判決サマリー
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 裁判所・日付 | 東京地裁 令和2年11月12日判決 |
| 事件番号 | 平成30年(行ウ)第546号 |
| 結論 | 原告(相続人)の請求棄却(課税庁側勝訴) |
| 控訴審 | 東京高裁 令和3年4月27日 控訴棄却 |
| 問題となった不動産 | 賃貸マンション(購入価格15億円) |
| 評価通達による評価額 | 約4億7,761万円 |
| 鑑定評価額(採用値) | 10億4,000万円 |
| 申告税額 → 更正後税額 | 約1,472万円 → 約1億0,336万円(約7倍) |
| 適用条文等 | 財産評価基本通達6項(特別の事情) |
はじめに――路線価評価と評価通達6項の概要
相続税の申告において、土地や建物などの不動産の評価額は、国税庁長官が定める財産評価基本通達(以下「評価通達」)に基づいて算出するのが原則です。評価通達による評価額(路線価等を用いた計算値)は、一般に不動産の市場価格(実勢価格)を下回る傾向にあります。そのため、現預金を不動産に換えることで相続財産の評価額を圧縮するという相続税対策が広く行われてきました。
もっとも、評価通達には例外規定が存在します。評価通達6項は、その定めによって評価することが「著しく不適当」と認められる財産については国税庁長官の指示を受けて別の方法で評価する旨を定めています。
東京地裁令和2年11月12日判決は、この評価通達6項の「特別の事情」が認められ、路線価による評価額ではなく不動産鑑定士による鑑定評価額をもって不動産の「時価」とすべきと判断された事例です。課税庁による更正処分が適法と認められたことから、不動産を活用した相続税対策の限界を示す重要な裁判例として実務上の注目を集めています。
今回のコラムでは、上記東京地裁判決について、概要を紹介いたします。
事案の概要
当事者と相続の経緯
被相続人Aは89歳で死亡しました(平成25年9月)。法定相続人は、原告X1〜X3を含む7名でした。
相続直前の不動産購入と借入
| 時期 | 行為 |
|---|---|
| 死亡約2か月前(平成25年7月25日) | 賃貸マンション(本件不動産)を15億円で購入 |
| 翌月(平成25年8月20日) | 銀行から購入資金として15億円を全額借入 |
| 平成26年7月1日 | 相続人が評価通達に基づき評価額約4億7,761万円で申告、借入金15億円を債務計上 → 申告相続税総額約1,472万円 |
評価通達による評価額が購入価格の約3分の1にとどまったこと、かつ借入金全額を債務計上したことで、課税財産が大幅に圧縮されました。
課税庁の対応
税務署は、評価通達の定める方法によることが「著しく不適当」として、不動産鑑定士による鑑定評価額10億4,000万円で評価額を算定し直しました。更正処分後の相続税総額は約1億0,336万円(申告額の約7倍)となりました。
争点
争点① 「特別の事情」の有無
本件不動産の評価にあたり、評価通達の定める評価方法によることが「著しく不適当」と認められる「特別の事情」(評価通達6項)が存在するか。
争点② 鑑定評価額の合理性
不動産鑑定士による鑑定評価額10億4,000万円は、本件不動産の客観的な交換価値(「時価」)を示す合理的な評価方法として採用できるか。
【参考条文】財産評価基本通達6項
この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
裁判所の判断
1 「特別の事情」の判断基準
裁判所は、評価通達による評価が原則であることを確認した上で、次のとおり例外が許される場合を示しました。
租税平等主義に照らせば、特定の納税者あるいは特定の財産についてのみ評価通達の定める評価方法以外の方法によってその価額を評価することは、原則として許されない。しかし、評価通達の趣旨が納税者間の公平・納税者の便宜・徴税費用の節減等にあることを踏まえると、評価通達の定める評価方法によっては適正な時価を適切に算定することができない場合など、これを形式的にすべての財産の評価において適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるような特別の事情がある場合には、他の合理的な評価方法によって評価することが許される。
2 評価額の著しい乖離
裁判所は、各評価額を比較検討し次の事実を認定しました。
①評価通達による評価額(4億7,761万1,109円)は鑑定評価額(10億4,000万円)の2分の1にも達しておらず、金額にして5億円以上の著しいかい離が生じている。②相続開始の約2か月前における売買価額は15億円であって、評価通達による評価額との間にも著しいかい離がある。③評価通達による評価額で申告した場合の相続税総額は1,472万0,500円であるのに対し、鑑定評価額によった場合は1億0,335万5,400円であり、課税額にも大幅な差異が生じている。④不動産鑑定評価基準に基づく鑑定評価額は客観的な交換価値を示すものといえ、鑑定評価の手法が不適切であるとする原告らの主張には理由がない。
3 取得経緯(節税目的)の認定
さらに裁判所は取得経緯について次の事実を認定しました。
①被相続人A及び相続人X1は、銀行担当者との間でかねてより相続税対策について相談を重ね、本件不動産の購入等による相続税の圧縮効果を検討していた。②Aが肺がんに罹患したことが発覚した後に不動産の購入を急ぎ、その翌月に本件不動産を購入した。③本件不動産の購入は、評価通達による評価額と評価して相続財産に計上し、借入金15億円を債務に計上することにより、相続税の大幅な圧縮効果をもたらすものであった。
これらを踏まえ、裁判所は次のとおり判示しました。
被相続人A及び相続人X1は、近い将来発生することが予想されるAの相続に関して、相続税の負担を減じる効果があることを認識した上でこれを期待して、本件不動産の取得及び借入れを実行したものと認められる。このことは、「特別の事情」の存在を基礎付けるものである。
4 結論
本件不動産については、評価通達の定める評価方法によって評価することにより、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるから「特別の事情」が認められる。他方、鑑定評価額は本件不動産の客観的な交換価値を示すものとして合理性を有するから、本件不動産の時価は鑑定評価額(10億4,000万円)であると認めるのが相当であり、本件各更正処分等はいずれも適法である。
本判決の意義
相続税法22条の「時価」と評価通達の関係
相続税法22条は、相続等により取得した財産の価額はその取得時における「時価」によると規定しています。この「時価」とは、被相続人の死亡時における財産の客観的な交換価値を意味します(最二小判平成22年7月16日・最三小判平成29年2月28日)。課税実務上は評価通達による画一的な評価が原則ですが、評価通達6項はその例外を認めています。
リーディングケースとの関係
評価通達6項の適用に関するリーディングケースである東京地判平成4年3月11日(判時1416号73頁)は、評価通達を形式的にすべての納税者に適用することによってかえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかな場合には、別の評価方法によることができると判示しており、本判決もこの判断枠組みを踏襲しています。
関連裁判例一覧
| 裁判例 | 概要 | 結論 |
|---|---|---|
| 東京地判平成4年3月11日 判時1416号73頁 | 評価通達6項のリーディングケース | 評価通達6項の判断枠組みを確立 |
| 東京地判令和元年8月27日 金判1583号40頁 | 賃貸マンションをめぐる相続税評価の適否 | 評価通達6項適用を肯定 |
| 東京高判令和2年6月24日 金判1600号36頁 | 上記地裁判決の控訴審 | 控訴棄却(適用維持) |
| 東京地判令和2年11月12日(本判決) 平成30年(行ウ)第546号 | 相続直前購入の賃貸マンションに評価通達6項適用 | 評価通達6項適用・課税庁勝訴 |
| 東京高判令和3年4月27日 令和2年(行コ)第242号 | 本判決の控訴審 | 控訴棄却 |
| 最高裁令和4年4月19日 令和2年(行ヒ)第283号 | 同種事案での最高裁判断 | 上告棄却 |
本判決は、①評価通達による評価額と鑑定評価額・売買価格との著しい乖離、②節税目的が明確な取得経緯という2つの要素を軸として「特別の事情」を認定した点で、今後の実務上の指針として重要な意義を有します。
本判決が示唆するもの
(1)評価通達による評価額と市場価格との乖離幅
本件では、評価通達による評価額(約4.8億円)が鑑定評価額(約10.4億円)の半分にも満たず、購入価格(15億円)とも大幅に乖離していました。評価通達による評価額と市場価格(あるいは取得価格)との乖離が著しい不動産については、評価通達6項の適用リスクを現実的なものとして認識しておく必要があります。
(2)取得の目的・経緯の重要性
本件において特に重視されたのは、相続の直前期という時期に節税目的で不動産を購入した経緯です。相続直前の不動産取得は税務当局の調査対象となりやすく、節税効果を期待した購入であることが客観的な事実関係から明確に認められる場合には、評価通達6項が適用されるリスクが高まります。
(3)専門家によるリスク評価の不可欠性
本判決は、不動産を使った相続税対策が事案によっては有効でないケースがあることを改めて明確に示しました。節税目的での不動産取得を検討する際は、評価通達6項が適用されるリスクを含めた包括的なリスク評価を、税理士・弁護士等の専門家とともに十分に行うことが不可欠です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 不動産による相続税対策はすべてリスクがあるのですか?
すべての不動産購入が評価通達6項の適用を受けるわけではありません。リスクが高まるのは、①評価通達による評価額と実勢価格・購入価格との乖離が著しい場合、②相続直前の取得で節税目的が明確な場合などです。これらの要素が重なる場合に課税リスクが現実化します。
Q2. 評価通達6項とはどのような規定ですか?
財産評価基本通達6項は、評価通達の定めによって評価することが「著しく不適当」と認められる財産については、国税庁長官の指示を受けて評価通達以外の方法(例:不動産鑑定評価)で評価できるという例外規定です。「特別の事情」が認められる場合に適用されます。
Q3. 相続直前とはどの程度の期間を指しますか?
本件では死亡約2か月前の購入が問題となりました。確定的な期間は定まっていませんが、被相続人の健康状態の悪化後に行われた購入は特に注目される傾向があります。
Q4. 鑑定評価額はどのように決まりますか?
不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて算定します。本判決は、鑑定評価の手法が適切であれば、その評価額は客観的な交換価値を示すものとして合理性を有すると判断しています。
まとめ
本判決は、相続税の節税を目的とした不動産取得であっても、評価通達による評価額と実勢価格との乖離が著しく、かつ節税目的が客観的な事実関係から明確に認められる場合には、評価通達6項の「特別の事情」が認定され、鑑定評価額をもって相続財産の時価とする課税庁の更正処分が適法となることを示した重要な先例です。
節税スキームとしての不動産購入は、その効果が一見明確に見える場合であっても、取得の時期・目的・金額規模等の諸事情によっては課税リスクを伴います。相続税対策を検討されている方、あるいは顧問先から相続税対策について相談を受けている士業・金融機関の方は、本判決を十分に踏まえた上で、専門家への相談をお勧めします。
本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別事案に関する法的アドバイスを構成するものではありません。個別具体的な事案についてのご相談については、問い合わせフォームよりお問い合わせください。

