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不正競争防止法改正と実務上の注意点

不正競争防止法,改正

不正競争防止法の改正

不正競争防止法の一部を改正する法律案」(平成27年法律第54号,以下「改正法」といいます。)が、平成27年7月3日に成立し、同月10日に公布されました。

 今回の改正は、新日本製鐵(現新日鐵住金)の高性能鋼板の製法に係る技術情報が韓国ポスコに不正取得・使用されたとされる事件や東芝のフラッシュメモリに係る技術情報が韓国のSKハイニックスに不正取得・使用されたとされる事件、さらにはベネッセコーポレーションの顧客情報の流出事件など、近時、日本企業の営業秘密が国内外に流出する事案が相次いで顕在化したことを踏まえ、刑事・民事の両面から不正競争防止法改正することにより、営業秘密の不正取得・使用行為に対して、法制面における抑止力の向上・強化を目的として行われたものです。

   それではどのような内容に改正されたのでしょうか?

 本コラムでは、改正法の概要を確認したうえで、主に企業の法務・知財担当者の方に向けて、今回の不正競争防止法改正を踏まえ実務上の注意点について解説をいたします。


不正競争防止法改正の内容

 今回の不正競争防止法改正は、刑事・民事の両面にわたり、刑事面では、罰金刑の引上げ、営業秘密の転得者に対する処罰規定の新設、営業秘密侵害品の譲渡・輸出入等の流通規制の新設、営業秘密侵害罪の非親告罪化、国外犯の処罰範囲の拡大、未遂罪の導入、任意的没収規定の新設等が、民事面では、営業秘密の使用に関する推定規定の導入と除斥期間の見直し等が行われました。

    以下、改正法の内容を改正前と改正後に整理しながら確認していきます。 

(1)罰金刑の引上げ

 改正前の不正競争防止法においては、個人に対する営業秘密侵害罪の罰金刑の上限は1000万円、法人等事業主に対する罰金刑の上限は3億円とされていました。

 改正法においては、個人に対する罰金刑の上限が2000万円(なお、後述する海外重課は3000万円)、法人等事業主に対する罰金刑の上限は5億円(海外重課は10億円)に引き上げられています(改正法21条1項、22条1項1号、同項2号)。

 これは、特許などとは異なり、営業秘密はいったん漏洩してしまうと価値を喪失する危険性が高く、被害の回復も事実上困難であり、侵害行為に対する抑止力を確保・強化する必要があること、近年発生した営業秘密の不正取得事案においては、不正取得者が数億円の対価を受け取り、また、被害企業が1000億円規模の損害の賠償を請求している実情を踏まえ、刑事罰の強化による抑止力の向上のためには、罰金刑の上限を引き上げる必要があると考えられたためです。

【営業秘密侵害罪の罰金刑の上限】

 

旧法

改正法

個人

1000万円

2000万円

(海外重課は3000万円)

法人等事業主

3億円

5億円

(海外重課は10億円)

 なお、改正法においては、営業秘密が国外へ流出した場合、わが国の産業競争力や雇用に多大な悪影響を及ぼすこと、司法による救済も事実上困難であること、諸外国では海外重課を導入している立法例も多く存在すること等を理由として、海外企業による国内企業の営業秘密を不正取得・使用する行為に対する抑止力を引き上げるため、罰金刑の上限について海外重罰化が行われています(改正法21条3項、22条1項1号)。 

(2)営業秘密の転得者に対する処罰規定の新設

 改正前の不正競争防止法においては、営業秘密の不正取得者(一次取得者)及び当該一次取得者から直接に当該営業秘密を不正に取得した二次取得者による使用・開示行為のみが処罰の対象とされていました。

 その結果、二次取得者(たとえば、営業秘密を盗み出した一次取得者から当該営業秘密を買い受けた情報ブローカーなど)から、さらにそれを買い受けたもの(三次取得者)等については、仮に事情を把握したうえで営業秘密を取得していたとしても、刑法上、一次取得者あるいは二次取得者の共犯と評価されない限り、処罰の対象から除外されていました。

 しかしながら、ベネッセの事件のように、営業秘密に該当すると考えられる顧客名簿が転々流通する事案が現実に発生しており、改正前の不正競争防止法のように処罰範囲を限定していては、営業秘密の保護として不十分であることから、改正法においては、不正に開示された営業秘密であることを知って、当該営業秘密を取得した転得者(三次以降の取得者)についても不正開示・不正使用行為を処罰範囲に含めるとともに、両罰規定の対象とされています(改正法21条1項8号、22条1項2号)。 

(3)営業秘密侵害品の譲渡・輸出入等の流通規制の新設

 改正前の不正競争防止法においては、不正に取得した営業秘密を使用して製造された物品を譲渡・輸出入等する行為については、不正競争防止法上の不正競争行為には該当しないとされていました。

 しかしながら、不正競争防止法上の営業秘密には、顧客名簿等の営業上の情報のみならず設計図等の技術上の情報も含まれる以上(2条6項参照)、営業秘密侵害行為に対する抑止力を強化・向上するためには、営業秘密の不正使用・開示行為に加え営業秘密を使用して生産された製品の販売等をも禁止・処罰する必要があると指摘されていました。

 そこで、改正法においては、技術上の秘密を使用する行為により生じた物(「営業秘密侵害品」)の流通規制が導入されています。すなわち、民事規制として、営業秘密侵害品の譲渡、引渡し、譲渡もしくは引渡しのための展示、輸出、輸入および電気通信回路を通じた提供(以下、「譲渡等」といいます)が新たに不正競争行為として追加され、営業秘密侵害品であることについて悪意または重過失のある者に対し、その譲渡等の差止めや損害賠償の請求を行うことが認められるとともに(改正法2条1項10号)、刑事規制として、故意犯としてこれらの行為に対する処罰規定および両罰規定が導入されました(改正法22条1項2号)。 

(4)営業秘密侵害罪の非親告罪化

 改正前の不正競争防止法においては、営業秘密侵害罪は親告罪として規定されていました。これは、非親告罪とした場合、刑事手続の過程で営業秘密が意図せず漏洩し、被害企業が二次的被害を受ける可能性があることを考慮したためです。

 しかしながら、平成23年の不正競争防止法の改正により、営業秘密侵害罪に係る刑事裁判において営業秘密を保護するための刑事訴訟手続の秘匿決定(法23条)や公判期日外の証人尋問(法26条)等、上記弊害を踏まえた手続が整備されたことに加え、近時、個人情報や複数の企業による共同開発の場合など、営業秘密の保有者と営業秘密侵害行為による被害者とが必ずしも一致しないケースも見られ、営業秘密侵害罪に係る刑事処罰の可否を一企業の判断のみに委ねることが必ずしも適当とはいえない状況が生じていると指摘されていました。

 そこで、改正法においては、営業秘密侵害罪が非親告罪とされています(改正法21条5項)。

(5)国外犯の処罰範囲の拡大

 改正前の不正競争防止法においては、国外犯については、「日本国内において管理されていた営業秘密」の国外における使用・開示行為のみ処罰の対象とされており(法21条4項)、国外における取得・領得行為は、国外処罰規定の対象外であるとともに、国内犯としても処罰の対象となるかは不明確な状況にありました。

 しかしながら、我が国の企業がグローバルな事業展開を加速させ、また、国外にサーバーが設置されていることが多いとされるクラウドサービスが急速に普及している現状に鑑みれば、わが国の営業秘密が海外で保管される事例は急速に増加しており、改正前の不正競争防止法では必ずしも十分に営業秘密を保護することができない旨が指摘されていました。

 そこで、改正法においては、国外犯の対象となる営業秘密を改正前の「日本国内において管理されていた営業秘密」から「日本国内において事業を行う保有者」の保有するものに変更するとともに、国外における使用・開示行為に加え、国内の事業者が保有する営業秘密の取得行為についても、国外犯処罰の対象とされました(改正法21条6項)。

(6)未遂罪の導入

 改正前の不正競争防止法においては、営業秘密侵害罪の未遂行為は処罰の対象とされていませんでした。

 しかしながら、近時、基幹技術をはじめとする営業秘密の重大性がますます増加する中で、サイバー攻撃など情報を不正取得するための技術・手口は著しく高度化・巧妙化しており、いったん営業秘密が不正取得された場合、インターネット等において即座に拡散する可能性も十分に想定されることから、未遂行為の時点で既に法益侵害の危険性は現実化している旨の指摘がなされていました。

 そこで、改正法においては、不正競争防止法21条1項3号を除く営業秘密侵害罪について、未遂罪も処罰の対象に含められました(改正法21条4項)。

 なお、不正競争防止法21条1項3号は、営業秘密を正当に示された従業員等が、事後にその営業秘密を不正に領得する行為を処罰の対象としているところ、領得行為については、その他の不正取得、使用、開示といった営業秘密侵害行為に比べ、未遂と評価できる範囲が狭いこと、さらには従業員等に与える萎縮効果等を考慮し、未遂罪の対象から除外されています。

(7)任意的没収規定の新設

 改正前の不正競争防止法においては、営業秘密侵害行為により得た不正収益について没収する規定は定められていませんでした。

 しかしながら、近時の営業秘密の損害額等が高額化している現状に鑑みれば、不正競争防止法に基づく罰金のみでは、経済的抑止力という観点からは必ずしも十分とはいえず、営業秘密を侵害した者に対し「やり得」を許さないためにも、営業秘密侵害行為によって得た犯罪収益を個人及びその所属する法人の双方から没収することを可能とする規定を定める必要がある旨が指摘されていました。

 そこで、改正法においては、犯罪行為により生じ、もしくは当該犯罪行為により得た財産、および当該犯罪行為の報酬として得た財産、ならびにそれらの財産の対価として得た財産等について没収の対象とし(改正法21条10項)、これらの財産を没収することができないとき、または没収することが相当でないと認められるときは、その価格を犯人から追徴することができるとされました(同条12項。なお、その他犯罪収益等が混和した財産の没収等(改正法21条11項等)や第三者の財産の没収手続等(改正法32条)、没収された財産の処分等(改正法33条等)、刑事補償の特例(改正法34条、刑事補償法4条6項)、没収・追徴保全命令(改正法35条、36条)、没収および追徴の裁判の執行および保全についての国際共助手続等(改正法37条から40条)も整備されています)。

(8)推定規定の導入

 営業秘密の使用を理由に営業秘密侵害訴訟を提起する場合、原告の側で請求原因事実として侵害の事実を主張立証する必要があります。

 しかしながら、営業秘密の使用行為は、多くの場合、被告企業の内部領域で行われ、証拠が偏在しています。改正前の不正競争防止法においては、民事責任を追及する際の推定規定等は定められていなかったため、従前より、原告において被告企業が不正取得した営業秘密を使用して物を生産したことを立証することは、事実上困難であると指摘されていました。

 そこで、改正法においては、原告の上記立証困難性を緩和する観点から、対象とする営業秘密の範囲、被告の主観、対象行為について限定をしたうえで、営業秘密の不正使用行為に関する推定規定が導入されました(改正法5条の2)

(9)除斥期間の見直し

 改正前の不正競争防止法においては、営業秘密をめぐる法律関係の早期安定化を図る観点から、営業秘密の不正使用に対する差止請求権について、消滅時効は3年、除斥期間10年とする民法の特則が規定されており、損害賠償請求の対象となる期間も差止請求ができる期間内に限定されていました(改正前不正競争防止法4条、15条)。

 しかしながら、近時、侵害行為の時点から長期間経過した後に侵害の事実が発覚した事例などが確認されており、そのような場合についても被害者救済を図る必要がある旨が指摘されていました。

 そこで、改正法においては、除斥期間について20年と伸長されています。

 なお、改正法は、交付日である平成27年7月10日から6カ月以内に政令で定める日に施行される予定であるところ(改正法附則1条本文)、除斥期間の延長に係る改正のみ、被害者の保護を優先する観点から、公布の日から施行することとされ、その時点で10年の除斥期間が経過していない場合には改正法が適用されています(同条ただし書)。


不正競争防止法改正を踏まえた実務上の注意点

 今回の不正競争防止法改正により、罰金刑の引上げが十分なものであったかは見解が分かれているものの、営業秘密の侵害行為に対する法制面の抑止力は一定程度強化されたと評価することができます。

 その一方で、企業としては、以下の点に注意する必要があります。

(1)営業秘密管理指針を踏まえた営業秘密の管理の必要性

 今回の不正競争防止法改正により、法制面の整備は進んだものの、そもそも各企業における営業秘密の管理が不十分であった場合には、不正競争防止法による保護を受けることができません

 不正競争防止法上、営業秘密として保護を受けるためには、「非公知性」「有用性」「秘密管理性」の3要件を具備する必要があるところ(不正競争防止法2条6項)、「秘密管理性」の要件をめぐっては、様々な態様の秘密管理措置が想定される中で、いかなる措置をどの程度まで行う必要があるのか必ずしも明らかでなく、過去の裁判例で示された管理の水準も時期により変遷が生じていたことから、経済界からは、秘密管理性が認定されるために最低限なすべき事項を明確にして欲しいとの声が高まっていました。

 経済産業省は、今回の不正競争防止法改正に先立ち、今年の1月に「営業秘密管理指針」を全面的に改訂し、公表いたしました。

 新しい営業秘密管理指針は、不正競争防止法において法的保護を受けるために必要となる最低限の水準の対策を示す方針のもとに改定されたものであり、それ自体に法的拘束力はないものの、企業としては、新しい営業秘密管理指針で示された内容を十分に踏まえ、自社の営業秘密の管理体制等を見直し、営業秘密を適切に管理する必要があります。

(なお、新しい営業秘密管理指針の内容については、別途、本サイトにおいてコラムを掲載することを予定しております)。

(2)情報のコンタミネーションを理由とする紛争トラブルへの注意

 また、今回の不正競争防止法改正により、前述のとおり、営業秘密の不正使用に関する推定規定(改正法5条の2)が導入されたことを踏まえ、企業としては、いわゆる情報のコンタミネーション(混入)を理由に、いわれのない営業秘密侵害訴訟等の紛争トラブルに巻き込まれるリスクについても十分に注意する必要があります。

 情報のコンタミネーション(混入)が生じる契機としては、転職者の雇入れや他社から売り込み等のプレゼンを受けた場合などが想定され、このような状況に際しては、事後、営業秘密の不正利用を理由としたいわれのない紛争トラブルに巻き込まれないように、細心の注意を払う(営業秘密の開示等を受けていないことを証拠化しておく)必要があります。

 転職者の雇入れに際し、情報のコンタミネーションを理由として、紛争トラブルに巻き込まれないようにするための実務上の留意点については、持田大輔「転職者の雇用に関する実務上の留意点~不正競争防止法の改正を念頭に~」『国際商事法務』(2015年Vol.43No.10)をご参照ください。

 当事務所では、改正法の内容に関する一般的なご質問から顧客名簿等の営業秘密の持ち出し、営業秘密管理規程の作成・営業秘密の管理体制の構築に関する相談まで、不正競争防止法に関係するご相談を広くお受けしております。

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