はじめに
著作物等の使用を有償で許諾するライセンス契約は、ソフトウェア、コンテンツ、データベース等の様々な分野で活用されています。もっとも、契約締結後にライセンシー(使用権者)が使用権料の支払を拒絶し、これに対してライセンサー(使用許諾者)が著作物等の提供を停止するという紛争は、しばしば発生します。このような場面では、ライセンサーがいわゆる「不安の抗弁」を主張して提供を拒むことができるか、また、契約が解除された場合に既払の使用権料はどのように精算されるかが問題となります。
今回のコラムでは、カーナビゲーション用地図データの使用許諾契約をめぐる紛争について判断を示した、大阪地裁平成28年11月28日判決(平成27年(ワ)第6363号、平成27年(ワ)第4858号)を取り上げます。本判決は、使用権料が「使用権付与の対価」と「個別複製の対価」のいずれの性質を有するかという問題、ライセンサーによる「不安の抗弁」の成否、継続的契約の解除後の対価的清算の枠組みについて、判示をしています。
本判決は、ライセンス契約における使用権料の性質を「年間最低使用料」と捉えたうえで、不安の抗弁の成立要件を整理し、契約解除の効果について民法620条を準用して将来効と整理する判断枠組みを示している点で、ライセンス契約の起案・運用に携わる企業の担当者にとって参考になる事例といえます。
事案の概要
原告は、カーナビゲーションシステムのメーカーであり、地図データの制作及び販売等を行っている株式会社です。被告は、自動車用品の製造及び販売等を行っている株式会社です。
原告と被告は、平成26年5月14日付けで、原告が使用権あるいは著作権を有する地図データ(本件データ)について、被告に対して有償での使用を許諾する契約(本件契約)を締結しました。本件契約に付属する「使用権料表」には、基本使用権料を1億5500万円とし、そのうち1億円を平成26年6月13日までに、残金5500万円を平成27年5月13日までに支払う旨が記載されていました。
被告は、平成26年6月12日に1億800万円(税込み)を支払い、その後、本件データの複製使用申請を順次行い、原告はこれに応じて本件データの提供を行いました。しかし、被告は、平成27年2月6日付けの書面において、残金5500万円の支払はできない旨を原告に通知しました。これに対し、原告は、同月18日、いわゆる「不安の抗弁」に基づき、被告が残金の履行又は相当の担保を提供するまでは本件データを提供しない旨通知し、被告の3030枚の複製使用申請を拒絶しました。
被告は、平成27年3月11日、本件契約上の重大な債務不履行等を理由に、本件契約を解除する旨の意思表示をしました。原告は、使用権料残金5940万円の支払を求めて第1事件を、被告は、解除に基づく原状回復請求として既払の1億円の返還を求めて第2事件を、それぞれ提起しました。
本件の争点
本件の争点は、以下のとおりです。
| 争点 | 内容 |
|---|---|
| 争点① | 本件契約における使用権料の額 |
| 争点② | 被告による本件契約解除の有効性 |
| 争点③ | 本件契約解除が有効である場合の原告の未払使用権料支払請求権の存否・被告の既払使用権料返還請求権の存否 |
裁判所の判断
争点① 本件契約における使用権料の額について
裁判所は、原告と被告は、本件契約の締結により、本件使用権料表に記載のある1億5500万円の使用権料の額を、その支払方法等も含めて合意したものと認めるのが相当であると判断しました。
裁判所は、次のとおり判示しています。
本件契約における使用権料については、本件契約第5条において本件別表に記載された金額を支払う旨定められているところ、本件別表には、「使用権料は、・・・甲(原告)により・・・『使用権料表』として発行されるものとする。」とされており、本件使用権料表には、基本使用権料は1億5500万円とすると記載されている。
被告は、本件契約書及び本件別表と共に本件使用権料表を受け取り、そのうち原告及び被告双方の記名押印の記載欄がある形態を採る本件契約書及び本件別表に被告の記名押印を行っていることからすれば、使用権料を1億5500万円とする本件使用権料表を前提とした上、同額を支払うとする本件契約に合意したものといえるから、原告と被告は、本件契約の締結により、本件使用権料表に記載のある1億5500万円の使用権料の額を、その使用権料の支払方法等も含めて合意したものと認めるのが相当である。
被告は、使用権料表に被告の記名押印がないこと、口頭で1億円への修正を求めたこと、使用権料の翌年への持ち越しを含む包括契約を前提に協議を継続中であったこと等を主張しました。しかし、裁判所は、使用権料表は原告により発行されるもので被告の記名押印は予定されていないこと、被告が後日に「残金5500万円」の分割払を申し入れていること等から、被告の主張を採用しませんでした。
争点② 被告による本件契約解除の有効性について
裁判所は、原告による本件データ提供の拒絶は原告の責めに帰すべき債務不履行であるとしたうえで、被告による本件契約解除は本件契約第6条4項⑥に基づくものとして有効であると判断しました。
(1) 使用権の喪失の有無について
原告は、使用権料と使用権が対価関係にあり、使用権料の不払いを解除条件として使用権が付与されているから、被告は支払拒絶により使用権を喪失したと主張しました。
しかし、裁判所は、本件契約における使用権料は「いわゆる年間最低使用料としての実質を有するもの」であるとしたうえで、使用権料の不払又は履行拒絶によって使用権が喪失するとの解除条件は付されていないと判断しました。
裁判所は、次のとおり判示しています。
本件契約書においては、「使用権料」と「複製使用料」とは区別され、「使用権料」は、「複製使用料」の支払に「充当することができる」ものとされており(第5条)、「複製使用料」は、データ量と複製数に応じて定められている(本件使用権料表)。このことからすると、本件契約書上は、「使用権料」は「使用権」設定に対する対価であり、「複製使用料」は個別の複製使用に対する対価であるとの体裁がとられているといえる。
しかしながら、原告代表者の供述・・・によれば、本件使用権料表に記載された複製使用料の表の意義は、複製数が1枚から10万枚までの間は、4Gの単価を3100円、8Gの単価を4250円と計算して、基本使用権料1億5500万円に満つるまで複製使用料に充当し(したがって、4Gのみだと5万枚までとなる。)、それを超えた分は上記単価の複製使用料を別途支払い、複製数が10万枚を超えると、4Gの単価を3000円、8Gの単価を4100円として別途支払うというものであると認められ、使用権料を複製使用料に充当しないことは想定されていないといえる。・・・そうすると、このような当事者双方の想定からすると、本件契約における使用権料は、その額に満つるまでの複製使用料を兼ねる趣旨であったと認めるのが相当であり、原告が主張するように、使用権料が使用許諾(使用権付与)を得るためだけの対価(いわば純粋な権利金)であるとは認められない。そして、本件契約では、1年間に実際に発注した複製使用に対応する複製使用料の総額が使用権料の額よりも少ない場合であっても、使用権料の返還が予定されていないことを併せ考慮すると、本件契約における使用権料は、いわゆる年間最低使用料としての実質を有するものであると解するのが相当である。
そして、このような使用権料の性質に加え、本件契約第4条においては、何の条件の記載もなく原告が被告に対して本件データについての使用許諾をするものとされ、使用権料の支払がない場合に使用権を失うなどの定めはされていないことからすれば、本件契約において、使用権料の不払又は履行拒絶によって直ちに使用権が喪失ないし失効するとの解除条件が付されていたとは認められない。
これを前提として、裁判所は、被告が使用権料の残金を支払わないことを明確にしたことのみによって使用権を喪失することはなく、被告は、本件契約に基づく本件データの使用権を有していたものであると判示しました。
(2) 不安の抗弁について
裁判所は、不安の抗弁の一般的な要件について、以下のとおり判示しました。
対価的な牽連関係にある双務契約上の債務と反対債務の履行期が異なる場合、相手方の財産状態が悪化するなど反対債務の実現の保証がなくなっている状況下において、先履行義務を負う一方当事者のみに履行を強いることが信義則に反するといえるような場合には、一方当事者が、相手方の履行と引換えか、あるいは相手方からの十分な担保提供があるまで履行を拒むことができると解される(不安の抗弁)。もっとも、本来、双務契約を締結した当事者においては、先履行義務を引き受けた以上、自らの履行をした後に反対債務の履行を得られない可能性を了解した上で契約関係に入ったのであるから、単に反対債務の履行が受けることが期待できない事情が生じたというだけでは足りず、契約の前提となる事情やその趣旨、従前の履行状況、当事者の態度、当事者の資力等に照らして著しく当事者間の公平を欠くといえる状況が生じることが必要というべきである。
判決が示した考慮要素と、本件において認定された事情の対応は、以下のとおりです。
| 考慮要素 | 本件における事情 |
|---|---|
| 契約の前提となる事情 | 本件契約は、被告の業務において不可欠な本件データを継続的に供給するものであったこと |
| 契約の趣旨 | 使用権料は、使用権及び個別複製の双方と対価関係にあるものといえること |
| 従前の履行状況 | 既払の使用権料の充当後残額(税込み)は提供拒絶時点において6988万円余りであり、拒絶された3030枚の複製使用料に充当した後でも5974万円余りの残額があったことから、複製使用料について十分な担保を有していたといえること |
| 当事者の態度 | 被告による使用権料残金の支払拒絶の意思は明確にされていたこと |
| 当事者の資力等 | 被告が年商約40億円を上げる会社であり、履行期における支払能力自体に特段の不安があったとは認められないこと |
裁判所は、これらの事情を踏まえ、原告において被告に対する本件データの提供義務を履行させることが、著しく当事者間の衡平を欠く状況にあり信義に反するとまでいえるものではないとして、原告は不安の抗弁を主張することができないと判断しました。
(3) 解除事由
裁判所は、原告による本件データ提供の拒絶は原告の責めに帰すべき債務不履行であり、本件契約第6条4項⑥に定める「本契約もしくは使用許諾地域等の個別契約上の重大な債務不履行」に該当するとして、被告による解除の意思表示を有効と認めました。
裁判所は、次のとおり判示しています。
本件契約は、本件データの使用許諾契約であり、原告が被告の複製申請に対して本件データの提供を行うことは、原告の本件契約における債務そのものであるから、これを拒絶することは、本件契約第6条4項⑥に定める「本契約もしくは使用許諾地域等の個別契約上の重大な債務不履行」に該当するといえ、被告は、直ちに本件契約を解除することができるから、被告が原告に対して行った解除の意思表示は、本件契約条項に基づくものとして有効である。
なお、被告が本件契約解除の意思表示において「履行不能」を理由としていた点については、解除の意思表示において解除原因を明示する必要はないとして、解除の効力に影響しないと判示されました。
争点③ 本件契約解除後の使用権料の精算について
裁判所は、本件契約解除の効果について、本件契約が継続的な契約の性質を有することなどを理由として、民法620条を準用し、将来に向かって効力が生じると解するのが相当であるとしました。
そのうえで、裁判所は、解除の効果は、単に遡及効か将来効かによって決するのではなく、本件契約における使用権料の対価的清算のあり方に基づいて定める必要があると判示しました。
裁判所は、使用権料の性質について、純粋な権利金(使用許諾を得るためだけの対価)でも純粋な個別使用料(個別の複製使用のみの対価)でもなく、「年間最低使用料」の実質を有するものと解しました。これを踏まえ、解除がなければ至ったはずの対価的状況を想定して清算を行うのが合理的であるとしつつ、未消化の発注見込み量を確たるものとすることは実際上困難であるとして、最終的には次の枠組みで清算しました。
| 清算の枠組み |
|---|
| 使用許諾期間1年間のうち、被告が使用許諾の利益を享受したと認められる期間に相当する範囲に対応する使用権料は、原告が収受できる |
| それ以後の期間に対応する使用権料は、原告は収受できない |
裁判所は、被告が使用権料残金の支払を拒絶した日(平成27年2月5日)の前日までを被告が使用許諾の利益を享受したと認められる期間とし、平成26年5月14日から平成27年2月4日までの267日について、使用権料1億6740万円(税込み)の日割計算により、被告の負担額を1億2245万4246円と認定しました。
その結果、被告は、原告に対し、未払使用権料として1445万4246円及びこれに対する支払期日の翌日からの年15%の割合による遅延損害金の支払義務を負い、他方で、被告から原告への原状回復請求は理由がないと判断されました。
コメント
本判決は、ライセンス契約の実務に関わる企業の担当者にとって、いくつかの参考となる判断を含んでいます。
1 使用権料の法的性質に関する判断
本判決は、契約書上「使用権料」と「複製使用料」が形式的に区別されていたとしても、契約全体の構造(使用権料を複製使用料に充当できるとする規定、単価設計、返還不可とする規定等)から実質を判断し、本件の使用権料を「年間最低使用料」と性質付けました。当事者の合理的意思や経済的実質に着目した判断であり、ライセンス契約の起案にあたっては、使用権料・複製使用料・ミニマム保証額等の関係を整理し、使用権料が何の対価であるのかを契約書上明確にしておくことが望ましいといえます。
2 不安の抗弁の成否に関する判断
本判決は、不安の抗弁の成立には、単に反対債務の履行を受けることが期待できない事情が生じたというだけでは足りず、契約の前提となる事情やその趣旨、従前の履行状況、当事者の態度、当事者の資力等に照らして「著しく当事者間の公平を欠くといえる状況が生じること」が必要であると判示しました。実務上、相手方が支払を拒絶した場合に直ちに自己の履行を停止すると、かえって自らが債務不履行責任を問われる場合があることに注意する必要があります。本判決は、既払金が複製使用料に充当できる状況にあり、当面の発注に対応する複製使用料が確保されている場合には、不安の抗弁が認められにくいことを示している点で、参考になります。
3 継続的契約の解除後の精算に関する判断
本判決は、民法620条を準用して解除を将来効と整理しつつも、解除の効果は単に遡及効か将来効かによって決するのではなく、「使用権料の対価的清算のあり方」に基づいて定める必要があるとし、本件では利益享受期間に応じた日割計算による清算を採用しました。
ライセンス契約においては、契約期間中に解除された場合の精算条項(既払額の取扱い、未払額の請求の可否、清算の基準等)を契約書に明記しておくことで、紛争時の予測可能性を高めることが可能となります。
おわりに
本判決が示した使用権料の性質、不安の抗弁の成否、契約解除後の精算という論点は、ライセンス契約に関わる実務において頻繁に問題となる事項です。契約書のレビュー、紛争発生時の対応方針の検討、催告・解除の手続の進め方等については、契約条項の解釈や事実関係の評価が必要となるため、早期に弁護士に相談することが有益です。
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