スキマバイトサービス利用における賃金支払と割増賃金の法的問題
――東京地方裁判所令和7年3月27日判決(タイミー事件)
副業・兼業が一般化し、スマートフォンのアプリを通じて単発・短時間の仕事に就くいわゆるスキマバイトサービスの利用者が増加しています。このようなサービスでは、同一の労働者が複数の事業主のもとで同時期に就労することが常態となっており、複数就労を前提とした労働時間管理の問題が生じやすい状況にあります。
東京地裁令和7年3月27日判決(以下「本判決」といいます。)は、スキマバイトサービス「タイミー」を利用して就労した原告が、未払賃金および割増賃金(残業代)の支払いをタイミー社に求めた事案です。本判決は、アプリを通じた賃金支払における利用規約の効力と、複数事業主のもとで就労した場合の割増賃金支払義務という、実務上、参照価値のある2つの法的問題について判断を示しています。
今回のコラムでは、上記裁判例について、概要を紹介いたします。
事案の概要
被告(株式会社タイミー、以下「タイミー社」といいます)は、アプリを通じて求職者と求人事業者をマッチングするサービス「Timee」を提供する会社です。同サービスでは、タイミー社が求人事業者の賃金支払債務を併存的に引き受け、求職者のアプリ登録口座へ振込払いする方式を採用しています。
原告は、タイミー社のサービスを通じてA社との間で労働契約を締結し、令和5年7月19日、東京都中央区内においてレジ打ち等の業務に午前11時45分から午後1時まで従事しました(以下「本件勤務」といいます。)。賃金の支払日は翌月15日(同年8月15日)とされていました。
しかし、原告は支払日までにアプリへの銀行口座の登録を行いませんでした。タイミー社は支払日当日にSMSで口座登録を求め、その後も電話・書面により計4回にわたり登録を促しましたが、原告はこれに応じませんでした。タイミー社は同年10月26日、受領不能を理由として賃金1,340円を法務局に供託しました。
原告はさらに、本件勤務に先立つ同年7月17日から19日にかけて、別途労働契約を締結していたB整骨院(福岡市)において合計43時間の業務に従事したと主張しました。提出された勤務表(以下「本件勤務表」といいます。)によれば、原告は同月19日午前5時から午前9時まで鹿児島市内の自宅でB整骨院の業務に従事し、その後、同日午前11時45分から東京都中央区内でA社の業務を開始したとされています。
原告は、未払賃金1,340円および割増賃金335円の合計1,675円をタイミー社に請求しました。
本件の争点
争点① 供託の有効性
タイミー社が行った供託(賃金1,340円を法務局に預けて賃金支払債務を消滅させる手続き)は有効か。原告は、口座登録が賃金受領の前提であるとの明示的な説明を受けていなかったと主張しました。
争点② 割増賃金の支払義務
労働基準法38条1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、複数の事業主のもとで就労する場合には各事業主のもとでの労働時間を合算して法定労働時間の超過を判定します。本件においてタイミー社(A社)は、B整骨院における副業時間との通算を理由とする割増賃金の支払義務を負うか。また、副業の存在を知らなかった使用者はそれでも支払義務を負うのか、さらにはタイミーのサービスの性質から使用者に能動的な確認義務が生じるのかが問題となりました。
裁判所の判断
争点①:供託の有効性
裁判所は、タイミー社による供託を有効と判断し、賃金請求を棄却しました。
原告はサービス利用開始時に、「被告が登録ユーザーの指定する金融機関口座に振り込む方法によって支払う」旨の利用規約に同意していました。裁判所は、この同意の事実から「原告においては、被告から賃金の支払を受けるためには銀行口座の登録が必要であることを認識していたものというべき」と判断しました。その上で、原告が口座登録に応じなかった状況は「受領不能」に当たるとして、供託は有効に賃金支払債務を消滅させたとされました。また、タイミー社は支払日当日に口座登録を求める連絡をしており、これが民法上の「口頭の提供」に当たるとして、遅延損害金の発生も否定されました。
争点②:副業の有無
裁判所は、原告が証拠として提出した本件勤務表の信用性を否定しました。
本件勤務表の記載を前提とすると、原告は令和5年7月19日午前5時から午前9時まで鹿児島市内の自宅でB整骨院の業務に従事したことになります。しかし、裁判所は、
「原告の肩書住所地の自宅から東京都中央区内までの移動に要する時間を加味すると、同月19日の午前5時から午前9時まで原告の自宅でB整骨院での業務に従事した後、同日の午前11時45分から午後1時まで東京都中央区内で本件勤務をすることは、およそ不可能であると考えられる」
と指摘し、物理的に移動が不可能であることを認定しました。
この点について、原告は、移動中にもB整骨院の業務を行うことがあったから不可能ではないと主張を変えましたが、裁判所は、この主張についても、
「特段の理由なく就業場所に関する主張を変遷させたものといえる上、実際、同月19日に原告がどこでどのように業務を行ったかについては何ら具体的な説明がなされていない」
として採用しませんでした。
さらに、タイミー社がB整骨院との労働契約書等の客観的証拠の提出を求めたのに対し、原告は本件勤務表以外に何ら証拠を提出しませんでした。これらの事情を総合して、裁判所は、
「本件勤務表の内容は信用し難く、これに基づいて、原告が同月17日午前5時から同月19日午前9時までの間に合計43時間にわたりB整骨院での業務に従事したと認めることはできない」
と判断し、割増賃金の請求を棄却しました。
争点②:使用者の不知と割増賃金支払義務
副業の事実自体が認定されなかった以上、割増賃金の請求は認められないことになりますが、裁判所は、以下のとおり一般論を示しました。
「労働者が複数の事業主の下で労働に従事し、それらの労働時間数を通算すると労基法32条所定の労働時間を超える場合には、労基法38条1項により、時間的に後に労働契約を締結した事業主はその超えた時間数について割増賃金の支払義務を負うとされているが、当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わないものというべき」
この解釈を本件に当てはめると、A社およびタイミー社は原告のB整骨院での就労を把握していなかったため、仮に副業の事実があったとしても割増賃金の支払義務は生じないことになります。
争点②:確認義務に関する原告の主張の当否
原告からは、タイミーのサービスが掛け持ち就労を前提としている以上、使用者には能動的な確認義務があるとの主張もされていましたが、裁判所は、次のとおり判示してこれを退けました。
「原告が本件サービスの利用者であることをもって、当然に、A社あるいは被告において、労基法38条1項の規定を念頭に置いて、原告の申告等がない場合にも、自ら、他の事業主の下での労働について原告に確認する義務を負っていたものと解すべき根拠は見出せず」
サービスの性質上掛け持ちが多いことは、使用者の自発的な確認義務を基礎付ける根拠にはならないとされました。
企業に求められる対応
アプリ・サービスを通じた賃金支払における利用規約の整備
本判決は、利用規約への同意をもって「口座登録が必要であることの認識」を推認し、供託を有効と判断しました。マッチングサービスを運営する事業者は、賃金の支払条件(口座登録の要否、登録がない場合の取扱い等)を利用規約に明確に定めるとともに、未登録時の通知・供託までの対応フローと記録の保存体制を整備しておくことが重要と言えます。
後発の使用者が負う割増賃金リスクの把握
労働時間の通算において割増賃金の支払義務を負うのは、時間的に後に労働契約を締結した使用者です。副業・掛け持ち就労者を採用する場合、既に他社で一定の労働時間が積み上がっている可能性があり、後発の使用者として法定超過分の割増賃金を負担するリスクを認識しておく必要があります。
副業状況の申告制度の整備
本判決は「副業の存在を知らなかった使用者は割増賃金の支払義務を負わない」としました。実務上は、雇入れ時及び定期的に、他の事業主のもとでの就業の有無、就業がある場合は週あたりの就業時間を書面で申告させる制度を設けることが有効です。併せて、申告内容に変更が生じた場合の報告義務も明示しておくことで、使用者として相当の管理を行ったことの記録となります。
マッチングサービス利用企業への留意事項
本判決は確認義務の存在を否定しましたが、行政解釈や今後の裁判例によって基準が変化する可能性は排除できません。スキマバイト等のマッチングサービスを活用する企業においては、申告書の取得や就業規則における副業申告条項など、自主的な管理体制を整えておくことが望ましいといえます。
本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。

