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従業員が業務中の事故で被害者に賠償した場合の会社への求償(最高裁令和2年2月28日判決:人事担当者のための労働法)

従業員が業務中に交通事故を起こし、被害者に損害賠償を行った場合、従業員は、会社に対してその一部を負担するよう求めること(求償)ができるのでしょうか。

使用者責任(民法715条1項)に基づき、会社が被害者に賠償した後に従業員へ求償できることは、従来から認められていました。

しかし、その逆、すなわち従業員が被害者に賠償した場合に会社へ求償できるかという点については、明確な判例がありませんでした。

最高裁令和2年2月28日判決(民集74巻2号106頁)は、この問題について初めて判断を示した判決です。今回のコラムでは、上記最高裁判決の内容と企業実務への影響について、解説いたします。

事案の概要

本件の事実関係は、以下のとおりです。

項目内容
当事者(使用者)被告会社は、貨物運送を業とする資本金300億円以上の上場会社であり、全国に多数の営業所を有していた
保険の状況被告会社は、事業に使用する車両の全てについて任意の自動車保険契約を締結していなかった(いわゆる「自家保険政策」)
当事者(被用者)原告は、平成17年5月に被告会社に雇用され、トラック運転手として荷物の運送業務に従事していた
事故の発生原告は、平成22年7月26日、業務としてトラックを運転中、信号機のない交差点を右折する際、自転車と接触する事故を起こし、被害者は同日死亡した
被用者側の賠償被害者の相続人(長男)から原告に対して損害賠償請求訴訟が提起され、控訴審で1383万円余りの支払いを命じる判決が確定した。原告は、合計1552万円余りを弁済供託した
使用者側の賠償被害者の相続人(二男)と被告会社との間では、和解金1300万円を支払う内容の訴訟上の和解が成立した
本件訴訟原告は、被害者側に賠償した金額について、被告会社に対し求償金の支払いを求めた

原審(大阪高等裁判所)は、被用者から使用者への求償を認めず、原告の請求を棄却しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、被害者に対して損害賠償を行った場合、被用者は使用者に対して求償することができるか

裁判所の判断

最高裁は、原審の判断を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻しました。

最高裁は、まず、使用者責任の趣旨について、以下のとおり述べました。

民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである。

その上で、使用者は被害者に対する関係だけでなく、被用者との関係においても損害の全部又は一部を負担すべき場合があるとしました。

次に、最高裁は、使用者から被用者への求償が制限される場合との均衡について、以下のとおり述べました。

使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。

そして、最高裁は、結論として以下のとおり判示しました。

被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

なお、補足意見(菅野裁判官・草野裁判官)では、本件のように使用者が大規模な上場会社であり、被用者がトラック運転手として継続的かつ専属的に従事していた場合には、通常の業務において生じた事故による損害について被用者が負担すべき部分は僅少なものとなることが多く、これをゼロとすべき場合もあり得るとの見解が示されました。さらに、使用者が任意保険に加入せず自家保険政策を採用していたことは、被用者側の負担額を小さくする方向に働く要素であるとされています。

コメント

(1)本判決の意義

本判決は、被用者から使用者に対する求償(いわゆる「逆求償」)を初めて認めた判決です。

従来、使用者から被用者への求償が信義則上制限されることは判例上認められていましたが、被用者から使用者への求償については明確な判断がなく、実務上の取扱いが不明確でした。

本判決により、被用者が被害者に損害を賠償した場合にも、使用者に対して求償ができることが明らかになりました。

注意すべき点として、本判決が使用者は損害の「全部又は一部」を負担すべき場合があると述べている点が挙げられます。すなわち、事案の内容によっては、使用者が損害の全額を負担すべきとされる可能性があります。

企業としては、従業員が業務中に起こした事故について、一部の分担にとどまらず、全額の負担を求められるリスクがあることを認識しておく必要があります。

また、本判決が逆求償を認めた背景には、これを認めなかった場合に生じる不合理な事態への配慮があると思われます。

仮に逆求償が認められないとすると、使用者は、自らは賠償を行わずに被用者が賠償するのを待てば、損害を一切負担しなくて済むことになります。しかし、被用者の側からすれば、自ら賠償すると全額を負担しなければならないため、賠償に消極的にならざるを得ません。その結果、被害者は、使用者からも被用者からも速やかに損害の賠償を受けることができないという事態が生じかねません。

本判決は、このような不都合を回避し、被害者の救済を実効的なものとする意義も有していると評価することもできます。

(2)企業に求められる対応

それでは、本判決を踏まえ、企業は具体的にどのような点に注意すべきでしょうか。本判決において、求償できる額を判断する際の考慮要素として、最高裁は以下の事情を挙げています。

番号考慮要素
1事業の性格
2事業の規模
3施設の状況
4被用者の業務の内容
5労働条件
6勤務態度
7加害行為の態様
8加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度
9その他諸般の事情

これらの考慮要素を踏まえると、企業等には以下のような対応が求められると考えられます。

第一に、適切な保険への加入です。 補足意見でも指摘されているとおり、使用者が任意保険に加入していない場合、そのことは被用者の負担を軽減する方向に考慮されます。裏を返せば、任意保険に加入していないことにより、企業自身の求償負担が増加するリスクがあるということです。事業用車両について任意保険を締結することは、被害者救済の観点のみならず、企業自身のリスク管理としても重要です。

第二に、従業員の業務内容や労働条件の適正化です。 求償額の判断においては、労働条件や業務内容も考慮要素とされています。過重な労働環境が事故の一因となっていた場合、企業の負担割合が大きくなる可能性があります。安全運転の確保や適切な労務管理は、事故防止だけでなく、万が一事故が発生した場合の企業負担にも影響し得ます。

第三に、事故発生時の対応体制の整備です。 本件では、被害者の相続人の一人が使用者に対して訴訟を提起し、もう一人が被用者に対して訴訟を提起するという形で、損害賠償の請求先が分かれました。このような事態に備え、事故発生時に使用者と被用者が適切に連携できる体制を構築しておくことが重要です。

本判決が示した判断枠組みは、運送業に限らず、業務中に従業員が第三者に損害を与えるリスクがある全ての業種に当てはまります。自社の保険加入状況、労務管理体制、事故対応体制について、改めて点検されることをお勧めします。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。