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新聞記事による名誉毀損と「真実と信ずるについて相当の理由」(東京高裁令和4年10月25日判決)

日刊新聞やインターネットメディアの報道によって、個人や企業の名誉が毀損されたとして損害賠償請求がなされるケースは少なくありません。名誉毀損が問題となる場面では、報道内容が「真実であること」(真実性)のほか、報道機関が「真実と信ずるについて相当の理由」があったこと(真実相当性)が認められれば、不法行為は成立しないとされています。

今回のコラムでは、日刊新聞に掲載された複数の記事について名誉毀損の成否が争われた東京高裁令和4年10月25日判決を取り上げ、裁判所が真実相当性の判断においてどのような事情を考慮したのかを整理します。

上記東京高裁判決は、報道機関やレピュテーションリスク管理の実務に携わる方にとって、参考となる裁判例です。

事案の概要

本件は、宗教法人オウム真理教の元信者である原告(被控訴人)が、被告(控訴人)の発行する日刊新聞に掲載された4つの記事(本件記事(1)~(4))により名誉を毀損されたとして、損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めた事案です。

各記事の内容について、裁判所は、判決の中で以下のとおり認定しています。

記事掲載日媒体裁判所による認定内容
本件記事(1)平成24年6月4日朝刊「サリン生成認める」という見出しの下、サリン製造の認識を否認する原告の弁解内容の詳細(「サリンの生成に関わっていたことは間違いない。しかし、当時は何を造っていたのか知らない状態でした」等の供述)が引用された記事
本件記事(2)平成24年6月4日夕刊有識者の言葉を引用しながら、原告を含む信者の人生をも狂わせたオウム真理教は罪深いとの意見ないし論評を表明するコラム(短評ないし時評)
本件記事(3)平成24年6月21日朝刊「『サリン』表記のノート A容疑者宅から 事件関与記録か」という見出しの下、サリン製造の故意を否認していたオウム真理教元幹部たる原告の自宅から「サリン」と書かれたノートが押収されたことを記載した記事
本件記事(4)平成27年11月28日朝刊東京高裁においてテロ行為の認識に疑いが残ると判断されて逆転無罪判決が宣告されたことに関する報道の中で、元捜査関係者のコメントのほか、原告本人、主任弁護人、学識経験者など様々な立場からの受け止め方が紹介された記事

第一審(原審)は、本件記事(2)及び(3)について不法行為の成立を認め、合計27万5000円の損害賠償を命じました。これに対し、被告が控訴し、原告が附帯控訴しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①本件記事(1)~(4)の各摘示事実の内容
争点②本件各記事における摘示事実による原告の社会的評価の低下の有無
争点③真実性又は真実相当性の抗弁の成否

裁判所の判断

東京高裁は、原判決中の被告(新聞社)敗訴部分を取り消し、原告の請求をいずれも棄却しました。以下、主要な判断のポイントを解説します。

争点① 記事の摘示事実の内容に関する判断

本件記事(1)

裁判所は、本件記事(1)について、サリン製造の認識を否認する原告の弁解内容を前提としつつ、サリン製造への客観的な関与を摘示したものにとどまり、サリン製造の認識があったことまで摘示するものではないと判断しました。

原告は、「化学薬品の専門家」という記載や、試薬・実験機器の購入を担当したとの記載から、サリン製造の認識があったことを摘示するものであると主張しました。しかし、裁判所は、これらの主張をいずれも採用しませんでした。判決は、以下のとおり判示しています。

本件新聞①において、「サリン生成認める」という見出しは、一般読者をして被控訴人の認否に関心を向けさせることに主眼が置かれているものと考えられ、この見出しのすぐ近くに位置する本文の冒頭にサリン製造の認識を否認する被控訴人の弁解内容の詳細(「サリンの生成に関わっていたことは間違いない。しかし、当時は何を造っていたのか知らない状態でした」等の供述)が引用されていること、そして、本件記事①の内容が上記のとおり社会の強い関心を向けられたものであったことからすれば、一般読者の注意を前提としても、上記の引用部分も含めて読まれるのが自然であるということができる。

本件記事(2)

本件記事(2)はコラム(短評ないし時評)でした。裁判所は、記事の形式や性質を踏まえた判断を行い、コラムとしての趣旨・論調に照らし、原告のサリン製造への客観的な関与を摘示したにとどまり、主観的な認識までは摘示していないと判断しました。

本件新聞②の全体の中における本件記事②の趣旨及び論調も踏まえると、一般読者の普通の注意と読み方を基準として読んだ場合、被控訴人が「サリンの製造に加わった」との記載を含む本件記事②は、サリンを製造していることを被控訴人が認識していたかどうかにかかわらず、被控訴人にサリンの製造への客観的な関与があったことを摘示した上で、上記のとおりの意見ないし論評を表明したものと認めるのが相当である。

原告は、記事の目的・論調やコラムかどうかと摘示事実の内容は別問題であると主張しましたが、裁判所は、以下のとおり判示してこれを退けました。

一般読者の普通の注意と読み方を基準として読んだ場合、本件記事②の摘示事実に関しては、本件新聞②の全体の中における本件記事②の趣旨及び論調や本件記事②がコラムであることも踏まえて判断するのが相当であり、これらを踏まえて通覧すると、一般読者において、本件記事②については、(中略)意見ないし論評を表明する部分を中心に、その内容を理解するのが通常であると解され(中略)、教団においてサリンを製造していることを被控訴人が主観的に認識していたことまで摘示するものと理解されるものとはいえず、上記の主観的な認識の有無にかかわらず上記の客観的な関与について摘示したものと理解するのが通常であると解するのが相当である。

本件記事(4)

裁判所は、本件記事(4)に掲載された元捜査関係者のコメントについて、逆転無罪判決の報道全体の文脈の中で位置付けて検討し、一般読者はそのコメントが「裁判所に認められなかった一方当事者の主張あるいは所感にとどまるもの」であることを十分に理解し得るとして、原告の社会的評価を新たに低下させるものとはいえないと判断しました。

裁判所がこの判断に当たり考慮した事情は、以下のとおりです。

考慮事情内容
1面記事の内容東京高裁でテロ行為の認識に疑いが残ると判断され逆転無罪判決が宣告されたこと
読者の読み方1面記事を読んで関心を持った読者が本件記事(4)まで読み進めること
コメントの位置付け元捜査関係者自身が「裁判所を納得させるだけの証拠を集められなかったか…」と述べていること
記事全体の構成原告本人、主任弁護人、学識経験者など様々な立場からのコメントが紹介されていたこと

争点② 社会的評価の低下の有無に関する判断

裁判所は、本件記事(1)~(3)については、摘示事実が原告の社会的評価を低下させるものであると認めました。一方、本件記事(4)については、上記のとおり、元捜査関係者のコメントは裁判所に認められなかった一方当事者の主張等にとどまるものであり、その摘示によって新たに原告の社会的評価が低下するものとはいえないと判断しました。

争点③ 真実相当性の抗弁に関する判断

裁判所は、まず、名誉毀損に関する一般的な法理を確認しました。

名誉毀損行為については、それが公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合で、摘示された事実の重要な部分が真実であることが証明されたときには、違法性が阻却され、不法行為は成立しないものと解され、また、摘示された事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信じることにつき相当な理由があるときには、行為者の故意又は過失が認められず、不法行為は成立しないものと解される。

その上で、記事ごとに以下の判断を示しました。

本件記事(1)及び(2)の真実相当性

裁判所は、本件記事(1)及び(2)の摘示事実(原告のサリン製造への客観的な関与)について、以下の事情を考慮し、真実相当性を認めました。

考慮事情内容
公的発表への依拠第1事件の捜査責任者である警視庁捜査一課長の記者会見において発表された内容に依拠していたこと
原告自身の発信原告が無罪判決確定後、自ら開設するブログにおいて、自らもサリンの生成に関与していたと思い込んでいた旨の投稿をしていたこと

本件記事(3)の真実相当性(「重要な部分」の判断を含む)

本件記事(3)については、まず、「被控訴人の自宅から『サリン』と書かれたノートが押収された事実」が記事の「重要な部分」に当たるかが争われました。裁判所は、以下のとおり判示し、この事実が重要な部分に当たると判断しました。

本件記事③は、「『サリン』表記のノート A容疑者宅から 事件関与記録か」という見出しの下、サリン製造の故意を否認していたオウム真理教元幹部たる被控訴人の自宅から「サリン」と書かれたノートが押収されたことを記載するものであり、サリン製造の故意に関わる重要な証拠が押収されたことを主題とする報道であることは、一般読者においても明らかであるから、被控訴人の自宅から「サリン」と書かれたノートが押収された事実は、その重要な部分に当たる。

次に、真実相当性について、裁判所は、記者の取材過程を詳細に検討し、以下の事情を考慮して、真実相当性を認めました。

考慮事情内容
取材源の信頼性記者は、オウム真理教をめぐる一連の事件の捜査情報を集約する要職にあった捜査員から聴取したこと
取材内容の具体性記者は、サリンという単語が書かれたノートが押収された旨を聴取した上、捜索差押えが行われた日を特定して「それは6月4日以降?」と質問し、「そうとってもらってかまわないが、それ以上は言わない」との回答を得たこと
合理的な推論同月4日に原告の自宅の捜索差押えが行われていたこと等に照らし、ノートが原告の自宅から押収されたことは明らかであると考えたのは自然であること
他社の報道状況翌日付けの毎日新聞朝刊にも同様の記事が掲載され、別件訴訟でも真実相当性が認められていること

原告は、記者と捜査員とのやり取りだけで押収場所を信じるのは早計であると主張しましたが、裁判所は、以下のとおり判示してこの主張を退けました。

E記者は、オウム真理教をめぐる一連の事件の捜査情報を集約する要職にあった捜査員とのやり取りの中で、サリンという単語が書かれたノートが押収された旨を聴取した上、被控訴人の自宅の捜索差押えが行われていた日を特定して、明示的に「それは6月4日以降?」と質問したところ、「そうとってもらってかまわない」との回答を得たというのであるから、上記ノートが被控訴人の自宅から押収されたことは明らかであると考えたのが早計であるということはできず、被控訴人の上記主張は採用することができない。

結論

以上の検討の結果、裁判所は、本件記事(1)~(3)については真実相当性の抗弁が成立し、本件記事(4)については社会的評価を低下させるものとはいえないとして、原告の請求をいずれも棄却しました。原審が不法行為の成立を認めた本件記事(2)及び(3)についても、控訴審では逆の結論となりました。

コメント

本判決の意義

本判決は、日刊新聞の記事による名誉毀損の成否について、以下の点を示した裁判例として意義があります。

第1に、記事の「摘示事実の内容」を認定する際、記事単体ではなく、掲載紙面全体の中での記事の位置付け、記事の形式(ニュース記事かコラムか)、記事の趣旨・論調を総合的に考慮すべきとしました。本判決では、コラムにおける「サリンの製造に加わった」との記載について、紙面全体の論調を踏まえ、サリン製造の主観的認識の摘示ではなく、客観的関与の摘示にとどまると判断しています。摘示事実の範囲が狭く認定されれば、真実性・真実相当性の立証のハードルもそれに応じて低くなるため、この点の判断は、名誉毀損の成否に直結します。

第2に、真実相当性の判断において、取材源の属性(捜査情報を集約する要職にあった捜査員)、取材における質問と回答の具体的なやり取り、関連する客観的事実(捜索差押えの実施日)との整合性、他の報道機関による同趣旨の報道及び別件訴訟の判断を総合的に考慮しています。報道機関が捜査関係者への取材に基づいて記事を作成する場合に、真実相当性が認められるための取材の水準を示す一つの参考になります。

企業等に求められる対応

本判決から得られる実務上の示唆として、以下の点が挙げられます。

報道機関の立場から

名誉毀損のリスクを低減するためには、取材源の信頼性を確保すること、取材過程を記録として残すこと、そして、記事の見出し・本文を通じて摘示事実の範囲が過度に広がらないよう注意することが重要です。

本判決では、捜査情報を集約する要職にあった捜査員への取材内容と、そこから合理的に導かれる推論が、真実相当性を基礎づける事情として評価されています。

報道される側の立場から

本判決は、新聞記事による名誉毀損の成否が、記事の文言そのものだけでなく、掲載紙面全体の文脈や記事の形式によって判断されることを示しています。報道被害を受けた場合には、記事の文言を切り取って主張するだけでなく、一般読者がその記事をどのように読むかという観点から、紙面全体を踏まえた主張を組み立てる必要があります。

損害賠償請求を検討する際には、裁判所がどのように摘示事実を認定するかを見据えた上で、真実性・真実相当性の抗弁を覆すための証拠収集を計画的に行うことが求められます。

名誉毀損に関する紛争は、摘示事実の認定、真実性・真実相当性の判断など、多くの法的論点が複雑に絡み合います。報道機関における記事の公表前のリーガルチェック、報道被害を受けた場合の対応のいずれについても、早い段階で弁護士に相談されることをお勧めします。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。