はじめに
近年、投資教材やトレーディング補助ツールなどのソフトウェアを、会員制コミュニティの入会特典として提供するビジネスモデルが広がっています。こうしたビジネスでは、提供元の企業自身が著作権を持つとは限らず、著作権者から独占的な利用許諾を受けた上でサービスを展開しているケースも少なくありません。会員がそのソフトウェアを無断で第三者に配布してしまった場合、著作権者ではない企業は、どのような法的手段を取ることができるのでしょうか。
今回のコラムでは、ソフトウェアの独占的利用権者が、無断複製・配布を行った会員に対して不法行為に基づく損害賠償を求めた事案に関する東京地裁令和2年12月17日判決をご紹介いたします。
本判決は、著作権そのものを有していない独占的利用権者であっても、一定の要件の下で不法行為に基づく損害賠償請求が認められ得ることを示すとともに、逸失利益の算定において裁判所がどのような事実を重視するかを具体的に示した点で、ライセンスビジネスを展開する企業にとって参考になる裁判例です。
事案の概要
本コラムでは、判決文の表記との対応関係を踏まえ、当事者を次のとおり表記します。
| 表記 | 内容 |
|---|---|
| X(原告) | 総合コンサルティング、プロモート及びマネジメント業等を目的とする株式会社。本件ソフトの独占的利用権を有していた(判決文には実名の記載がありますが、本コラムでは匿名化しています。引用部分中の「原告」はXを指します。) |
| Y(被告) | 個人。Xが運営する有料コミュニティに入会し、入会特典として本件ソフトの交付を受けた者(判決文自体において「Y」と表記されています。引用部分中の「被告」はYを指します。) |
| BANANA社 | 本件ソフトウェアの著作権者。Xとの間で独占的利用許諾契約を締結した、本件訴訟の当事者ではない第三者(判決文の表記に従います。) |
| A | Yが投資関連の講座で知り合った人物。Yから本件ソフトの配布を受けた「本件各参加者」の一人 |
本件で問題となったソフトウェアは、裁量取引補助ツール「トレーダーファムインジケーター」(以下「本件ソフト」といいます。)です。
本件ソフトの著作権は、BANANA社が有していました。平成31年4月1日、XはBANANA社との間で、本件ソフトについて独占的利用許諾契約(以下「本件契約」といいます。)を締結しました。契約内容の概要は、以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 利用許諾料 | 1回の利用許諾につき24万9900円(税込み) |
| サブライセンス | Xが運営する有料コミュニティの参加者に対し、許諾数の範囲内で再許諾(サブライセンス)が可能 |
| コミュニティ参加費用 | 再許諾代金を含めて、上記利用許諾代金を下回らない範囲で設定する |
Xは、投資に関する個別サポート等を目的とした有料コミュニティ(以下「Xコミュニティ」といいます。)を運営しており、本件ソフトはその入会特典とされていました。その後の主な事実経過は、次のとおりです。
| 時期 | 事実の概要 |
|---|---|
| 令和元年7月15日まで | Yは、投資に係る講座で紹介を受け、入会費用49万9800円(2個分の価格)を支払ってXコミュニティに入会し、Xから電子メール添付の方法で本件ソフトの交付を受けた。 |
| 令和元年8月 | Yは、同じ講座で知り合ったAを含む7人(以下「本件各参加者」といいます。)と情報交換をすることとし、Aほか1人に対して本件ソフトのデータを電子メールに添付して送信した。その後、Aの助言を受け、Yと本件各参加者が共有するアカウントで利用できるインターネット接続サーバに本件ソフトのデータをアップロードし、本件各参加者のうち5人が、このサーバからのダウンロード又はAからの電子メール受信により本件ソフトのデータを取得した。これにより、Xに無断で、Aを含む7人に本件ソフトが配布される結果となった。 |
| 令和元年9月14日 | Yは、Xコミュニティの会員資格を喪失した。 |
Xは、Yの上記行為によりXの独占的利用権(以下「本件独占的利用権」といいます。)を侵害されたと主張し、不法行為(民法709条)に基づき、逸失利益相当額174万9300円(本件各参加者7人分の再利用許諾代金相当額)、BANANA社に対する利用許諾代金支払義務相当額174万9300円、弁護士費用34万9860円の合計384万8460円及び遅延損害金の支払を求めて提訴しました。
本件の争点
本件の主な争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | Yが本件各参加者に本件ソフトを配布したことにより、Xの本件独占的利用権を侵害したか |
| 争点② | Yの不法行為によってXが被った損害及びその額 |
裁判所の判断
争点① Yの配布行為はXの独占的利用権を侵害したかについて
裁判所は、まず独占的利用権者の法的地位について、次のように述べました。
著作物の独占的利用権者は、著作権者に対して契約上の地位に基づき債権的請求権を有するにすぎないが、そのような地位にあることを通じて当該著作物の独占的利用による利益を享受し得る地位にある。そして、前記第2の1⑵イ及び前記1⑴によれば、原告は、本件ソフトを原告コミュニティへの入会特典として原告コミュニティへの入会費用を得ることによって、本件ソフトを独占的に利用する地位にあることによる利益を享受していた。
その上で、Yの行為について、次のとおり事実を認定しました。
被告は、問題があると認識しながら、本件各参加者のうちA外1人に対し、本件ソフトのデータを電子メールに添付して送信する方法により交付し、また、本件各参加者と共有するアカウントにより利用できるインターネットに接続しているサーバに本件ソフトのデータをアップロードして……これらの際に本件ソフトを有形的に再製して複製した。さらに、被告は、本件各参加者と共有するアカウントにより利用できる上記サーバに本件ソフトのデータをアップロードして……本件ソフトを自動公衆送信し得るようにした
そして、Yの上記行為がなければXコミュニティに入会する者がいて、Xが利益を得ることができたといえるとした上で、次のとおり結論付けました。
これらによれば、被告は、上記のとおり、少なくとも本件ソフトを複製、公衆送信することによって、原告が本件ソフトを独占的に利用する地位にあることを通じて得る利益を侵害したといえる。
すなわち、裁判所は、Xの本件独占的利用権自体が著作権法上の権利ではなく、著作権者であるBANANA社に対する契約上の債権的地位にすぎないことを前提としつつ、その地位を通じてXが現に享受していた経済的利益(コミュニティ入会費用による収益)が、Yの複製・公衆送信行為によって侵害されたと判断しました。
争点② Yの不法行為によってXが被った損害及びその額について
裁判所は、まず、Xが本件ソフトの配布をXコミュニティの入会特典とし、入会者から入会費用を受け取ることで独占的利用の地位による利益を享受していたことを確認した上で、損害の範囲について、次のように判断しました。
前記1⑴のとおり、原告は、本件ソフトの配布を原告コミュニティへの入会の特典とし、原告コミュニティに入会した者から入会費用を受け取ることによって、本件ソフトを独占的に利用することができる地位による利益を享受していた。ここで、被告が本件各行為により本件ソフトを配布した本件各参加者は、いずれも原告コミュニティの紹介、勧誘を受けたが入会しなかったこと(前記1⑵)を踏まえると、被告の本件各行為がなかったならば本件各参加者全員が入会費用を支払って原告コミュニティに入会したことを認めることはできない。
もっとも、本件各参加者のうちAについては、次のような個別の事情が認定されました。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 本件各参加者全般の状況 | いずれもXコミュニティの紹介・勧誘を受けたが、結局入会しなかった(入会できなかった者も含む) |
| Aの特別な事情 | Xコミュニティに参加していたYと情報交換をして本件ソフトの交付を受け、配布のために必要な処理(サーバへのアップロード依頼等)を率先して行うなど、本件ソフトの価値に強く着目していた |
| 裁判所の判断 | Yの行為がなければ、Aは本件ソフトを入手するためにXコミュニティに参加したと認めるのが相当 |
この認定を踏まえ、裁判所は次のとおり結論付けました。
そうすると、被告の本件各行為により、原告は少なくとも本件ソフトが入会特典である原告コミュニティに参加した者を1名失ったと認められる。
損害額については、次のように算定されました。
そして、本件ソフトが入会特典であり本件ソフトの再許諾料を含むといえる原告コミュニティの入会費用は24万9900円であり、また、本件契約において、原告がBANANAに対して支払う1回の利用許諾代金が同額であり、再利用許諾の代金を含む原告コミュニティの参加費用はその利用許諾代金を下回らない範囲で設定するとされていたこと(前記第2の1⑵イ)等に照らすと、原告は、少なくとも同額の損害を被ったものと認められる。
他方、XがBANANA社に対して本件各参加者7人分の利用許諾代金相当額174万9300円の支払義務を負っているとの主張については、次のとおり退けられました。
また、原告は、BANANAに対して本件各参加者7人分の利用許諾代金174万9300円を支払う義務を負っているなどとも主張する。しかし、被告の本件各行為によって原告に上記の支払義務が発生したことを認めるには足りず、原告が被告の本件各行為により同額の損害を被ったとは認められない。
弁護士費用については、請求額34万9860円のうち3万円のみが、Yの不法行為と相当因果関係のある損害として認められました。
以上の結果、裁判所は、Yの不法行為によってXが被った損害の額を合計27万9900円(入会費用相当額24万9900円+弁護士費用3万円)と認定し、これに対する令和元年9月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命じ、その余の請求(当初請求額384万8460円との差額)を棄却しました。
コメント
1 本判決の意義
本判決は、著作権者ではなく独占的利用権者にすぎない企業であっても、無断複製・公衆送信行為によってその利用権者としての地位から生じる経済的利益を侵害された場合には、不法行為に基づく損害賠償請求ができる場合があることを示しました。ライセンスを受けて事業を展開する企業にとって、著作権そのものを有していないことが直ちに法的救済の途を閉ざすものではないことを確認できる点に意義があります。
2 独占的利用権者の保護の枠組み
本判決は、独占的利用権が著作権者に対する契約上の債権的地位にすぎないことを前提としつつ、その地位を通じて権利者が現に享受していた経済的利益(本件では、ソフトの提供を入会特典とするコミュニティの入会費用収入)に着目し、この利益の侵害を不法行為として捉えました。もっとも、判決は「本件独占的利用権を侵害した」とまでは述べておらず、「独占的に利用する地位にあることを通じて得る利益を侵害した」という表現にとどめている点には留意が必要です。すなわち、独占的利用権者であれば当然に著作権侵害と同様の保護を受けられるわけではなく、当該権利者が具体的にどのような経済的利益を現に享受していたかという事実関係が、保護の可否を左右する重要な要素となっています。
3 損害額算定における立証の重要性
本件で特に参考になるのは、損害額の算定方法です。原告は、無断配布を受けた7人全員分の逸失利益を主張しましたが、裁判所は、7人がいずれも入会の勧誘を受けながら入会しなかったという事実を重視し、Yの行為がなくても7人全員が入会したとは認められないと判断しました。他方で、その中の1人(A)については、情報交換への積極的な関与や配布作業への協力といった個別の事情から、入会に至った蓋然性を認め、1名分の逸失利益のみを認定しました。また、著作権者への支払義務相当額の主張についても、Yの行為とその債務発生との因果関係の立証が不十分であるとして退けられています。このように、逸失利益の主張は、単に無断配布を受けた人数を機械的に積み上げるだけでは足りず、個々の対象者について具体的な事情に基づく立証が必要とされることが分かります。
4 企業に求められる対応
本判決を踏まえると、ライセンスビジネスやコミュニティ型のサービスを展開する企業には、次のような対応が求められます。
(1)利用許諾契約・会員規約における無断配布禁止の明確化
ソフトウェアや教材等を会員特典として提供する場合には、著作権者との利用許諾契約及び会員向け規約において、第三者への無断配布・複製・送信を明確に禁止し、違反時の責任を定めておくことが有用です。契約関係を明確にしておくことは、万一の紛争時に自社の権利や地位を主張する際の基礎となります。
(2)無断配布が発覚した場合の証拠収集
無断配布が発覚した場合には、配布先の人数や配布の態様(複製・送信の方法等)に加え、配布を受けた者が実際にサービスに関心を示していたかといった個別の事情を示す証拠(やり取りの記録等)を早期に収集しておくことが、後の損害立証において重要になります。本判決が示すとおり、人数を単純に積み上げるだけでは損害として認められない可能性がある点に注意が必要です。
(3)著作権者との関係整理
自社が著作権者ではなく利用許諾を受ける立場にある場合には、著作権者に対して負う義務(追加のライセンス料支払義務等)が第三者の行為によって現実に発生するのかどうかを、契約内容に照らして事前に整理しておくことが望まれます。
具体的な対応を検討する際には、専門家の助言を得ることが有用です。
おわりに
ソフトウェアの独占的利用権や会員制サービスに関する紛争は、契約関係や損害の立証方法が複雑になりやすく、対応を誤ると本来認められるべき損害の回復が十分にできないおそれもあります。こうした問題については、早い段階で弁護士に相談することが有益です。
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本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

