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IR情報として前科等を実名で公開する行為と名誉毀損・プライバシー侵害(東京高裁令和6年1月17日判決)

はじめに

上場会社にとって、自社株式を大量に取得した者に関する情報を株主や投資家に開示することは、IR(インベスター・リレーションズ)活動の重要な一環です。しかし、大量取得者の関係者に前科等のセンシティブな情報がある場合、これを実名とともに公開することは、名誉毀損やプライバシー侵害のリスクを生じさせることになります。

今回のコラムでは、上場会社が自社ウェブサイトに、大量取得者の関係者とされる人物の実名を記載した質問状を公開し、その中で当該人物の前科に関する報道に言及したことが問題となった東京高裁令和6年1月17日判決を取り上げ、企業の広報・IR・法務担当者が押さえておくべき実務上のポイントについて解説いたします。

本判決は、IR情報の提供という正当な目的に基づく情報公開が、どのような条件を満たせば名誉毀損やプライバシー侵害として違法と評価されないのかを具体的に示しており、第三者に関する情報をウェブサイトに掲載する際の判断基準として、実務担当者にとって参考になるものです。

事案の概要

控訴人(一審原告)は、平成19年10月11日に旧証券取引法違反(風説の流布の禁止規定違反)の罪により逮捕・起訴され、東京高裁で懲役2年6月・追徴金約15億5810万円の判決を受けて確定し、服役ののち平成22年8月に出所した個人です。被控訴人(一審被告)は、真珠、貴石、貴金属製品の製造、輸出入および国内販売等を営み、東京証券取引所スタンダード市場に上場する株式会社です。

令和4年4月、被控訴人会社は、a社およびBが、ほぼ同時期かつ短期間のうちに被控訴人会社の株式を市場内で大量取得したことを、関東財務局長に提出された大量保有報告書により認識しました。これを受け、被控訴人会社は、a社に対し、株式取得の意図等を確認する質問状および再質問状を送付するとともに、a社からの回答と併せて自社ウェブページ上で公開しました。

質問状等には、控訴人の実名を記載したうえで、以下の3つの記述(以下「本件各記述」といいます。)が含まれていました。

記述内容
本件記述1再質問状中、控訴人がかつてb社の株式大量取得に関与しており、その資金源が実質的には反社会的勢力である旨の報道が、cサイトによって平成24年になされている旨の記載
本件記述2質問状(4)中、d社に対するa社への貸付金の損失計上に関し、控訴人がd社に第三者の名義を利用して実質的に投資をしている旨の報道が、cサイトによって平成29年になされている旨の記載
本件記述3質問状(4)中、控訴人が平成19年10月11日に東京地検特捜部により旧証券取引法違反(風説の流布)で逮捕され、その後有罪判決を受けている旨の記載

控訴人は、これらの記述により自らの名誉が毀損され、プライバシーが侵害されたとして、被控訴人会社に対し、不法行為に基づき慰謝料等330万円の支払を求めて提訴しました。原審(東京地裁令和5年7月7日判決)が控訴人の請求を棄却したため、控訴人が控訴したのが本件です。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点番号内容
争点①本件記述1および2(報道への言及)が控訴人の社会的評価を違法に低下させる名誉毀損に当たるか
争点②本件記述1および3により控訴人の実名とともに前科等に関する事実を摘示した行為が、プライバシーを侵害する不法行為に当たるか

裁判所の判断

東京高裁は、控訴人の控訴を棄却し、被控訴人会社の行為はいずれも違法ではないと判断しました。

争点① 本件記述1および2による名誉毀損の成否について

裁判所は、本件記述1について、控訴人の社会的評価を低下させる要素を含むことは否定できないとしつつも、以下のとおり判示しました。

本件記述1が、当該報道がされているという事実を適示したものにとどまるとしても、控訴人が、当該報道をされるような人物であるとの印象を閲覧者に与える面があること自体は否定できず、その意味において、控訴人の社会的評価を低下させる要素を含むものといわざるを得ないと考えられる。

そのうえで、裁判所は、被控訴人会社の公開行為の目的と方法について、以下のとおり判示しました。

被控訴人が本件記述1を含む再質問状を本件ウェブページ上で公開するという方法を採ったことは、……正当な目的に基づく必要かつ相当なものであったと認めるのが相当である。そして、株式発行会社が上記のような目的をもって、株式の大量取得者に関する情報の意味内容、性格、位置付け、取得過程等を明確にした上、脚色等を施すことなく当該情報を公開し、その結果、読者(インターネットについては閲覧者)に当該情報の上記の各点について誤解や誤認をもたらすおそれがないといえる場合には、株式発行会社が当該情報を公開した行為は、株式の大量取得者の社会的評価を違法に低下させる行為には当たらないと解すべきである。

裁判所は、こうした一般論を本件に当てはめ、被控訴人会社がa社に対する質問とそれに対する回答であることを明示し、何ら脚色することなく公開したものであることから、閲覧者が誤解を生ずる余地はなく、控訴人の社会的評価を違法に低下させる行為には当たらないと結論付けました。

争点② 本件記述1および3による前科等の実名公表によるプライバシー侵害の成否について

裁判所は、前科等を有する者はみだりに当該前科等に関わる事実を公表されない法的利益を有し、その利益がプライバシーとして人格権上の保護を受けることを確認したうえで、公表する理由と公表されない法的利益との比較衡量を行いました。

裁判所が比較衡量にあたり考慮した事情は、以下のとおりです。

考慮要素裁判所の評価
前科事実の性質金融商品取引法(改題前の旧証券取引法)違反に係るものであり、IR情報として重要
情報提供の目的株主等に対して投資判断の材料となる情報を提供する正当な目的
上場会社の情報開示制度主要株主等の異動は投資判断上重要な情報であり、インターネットによる情報提供は制度上も一般化
公開の方法質問と回答の体裁で、脚色を加えずに公開
実名記載の必要性実名を伏せると被控訴人がa社と誰との関係を問うているのか明らかにならず、情報として適切に機能しない
刑の言渡しの効力刑の言渡しの効力が失われていることは認定判断を左右しない

裁判所は、前科事実の重要性について、以下のとおり判示しました。

本件刑事事件が金融商品取引法(改題前の旧証券取引法)違反に係るものであったことからすれば、本件前科事実は、いわゆるIR情報として極めて重要であるというべきである

裁判所は、実名記載の必要性についても、以下のとおり判示しました。

本件記述1は、これにより言及された報道の真偽を確認し、控訴人との関係を質すことに主眼があると認められるから、控訴人の氏名を記載しないと、被控訴人がa社と誰との関係を問うているのか明らかにならず、本件記述1を含む質問が市場関係者にとっての所要の情報として適切に機能しないおそれがあり、この点は、本件記述3についても同様である。

また、伏せ字等の代替手段を採る余地があるとの控訴人の主張に対しても、以下のとおり判示しました。

投資判断に資する正確なIR情報を提供するためには、事実関係を正しく明らかにする必要があるというべきであるから、控訴人を実名で特定する必要もあったと認めるのが相当である。

以上から、裁判所は、本件各記述による前科等の事実の公表は、これを公表されない法的利益に優越するものとして、プライバシー侵害による不法行為は成立しないと結論付けました。

コメント

本判決の意義

本判決は、上場会社が自社株式の大量取得者およびその関係者に関する情報を、株主・投資家向けのIR情報としてウェブサイト上に公開する場合における、名誉毀損およびプライバシー侵害の違法性判断の枠組みを示した点に、実務上の意義があります。とりわけ、大量取得者の関係者に前科等のセンシティブ情報が存在する場合について、実名での公開が許容される条件を具体的に示した事例として、上場会社のIR・広報・法務実務に参考になります。

なお、本判決は、原判決(東京地裁令和5年7月7日判決)の理由を基本的に引用したうえで補正を加えるかたちで判断を示しており、原判決が認定した以下の事実や判断枠組みも併せて理解することが重要です。

前提となる判断枠組み——平成6年最判の比較衡量論

原判決は、プライバシー侵害の判断枠組みとして、最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決(民集48巻2号149頁。ノンフィクション「逆転」事件)を参照し、①対象者のその後の生活状況、②当該刑事事件の歴史的または社会的な意義、③事件における当事者としての重要性、④対象者の社会的活動および影響力、⑤公開媒体の目的・性格等に照らした実名使用の意義および必要性を併せて判断し、前科等を公表されない法的利益が公表する理由に優越するときに不法行為が成立する、との基準を示しました。

本判決はこの比較衡量の枠組みを前提としつつ、IR情報という公開目的の正当性と実名記載の必要性を重く見て、控訴人の法的利益が公表理由に優越するとは認められないと判断したものです。

原判決が認定した重要な事実

原判決は、次の事実を認定しており、これらが比較衡量の判断を支える基盤となっています。

認定事実内容
本件刑事事件の性質追徴金約15億5810万円に及ぶもので、歴史的にも社会的にも重要な意義を有する刑事事件であったこと
累犯前科の存在控訴人には、本件刑事事件に加え、平成10年に業務上横領罪で懲役2年の刑を受けた累犯前科があり、その事件は銀行支店長と共謀して顧客口座から5億5000万円を引き出したというものであったこと
過去の実名報道の集積cサイト、月刊e誌、月刊k誌等の媒体において、平成24年以降、控訴人の実名と前科事実を摘示しつつ、控訴人が反社会的勢力と関係しているとする内容の記事が繰り返し掲載されてきたこと
削除・訂正請求の不存在控訴人は、これらの記事について削除や訂正を求めたことがなかったこと
検索結果の状況令和4年7月7日時点で、検索エンジンに控訴人の氏名を入力すると、前科事実を摘示する複数のウェブサイトが表示される状態であったこと

企業の担当者が学ぶべきポイント

企業の担当者が本判決および原判決から学ぶべきポイントとしては、以下の点が挙げられます。

(1)IR目的での情報公開には「正当な目的」と「必要かつ相当な方法」が求められる

本判決は、株式発行会社が、株主・投資家に対する投資判断材料の提供という正当な目的をもって、株式の大量取得者に関する情報の意味内容、性格、位置付け、取得過程等を明確にしたうえで、脚色等を施すことなく公開し、閲覧者に誤解や誤認をもたらすおそれがない場合には、社会的評価を低下させる要素を含む記述であっても違法な行為には当たらないとの判断を示しました。

情報の性格や取得過程が不明確なまま公開したり、事実関係に脚色を加えたり、閲覧者に誤認を生じさせるような表現を用いたりした場合には、同様の枠組みでは適法と評価されない可能性があると考えられます。

IR情報として第三者に関する情報を公開する際は、公開目的の正当性に加えて、情報の意味内容・性格・位置付け・取得過程を明確にし、脚色を加えない形で公開することを意識する必要があります。

(2)「報道されている事実の摘示」と「事実そのものの摘示」を意識的に区別する

原判決は、本件記述1および2について、「原告主張摘示事実(反社会的勢力の関与等)そのものを摘示するものではなく、そのような報道がされているという事実を摘示するものである」と認定しました。

この区別は、名誉毀損の成否を判断する際の重要な分岐点です。第三者に関する情報を引用する場合、「〜である」という断定的な表現ではなく、「〜との報道がある」「〜と指摘する記事が存在する」といった、報道の存在自体を客観的に示す表現を用いるほうが、違法性を問われるリスクを抑えられます。

もっとも、脚色を加えたり、あたかも報道内容が真実であるかのような印象を与える表現を付加すると、結局は事実そのものの摘示と同視されうる点には注意が必要です。

(3)センシティブ情報を実名で公開するには「実名記載の必要性」を説明できることが重要

本判決は、前科等のセンシティブ情報を実名で公開することの必要性について、「実名を伏せると情報として適切に機能しない」ことを具体的に説示しています。

企業が第三者の前科等の情報を実名で公開する場合には、①なぜ実名でなければならないのか、②伏字や匿名化では目的が達成できない理由は何か、を事前に整理しておくことが重要です。

本件では、実名を明示しなければ、a社と誰との関係を問うているのかが不明確となり、質問が市場関係者にとっての所要の情報として機能しないという具体的な必要性が認定されました。

(4)公開前の「検索可能性調査」には実務上の一定の意義がある

原判決は、控訴人の氏名がすでに複数のウェブサイトで検索可能な状態であったことを、プライバシー侵害の違法性を否定する事情として考慮しました。すなわち、ウェブページ上で匿名化したとしても、その他の情報から対象者の氏名を容易に特定できる状態であったと認定し、匿名化による保護の実益は乏しいと判断しています。

企業担当者としては、第三者情報の公開を検討する際に、「対象者の氏名を検索エンジンに入力した場合、どのような情報がすでに出ているか」を事前に調査しておくことが、比較衡量上の公開理由を補強する実務的な作業となります。

(5)前科等の情報公開は「比較衡量」の枠組みで判断される——本判決の射程にも留意が必要

前科等を有する者は、みだりに前科等を公表されない法的利益を有しますが、これは絶対的な権利ではなく、公表する理由との比較衡量で判断されます。

本判決は、前科の性質(金商法違反)と公開の目的(IR情報提供)との間に内容的な関連性があったこと、事件の追徴金額が大きく歴史的・社会的に重要な意義を有すると評価されたこと、公開時点で対象者の実名と前科がすでにインターネット上で広く検索可能であったこと等の事情が重なって、公開理由が法的利益に優越するとの結論に至ったものです。

これらの事情が一つでも欠ける事案、たとえば、比較的軽微な前科の場合、公開目的と前科との関連性が薄い場合、対象者の前科が一般に知られていない場合などでは、同じ枠組みで判断されても結論が異なりうる点に留意が必要です。

おわりに

上場会社がアクティビストや大量取得者への対応としてIR情報を公開する場面では、関係者のプライバシーや名誉との衝突が生じやすく、一歩踏み外せば名誉毀損やプライバシー侵害による損害賠償請求を受けるリスクがあります。

本判決は企業側の公開行為を適法と判断しましたが、それは、目的の正当性、方法の相当性、実名記載の必要性といった要素を具体的に認定したうえでの結論であり、同種の公開行為が常に許容されるわけではありません。

当事務所では、上場会社のIR・広報対応、ウェブサイト上の情報公開に関するリーガルチェックなど、企業の情報発信における法的リスクの検討と対応策のご提案を行っております。

IR情報の公開にあたって、第三者のセンシティブ情報を含む記述の掲載を検討されている場合は、お気軽にお問い合わせください。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。