はじめに
上場企業の有価証券報告書等に虚偽記載があった場合、株式を取得した投資家は、金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)21条の2第1項等に基づき、発行会社等に対して損害賠償を請求することができます。
もっとも、虚偽記載が存在すれば常に損害賠償が認められるわけではありません。投資家が虚偽記載の可能性やそれに伴う株価下落リスクをあらかじめ認識した上で株式を取得していた場合、虚偽記載と損害との間の因果関係が否定される可能性があります。
今回のコラムでは、発行会社による事前の情報開示(リスクの警告)と投資家側のリスク認識を理由として、虚偽記載と損害との間の相当因果関係を否定した大阪地裁令和2年3月27日判決(平成28年(ワ)第11899号)について解説します。
本判決は、企業の開示実務や投資家対応を検討する上で、実務的に参考となる裁判例です。
事案の概要
本件は、被告会社(上場企業)の株式を流通市場で取得した原告が、被告会社が提出した有価証券報告書等に重要な事項についての虚偽記載が存在し、これにより株価が下落して損害を被ったと主張して、被告会社に対しては金商法21条の2第1項等に基づき、被告会社の元代表執行役に対しては金商法24条の4、22条等に基づき、損害賠償を請求した事案です。
当事者と取引の概要
| 当事者 | 概要 |
|---|---|
| 被告会社 | 電気機械器具製造業等を目的とし、東京証券取引所市場第一部等に株式を上場していた株式会社(指名委員会等設置会社) |
| 元代表執行役 | 平成23年6月22日から平成27年7月21日まで被告会社の代表執行役の地位にあった者 |
| 原告 | 平成27年5月14日に被告会社の株式24万株を代金合計約1億612万円で取得し、同年9月11日に代金合計約7671万円で売却した投資家 |
被告会社による情報開示の経緯
被告会社は、以下のとおり段階的に情報開示を行っていました。
| 時期 | 開示内容 |
|---|---|
| 平成27年2月12日 | 証券取引等監視委員会から金商法26条1項に基づく報告命令を受領 |
| 平成27年4月3日(4月開示) | 一部インフラ関連の工事進行基準に係る会計処理の適切性を検証するため、特別調査委員会を設置し事実調査を行う旨を開示 |
| 平成27年5月8日(5月8日開示) | 工事原価総額の過少見積り等が判明したこと、工事進行基準案件以外にも調査を要する事項があること、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会を設置すること、過年度決算修正の可能性があること、業績予想を未定とし配当を零円とすること等を開示 |
| 平成27年5月13日(5月13日開示) | 工事進行基準案件について営業損益ベースでマイナス500億円強の修正を見込んでいること(ただし暫定的な数値であること)、工事進行基準案件以外にも全社的・網羅的調査が必要であること、さらなる過年度修正の要否・規模は不明であることを開示 |
| 平成27年5月14日 | 原告が被告会社の株式24万株を約1億612万円で取得 |
| 平成27年7月20日~21日 | 第三者委員会の調査報告書を受領・開示 |
| 平成27年9月7日 | 過年度決算の訂正報告書等を提出(本件過年度修正) |
| 平成27年9月11日 | 原告が本件株式を約7671万円で売却 |
原告は、5月8日開示の翌営業日(5月11日)に被告会社の株価が急落した(終値483.3円→403.3円)後に、5月13日開示の内容を認識した上で、株価の上昇を期待して本件株式を取得していました。
本件の争点
本件の争点は以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件過年度修正に関する重要な事項に係る虚偽記載等(金商法21条の2第1項)の存否 |
| 争点② | 原告に対する権利侵害の存否 |
| 争点③ | 虚偽記載等と損害との間の相当因果関係の存否 |
| 争点④ | 危険への接近の法理による免責の可否 |
| 争点⑤ | 「虚偽であることを知らないで有価証券を取得した者」(金商法24条、22条1項)への該当性(元代表執行役に対する請求について) |
裁判所は、争点③(相当因果関係の存否)について原告の主張を否定し、原告の請求全部を棄却しました。そのため、争点③以外の争点については裁判所の判断は示されていません。
裁判所の判断
1. 被告会社による株価下落リスクの警告
裁判所は、4月開示、5月8日開示および5月13日開示の内容と、これらの開示を受けた被告会社の市場株価の変動状況を踏まえ、被告会社が一般投資家に対し株価下落リスクをあらかじめ警告していたと認定しました。
裁判所は、以下のように判示しています。
「4月開示によって、被告会社の一部インフラ関連の工事進行基準に係る会計処理について特別調査委員会による事実調査を行うこと、5月8日開示によって、上記問題以外にも更なる調査を必要とする事項が判明し、日弁連の指定するガイドラインに従った第三者委員会が設立されることなどが開示され、このような情報開示に市場が強く反応し、5月8日開示の翌営業日である平成27年5月11日に株価が大きく下落した。さらに、被告会社は、5月13日開示でも、現時点で判明している過年度修正額見込みとして、マイナス500億円強を見込んでいるものの、新たに設置される第三者委員会において判断が異なる可能性があること、被告会社において工事進行基準案件以外でも更なる調査が必要な事項が判明しており、被告会社として全社的網羅的調査が必要であるところ、更なる過年度修正の必要性及び規模は不明であることなどを開示した。こうした事情に照らせば、被告会社は、4月開示、5月8日開示及び5月13日開示により、被告会社が公衆の縦覧に供している有価証券報告書等に虚偽記載等が存する可能性のあることによる株価下落のリスクを、一般投資家にあらかじめ警告していたものということができる。」
2. 原告によるリスクの引受け
裁判所は、原告の投資経験や本件株式購入の経緯から、原告が株価下落リスクを認識し、これを引き受けて本件株式を取得したと認定しました。裁判所が認定した考慮事実は以下のとおりです。
| 考慮事実 | 内容 |
|---|---|
| 投資資金の規模 | 原告は1億円を超える投資用資金を有していた |
| 投資経験 | 上記の資金規模から、ある程度の株式投資の経験を有していたと推認される |
| 開示内容の認識 | 原告は本件株式購入時点で4月開示、5月8日開示および5月13日開示の内容を認識していた |
| 株価変動の認識 | 5月8日の終値483.3円が、5月11日に403.3円に急落したことを認識していた |
| 取得の態様 | 上記の状況を認識した上で、株価上昇を期待して1億円超を投入し24万株を購入した |
裁判所は、以下のように判示しています。
「原告は、本件株式の購入までに、被告会社から警告されていた株価下落のリスク、すなわち、被告会社が公衆の縦覧に供していた本件各有価証券報告書等について、工事進行基準案件につき営業損益ベースでマイナス500億円程度の影響のある虚偽記載等が存し、かつ、上記案件以外においても被告会社において網羅的な調査の必要な案件があり、これにより将来過年度修正がされる可能性があること、及びこのような事情により将来に株価が下落するリスクがあることを認識し、かかるリスクを引き受けて本件株式を購入したものと認めることができる。」
3. 相当因果関係の否定
以上を踏まえ、裁判所は、原告が引き受けていた株価下落リスクが現実化したものであるとして、虚偽記載と損害との相当因果関係を否定しました。
「原告が本件株式を取得した後の被告会社の株価の下落が原告主張の虚偽記載等に起因して生じたものであったとしても、これによって生じた損害(本件損害)については、原告が本件株式購入時にあらかじめ引き受けていた株価下落リスクが現実化したものといえ、原告自身が負担すべきものであるといえる。よって、原告主張の虚偽記載等と本件損害との間に相当因果関係を肯定することはできない。」
4. 原告の反論に対する判断
原告は、5月13日までの開示は一般投資家に対する具体的な警告とはいえず、また、最終的な修正額が2000億円を超える大規模なものとなることは予測できなかったと反論しました。しかし、裁判所は、以下の理由でこの反論を退けました。
「被告会社による開示は、過年度修正の可能性を一般的に告知したという抽象的なものにとどまっていたとはいえない。また、原告は1億円を超える投資資金を有し、ある程度の株式取引の経験がある者である上、被告会社による一連の情報開示の内容や、5月8日開示のあった日の翌営業日の市場株価の急激かつ大幅な下落を認識していたことを併せ考慮すると、被告会社による上記情報開示により、原告においても、有価証券報告書等の虚偽記載により過年度修正が行われる可能性があることや、その過年度修正額が、5月13日開示で掲げられた500億円を大幅に超える額となる可能性があることを合理的に認識することができたというべきである。」
コメント
1. 本判決の意義
本判決は、有価証券報告書等の虚偽記載に基づく損害賠償請求において、発行会社による虚偽記載等の可能性についての事前の情報開示(リスクの警告)と、投資家がそのリスクを認識して株式を取得したという事情を理由に、相当因果関係を否定した裁判例です。
学説上、西武鉄道事件最高裁判決(最三小判平成23年9月13日民集65巻6号2511頁)やライブドア事件最高裁判決(最三小判平成24年3月13日民集66巻5号1957頁)の判示内容を踏まえ、虚偽記載と損害との因果関係の判断枠組みについて、
①虚偽記載等により投資家が意図しないリスクを引き受けさせられたか否か、②意図せず引き受けさせられたことにより被った損害額の算定、
という二段階で構成されるとの見解が提唱されていました(潮見佳男「資産運用に関する投資者の自己決定権侵害と損害賠償の法理-西武鉄道事件最高裁判決における損害論の検証」松本恒雄先生還暦記念『民事法の現代的課題』〔2012〕513頁など)。
本判決は、発行会社自身が虚偽記載等の可能性と株価下落リスクを事前に警告し、投資家がその警告を認識した上で株式を取得していた場合には、その後に現実化した株価下落は投資家が自ら引き受けたリスクの範囲内にあるとして、相当因果関係が否定されるという判断を示しており、このような学説が示す枠組みに沿って、投資家が意図しないリスクの引受けがあったとはいえないとして因果関係を否定したものと位置づけることもできます。
2. 本判決の判断枠組み
本判決が示した判断枠組みは、以下の2つの要素から構成されています。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 発行会社によるリスクの警告 | 発行会社が、有価証券報告書等に虚偽記載等が存する可能性があり、これにより株価が下落するリスクがあることを、一般投資家に対してあらかじめ警告していたこと |
| 投資家によるリスクの引受け | 投資家が、上記警告の内容を認識した上で、株価下落リスクを引き受けて株式を取得したこと |
そして、現実に生じた損害が上記リスクの現実化と評価できる場合には、虚偽記載と損害との間の相当因果関係が否定されるという構造になっています。
3. 企業に求められる対応
本判決の判断枠組みを踏まえると、上場企業としては、会計処理の問題が発覚した場合に、適時かつ具体的な情報開示を行うことが、虚偽記載に基づく損害賠償請求への防御として機能し得ることが示唆されます。
具体的には、以下のような点が考えられます。
| 対応事項 | 内容 |
|---|---|
| 段階的かつ具体的な開示 | 問題の発覚から過年度修正の確定に至るまで、各段階において把握している事実をできる限り具体的に開示すること |
| 影響範囲の明示 | 過年度修正の対象となる事項やその見込額を示すとともに、調査の範囲がさらに拡大する可能性がある場合にはその旨を明示すること |
| 不確実性の説明 | 数値が暫定的であること、調査が継続中であり今後の判断によって変わり得ることなど、不確実性の存在を明確に伝えること |
なお、本判決は、相当因果関係に関する判断のみを示したものであり、虚偽記載等の存否や損害額の算定方法など、同種事例で問題となる他の多くの論点については判断が示されていません。また、投資家がリスクを引き受けたと認定するために必要な事情について、一般的な基準が確立されているわけではなく、個別の事案ごとに判断される点には留意が必要です。
企業の情報開示のあり方や、虚偽記載等を理由とする損害賠償請求への対応については、個別の事実関係を踏まえた慎重な検討が必要となります。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

