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辞典の編集著作物性と類似書籍による翻案権侵害・著作者人格権侵害の成否(東京地裁平成27年3月26日判決)

はじめに

見出し語と訳語を並べた辞典や用語集は、一見すると単なる単語の羅列にも見えます。しかし、どのような読者層に向けて、どのような単語を、どのような切り口で選び取り、どのように配列するかという点には、編集者の個性が表れ得ます。

今回のコラムでは、特定の読者層を意識して編まれたネーミング辞典について、編集著作物としての保護を認め、類似書籍の出版差止めと損害賠償を命じた東京地裁平成27年3月26日判決を紹介いたします。

自社で辞典、用語集、データベース、ウェブ上の語句集・記事集等を制作する企業の担当者にとって、どこまでが保護され、どの範囲で他社コンテンツを参照できるのかを考える上で、示唆に富む有益な裁判例です。

事案の概要

原告は、出版社である株式会社新紀元社であり、平成21年8月から「幻想ネーミング辞典」(原告書籍)を発行・販売していました。原告書籍は、ライトノベル、ゲーム、コミック等に表現される幻想世界に興味を抱く読者層を意識して編集された辞典で、1234語の見出し語を8つの大カテゴリーに分類し、見開き2頁に見出し語12語と、10か国語の訳語およびその発音のカタカナ表記を並べたものでした。

被告は、別の出版社である株式会社笠倉出版社であり、平成23年6月から「幻想世界11カ国語ネーミング辞典」(被告書籍)を発行・販売していました。被告は、被告書籍の制作に当たり原告書籍を参照したことを認めていました。両書を比較すると、被告書籍の見出し語1213語のうち、被告書籍にしかない語はわずか4語であり、原告書籍の1234語の見出し語の大半が被告書籍にもそのまま含まれていました。

原告は、被告書籍が原告書籍の複製または翻案に当たるとして、被告書籍の印刷、出版、販売および頒布の差止め、廃棄、ならびに損害賠償を求めて提訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①原告書籍の著作物性
争点②著作権(複製権または翻案権)侵害の成否
争点③著作者人格権(同一性保持権および氏名表示権)侵害の成否
争点④原告の損害

裁判所の判断

争点① 原告書籍の著作物性について

裁判所は、まず編集著作物の創作性に関する一般的な判断枠組みとして、以下のとおり述べました。

参照条文:著作権法12条1項

編集著作物(法12条1項)における創作性は、素材の選択又は配列に、何らかの形で人間の創作活動の成果が表れ、編集者の個性が表れていることをもって足りるものと解される。

その上で、原告書籍への当てはめとして、以下のとおり述べ、原告書籍は編集著作物に当たると判断しました。

原告書籍は、ネーミング辞典であるから、1234語の原告見出し語とこれに対応する10か国語及びその発音のカタカナ表記を主要な素材とするものであって、これを(中略)大、中、小のカテゴリー別に配列したものであると認められるところ、原告従業員らは、こうした素材、とりわけ見出し語の選択及び配列を行うに当たり、幻想世界に強い興味を抱く本件読者層が好みそうな単語を恣意的に採り上げて収録語数1000から1200語程度のコンパクトで廉価なネーミング辞典を編集するという編集方針(中略)の下、収録語の取捨選択を行い、構成等を適宜修正しつつ自ら構築したカテゴリー別に配列してネーミング辞典として完成させたものであるということができる。

したがって、原告書籍は、原告従業員らが素材の選択と配列に創意を凝らして創作した編集著作物に当たると認められる。

他方、裁判所は、以下の要素については創作性を認めませんでした。

創作性が認められなかった要素裁判所の理由
見出し語に対応する外国語の表記およびカタカナ表記選択の幅が非常に狭く、見出し語が定まれば自ずと一定のものに決定されざるを得ない
見開き2頁のレイアウト、フォント、段組、配色等ありふれたものに過ぎない
巻末のカタカナ索引各外国語のカタカナ表記から検索するというのはアイデアに過ぎず、カタカナ表記を50音順に並べたというだけでは表現として創作性があるとは認められない

また、被告は、①原告書籍に先行する乙1書籍および幻想世界の設定資料である乙2書籍を参照すれば原告書籍のような単語の選択および配列となる、②原告見出し語のうち811語は乙1書籍にも収録されており、幻想世界に関わる単語は後行書籍である乙3書籍にも収録されている、と主張しました。

しかし、裁判所は、上記①の主張について、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。

乙2書籍には、被告が主張するとおり幻想物語世界を設定する上での「地形」、「気候」、「動・植物」、「歴史」、「社会構造」及び「文化・風習」という6つのカテゴリーが紹介されているが、これらのカテゴリーが原告の分類したカテゴリーと一致しているわけではないし、乙1書籍は見出し語とそれに対応する13か国語等を50音順に配列したものであるに過ぎず、収録語数(約3550語)も原告見出し語(1234語)の3倍近くあり、しかも、乙1書籍には原告書籍に掲載されている幻想的、否定的なイメージの語が掲載されていないのであるから、被告の上記①に係る主張は採用することができない。

また、上記②の主張についても、以下のとおり述べ、これを採用しませんでした。

確かに原告見出し語(1234語)のうち約800語は乙1書籍の見出し語と重複しているが、前記(1)認定のとおり、原告従業員らは、原告の編集方針に従って前記のような収録語の取捨選択を行っているのであり、見出し語の重複はその結果として生じたものと認められる上、原告書籍と乙1書籍とを対比すると収録語数や見出し語の配列の仕方などの点でかなりの違いがあるといえるから、このような収録語の重複があるからといって原告書籍における素材の選択及び配列の創作性が失われるとはいえない。

争点② 著作権侵害の成否について

裁判所は、被告書籍は原告書籍の翻案に当たるとして、翻案権の侵害を認めました。

具体的には、裁判所は、以下のとおり述べ、被告が原告書籍を参照して被告書籍を編集したことから依拠性も肯定し、被告書籍は少なくとも原告書籍の翻案に当たると判断しました。

それぞれの見出し語のほとんどは実質的に同一であり、原告見出し語(1234語)のうち原告書籍のみにあるものは25語、被告見出し語(1213語)のうち被告書籍のみにあるものはわずか4語であるに過ぎないのであるから、両者の素材の選択については極めて類似性が高いといわざるを得ず、カテゴリー別の分類においても共通点が多いことも併せれば、被告書籍からは、原告書籍の素材の選択及び配列における表現上の本質的同一性を看取することができるというべきである。

被告は、原告書籍と被告書籍との間には以下の相違点があり、被告書籍からは原告書籍の表現上の本質的特徴を直接感得することはできないと主張しました。

相違点の項目相違点の内容
凡例・付属部分被告書籍には原告書籍にある凡例がない一方、「まえがき」、「この本の使い方」、「コラム 言霊とマントラ」、「ヨーロッパ人名対照表」、「中国語 新語・俗語辞典」および挿絵等は被告書籍にしかない
カテゴリー分類大、中、小のカテゴリーの個数や細分化の度合いが異なる
見出し語原告書籍の172頁、173頁に収録された「不死鳥」、「人魚」、「グリフォン」、「キマイラ」、「ベヒモス」、「リヴァイアサン」、「吸血鬼」等の15語は被告書籍に収録されていない
外国語のカタカナ読み・表記外国語のカタカナ読みについて1653個、外国語の表記について310個の相違点がある
収録言語被告書籍にはポルトガル語が収録されているのに対し、原告書籍にはこれがない

しかし、裁判所は、以下のとおり述べ、被告の主張を採用しませんでした。

原告書籍はネーミング辞典であって、原告書籍が編集著作物としての本質を有するのは見出し語の選択と配列の部分であるから、上記相違点は被告書籍の辞典部分が原告書籍の辞典部分の翻案であることに影響を及ぼすものとはいえず(以下略)

争点③ 著作者人格権侵害の成否について

裁判所は、以下のとおり述べ、被告による過失に基づく同一性保持権および氏名表示権の侵害を認めました。

被告は、原告書籍を翻案するに当たり、題号を変更し、外国語としてポルトガル語を付加したほか、前記2(1)アないしエに各記載の改変を加えたものであり、弁論の全趣旨によれば、これらの改変は原告の意思に反するものであったと認められ、また、証拠(甲4)によれば、被告は被告書籍上に原告の名称を表示していないことが認められる。そして、被告がこれらの改変を加えたり、原告の名称を表示しないことについて原告の意向を確認しようとした事情は認められない。

争点④ 原告の損害について

裁判所は、著作権法114条2項(侵害者利益額の損害推定)に基づき被告の利益額を算定した上で、以下の事情を推定覆滅事由として考慮しました。

事情の項目事情の内容
被告書籍の利便性の向上被告書籍にはポルトガル語が付加されたり、「まえがき」、「この本の使い方」、「コラム」、「ヨーロッパ人名対照表」、「中国語 新語・俗語辞典」等の付録が付されたりすることで、原告書籍よりも利便性が向上した点があること
販売チャネルの相違被告は被告書籍を全国のコンビニエンスストア(CVS)で販売していたが、原告は原告書籍をCVSでは販売していなかったこと

著作者人格権侵害に基づく損害については50万円、弁護士費用相当損害賠償金については250万円を認めました(著作権侵害に基づく具体的な損害額は判決文で省略されています)。

コメント

1 本判決の意義

本判決の意義は、以下の諸点に整理することができます。

(1)辞典・用語集が編集著作物として保護され得ることの明示

裁判所は、辞典・用語集のように「既存の単語」を素材とする書籍であっても、特定の読者層の需要を意識して編集方針を定め、その方針に沿って素材を選択・配列した場合には、編集著作物として著作権法上の保護を受け得ることを示しました。

(2)レイアウト・索引の仕組み等については創作性が認められないことの確認

裁判所は、レイアウト、フォント、段組、配色、カタカナ索引の仕組みそれ自体については、ありふれた表現やアイデアに過ぎないとして創作性を認めませんでした。つまり、辞典の「見た目」や「検索の仕組み」ではなく、「どのような読者層を念頭に、どの単語を選び、どう分類して並べたか」という編集の中核部分が保護対象として評価されることになります。

(3)他社書籍を参照した自社書籍制作における翻案権侵害リスク

本判決は、他社書籍を参照して自社書籍を制作する場合における翻案権侵害リスクを示しました。見出し語の大半を踏襲し、カテゴリー分類にも多くの共通点がある場合には、外国語の追加、コラムや付録の追加、カテゴリーの細分化の変更、外国語のカタカナ表記・綴りの微細な変更等を加えたとしても、翻案に当たると判断されています。

2 企業等に求められる対応

本判決を踏まえ、企業等に求められる対応としては、以下のような点が挙げられます。

場面対応の内容
自社で辞典・用語集・キーワード集・カタログ・データベース型書籍・ウェブ上の語句集・記事集等を制作する場合想定読者層、編集方針、収録項目の選定基準、カテゴリー分類の設計過程等を記録化しておくことが、後日、自社の編集著作物として主張する際に有益となり得ます。
他社の辞典・用語集・データベース等を参照して自社書籍・コンテンツを制作する場合見出し語の一部削除、要素の追加、表記の微修正、レイアウトの変更等を行ったとしても、見出し語の選択やカテゴリー分類の中核部分が他社書籍と同一または実質的に同一であれば翻案と評価され得ます。他社書籍を参照する場合には、編集方針そのものから独自に構築することが重要です。
損害額の算定に備える場合自社書籍と侵害書籍の販売チャネル、付録や付加価値の有無等の事情が推定覆滅事由として考慮される場合があります。訴訟に備える段階から、自社の販売実績やチャネル、侵害書籍との機能上の差異について整理しておくことが望まれます。

おわりに

編集著作物該当性や翻案該当性の判断は、素材の選択・配列の独自性の有無、先行書籍・競合書籍の存在、被疑侵害物との具体的な差異の範囲および程度など、多岐にわたる要素を事案ごとに評価する必要があり、実務上の判断には専門的な検討が不可欠です。自社の辞典・用語集・データベース・ウェブコンテンツが他社により模倣されているとお感じの場合や、他社の書籍・データベース等を参照してのコンテンツ制作をご検討されている場合には、後日の紛争を回避するためにも、早期に弁護士にご相談いただくことが有益です。

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