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ペイシェントハラスメントと医療機関が講じるべき対策(長崎地裁令和6年1月9日判決を読む)

近年、医療現場では、患者やその家族による医療従事者への暴言・暴力・過剰な要求等、いわゆる「ペイシェントハラスメント」が深刻な問題となっています。

厚生労働省が令和6年に公表した「職場のハラスメントに関する実態調査」においても、医療・福祉分野では顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)の経験割合が高い傾向が示されています(厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」36頁)。

今回のコラムでは、病院を運営する社会医療法人が、入院患者の家族に対して、ペイシェントハラスメントを理由に約5,600万円の損害賠償等を求めた長崎地裁令和6年1月9日判決を取り上げます。

上記長崎地裁判決は、ペイシェントハラスメントの違法性の判断基準、病院側の損害賠償請求が認められるための要件、そして医療機関に求められる組織的対応のあり方について、実務上の示唆に富む内容を含んでおり参考になります。

事案の概要

本件は、二次救急病院であるa病院を運営する社会医療法人(原告)が、同病院に約5年半にわたり入院していた患者Bの長女(被告)に対して、以下の3つの請求を行った事案です。

請求請求内容請求額
請求1被告が看護師らに対して高圧的・威圧的な言動等(ペイシェントハラスメント)を繰り返した結果、複数の看護師が退職し、病床の一部閉鎖を余儀なくされたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めたもの約3,406万円
請求2患者Bとの入院診療契約は遅くとも平成31年1月には終了していたにもかかわらず、被告が患者Bの転退院に協力せず、新規急性期患者の受入れを不可能にしたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めたもの約2,229万円
請求3被告のハラスメント行為により病院運営に支障が生じているとして、施設管理権に基づき、被告の病院建物への立入禁止を求めたもの

患者Bは、小脳出血やSLE(全身性エリテマトーデス)等の既往があり、人工呼吸器管理を必要とするハイリスク患者でした。被告は、薬剤師の資格を持つ長女であり、入院当初から夜間を含めて患者Bに付き添い、看護師らに対して看護ケアの内容や治療方針について意見を述べる場面が繰り返されていました。

本件の争点

争点内容
争点①被告の言動等の存在及び違法性(ペイシェントハラスメントに該当するか)
争点②被告のハラスメント行為と看護師の退職・病床閉鎖との間の相当因果関係
争点③入院診療契約の終了の有無及び被告が患者を転退院させる義務を負うか
争点④被告に対する立入禁止の必要性

裁判所の判断

1. ペイシェントハラスメントの違法性について(争点①)

裁判所は、原告が主張した被告の言動を複数の類型に分けて個別に検討し、一部について違法なハラスメント行為と認定しました。

(1) 違法なハラスメント行為と認定された言動

No.時期認定された行為の概要裁判所の評価
平成30年3月4日(深夜)患者の人工呼吸器の設定に異議を唱え、約40分間にわたり夜勤の看護師らを問い詰めた。「頭悪いのか」「ほかの病院だったらぶったたかれてるよ」等の発言「精神的攻撃」「医療妨害」
平成30年3月4日(日中)約1時間にわたり看護師らを拘束し、「あたしが言わなかったら、きっとお母ちゃん死んでいるよ?」等の発言「医療妨害」「精神的苦痛を与える違法なハラスメント」
平成30年3月5日~6日興奮した口調で看護師らに不満をぶつけた「社会的相当性を著しく欠く」
平成30年4月17日(夜間)看護師らを問い詰め、夜間に帰宅している師長を呼び出すよう繰り返し指示「不当要求」「医療妨害」
平成30年8月19日「最初のうちは厳しいかもしれないけど、ごめんね~。」と発言し、他の患者より優先するよう求めた「著しい精神的攻撃」「不当要求」
平成30年8月19日看護師らの介護内容について「ハ・イ・ド・ロ」等と具体的な指示「医療行為への不当介入」「医療妨害」
平成30年8月31日(深夜)看護師をコールで呼び出し、エアマットの苦情を述べながら看護師の頭を後ろから押さえつけた「暴行行為であることは明らか」「著しい程度」
平成30年12月以降面会時間外の付添いは同年11月末までとする通告に違反して付添いを継続「施設管理権に従うべき義務に違反」「違法」
令和元年5月10日患者不在の病室内で動画撮影を行った「施設管理権に反した行為」「違法」

(2) 違法性の判断にあたって考慮された事実

考慮事実具体的内容
言動の態様穏やかな口調か、興奮した口調か、攻撃的な口調か
人格攻撃の有無看護師の能力や人格を否定する発言があったか
拘束の時間・時間帯深夜帯に長時間(40分~1時間)にわたり看護師を拘束したか
暴力行為の有無看護師の頭を後ろから押さえつける等の身体的接触があったか
不当要求の有無夜間に師長の呼出しを指示する、他の患者よりも優先するよう求める等
医療妨害の有無看護師の業務遂行に支障を来す態様であったか
背景事情の合理性患者家族として不満を述べること自体に不当性があるか

(3) 違法なハラスメントに該当しないと判断された言動

これに対し、以下の言動については、違法なハラスメントには該当しないと判示しました。

違法性が否定された言動裁判所の理由
医師が勧める気管切開を拒否したこと「どのような医療行為を受けるかは、患者の自己決定権に委ねられるべきもの」であり、「医師が最善と考えて提案する医療方針に被告が従わなかったことは、何ら違法ではない」
エビデンスに基づく検討を要望したこと「要望を行うこと自体が不当とはいえない」。穏やかな口調であったことも考慮
涙を流しながら不満を訴えたこと「淡々と、あるいは涙を流しながら訴えていたものに過ぎない」として社会的相当性を欠くものではないと判断
心情を吐露したり、不満を述べたりしたこと「日々の付添いの中で被告が心情を吐露することが直ちに不当とまではいえない」

2. ハラスメント行為と損害との因果関係について(争点②)

裁判所は、被告の違法なハラスメント行為を一部認定しつつも、看護師の退職及び病床閉鎖との間の相当因果関係を否定し、損害賠償請求を棄却しました。

考慮事実具体的内容
退職理由調査の不十分さヒアリングは「患者・家族ハラスメント」を退職理由として挙げた看護師にのみ実施され、「それ以外の理由の有無やその内容について聴取した形跡は認められない」
退職理由の多様性退職理由調査では複数回答が可能とされ、「職場環境」「給与」「結婚・転居」「他院への就職」等も挙げられており、ハラスメントが唯一の退職理由とは断定できない
調査結果の信用性退職者3名のうち1名について「実際には調査が実施されておらず、看護部長の推測で記載されたもの」であった
病院側の対応の不備暴力を受けた看護師がその後も患者の担当を継続し、「本件病院として適切な配慮をしたことがうかがわれない」
夜間付添い許可の継続ハラスメントが問題視された後も、被告の夜間付添い許可が数か月間継続された
看護師からの嘆願書看護師ら自身が病院経営陣に対し「対応を求めて声を上げ、嘆願書の提出にまで至った」ことは、病院の対応の不十分さを示す

仮に、被告の本件言動等を契機に退職した看護師らがいたとしても、それには本件病院の対応の在り方も大きく影響しているものと考えられる。

人員確保は、原告が本件病院の運営上の責任において行うべきものであり、仮に、被告の違法なハラスメント言動によって退職者が出たのだとしても、そのことが、人員確保できなかったことによる病床閉鎖に、直接的に影響するものとはいえない。

3. 患者家族の転退院義務について(争点③)

裁判所は、入院診療契約は患者Bと病院との間の契約であることを確認した上で、患者家族である被告が患者を転退院させる義務を負うとの原告の主張を退けました。

診療協力義務は、患者の治癒を目的とする診療契約において、患者の治療行為に向けて発生する義務であり、本件診療契約の終了に基づき病床を明け渡す義務について、診療協力義務が問題となる余地はない。

4. 立入禁止の必要性について(争点④)

裁判所は、患者Bの生存中は立入禁止の必要性があったと認めつつも、患者Bの死亡後は、被告が病院を訪問する動機がなくなったとして、立入禁止の具体的必要性を否定しました。

5. 結論

裁判所は、原告の請求をいずれも棄却しました。

コメント

1. 本判決の意義――違法なハラスメントが認められても損害賠償は認められない場合がある

本判決の意義・ポイントとしては、大きく以下の2点を指摘することができます。

第一に、裁判所が、患者家族の言動について、複数の類型に分けて個別具体的に違法性を検討し、正当な権利行使(治療方針に対する意見表明、不満の表明等)と違法なハラスメント行為(人格攻撃、長時間の拘束、暴力行為、不当要求等)との線引きを示した点です。

患者やその家族が意見や不満を述べること自体は正当な権利行使であり、その態様が「社会的相当性」を逸脱した場合にはじめて違法と評価される、という基準が明確にされたと評価することができます。

なお、ここで注意が必要なのは、裁判所が「違法なハラスメントには該当しない」と判断したことは、当該言動が不法行為法上の違法性を有しないという意味にとどまる点です。

このため、裁判所が違法性を否定した言動であっても、医療従事者の業務環境を害するペイシェントハラスメントには該当し得ます。医療機関としては、裁判所が不法行為としての違法性を否定した言動についても、職員の就業環境への影響を踏まえて、組織的な対応の対象とすべきかどうかを検討する必要があります。

第二に、違法なペイシェントハラスメントが認定されたとしても、それだけでは損害賠償請求は認められず、ハラスメントと損害との間の因果関係が別途立証されなければならないという点です。

本判決において、裁判所は、因果関係の判断にあたり、病院側がハラスメントに対して適切な対応を講じていたかどうかを重視しました。具体的には、ハラスメントを受けた看護師への配慮不足、問題行動の認識後も夜間付添い許可を数か月間継続していたこと等、病院側の対応の不備が、因果関係を否定する方向で考慮されました。

この点は、医療機関にとって二重の意味で重要です。すなわち、ペイシェントハラスメントへの組織的対応が不十分であった場合、加害者である患者・家族に対する損害賠償請求が認められにくくなるだけでなく、被害を受けた職員から病院自体が安全配慮義務違反を理由に責任を追及されるリスクがあるということです。

2. 医療機関に求められる対応――早期対応と弁護士への相談の重要性

本判決が示すとおり、ペイシェントハラスメントが発生した場合、その後の病院側の対応が不十分であれば、仮に加害者の行為が違法と認定されても、損害の回復を図ることが困難になります。

また、ハラスメント行為への対応が遅れ、問題が長期化すれば、医師や看護師等の退職を招き、病院の運営そのものに支障を来すおそれがあります。そのような事態に至る前に、早い段階で適切な対応をとることが大切です。

(1) ペイシェントハラスメント対応方針の策定と周知

2025年6月4日には、労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法等を改正する「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「改正法」といいます)が成立し、カスタマーハラスメントも、事業主の防止措置義務の対象に加えられました。改正法は、2026年10月1日より施行されます。

医療機関においても、ペイシェントハラスメントに該当する行為を具体的に定義した対応方針を策定し、患者・家族及び職員に対して周知することが重要です。

(2) 事実の正確な記録と退職理由の適切な調査

本判決では、退職理由の調査がハラスメントに限定された不十分なものであったこと、退職者の一部について調査が実施されず推測で記載されていたこと等が、因果関係の立証を困難にしました。

ハラスメント事案が発生した場合には、看護記録等に事実を正確に記録するとともに、退職者に対しては複合的な理由を含めた網羅的なヒアリングを行い、その内容を書面化して保管することが必要です。

(3) ハラスメント発生時の迅速かつ適切な組織的対応

ハラスメント行為が認められた場合には、以下のような措置を速やかに講じる必要があります。

No.措置の内容具体例
被害を受けた職員への配慮担当患者の変更、病棟の異動、心理的ケアの提供等
加害者に対する書面による警告ハラスメント行為の特定、改善要求、改善されない場合の対応の明示等
面会条件の見直し面会時間帯の制限、職員の立会い、面会場所の指定等
施設管理権に基づく立入制限書面による通知、代替手段(テレビ電話等)の確保等

これらの対応は、職員を保護するためだけでなく、将来、加害者に対して損害賠償を請求する場合や、職員から安全配慮義務違反を問われた場合に、病院が適切な対応を講じていたことを示す根拠にもなります。

もっとも、こうした措置を医療機関だけで判断し実行することは容易ではありません。特に、書面による警告の文言、面会制限や立入禁止措置の法的根拠の整理、応招義務との関係の整理等は、法的な検討を要する事項です。

ハラスメント行為が発生した場合には、問題が深刻化する前に、早い段階で弁護士に相談・依頼し、事実関係の整理、証拠の保全、対応方針の策定について助言を受けることが有用です。

(4) 応招義務との関係を踏まえた診療拒否の検討

ペイシェントハラスメントへの対応を検討するにあたっては、医師法19条1項が定める応招義務との関係を整理しておく必要があります。

応招義務は、医師が国に対して負う公法上の義務であり、個々の患者に対して直接負う私法上の義務ではないと解されています。また、厚生労働省医政局長通知(令和元年12月25日「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」)は、診療を拒否することが正当化される場合として、次のとおり述べています。

①患者の迷惑行為

診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される。
※診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等。

さらに、裁判例においても、患者の言動により信頼関係が破壊されていた場合に、診療の拒否に「正当な理由」があると認めたものがあります(東京地判平成29年2月9日)。

これらを踏まえると、ペイシェントハラスメントによって診療の基盤となる信頼関係が損なわれた場合には、医療機関が新たな診療を行わないとの判断をしたとしても、応招義務に反しない余地があると考えられます。

もっとも、応招義務の例外が認められるかどうかは個別の事情に即して判断されるため、診療拒否を検討する際には、ハラスメント行為の態様・程度、患者の病状、代替的な医療提供の可能性等を総合的に考慮した上で、慎重に判断することが求められます。

(5) 施設管理権の適切な行使と手続の整備

本判決は、患者Bの生存中は立入禁止措置の必要性を認めました。施設管理権に基づく立入禁止措置は、ペイシェントハラスメントに対する有効な対応手段の一つです。もっとも、立入禁止措置が患者の面会交流権等を制約する側面があることから、その行使にあたっては、事前の書面による警告、代替手段(テレビ電話による面会等)の確保、措置の理由及び内容の書面による通知等、適正な手続を整備しておくことが望ましいといえます。

3. まとめ

ペイシェントハラスメントへの対応は、個々の職員に任せるのではなく、組織全体の問題として取り組む必要があります。対応方針の策定、記録・調査体制の整備、迅速な組織的対応、施設管理権の適切な行使といった対策を総合的に講じることが、職員を守り、良質な医療を持続的に提供するための基盤となります。

そして、本判決が示すとおり、ハラスメントへの対応が遅れた場合には、加害者への損害賠償請求が困難になるだけでなく、職員からの安全配慮義務違反の追及を受けるリスクも生じます。対応の遅れは、医師や看護師等の離職を招き、病院の診療体制そのものを揺るがしかねません。

そうした事態に至る前に、ペイシェントハラスメントの兆候が見られた段階で、できる限り早期に弁護士に相談し、事実の記録方法、加害者への対応方針、法的手続の要否等について専門的な助言を受けることが、医療機関を守るための対策として有用です。


本コラムは、一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の法律上のアドバイスではありません。具体的な事案については、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームよりご連絡ください。