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出版社による新聞社への名誉毀損(裏付け取材の不足と報道機関の注意義務:東京地裁令和5年1月17日判決)

報道機関が他の報道機関の報道姿勢を批判する記事を掲載することは、報道の自由や言論の自由の観点から一定の意義があります。しかし、その批判記事の内容が事実に基づかないものであった場合、名誉毀損として不法行為責任を負う可能性があります。

今回のコラムでは、月刊誌を発行する出版社が、大手新聞社の脱炭素報道について「広告・協賛金狙いで報道が歪んでいる」と批判する記事を掲載したところ、裁判所が名誉毀損の成立を認めた東京地裁令和5年1月17日判決を紹介します。

本判決は、報道機関による他社批判記事における裏付け取材義務の範囲や、真実相当性の判断基準について示唆を与えるものであり、メディア関係者のみならず、企業の広報担当者にとっても参考になるものです。

事案の概要

原告(大手新聞社)は、被告(月刊誌の発行会社)が発行する月刊誌及びウェブサイトに掲載された記事により名誉を毀損されたと主張し、損害賠償(3300万円)、ウェブサイト上の記事の削除、及び謝罪広告の掲載を求めて訴訟を提起しました。

被告が掲載した記事の見出しは、「『広告・協賛金』狙いで歪む報道 日経新聞『脱炭素商売』の無節操」というものでした。記事の概要は、原告が企業から脱炭素に関する広告・協賛金を得ることを狙い、その営業戦略の影響で報道内容が歪められているというものであり、具体的には以下の記述が問題となりました。

記述概要
記述1原告が掲載した石炭火力発電の輸出支援停止に関する記事は誤報であった
記述2原告は脱炭素については大きく報じるが、アンモニアを用いた燃料転換計画については一切報じない
記述3原告が掲載した日本製鉄に関する記事は誤報であった
記述4原告の会長が編集局に日常的に介入しており、会長の肝煎りで脱炭素に関する営業戦略が展開されている
記述5原告は、脱炭素プロジェクトへの協賛を募る際に、協賛しなければ記事が載りにくくなると企業に述べている
記述6原告の編集・営業一体の脱炭素ビジネスは加速し、読者が被害者である

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①本件記事につき名誉毀損による不法行為が成立するか
争点②原告に生じた損害及びその額
争点③ウェブサイト上に掲載されている記事の削除の要否
争点④謝罪広告掲載の要否

裁判所の判断

争点①(名誉毀損の成否)について

裁判所は、まず判断枠組みとして、問題とされている表現が事実の摘示であるか意見・論評の表明であるかの区別基準を示しました。その上で、事実摘示による名誉毀損と、意見・論評による名誉毀損のそれぞれについて、違法性阻却事由(公共性・公益目的、真実性又は真実相当性)の判断基準を示しました。

裁判所は、記述1ないし6及び見出しのいずれについても、原告の社会的評価を低下させるものと認定しました。

その上で、各記述について違法性阻却事由の有無を検討し、いずれの記述についても違法性阻却事由は認められないと判断しました。以下では、特に重要な判示を紹介します。

記述1(石炭火力発電の輸出支援停止に関する記事が誤報であるとの記述)について

裁判所は、記述1に関する真実性について、以下のように判示しました。

「本件日経記事1においては、石炭火力発電の輸出支援に関する従前の経緯を踏まえつつ、政府は、石炭火力発電の輸出支援についての新規案件を全面停止する検討に入ったことを『複数の政府高官が明らかにした』と一定の取材源が明らかにされており、原告も首相官邸関係者から示されたとするペーパー(甲22)を証拠提出するなど、一定の取材をした上で本件日経記事1を執筆したことがうかがわれる。」
「石炭火力発電の輸出支援の停止については、気候変動サミットでは触れられなかった一方、その後2箇月もたたないうちに開催された重要な国際会議の場であるG7サミットにおいて、C首相から政府による新規の石炭火力発電の輸出支援を年内で終了することが正式に表明されたことが認められることからすると、本件日経記事1の執筆当時において、石炭火力発電の輸出支援の停止という我が国のインフラ海外展開戦略の変更という重要な事項に関し、政府内での水面下での検討の動きが全くなかったということは考え難い。」

さらに、裁判所は、真実相当性(被告が誤報であると信じたことについて相当な理由があったか)について、以下のとおり判示し、被告の裏付け取材の不足を指摘しました。

「たとえA官房長官やB経産大臣の記者会見における発言があったとしても、そうした発言は、政府内での調整が未了である段階でなされた暫定的なものではないかと想定することは容易であり、また、報道機関としてはそのように想定した上で裏付け取材をすることが期待されていたといえる。」
「被告としては、A官房長官やB経産大臣の発言を直ちに額面通りに受け止めるのではなく、本件日経記事1の根拠となったと考えられる取材源又はそれに近い関係者等に対して裏付け取材等を行った上で、真に本件日経記事1が誤報であったかどうかを慎重に検討すべきであった」

裁判所は、被告が原告の取材源を想定した上での裏付け取材を行っておらず、かえって本件記事の執筆者は原告の取材源には特に注意を払わなかったことを認める供述をしている点を認定し、真実相当性を否定しました。

記述3(日本製鉄に関する記事が誤報であるとの記述)について

裁判所は、原告の記事が日本製鉄の社長に対する実際のインタビューに基づいていたこと、日本製鉄が後日、当該記事に沿う内容の中長期経営計画を発表したことを認定し、真実性を否定しました。

「本件日経記事2は、カーボンニュートラルに関する日鉄の今後の方針について、E社長に対するインタビューの内容どおりに報じたものであると認められる。そうすると、本件日経記事2が誤報であったことが真実であるとは認められない。」

記述4(会長による編集局への介入等)について

被告は、記事執筆者が原告の複数の記者から、会長が直接記者に電話をかけて原稿を一字一句指示している旨の情報提供を受けたと主張しました。しかし、裁判所は、その裏付けとなる取材ノートについて、以下のように判示しました。

「上記取材ノート(乙17)は、飽くまでもD自身が作成したメモであり、その前提となる取材が実際に行われたのか、行われたとして取材ノートに記載されたとおりの発言が取材対象者からされたのかについて、これを客観的に裏付ける証拠はない」

記述5(恫喝まがいの営業)について

裁判所は、被告が提出した電子メールについて以下のように評価しました。

「上記メールは、『日経カーボンゼロ企画の高圧的営業について思い出したのですが、「本件をやらないと脱炭素関連の記事が日経本紙に載りにくくなるかもしれない」と脅されたことがあります。ご参考まで』というごく簡単なものであり、かつ、その信憑性を裏付ける客観的な証拠を欠くものであり、これをもって、被告が主張する事実が真実であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

以上の検討を踏まえ、裁判所は、記述1ないし6及び見出しのいずれについても違法性阻却事由は認められないとし、被告の不法行為の成立を認めました。

争点②(損害額)について

裁判所は、損害額の認定にあたり、以下の事情を考慮しました。

考慮された事情内容
被告の雑誌の発行部数約6万部であり、読者から信頼できるものとして一定の評価を受けている
記事の体裁一見して事実無根とは理解されない内容であり、読者は相応の信用性があるものと受け取る
見出しの印象原告の報道内容が信用できないことを意味する文言が掲載され、読者の目を引く構成
記事の問題意識根底には、原告の報道姿勢に偏りがあるのではないかという問題意識がうかがわれる
具体的な業務上の支障原告に具体的な業務上の支障が生じたことを認めるに足りる証拠はない
原告の社会的評価の確立原告の発刊数やオンライン会員数からすると、社会的評価はある程度確立されている

これらの事情を総合考慮し、裁判所は、損害額を200万円(弁護士費用相当額20万円と合わせて合計220万円)と認定しました。原告の請求額(3300万円)と比較すると、認容額は請求額の約6.7%にとどまりました。

争点③(記事の削除の要否)及び争点④(謝罪広告掲載の要否)について

裁判所は、記事の削除請求及び謝罪広告の掲載請求をいずれも棄却しました。その理由として、原告に具体的な業務上の支障が生じていないこと、原告自身が日刊新聞やウェブサイトを通じて情報発信が可能であり、自ら名誉回復措置をとることができることなどを挙げました。

コメント

1. 本判決の位置づけ

本判決は、報道機関が他の報道機関の報道内容を批判する記事を掲載した事案において、名誉毀損の成否及び違法性阻却事由の有無が争われたものです。裁判所は、他社の報道を「誤報」と断じる記事を掲載するにあたっては、政府高官の記者会見での発言のみに依拠するのではなく、批判対象の報道の取材源やそれに近い関係者に対する裏付け取材を行うべきであったと判断しました。

本判決は、名誉毀損に関する新たな法理を打ち立てたものではなく、すでに最高裁判所によって積み上げられてきた判断枠組みを個別の事案に当てはめたものと位置づけられます。もっとも、事実の摘示と意見・論評の表明の区別、社会的評価の低下の有無、及び真実性・真実相当性の評価という各論点について、具体的な事実関係の下での当てはめを示した点に事例としての意義があり、報道機関に対してのみならず、記事やコラムを公表するすべての事業者にとって、他者の報道内容や活動を批判する際に求められる事実確認の水準を示すものといえます。

2. 本判決が依拠する判断枠組み

本判決の理解の前提として、名誉毀損の成否及び違法性阻却事由に関する最高裁判所の判断枠組みを整理しておきます。

(1)事実の摘示と意見・論評の表明の区別

名誉毀損にあたる表現は、大きく「事実の摘示」によるものと「意見ないし論評の表明」によるものに分けられ、後述のとおり、いずれに該当するかによって違法性阻却事由の判断枠組みが異なります。この区別について、最高裁は、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とし、前後の文脈や記事公表当時に一般の読者が持っていた知識・経験等を考慮した上で、当該表現が証拠等によりその存否を判定することができる他人に関する特定事項を主張するものと理解される場合には、当該事項について事実の摘示がなされているものと解するのが相当である、との判断を示しています(最三小判平9.9.9民集51巻8号3804頁、判タ955号115頁、最一小判平16.7.15民集58巻5号1615頁、判タ1163号116頁参照)。

また、ある記事が人の社会的評価を低下させるものであるか否かは、当該記事の一般読者の通常の注意と読み方を基準として解釈された意味内容に照らして判断すべきものとされています(最二小判昭31.7.20民集10巻8号1059頁、前掲最三小判平9.9.9参照)。

本判決は、これらの最高裁判例の立場を踏まえ、本件記事の各記述について、事実の摘示にあたる部分と意見・論評の表明にあたる部分を整理した上で、いずれも一般の読者に対し、原告の報道は脱炭素ビジネスのために歪められており信用できないとの印象を与えるものであるとして、原告の社会的評価を低下させるとの結論を導いています。

(2)違法性阻却事由の判断枠組み

表現が人の社会的評価を低下させるものであっても、事実の摘示型の名誉毀損については、①当該行為が公共の利害に関する事実に係ること、②その目的がもっぱら公益を図ることにあったこと、③摘示された事実の重要な部分について真実であることの証明があったこと、という三要件が満たされるときには違法性が認められず、また、真実性の証明がない場合であっても、行為者が当該事実の重要部分を真実であると信じたことについて相当な理由があれば、故意または過失が否定されるものとされています(最一小判昭41.6.23民集20巻5号1118頁、判タ194号83頁、最一小判昭58.10.20裁判集民事140号177頁、判タ538号95頁、前掲最三小判平9.9.9参照)。

これに対し、ある事実を前提とする意見・論評の表明型の名誉毀損については、①公共の利害に関する事実に係ること、②目的がもっぱら公益を図ることにあったこと、③前提とされた事実の重要部分について真実であることの証明があったことに加え、人身攻撃に及ぶなど意見・論評としての域を逸脱していないことが求められ、これらが満たされる限り違法性は認められず、また、前提事実の真実性の証明がない場合でも、行為者が当該事実の重要部分を真実と信じたことについて相当な理由があれば、故意・過失は否定されるものとされています(最二小判昭62.4.24民集41巻3号490頁、判タ661号115頁、最一小判平元.12.21民集43巻12号2252頁、判タ731号95頁、前掲最三小判平9.9.9参照)。

本判決は、これらの枠組みに従って本件記事の各記述を検討し、摘示事実及び意見・論評の前提事実のいずれについても、真実性の証明及び真実と信じたことについての相当な理由のいずれも認められないと判断しました。

3. 裏付け取材・事実確認の重要性

本判決において裁判所が繰り返し指摘しているのは、裏付け取材の重要性です。

被告は、官房長官や経済産業大臣の記者会見での発言、資源関連企業社員からのメール、取材ノートなどを根拠として真実性・真実相当性を主張しましたが、裁判所は、いずれも不十分であると判断しました。裁判所は、政府高官の公式発言であっても「政府内での調整が未了である段階でなされた暫定的なもの」である可能性を想定すべきであるとし、また、関係者からのメールについても「ごく簡単なものであり、かつ、その信憑性を裏付ける客観的な証拠を欠く」と評価しました。

この点は、企業が自社のウェブサイトやSNS等で他者に関する情報を発信する場面においても同様にあてはまります。企業がプレスリリースや広報資料において他社の報道や活動に言及する際には、複数の情報源からの裏付けを取得し、客観的な証拠に基づいた記載を行うことが求められます。

4. 損害額の認定と実務上の示唆

本判決では、原告の請求額3300万円に対し、認容額は220万円にとどまりました。裁判所は、損害額の認定にあたり、原告の社会的評価がある程度確立されていること、具体的な業務上の支障が生じたことを認めるに足りる証拠がないことなどを考慮しています。

名誉毀損訴訟においては、法人の場合、具体的な業務上の支障(例えば、売上の減少、取引先の喪失、購読者数の減少など)を立証できるかどうかが損害額に影響する傾向にあります。法人が名誉毀損の被害を受けた場合には、被害の具体的な影響を記録・保全しておくことが、損害の適切な回復を図る上で重要となります。

5. 記事削除請求・謝罪広告請求の棄却について

本判決は、名誉毀損の成立を認めつつも、記事の削除請求及び謝罪広告の掲載請求をいずれも棄却しました。その理由として、原告自身が日刊新聞やウェブサイトを通じて名誉回復措置をとることが可能であることが挙げられています。このことは、自ら情報発信手段を有する法人については、金銭賠償以上の救済が認められるためのハードルが高くなり得ることを示唆しているとも読むことができます。

6. 企業の広報・情報発信において留意すべき点

本判決の内容を踏まえると、企業が自社の広報活動やウェブサイト上のコンテンツにおいて、他社の事業活動や報道内容に言及する場合には、以下の点に留意することが重要と考えられます。

留意点内容
複数の情報源による裏付け特定の関係者からの伝聞情報のみに基づいて他者を批判する記述を公表することは、名誉毀損のリスクが高い
公式発言の慎重な評価政府高官や企業経営者の公式な場での発言であっても、その背景や文脈を考慮した上で評価する必要がある
客観的証拠の確保情報発信にあたっては、記述内容を裏付ける客観的な証拠を確保しておくことが望ましい
被害発生時の記録保全名誉毀損の被害を受けた場合には、具体的な業務上の支障や損害を記録し、証拠として保全しておくことが重要である

本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。