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役員報酬増額に関する株主総会決議の要否と株主代表訴訟の弁護士費用の『会社の損害』該当性(福岡高裁令和5年7月20日判決)

はじめに

中小企業や同族会社では、役員報酬の決定や変更が、株主総会決議や書面による同意といった手続を踏まないまま行われていることが少なくありません。株主と経営者の関係が良好な間は問題が表面化しなくても、株主間の対立や相続などをきっかけに、「あの報酬の増額は無効ではないか」という形で紛争化することがあります。

今回のコラムでは、特例有限会社(旧有限会社)の代表取締役が、株主総会決議や全株主の同意を経ずに自らの役員報酬を増額して受領したことについて、株主代表訴訟で増額分に対応する損害賠償が命じられるとともに、株主代表訴訟の弁護士費用が「会社の損害」に当たるかについても判断された裁判例(福岡高裁令和5年7月20日判決)をご紹介いたします。

本判決は、①役員報酬は、いったん株主総会決議又は全株主の同意により定められれば、事業年度ごとに決議し直す必要はなく、増額・減額のときのみ決議すれば足りることを明示し、②株主代表訴訟の弁護士費用は会社の損害には当たらず、勝訴した株主による費用等支払請求(会社法852条1項)の問題であることを整理したものです。役員報酬の決定手続と、株主から責任追及を受けた場合・行う場合の費用負担という、中小企業の実務に直結する2つの論点を扱っており、企業のご担当者やオーナー株主にとって有益な裁判例です。

事案の概要

本件会社は、不動産の賃貸・保有等を目的とする特例有限会社(会社法施行後は株式会社として存続する旧有限会社)であり、その定款には、役員の報酬等は株主総会の決議により定める旨の規定がありました。XとYは、本件会社の発行済株式を50%ずつ保有する姉妹であり、姉であるYは、設立当初から代表取締役を、妹であるXは、設立当初から取締役を務めていました。原審の認定によれば、両者の関係は、平成22年ないし平成23年頃から悪化していました。

Yの役員報酬をめぐる経緯は、以下のとおりです。

時期報酬額手続・経緯
〜平成24年6月月額45万円争いなく有効に定められていた額
平成24年7月〜月額80万円に増額Yが、増額の翌月に、Xに増額の事実と理由を説明し、Xは、その場で異議を述べず、増額に関する書類に押印した(事後の同意があったものとして適法と判断された部分)
平成27年7月〜月額120万円に増額Xへの連絡はなく、株主総会決議も全株主の同意もなかった。Xは、約2年半後に決算報告書等の開示を受けて増額を知り、書面で異議を述べた

Xは、Yが株主総会決議等を経ることなく役員報酬を増額して受領し、本件会社に損害を生じさせたと主張して、本件会社を代表してYに対し、会社法423条1項(役員の任務懈怠責任)又は不法行為に基づき、平成24年7月分から令和4年10月分までの過払役員報酬等6864万円(月額45万円を基準とした差額分6240万円に、株主代表訴訟の弁護士費用624万円を加えたもの)及び遅延損害金を本件会社に支払うよう求める株主代表訴訟を提起しました。

第一審(福岡地裁令和5年2月22日判決)は、月額80万円への増額は全株主の同意があり適法であるが、月額120万円への増額は株主総会決議等を欠き任務懈怠・不法行為に当たるとした上で、損害は実際に会社から金銭が支払われた部分に限られるとして、適法な月額80万円との差額40万円に、Yが月額120万円の報酬を実際に受領した33か月分を乗じた1320万円及び遅延損害金の限度でXの請求を認容し、その余の請求を棄却しました。Xが、敗訴部分を不服として控訴したのが本件です。本判決に対しては、上告及び上告受理申立てがされましたが、上告棄却及び不受理により、確定しています(事件番号:福岡高裁令和5年(ネ)第241号)。

なお、以下の判決文の引用部分では、Xは「控訴人」、Yは「被控訴人」と表記されています。

本件の争点

本件の主な争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①月額120万円への増額により役員報酬額の定めが「変動」し、Xの従前の同意(月額80万円)の効力が失われるか
争点②役員報酬は、事業年度ごとに定時株主総会で決議し直す必要があるか
争点③株主代表訴訟の弁護士費用は、「会社の損害」として取締役に賠償請求できるか

裁判所の判断

争点① 従前の同意の効力について

Xは、Yの報酬額が月額120万円に増額された時点で報酬額の定めが変動しているから、それ以降は、月額80万円とすることへのXの同意の効力は及ばず、月額80万円の受領が適法なのは平成27年6月までに限られると主張しました。

しかし、裁判所は、次のとおり判示し、この主張を退けました。

「被控訴人がした平成27年7月以降の120万円の報酬増額については、株主総会決議や全株主の同意がされておらず、被控訴人の役員報酬額の定めについて変動が生じたとはいえないから(原判決第4の1(4))、控訴人の上記主張は、前提を欠く。」

すなわち、手続を経ない増額は、報酬額の「定め」を変動させる効力を持たないため、有効に定められた月額80万円の限度では報酬の受領は適法であり、賠償の対象となるのは増額分にとどまる、という整理です。

争点② 事業年度ごとの決議の要否について

Xは、特例有限会社も事業年度ごとに計算書類を作成し、定時株主総会の承認を受けることが義務付けられているから、役員報酬も、定款に定めがない場合には、事業年度ごとに定時株主総会で決定されなければならないと主張しました。

しかし、裁判所は、次のとおり判示し、この主張も退けました。

「役員報酬を定めることは、役員の職務の対価を定めることにほかならないことに照らせば、事業年度単位でしか決定し得ないとはいえず、事業年度単位で決定するのが合理的であるともいえない。会社法361条1項は、役員(取締役)の報酬を定めることにつき、事業年度ごとの株主総会決議を要求する趣旨とは解されず、いったん株主総会決議又は全株主の同意により役員(取締役)報酬が定められれば、その後は事業年度ごとに定める必要はなく、増額又は減額するときのみ決議すれば足りると解される。」

その上で、裁判所は、月額80万円への増額についてのXの同意が、当該事業年度のみに限った同意であったとは認められないとして、平成24年7月以降の月額80万円の受領の適法性を維持しました。

争点③ 株主代表訴訟の弁護士費用は「会社の損害」かについて

Xは、不法行為に基づく損害賠償請求では相当額の弁護士費用が損害として認められるのが一般であり、株主代表訴訟でも、株主が会社の利益のために訴訟を追行する以上、弁護士費用に関する損害が会社に発生していると評価すべきであると主張しました。

しかし、裁判所は、以下の2つの理由から、本件会社に弁護士費用の損害が発生したとは認められないと判断しました。

理由内容
費用を負担しているのは株主であること株主代表訴訟において弁護士に依頼して訴訟を追行しているのは株主Xであって、本件会社ではない
会社法852条1項の制度との関係代表訴訟を提起した株主は、勝訴(一部勝訴を含む)判決が確定した場合に、会社に対し、支出した弁護士費用の額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求できるにとどまり、勝訴判決の確定前に会社に費用相当額を請求し得る立場にはない

判示部分は、次のとおりです。

「本件の株主代表訴訟において弁護士に依頼して訴訟を追行しているのは控訴人であって本件会社ではないから、本件会社に弁護士費用の損害が発生したとは認められない(原判決第4の3)。」

「控訴人は、同訴訟の勝訴判決が確定する前に、本件会社に対し、同費用の相当額の支払を請求し得る立場にはないというべきである。これに照らすと、本件会社に同確定前の時点で、同費用に関する損害が発生していると評価することは、困難である。」

以上により、裁判所は、第一審判決(1320万円の限度で認容)を維持し、Xの控訴を棄却しました。

コメント

本判決は、個別の事実関係に即した事例判断ですが、役員報酬の手続と株主代表訴訟の費用という、中小企業・同族会社に共通する論点についての判断例として、以下の点で実務上の示唆に富むものといえます。

1 手続を経ない役員報酬の増額は、増額分の返還・賠償リスクを生むこと

本判決の事案では、株主総会決議も全株主の同意もないまま行われた月額40万円の増額について、その受領が任務懈怠又は不法行為と評価され、増額分40万円に実際に受領した33か月分を乗じた1320万円の賠償が命じられました。なお、原審は、損害を実際に会社から金銭が流出した部分に限定し、未払として計上されただけで実際に支払われていない報酬については、株主総会決議等の根拠を欠く以上、会社はそもそも支払義務を負わないとして、損害とは認めていません。役員報酬は、定款又は株主総会決議で定める必要があり(会社法361条1項)、本判決は、小規模な会社について全株主の同意による決定も認める前提に立っていますが、いずれにしても、決議や同意の裏付けなく代表者が自らの報酬を増額することは、後日、株主から増額分全額の返還・賠償を求められるリスクを伴います。同族会社では、株主間の関係が変化した時点で過去に遡って問題化することが多く、本件でも約10年分の報酬が対象とされました。

また、Yは、原審において、120万円への増額は、納税の還付を受けて会社に現預金を残すための緊急避難的な行為であり違法性がないと主張しましたが、原審は、「法令や定款に反する違法な行為をすることで還付が得られたのだとしても、その結果が行為の違法性に影響することはない」として、これを退けました。節税等の目的があることは、手続を欠く報酬の操作を正当化する理由にはなりません。

なお、原審では、Yが、自身が本件会社に対して有すると主張する未払報酬債権との相殺も主張しましたが、不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権とする相殺は民法(改正前民法509条)により禁止されること、本件会社を代表してYがした相殺への同意も、取締役の過半数による決定(会社法348条2項)を欠き無効であることから、認められませんでした(この点は、控訴審では争点となっていません。)。「未払の報酬と相殺すればよい」という整理も通用しなかったことは、実務上参考になります。

2 いったん定めた報酬は毎年決議し直す必要はないが、変更時の手続と記録が重要であること

本判決は、役員報酬がいったん株主総会決議又は全株主の同意により定められれば、事業年度ごとに定め直す必要はなく、増額又は減額するときのみ決議すれば足りることを明示しました。毎年の定時株主総会で報酬決議をしていなかったとしても、そのことだけで従前の報酬の受領が違法になるわけではない、という意味で、実務の一般的な取扱いに沿った判断といえます。

他方で、本件の紛争の原因は、増額の際の手続と記録の欠如にあります。報酬を変更する際には、株主総会決議(又は全株主の同意)を実際に行い、議事録や同意書の形で記録を残しておくことが、この種の紛争の予防につながります。過去の同意の有無や範囲が争われた場合、記録がなければ、本件のように訴訟でその存否から争うことになります。

この点について、原審の認定が参考になります。原審は、月額80万円への増額については、増額の翌月にYがXに増額の事実と理由を説明し、Xがその場で異議を述べずに増額に関する書類に押印したことから、全株主の同意があったと認定して適法とする一方、Xへの連絡すらなかった月額120万円への増額については任務懈怠に当たると判断しました。事前の決議がない場合でも、事後の説明と同意により追認される余地はありますが、同意の有無とその記録の存否が結論を分けることを、この対比が示しています。また、原審は、事業年度ごとの同意が不要である理由について、「お手盛りの弊害防止の趣旨を達成するには、金額が変動する際に同意を要求すれば足るものと解される」と説明しており、高裁の判断の基礎となる理由づけを示しています。

3 株主代表訴訟の弁護士費用は「会社の損害」ではなく、会社法852条1項の問題であること

本判決は、株主代表訴訟の弁護士費用について、訴訟を追行しているのは株主であって会社ではないこと、勝訴株主には会社法852条1項による費用等支払請求権が認められていることから、取締役に賠償させるべき「会社の損害」には当たらないと整理しました。

この判断は、同様の見解を示す学説(金子宏直「株主代表訴訟における弁護士報酬の問題(二・完)」民商113巻3号63頁〔74頁〕参照)とも整合するものです。株主側の視点では、代表訴訟の弁護士費用は、損害賠償請求に上乗せするのではなく、勝訴判決の確定後に、会社に対する費用等支払請求(会社法852条1項)によって回収するという建付けになることを示すものです。

代表訴訟の提起を検討する株主にとっても、提起された会社・役員側にとっても、費用負担の見通しを立てる上で参考になります。

4 企業に求められる対応

本判決を踏まえると、企業には、①役員報酬の決定・変更手続(株主総会決議又は全株主の同意)の確実な実施と議事録・同意書による記録化、②過去の報酬変更について手続の裏付けがあるかの点検、③株主から役員報酬を問題視する指摘や提訴請求を受けた場合の初動対応、といった対応が求められます。役員報酬をめぐる紛争は、同族間の対立と結びついて長期化しやすく、対象期間が長くなるほど賠償リスクも大きくなりますので、手続に不安がある場合には、早めに弁護士に相談して整備しておくことが有益です。

また、株主間の対立が深刻化した場合の解決方法は、判決による決着に限られません。本件のように株主が2名の会社では、一方が他方の株式を買い取って関係を解消する形の解決が図られることも多くあります。本件でも、原審の認定によれば、代表者の退任やその退職慰労金をめぐる協議が行われたものの、合意には至りませんでした。訴訟の見通しとあわせて、株式の買取りなどの出口も含めた解決の道筋を検討することが、紛争の長期化を避ける上で重要です。

おわりに

本判決が扱った役員報酬の決定手続や株主代表訴訟への対応は、会社法の解釈と個別の事実関係の双方に関わる問題であり、対応を誤ると、経営者個人が長期間分の報酬の返還・賠償を求められることにもなりかねません。役員報酬の手続整備、株主との紛争対応、株主代表訴訟の提起・応訴のいずれについても、早い段階で弁護士に相談することが有益です。

当事務所は、会社法務・株主間紛争・役員責任に関するご相談・ご依頼をお受けしております。役員報酬の決定手続の整備や、株主代表訴訟への対応をご検討中の企業のご担当者、オーナー・株主の方は、お気軽にご相談ください。

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。