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遺言による配偶者(夫)の推定相続人廃除と求められる非行の程度(大阪高裁令和2年2月27日決定)

はじめに

ご家族の中には、長年連れ添った配偶者との関係が悪化し、「自分の財産をその配偶者に相続させたくない」とお考えになる方もいらっしゃいます。日本の民法には、被相続人(亡くなる方)の意思によって、虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行があった推定相続人から相続権を奪う「推定相続人の廃除」という制度(民法892条)があり、遺言によって行うこともできます(民法893条)。

参照条文:民法892条(推定相続人の廃除)、893条(遺言による推定相続人の廃除)

今回のコラムでは、妻が遺言で夫の推定相続人廃除を求めたものの、抗告審で申立てが却下された大阪高等裁判所令和2年2月27日決定を取り上げ、配偶者の推定相続人廃除が認められるための要件について、わかりやすく解説いたします。

本判決は、配偶者を推定相続人から廃除するためには、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」と同程度の非行が必要であるとの判断基準を示した点で、遺言による相続対策をお考えの方や、ご自身が廃除の対象とされた方にとって、参考となる裁判例です。

事案の概要

被相続人である妻Cは、平成某年2月15日付けの遺言公正証書において、夫である抗告人Aを推定相続人から廃除する意思を表示しました。Cは、平成31年に死亡し、遺言執行者であるBが、家庭裁判所に推定相続人廃除の審判を申し立てました。

遺言において妻Cは、夫Aから精神的、経済的な虐待を受けたと主張し、その具体的理由として、以下の6つの事由を挙げていました。

  • ・離婚請求
  • ・不当訴訟の提起
  • ・刑事告訴
  • ・取締役の不当解任
  • ・婚姻費用の不払い
  • ・被相続人の放置

本件の夫婦は、昭和50年(1975年)10月に婚姻し、約44年間にわたる婚姻関係にありました。両名は、自動車修理業を共同で営むようになり、昭和63年(1988年)にこれを法人化してD社を設立し、夫が代表取締役、妻が取締役にそれぞれ就任しました。妻は、D社の経理を担当し、家族の役員報酬や地代家賃等を管理して、家計や夫の両親の生活費にも充てていました。

また、妻Cは、平成27年12月に大腸がんとの診断を受けて、平成28年1月に手術を受け、その後、平成29年4月には肝臓への転移が判明して再入院するなど、平成31年に死亡するまで闘病を続けていました。妻Cが遺言で挙げた上記6つの事由は、いずれも、この約44年に及ぶ婚姻期間のうち、闘病期間と重なる5年余りの間に、上記の事業をめぐる紛争に関連して生じたものでした。

なお、妻Cが遺言で挙げた各事由に関連する訴訟・手続のうち、夫が原告・申立人等となったものは、原審の認定するところによれば、いずれも以下のとおり夫にとって不利な結論で終結しています。

夫が行った手続結末
離婚訴訟(提起、控訴、上告・上告受理申立て)1審・控訴審ともに婚姻関係の破綻が認められず、請求棄却。最高裁は、妻の死亡を理由に、離婚請求等に係る部分の終了を宣言し、上告を不受理
D社の臨時株主総会決議(妻ら取締役の解任)株主総会決議不存在確認請求の認容(一部は決議取消請求の認容)の判決が確定
D社を原告とする不当利得返還請求訴訟1審・控訴審ともに請求棄却の判決が確定
妻に対する刑事告訴(会社法違反の被疑事実)嫌疑不十分により不起訴処分

原審の家庭裁判所は、申立てを認容する審判をしました。原審は、夫婦の婚姻関係そのものが破綻していたとまでは認定できないとしつつ、上記のとおり夫が行った各訴訟・告訴等がいずれも根拠を欠いていたこと、闘病中の妻に対して、夫が繰り返し訴訟の提起や告訴に及び、対応の負担を強いていたことなどから、夫の一連の言動が、被相続人に対する虐待および重大な侮辱に当たると評価したものです。

しかし、夫Aが、これを不服として即時抗告を行い、本件決定(大阪高裁)は、原審判を取り消し、本件申立てを却下しました。

本件の争点

本件の争点は、以下のとおりです。

争点内容
争点①配偶者である推定相続人の廃除事由(民法892条)の判断基準
争点②妻Cが遺言で挙げた各事由が、廃除事由に該当するか

裁判所の判断

争点① 配偶者である推定相続人の廃除事由の判断基準について

裁判所は、推定相続人廃除の制度趣旨に立ち返り、配偶者を廃除するための「虐待」「重大な侮辱」「その他の著しい非行」の程度について、離婚原因と同程度のものでなければならないとの判断基準を示しました。

該当する判示部分は、以下のとおりです。

推定相続人の廃除は、被相続人の意思によって遺留分を有する推定相続人の相続権を剥奪する制度であるから、廃除事由である被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行は、被相続人との人的信頼関係を破壊し、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならず、夫婦関係にある推定相続人の場合には、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解するべきである。

争点② 遺言で挙げられた各事由が廃除事由に該当するかについて

裁判所は、争点①で示した判断基準を前提に、本件の事案について、以下の事情を考慮して、廃除事由には該当しないと判断しました。

観点考慮された事実
離婚原因の存否本件遺言時に係属中であった離婚訴訟において、被相続人自身が、婚姻を継続し難い重大な事由はないと主張して争っていたこと
離婚原因の存否その後の離婚訴訟の判決においても、婚姻を継続し難い重大な事由(離婚原因)が認められないと判断されたこと
非行の重大性被相続人の遺産は、抗告人とともに営んでいた事業(D社)を通じて形成されたものであること
非行の重大性遺言で挙げられた①ないし⑥の各事由は、上記事業をめぐる紛争に関連して生じたものであること
非行の重大性各事由は、約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの、5年余りの間に生じたものにすぎないこと
非行の重大性被相続人の遺産形成への抗告人の寄与を考慮する必要があること

該当する判示部分は、以下のとおりです。

被相続人は、本件遺言時に係属中であった離婚訴訟において、婚姻を継続し難い重大な事由はないし、これが存在するとしても有責配偶者からの離婚請求であるか、婚姻の継続を相当と認めるべき事情がある旨を主張して争ったうえ、本件遺言作成の後に言い渡された上記離婚訴訟の判決において、婚姻を継続し難い重大な事由(離婚原因)が認められないと判断された。しかも、被相続人の遺産は、Dの株式など抗告人とともに営んでいた事業(D)を通じて形成されたものである。被相続人の挙げる上記①ないし⑥の各事由は、被相続人と抗告人との夫婦関係の不和が高じたものであるが、上記事業を巡る紛争に関連して生じており、約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの5年余りの間に生じたものにすぎないのであり、被相続人の遺産形成への抗告人の寄与を考慮すれば、その遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものということはできず、廃除事由には該当しない。

裁判所は、以上の理由から、原審判を取り消し、本件申立てを却下しました。

コメント

(1)本判決の意義

本判決は、配偶者を推定相続人から廃除するための要件について、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」と同程度の非行が必要であるとの判断基準を示した点に意義があります。

(2)推定相続人廃除制度の前提と判断基準の一般的理解

前提として、推定相続人の廃除は、廃除事由が存在しさえすれば自動的に効果が生じるという制度ではありません。被相続人または遺言執行者からの請求を受けた家庭裁判所が、廃除を相当とする具体的な事情の有無を実質的に審査した上で、その可否が決まるという枠組みになっています(最高裁第一小法廷昭和55年7月10日決定・裁判集民事130号205頁、判タ425号77頁など)。そのため、遺言で廃除の意思が明示されていたとしても、それのみで当然に廃除の効果が発生するわけではなく、家庭裁判所が定立する具体的な判断基準のもとでの審理を経ることになります。

また、配偶者や養親子の関係にあった者を廃除する場合の判断基準については、離婚や離縁が認容される程度の非行があるといえるかを一応の目安とする見解が、学説上、一般的に支持されています(中川善之助=泉久雄編『新版注釈民法(26)』325頁など)。本判決は、この一般的な見解に沿って、夫婦間の廃除事由について、離婚原因と同程度の非行が必要であるとの基準を明示したものと位置づけられます。

(3)廃除事由の重大性と総合考慮

推定相続人の廃除は、推定相続人の遺留分を含む相続権を奪う制度です。本判決は、この影響の大きさを踏まえ、廃除事由は、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならないと述べています。配偶者間の不和や紛争があったというだけでは、廃除事由に該当しないことが明らかにされたといえます。

また、本判決は、廃除事由の有無を判断する際に、夫婦関係の不和が生じた経緯、紛争が生じた期間、遺産形成への寄与といった事情を、総合的に考慮しています。配偶者間の紛争が、事業をめぐる紛争に関連するものであり、長期間の婚姻期間のうちの一部の期間に生じたものにとどまる場合には、これを廃除事由とは評価しないとの判断を示したものといえます。

(4)本判決の判断手法と原審との対比

加えて、本判決の判断構造には、注目すべき特徴があります。本判決は、廃除事由の有無を、二つの軸を組み合わせて検討しているといえます。

第一の軸は、配偶者の場合に求められる「離婚原因と同程度の非行」が存在するか、という観点です。本判決は、別件で先行していた離婚訴訟における被相続人自身の応訴態度(婚姻を継続し難い重大な事由はない旨の主張)や、同訴訟の判決で離婚原因が否定された事実を取り上げ、この観点からの廃除事由は認められないと評価しています。

第二の軸は、仮に夫婦間の不和を裏付ける事情があったとしても、それが遺留分まで剥奪することを正当化できる重大性を備えているか、という観点です。本判決は、夫婦が約44年にわたって自動車修理業を共同で営んできた経過、被相続人の遺産がこの事業を通じて形成されたものであること、紛争の生じた期間が婚姻全体のうちの5年余りに限られることといった事情を踏まえて、夫の遺産形成への寄与に照らすと、遺留分の剥奪を正当化できる重大性までは認めがたいと結論づけています。

このように、本判決は、離婚原因の有無の検討と、遺留分剥奪を正当化する重大性の検討とを重ねて行うアプローチを採用しており、単一の事情のみで廃除の可否が決まるのではなく、複数の観点からの総合的な判断が要請されることを示したものといえます。

このような判断手法は、原審の判断アプローチと対比すると、その特徴がより明確になります。両審のアプローチを整理すると、以下のとおりです。

観点原審(奈良家裁葛城支部)抗告審(大阪高裁・本判決)
主たる着眼点夫の各行為が客観的に根拠を欠くものであったこと、闘病中の妻に与えた肉体的・精神的な苦痛の大きさ約44年に及ぶ婚姻期間と紛争期間(5年余り)の対比、事業形成への夫の寄与、紛争が事業をめぐるものであった経緯
判断枠組み個別の行為の悪質性および妻への影響を総合し、虐待や重大な侮辱に当たると評価廃除事由を「離婚原因と同程度の非行」と捉え、遺留分の剥奪を正当化できる程度の重大性があるかを判定

この対比からは、配偶者の廃除事由の判断に当たって、個別の行為の悪質性のみならず、婚姻関係の全体像や遺産形成の経過まで踏み込んで検討する必要があることが、実務上の含意として読み取れます。

(5)実務上の留意点

このような判断枠組みを踏まえると、遺言によって配偶者の推定相続人廃除を検討する場面では、その配偶者の行為が離婚原因と同程度の非行といえるかを慎重に検討する必要があります。あわせて、廃除事由となる事実を遺言で具体的に特定し、これを裏付ける客観的な資料を準備しておくことが望まれます。

他方、ご自身が推定相続人として廃除の申立てを受けた場合には、これまでの夫婦関係の経緯、紛争の原因、遺産形成への寄与など、廃除事由の重大性を否定する事情を整理し、適切に主張立証していくことが求められます。本件のように、原審と抗告審で結論が分かれることもあり、各審級において、丁寧な事実の主張と立証を行うことが重要となります。

おわりに

推定相続人の廃除は、相続人の地位を失わせるという重大な効果をもたらす制度であり、遺言によってこれを行うか否かの判断、また、廃除の申立てを受けた場合の対応には、専門的な検討が必要となります。本判決のように、原審と抗告審で判断が分かれる事案もあり、実務上の見通しを誤らないためにも、早期に弁護士にご相談いただくことが有益です。

当事務所では、遺言の作成・執行、推定相続人廃除の申立てやこれに対する対応、遺留分に関するご相談など、相続にまつわる幅広いご相談・ご依頼をお受けしております。本コラムをお読みになり、ご自身のケースについて気になる点やご不安がおありの方は、本ウェブサイト右上の問い合わせフォームより、お気軽にお問い合わせください。


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