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店舗内転倒事故と安全配慮義務違反——東京高裁令和3年8月4日判決を読む

スーパーマーケットやショッピングモールなど、多くの人が行き交う店舗では、床への落下物を踏んだことによる転倒事故が一定の頻度で発生します。こうした事故が起きた場合、店舗側はどのような損害賠償責任を負うのでしょうか。

東京高等裁判所令和3年8月4日判決は、スーパーマーケット内のレジ前通路でかぼちゃの天ぷらを踏んで転倒した利用客が店舗側に損害賠償を求めた事案について、店舗側の安全配慮義務違反および土地工作物責任をいずれも否定し、請求を全部棄却しました。

上記判決は原審段階からマスコミでも広く取り上げられ、社会的な注目を集めました。店舗運営に携わる企業の担当者にとっては、その内容とを把握しておくことは有益です。

そこで、今回のコラムでは、上記東京高裁判決について、概要を紹介いたします。

 

事案の概要

スーパーマーケット(以下「本件店舗」)を経営する会社(以下「Y」)の店舗内レジ前通路を歩行中、床に落ちていたかぼちゃの天ぷらを踏んで転倒し右膝を負傷した男性(以下「X」、当時33歳)が、Yに対して損害賠償を求めた事案です。

事故が発生したのは平日の午後7時台です。仕事帰りの買物客などで店舗が混雑する時間帯であり、レジ台の前には会計を待つ利用客が並んでいました。床に落ちていたかぼちゃの天ぷらは、縦横それぞれ約13cm・10cmと比較的大きなものでしたが、利用客からレジ内の従業員に対して落下物があるとの申告や苦情は一切寄せられていませんでした。

Xは、①不法行為または債務不履行(安全配慮義務違反)、および②店舗の設置・管理の瑕疵に基づく土地工作物責任(民法717条1項)を根拠として、損害賠償(141万6389円)を請求しました。

原審(東京地裁令和2年12月8日判決)は、Yの不法行為責任を認め、約57万円の支払いを命じました。Yはこれを不服として控訴し(Xも附帯控訴)、本判決に至りました。

 

争点

本件の主な争点は以下の2点です。

争点① 安全配慮義務違反(不法行為・債務不履行)の成否

Xは、「天ぷらのように油を使い踏めば滑る商品を扱う店舗として、Yにはそのような商品が通路に放置されないよう配慮すべき義務があり、これを怠った」と主張しました。

一方Yは、「天ぷらを落としたのは従業員ではなく利用客であり、このような事故は通常想定し難く、事前に特段の対応をとるべき義務はない」と反論しました。

争点② 土地工作物の設置・管理の瑕疵の有無

Xは、「Yが天ぷらによって床が滑りやすい状態にあるのを放置したことが、店舗の設置・管理の瑕疵に当たる」と主張しました。

 

裁判所の判断

東京高等裁判所は、Xの請求を全部棄却し、Yの責任を否定しました。

事実認定──天ぷらを落としたのは利用客・放置は短時間

裁判所はまず、天ぷらを落とした主体と放置時間について次のとおり認定しました。

本件事故現場は会計前の商品を持った利用客が通るレジ前通路であること,本件店舗の従業員が同現場付近に本件天ぷらを落とすことは通常考えられないことから,本件天ぷらを落としたのは,本件店舗の従業員ではなく利用客であると認められる。

また、落下物の発見可能性と放置時間については

本件天ぷらは,縦横それぞれ13cm,10cm程度と比較的大きく,利用客が目視するだけでなく,足に触れたり,カートに当たったりする等して発見しやすい物であることが認められるが,利用客からレジ内の従業員等に落下物があるとの申告,苦情等はなかったことからすると,本件天ぷらは,本件事故に近接する時点に落ちたものである可能性が高く,少なくとも長時間放置されていたものとは認められない。

と認定します。

これにより、本件の争点は「利用客がレジ前通路に落とした天ぷらを短時間放置させたことが、安全配慮義務違反といえるか」という点に絞られました。

安全配慮義務違反の否定

裁判所は、以下の事情を総合考慮した上で、結論として安全配慮義務違反を否定しました。

(ア)レジ前通路は転倒事故の多発箇所ではない

消費者庁が店舗内転倒事故に関して発出した文書を根拠として、

店舗内の床滑りによる転倒事故は,雨天時や水を使う場所の床濡れによるものが大半を占めており,落下物が原因となる場合も,青果物売場において野菜くず等を踏みつけたときに滑ることが想定されているものの,レジ付近の通路は落下物による転倒事故が発生しやすい場所としては挙げられていない。

また、本件店舗の店長の証言によれば、他店舗も含めてレジ付近での落下物による転倒事故はこれまで一度も発生したことがなかったと認定されています。

(イ)利用客にとって落下物の回避は特に困難ではない

レジ前通路を通行する利用客からは同通路は見通しがよく……通路上に商品等の落下物があったとしても目に付きやすく,店舗内が混み合っている時間帯でも足下の落下物を回避することは特に困難なことではないと認められる。

(ウ)特段の安全確認措置を講じるべき法的義務は認められない

レジ従業員がリアルタイムで落下物を発見・除去することが困難であることを認めつつも、次のとおり述べました。

レジ前通路に本件天ぷらのような商品を利用客が落とすことは通常想定し難いこと等から,控訴人において,顧客に対する安全配慮義務として,あらかじめレジ前通路付近において落下物による転倒事故が生じる危険性を想定して,従業員においてレジ前通路の状況を目視により確認させたり,従業員を巡回させたりするなどの安全確認のための特段の措置を講じるべき法的義務があったとは認められない。

以上を踏まえ、裁判所は次のとおり結論を示しました。

利用客が本件事故現場(レジ前通路)付近に落とした本件天ぷらを短時間放置させたことにつき,控訴人において安全配慮義務違反があったということはできず,被控訴人に対して不法行為責任又は債務不履行責任を負うものではないと解するのが相当である。

土地工作物責任の否定

店舗の設置・管理の瑕疵に基づく土地工作物責任(民法717条1項)についても、同様に否定されました。

本件店舗の設置,管理に瑕疵があることによって本件事故が発生したと認めることはできないのであり,控訴人において被控訴人に対して土地工作物責任を負うものではないと解するのが相当である。

 

本判決の意義

店舗内転倒事故をめぐる判例の状況

消費者庁の文書によれば、店舗内の床滑りによる転倒事故は、訴訟に至らないものも含め相当数発生しています。こうした事故をめぐる訴訟では、安全配慮義務違反に係る不法行為・債務不履行の成否や、土地工作物責任の成否が争われます。

裁判例は、店舗側の責任を認めたものと否定したものの双方が存在しています。

裁判例結論
東京地裁平成9年2月13日判決(判タ953号208頁)認容
大阪高裁平成13年7月31日判決(判時1764号64頁)認容
東京地裁平成13年11月27日判決(判時1794号82頁)認容
東京地裁平成16年3月23日判決(判例秘書)認容
名古屋地裁岡崎支部平成22年12月22日判決(判時2113号119頁)棄却
岡山地裁平成25年3月14日判決(判時2196号99頁)認容
名古屋地裁平成25年11月29日判決(判時2210号84頁)棄却
東京高裁平成26年3月13日判決(判時2225号70頁)認容
東京地裁平成29年10月6日判決(判例秘書)棄却
福岡高裁平成30年10月3日判決(判例秘書)認容
名古屋地裁平成30年11月27日判決(判例秘書)棄却
福岡高裁平成31年4月17日判決(判例秘書)棄却
京都地裁令和3年12月10日判決(判例秘書)認容

このように、同種事案でも判断が分かれており、一概に「店舗側は責任を負わない」とも「負う」とも言えない状況にあります。結論を分けるポイントは、

  • ・転倒事故が発生するおそれがあると認められる具体的な状況にあったか
  • ・店舗側がその状況を認識し、または容易に認識できたにもかかわらず放置していたか

の2点に集約することができます。

 

本判決のポイント

本判決は、次の事情を認定・総合考慮し、安全配慮義務の範囲を明確に画しました。

考慮事情本件での認定
落下物の放置時間事故直前に落ちた可能性が高く、長時間放置ではない
場所の危険性消費者庁文書・過去の事故履歴に照らしても、レジ前通路は落下物転倒の多発箇所でない
利用客による回避可能性見通しのよい通路・比較的大きな落下物であり、回避は困難でない
従業員による対処の困難さレジ業務中の同時対応には限界があるが、そもそも特段の危険性が認められない

本判決はあくまでも「事例判断」であり、すべての店舗転倒事故に自動的に適用されるものではありませんが、安全配慮義務の有無を判断する際のフレームワークとして、実務上重要な先例といえます。

 

店舗運営に関わる企業に求められる対応

本判決で責任が否定されたのは、「レジ前通路」という特定の場所の特性と事故の具体的状況が重視された結果と言えます。逆にいえば、危険性の高い場所や状況では、より高度な安全確認義務が認められる点に注意する必要があります。

実際、消費者庁文書でも、鮮魚コーナー・冷凍ケース付近・惣菜コーナー前・雨天時の入口付近などは滑りやすい場所として明示されており、これらの場所での転倒事故については、店舗側の責任が認められやすい傾向があります。

店舗運営に携わる企業の担当者としては、以下の点を踏まえた安全管理体制の整備を検討することが大切です。

 項目内容
リスクマップの作成・場所ごとのリスクを整理し、重点的に巡回・清掃すべきエリアを特定する
過去の事故・ヒヤリハットの記録・管理・事故履歴は義務の有無を判断する上で重要な証拠となるため、発生都度記録・保管する
従業員への安全教育の徹底と記録の保持・教育の実施記録を残しておくことで、安全管理の取組みを客観的に示せる
危険箇所への対策の実施・滑りやすい場所へのマット設置、注意喚起の掲示、清掃スケジュールの整備など
事故発生時の迅速な証拠保全・現場写真、目撃者の証言、防犯カメラ映像等を速やかに確保・保存する

なお、本判決に対してXが上告・上告受理申立を行いましたが、最高裁は上告を却下し、上告受理申立も不受理としており、本判決が確定しています。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。