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成年後見開始の審判に精神鑑定は必須か?意思能力の判断基準と家事事件手続法119条(東京高裁令和5年11月24日決定)

はじめに

高齢化が進む中で、高齢の親や配偶者など、身近な方の判断能力に不安を感じ、成年後見制度の利用を考える方は少なくありません。もっとも、家族の間で後見開始をめぐる意見が対立する場合や、本人が後見開始に強く反対している場合には、後見開始の審判がどのような手続を経て行われるべきか、また、その手続に不備があったときにどのような結果になるのかが問題となります。

今回のコラムでは、東京高裁令和5年11月24日決定をご紹介いたします。本件は、家庭裁判所が精神鑑定を実施しないまま後見開始の審判をしたことの当否、及び、そのような手続上の問題があった場合に事件を家庭裁判所に差し戻すべきかが争われた事案です。

本決定の意義は、次の2点にあります。第一に、後見開始の審判に当たって原則として必要とされる精神鑑定を省略できる場合の判断基準を、具体的な事実関係に即して示している点です。第二に、鑑定を経ずにされた審判に手続上の違法があった場合であっても、事件を家庭裁判所に差し戻さずに手続を終わらせることができる場合があることを示している点です。

家族の判断能力や財産管理をめぐって意見が対立する場面に直面し得る方にとって、参考になる判断といえます。

事案の概要

本件の当事者は、次のとおりです。

表記内容
本人(抗告人)昭和10年生まれの男性。後見開始の審判の対象とされた者
X(原審申立人)本人の長女。後見開始の審判を申し立てた者
本人の長男。本人から任意後見契約の受任者として指名された者
D弁護士本人が令和3年7月に任意後見契約等を締結した弁護士。Xの手続代理人でもある
A弁護士原審が成年後見人として選任した弁護士
F医師本件申立てに係る診断書(本件診断書)を作成した医師

本人は、令和3年7月、D弁護士との間で、生活・療養看護及び財産管理に関する事務の委任契約、任意後見契約及び死後事務委任契約を締結し、公正証書を作成しました。しかし、本人は、同年8月、D弁護士に対し、内容証明郵便でこの契約を解除する旨の意思表示をしました。その後、本人は、同年12月、Cとの間で、同様の委任契約及び任意後見契約を締結し、公正証書を作成の上、任意後見契約の登記を行いました。

Xは、令和4年5月、甲府家庭裁判所都留支部に対し、本人について後見開始の審判の申立て(本件申立て)をしました。申立てに添付されたF医師作成の本件診断書には、脳血管性認知症との診断名や、長谷川式認知症スケールの結果が11点であること等が記載されていました。

原審は、令和4年9月、本人の精神の状況について鑑定を行う旨決定しましたが、本人は、自らは健康であり鑑定は不要であるとして、鑑定を受けることを拒否しました。その後、家庭裁判所調査官が本人と面接調査を行いましたが、本人は、鑑定について、依頼されれば応じる旨を述べたにとどまりました。原審は、令和5年6月、結局、鑑定を実施しないまま、本人について後見を開始し、A弁護士を成年後見人に選任する旨の審判(原審判)をしました。本人は、これを不服として即時抗告をしました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①精神の状況に関する鑑定を実施することなく後見開始の審判をすることが、家事事件手続法119条1項に違反しないか
争点②鑑定を経ないまま後見開始の審判がされた場合に、事件を原審に差し戻すべきか、それとも抗告審が自ら申立てを却下すべきか

裁判所の判断

争点① 精神の状況に関する鑑定の要否について

裁判所は、まず、後見開始の審判に関する法律上の枠組みについて、次のとおり述べています。

家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族等による請求があった場合、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について後見開始の審判をすることができるが(民法7条)、審判に当たっては、原則として、成年被後見人となるべき者の精神の状況につき鑑定をしなければならず、明らかにその必要がないと認めるときを除き、鑑定を実施することなしに後見開始の審判をすることができない(家事事件手続法119条1項)。

その上で、裁判所は、本件診断書の記載内容を、次のとおり整理しました。

項目内容
診断名脳血管性認知症
長谷川式認知症スケール11点(令和4年2月2日実施)
回復可能性「回復する可能性は低い」にチェック
判断能力についての意見「支援を受けても、契約等の意味・内容を自ら理解し、判断することができない」にチェック
見当識の障害あり(3段階中最も軽度)
他人との意思疎通の障害あり(3段階中2番目)
理解力・判断力の障害あり(3段階中2番目)
記憶力の障害あり(3段階中最も重い)

裁判所は、本件診断書には、記憶力の障害が顕著であるなど、本人の判断能力に問題があることをうかがわせる記載がある一方で、見当識の障害は軽度にとどまること、簡単な日常会話は理解できること、単純な作業はこなせることなど、本人に一定の意思能力があることをうかがわせる記載も含まれていると指摘しました。さらに、家庭裁判所調査官による面接調査においても、本人は、質問と答えがかみ合わないこともあったものの、自らの氏名及び生年月日を正確に答え、財産をCに渡したい意向やその理由をある程度筋の通った形で説明することができたと評価しました。

以上を踏まえ、裁判所は、次のとおり判断しました。

以上によれば、原審申立人が別紙主張書面3で主張する事情を考慮しても、抗告人については、限定的ではあるものの一定程度の意思能力がある可能性があり、少なくとも、鑑定の必要がない程に「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」(民法7条)に当たることが明らかであるとは認められない。

しかるに、原審は、本人の精神の状況について鑑定をしないまま、本人について後見開始の審判をしており、家事事件手続法119条1項に違反するというほかはない。

争点② 差し戻しの要否について

裁判所は、鑑定を経ないまま審判をした手続上の違法がある場合、本来であれば事件を原審に差し戻すことも考えられるとした上で、本件では差し戻しをしない理由として、次の事情を挙げています。

事情内容
本人は、原審において、自らは健康であり鑑定は不要である旨の陳述書を提出し、鑑定を受けることを強く拒否したこと
その後の家庭裁判所調査官による面接調査では、依頼されれば鑑定に応じる旨述べたものの、結局鑑定には応じなかったこと
当審においても、本人は、鑑定に応じる意向を示さず、抗告理由書においても、原審への差し戻しではなく、原審判の取消し及び申立ての却下を求めていること

これらの事情を踏まえ、裁判所は、次のとおり結論付けました。

これらの事情に鑑みると、本件を原審に差し戻しても、抗告人について鑑定を実施することは困難であると考えられる。

以上によれば、本件を原審に差し戻すのは相当でなく、本件申立てを却下するのが相当である。

コメント

1 本決定の意義

本決定は、後見開始の審判における精神鑑定の位置付けについて、具体的な判断基準を示したものです。診断書に判断能力の低下をうかがわせる記載があったとしても、それだけで鑑定を省略できるわけではなく、本人の言動や生活状況等を踏まえ、一定の意思能力が残されている可能性がある限り、鑑定を実施すべきであるとされています。また、手続に違法があった場合の処理について、事件を一律に差し戻すのではなく、本人の対応等の事情次第では、差し戻さずに手続を終わらせるという判断があり得ることも示しています。

2 精神鑑定を省略できる場合の判断基準について

家事事件手続法119条1項は、精神の状況に関する鑑定を原則として必須とし、これを省略できるのは「明らかにその必要がない」場合に限定しています。本決定は、この例外に当たるかどうかを、診断書の記載を機械的に読むのではなく、本人に一定の意思能力があることをうかがわせる記載の有無や、本人の実際の言動を踏まえて総合的に判断すべきことを示しています。高齢の家族について判断能力が問題となる場面でも、診断書等の一部の記載のみで判断能力の有無を即断することは相当ではなく、本人の具体的な言動等を含めて評価する必要があることがうかがわれます。

実務上、この「明らかにその必要がない」という要件を満たすといえるかどうかは、単一の資料だけで機械的に決まるものではなく、複数の情報を組み合わせて評価されているとされます。具体的には、家庭裁判所調査官による調査結果、本人以外の親族から得られる照会結果、申立人からの聴き取り内容、医師の診断書の記載、療育手帳等の資料といった、幅広い情報が判断の基礎になり得ます。他方で、次に挙げるような事情がある場合には、原則に立ち返って鑑定を実施すべきであると考えられています(東京家事事件研究会編『家事事件・人事訴訟事件の実務』297頁、秋武憲一=岡武編『コンメンタール家事事件手続法Ⅰ』425頁参照)。

場合内容
本人が後見開始そのものに反対している場合
精神上の障害の有無や程度をめぐって、親族間の見解が分かれている場合
診断書は提出されているものの、その記載内容だけからは鑑定が不要であるとまで言い切れない場合
そもそも医師の診断書が得られず、他の資料からも鑑定の要否が判然としない場合

本件は、本人が後見開始に一貫して反対しており、かつ、診断書の記載内容自体にも本人の意思能力の残存をうかがわせる部分が含まれていたのですから、まさに原則どおり鑑定を実施すべき事案であったと整理することができます。

3 家庭裁判所と抗告審で評価が分かれた点について

原審(甲府家裁都留支部令和5年6月26日審判)は、本件診断書の内容に加え、本人の言動について、次のような事情を認定しました。

事情内容
本人が、自らの利益保護に資する内容であったD弁護士との委任契約等を解除し、これに代えて、より広範な代理権を付与するCとの任意後見契約を締結したことに、合理的な理由が見当たらないこと
本人が、自宅を含む財産を令和3年12月頃からCが管理していたにもかかわらず、その事実を認識していなかったこと
本人が、Xに対し、Cの自宅でCから殺されそうになった旨を述べたこと
家庭裁判所調査官による調査面接において、質問と答えがかみ合わないことがしばしばあったこと

原審は、これらの事情を、本人の理解力・判断力ないし記憶力に重い障害があること及び被害妄想が生じていることを裏付けるものと評価し、鑑定を実施することなく後見開始の審判をしました。

ところが、抗告審は、ほぼ同じ調査面接の内容(本人が自らの氏名及び生年月日を正確に答えたこと、Cを信頼する理由をある程度筋の通った形で説明したこと等)を、本人に一定の意思能力があることをうかがわせるものと評価し、鑑定の必要性を否定することはできないと判断しました。

同じ記録に基づきながら、家庭裁判所と抗告審とで評価が分かれたこと自体が、事理弁識能力の判断がいかに微妙な評価を伴うものであるかを示しています。高齢者の判断能力が問題となる場面では、一見明確に見える事情であっても、評価する立場によって結論が異なり得ることを踏まえた、慎重な対応が求められます。

4 任意後見契約がある場合の法定後見への移行について

原審は、本人とCとの間で任意後見契約が既に登記されていたことを踏まえ、法定後見開始の審判をすることが「本人の利益のため特に必要がある」(任意後見契約に関する法律10条1項)と認められるかについても検討しています。原審は、Cとの任意後見契約を締結した時点で本人の判断能力が既に相当程度減退していたと推認されること、Cが任意後見監督人の選任申立てを行っていないこと、及びCとXとの間に本人の療養看護や財産管理をめぐる深刻な対立が生じていることから、Cに任意後見人としての適格性を認め難く、法定後見開始の必要性があると判断しました。

この判断は、任意後見契約が締結・登記されている場合であっても、その受任者の行動や当事者間の対立状況次第では、法定後見への移行が認められ得ることを示すものです。もっとも、抗告審は、鑑定を実施しなかった手続上の違法を理由に原審判を取り消しており、この実体判断そのものについては審理していません。そのため、任意後見契約がある場合に法定後見への移行がどこまで認められるかという点は、本件を通じて確定的に判断されたものではない点に留意が必要です。

5 いわゆる「囲い込み事案」への対応について

実務上、鑑定を行うべき事案であっても、本人自身や、本人と同居している親族が協力を拒み、鑑定の実施が進まないことがあります。なかでも、申立人と鋭く対立する親族が本人と同居しているケースでは、その親族が本人を自らの管理下に置き、外部との接触自体を制限した上で、鑑定にも応じさせないという事案が一定数生じているとされ、実務上「囲い込み事案」と呼ばれています。

こうした事案では、家庭裁判所は、まず同居する親族に対して意向照会を行い、後見開始や後見人候補者についての考えとあわせて、鑑定に協力してもらえるかどうかも尋ねます。これに応答がない、あるいは協力を拒む旨の回答があったときは、家庭裁判所調査官がその親族と直接面談・審問を行い、事情や言い分を丁寧に聴き取りながら成年後見制度の趣旨を理解してもらうよう努め、最終的に鑑定への協力を引き出そうとする運用が行われているとされています。本人自身が鑑定に消極的な場合にも、同じように家庭裁判所調査官が仲介役となって働きかけ、鑑定が円滑に進むよう調整が図られているようです(東京家事事件研究会編・前掲298頁等参照)。

本件においても、Cは、D弁護士との契約解除の後、本人を自らの自宅に転居させ、X及びD弁護士が本人と直接連絡を取ることができない状態を作出しており、囲い込み事案に類似する要素がうかがわれます。もっとも、本件では、最終的に本人自身が鑑定を拒否し続けたため、上記のような働きかけを尽くしても鑑定の実施は困難であると判断され、申立ての却下に至っています。

親族間の対立を背景に、判断能力が問題となる高齢者との接触が制限される事案は、家事事件の実務上珍しくありません。家族が本人の生活状況を日頃から把握し、変化に気付ける関係を保っておくことは、こうした紛争を防ぎ、あるいは早期に対応するための備えとして重要です。

6 差し戻しをせずに手続を終わらせる判断について

本決定は、手続上の違法があった場合であっても、本人が繰り返し鑑定を拒否し、差し戻しよりも申立ての却下を求めている場合には、これ以上手続を継続することが本人の意思に反する結果を招きかねないことを踏まえ、差し戻さずに申立てを却下するという判断を示しています。この判断は、本件における本人の対応等の事情を踏まえたものであり、鑑定を経ない審判が常に差し戻しを要しないことを意味するものではない点に留意が必要です。

7 後見をめぐる問題に直面したときに気を付けたいこと

本決定を踏まえると、家族の後見開始や財産管理をめぐる問題に直面する方には、次のような対応が望まれます。第一に、家族の判断能力に不安を感じた場合には、診断書等の一部の記載のみに依拠せず、本人の具体的な言動や生活状況を、日頃から具体的に記録しておくことが望まれます。第二に、任意後見契約や委任契約を家族内で締結する場合には、後に他の親族との間で疑義が生じないよう、契約締結に至った経緯や本人の意思確認の状況を書面等で残しておくことが望まれます。第三に、任意後見契約を締結した場合には、任意後見監督人の選任申立てを速やかに行い、契約の効力を発生させるとともに、受任者による事務処理が適切に監督される体制を整えることが望まれます。第四に、親族間で後見開始をめぐる意見が対立している場合や、本人との接触が制限されているような場合には、後見開始の申立てやこれに対する不服申立てを検討するに当たり、専門家の助言を得ながら進めることが有用です。

8 高齢の顧客と接する企業に求められる対応

以上は主として個人の読者を念頭に置いた内容ですが、高齢の顧客と日常的に接する企業(金融機関、保険会社、不動産業者等)にとっても、本決定は参考になります。高齢の顧客について判断能力の低下が疑われる場合、診断書等の限られた情報のみに依拠して取引の可否を判断することは相当ではなく、本人の日頃の言動や生活状況の変化を含めて慎重に見極めることが望まれます。また、親族間の対立を背景に、顧客本人との継続的な接触が制限されるような事案に気付いた場合には、社内のコンプライアンス部門等とも連携しながら、慎重に対応することが望まれます。

おわりに

成年後見をめぐる紛争は、本人の意思能力の評価や家族間の利害調整など、事実関係の評価と法的判断が複雑に絡み合う分野であり、弁護士に相談することが有益です。当事務所では、高齢者の財産管理や遺言書の作成、相続に関する問題への対応について、ご相談・ご依頼を承っております。同様の問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。