件著作物が「生長の家」の教義の根幹である「神示」に関するものであるため、宗教活動のために利用しても著作権侵害にあたらないと主張しました。
しかし、原審(東京地裁)は、以下のように判示し、被告の主張を退けました。
「被告主張に係る事情が、引用の成否の考慮事情とされるのは格別、本件著作物が宗教活動の根幹である『神示』に関する著作物であったとしても、そのことを理由として直ちに著作権法の適用を除外する規定はなく、被告の主張は、独自見解をいうものである。」
すなわち、裁判所は、宗教上の教義であっても著作権法の保護対象から除外されるわけではないことを明確にしました。もっとも、宗教上の教義であるという事情は、引用の成否の判断において考慮される余地があることも示唆しています。
4. 争点④(引用の成否)について
本件で中心的な争点となったのは、著作権法32条1項の「引用」の成否です。裁判所は、「公正な慣行」への合致と「目的上正当な範囲内」の該当性という2つの要件に分けて検討しました。
(1)「公正な慣行」該当性
原審は、被告の引用態様について、以下の事実を認定しました。
| 考慮事実 | 内容 |
|---|---|
| 引用部分の区別 | 引用部分が分かるように黒枠で囲っていた |
| 出典の明記 | 「到彼岸の神示」(昭和7年1月11日神示)と出典を明記していた |
これらの引用態様を踏まえ、裁判所は、本件著作物の引用が公正な慣行に合致すると判断しました。
(2)「目的上正当な範囲内」該当性
そのうえで、原審は、以下の事実を認定した上で、引用が目的上正当な範囲内で行われたと判断しました。
| 考慮事実 | 内容 |
|---|---|
| 引用の目的 | 「生命の實相」の発刊90周年をたたえることを目的としていた |
| 引用の分量(原著作物との関係) | 数千頁にも及ぶ「生命の實相」のうち僅か2頁にすぎなかった |
| 引用の内容 | 「生命の實相」の発刊の由来、意義等を的確に表現したものであった |
| 出版物全体における割合 | 全4頁の本件出版物のうち2頁目の上欄半分に掲載されているにすぎなかった |
| 出版物の記載内容 | 「生命の實相」の発刊の経緯や根本聖典としての重要性等が記載されていた |
(3)主従関係に関する原告らの主張について
原告らは、引用が成立するためには引用する側の著作物が主、引用される側の著作物が従という関係(主従関係)が必要であり、本件ではこの関係が満たされていないと主張しました。
これに対し、原審(東京地裁)は、以下のように判示しました。
「原告ら主張にいう主従関係は、旧著作権法(明治32年法律第39号)30条1項2号にいう引用の意義を示した最高裁昭和51年(オ)第923号同55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁の判例法理をいうものである。そのため、原告ら主張に係る事情は、現行の著作権法32条の要件該当性の判断において、正当な範囲内か否かを判断するための一事情としては考慮され得るものの、当該一事をもって判断することは、必ずしも適切ではない。」
すなわち、本判決は、引用の成否の判断にあたり、いわゆる主従関係説(モンタージュ写真判決(最三小判昭55.3.28民集34巻3号244頁)に基づく判断基準)ではなく、現行著作権法32条1項の文言に沿って「公正な慣行」と「正当な範囲内」を総合的に判断する立場(総合考慮説)を採用したと評価することができます。
(4)控訴審(知財高裁)の判断
控訴審においても、原審の判断が維持されました。控訴審では、原告ら(控訴人ら)が、本件著作物と本件出版物とでは著作物としてのレベルが違いすぎるため、本件著作物が主であると主張しました。
しかし、知財高裁は、以下のように判示し、この主張を退けました。
「著作物の内容の価値や評価に立ち入り、その軽重を前提にして主従関係を判断することが相当とはいえないから、そもそも控訴人らの主張はその前提を欠くものというべきであるし、また、分量が一つの重要な客観的指標となることは明らかであるところ、本件著作物と本件出版物の間において、合計4頁の本件出版物のうち半頁を占めるにとどまる本件著作物が主となると評価するだけの事情は認められない。」
また、本件著作物の全文引用の必要性について、控訴人らは、書籍「生命の實相」を「たたえる」上で本件著作物の全部引用が必要であるというのは不合理であると主張しました。しかし、知財高裁は、以下のように判示し、この主張を退けました。
「本件著作物は、無形の『生命の実相』を形に表したのが『生命の實相』の本であること、それまでの宇宙は、言葉が実相を語らないために不調和なことが起こったこと、『生命の實相』の本が出た以上は、言葉が実相を語り、よき円満な調和した言葉の本が整ったことから何事も急転直下すること等が述べられた上で、最後に『まだまだ烈しいことが今後起るであろうともそれは迷いのケミカラィゼーションであるから生命の実相をしっかり握って神に委(まか)せているものは何も恐るる所はない。』と結んでいるものであり、無形の『生命の実相』を形に表したものとされる『生命の實相』の発刊と無関係といえる部分はなく、一体性を有するものというべきであるから、『生命の實相』の発刊90周年をたたえることを目的としたと認められる本件出版物において、本件著作物全文を利用したことをもって、公正な慣行に合致しないとか、引用の目的上正当な範囲で行われたものでないということはできない。」
結論
以上の判断を踏まえ、裁判所は、被告が本件著作物を本件出版物に掲載した行為は著作権法32条1項の引用に該当し適法であるとして、原告らの請求をいずれも棄却しました。控訴審もこの結論を維持し、控訴を棄却しました。
コメント
1. 本判決の意義
本判決は、宗教上の教義を出版物に掲載した行為について著作権法32条1項の引用該当性が争われた事案であり、以下の点で実務上、参考となるものです。
第一に、宗教上の教義(神示)であっても著作権法の保護対象から除外されるものではないことが確認されました。宗教的な性質を持つ著作物であっても、思想又は感情を創作的に表現したものであれば著作物に該当し、著作権法の適用を受けます。
第二に、引用の成否の判断において、総合考慮説の立場が採用されました。本判決は、旧著作権法下のモンタージュ写真判決が示した主従関係は、現行著作権法32条1項の要件を判断するための一つの考慮要素にとどまり、それだけで引用の成否を決することは適切でないとしました。これは、近年の裁判例の傾向と整合するものです。
第三に、宗教上の教義が著作物として保護される場合であっても、宗教的な活動の中での利用については、引用の目的や態様、分量等を総合的に考慮して引用の成否を判断すべきことが示されました。
2. 実務上の留意点
本判決を踏まえると、他者の著作物を引用する際には、以下の点に留意することが重要です。
引用が適法と認められるためのポイント
| 項目 | 具体的な対応 |
|---|---|
| 引用部分の明示 | 引用部分を枠で囲む、カギ括弧で示すなど、自己の著作部分と明確に区別する |
| 出典の明記 | 著作物名、著作者名等の出典情報を正確に記載する |
| 引用の目的 | 批評、研究、紹介など、引用の目的を明確にする |
| 引用の分量 | 引用の目的に照らして必要な範囲にとどめる |
| 本文との関係 | 自己の著作部分が中心となるような構成を意識する |
なお、本判決は、宗教上の教義に関する著作物を引用した事案に関する判断であり、あらゆる場面に直ちに当てはまるものではありません。引用の成否は、著作物の性質、利用態様、利用目的、利用分量等の諸要素を総合的に考慮して個別に判断されるものです。
著作権法上の引用の適法性は、具体的な事案ごとに結論が異なり得るため、自社の出版物やウェブサイト等で他者の著作物を利用する際には、事前に専門家にご相談いただくことをお勧めします。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

