博物館法の2022年(令和4年)改正で、博物館の事業に、資料のデジタルアーカイブ化が追加されました。2023年4月から施行されます(詳しくはこちらの記事も参照)。
デジタルアーカイブ事業を進めるにあたっては、資料のデジタル化やインターネット公開のための「権利処理」も重要です。
そこで本コラムでは、博物館や美術館(注1)がデジタルアーカイブに取り組む際の権利処理のポイントを、筆者(数藤)の実務経験をふまえて(注2)ざっくり解説します。
ひとつの資料にさまざまな権利が関わる
まず、権利処理のポイントとして、ひとつの資料にさまざまな権利が関わる場合があります。
たとえば、文章や絵画などの著作物には、著作権が関わります。
人の顔が写った写真や映像には、肖像権が関わります。
フィルムなどの物体を譲り受ける際には、フィルムという物体の所有権も関わります。
そして、これらの権利は、それぞれ別のものです。
ひとつの資料に複数の権利が関わる場合、そのうち1つだけ権利処理すれば足りるわけではありません。
たとえば、著作権の処理を済ませても、それとは別に、肖像権の処理も必要になる場合があります。
このことを念頭に置いたうえで、以下では、権利ごとの特徴を順にみていきます。
著作権の権利処理
デジタルアーカイブに関わる主な権利として、まずは著作権があります。
著作権のある資料をデジタル化(複製)して、インターネット配信(公衆送信)するには、原則として、権利者から許諾を得る必要があります。
博物館のような公的機関だからといって、あるいは公益につながる資料だからといって、直ちに権利処理が不要になるわけではありません。
そのため、原則としては、権利者から許諾を得る方向で検討してください。
博物館資料の特殊性
ただし、博物館の特徴として、資料の権利者から「この資料の取扱いは博物館の判断にお任せします。公益に役立つ用途に使ってください」などと言われて、資料を寄贈される場合もあるでしょう。
このような場合には、資料を受けた経緯などをみて、デジタルでの公開も許容されていたと解釈できるのか、そして実際問題としてもネット公開してトラブルにならないのかを、ケースバイケースで判断していくことになります。
許諾が不要な場合もある
なお例外として、許諾なく公開できる場合もあります。
たとえば、古い資料の場合は、保護期間が切れて権利が消滅している場合もあります。これを一般にパブリックドメインといいます。たとえば、ある個人が描いたスケッチ画で、その方が1967年末までに亡くなっている場合は、著作権が消滅していると考えられます。ただし保護期間のルールには例外も多く、とても複雑です。調査の際には、私が保護期間についてまとめた論考「保護期間満了(パブリックドメイン)の判断基準」などもご参照ください。
(なお、たとえば陶器などの立体物の資料の場合、資料それ自体はパブリックドメインになっていたとしても、それを撮影した写真には、撮影者の著作権が別途生じる場合があります。あわせてご注意ください)
また、美術品や写真の展示を予定している場合で、その美術品がその館に所在することを示すために必要な範囲であれば、許諾がなくても一定のサイズの画像(いわゆるサムネイル画像)をネットで公開できます。サイズについては、日本博物館協会などが連名で出した業界ガイドラインによると、32,400画素以下とされています。このサイズでよいのかは議論の余地がありますが、実務上はこの基準に従う博物館・美術館も見られます。
また、いわゆる「所在検索サービス」をつくる場合(著作権法47条の5)も許諾なく公開できますが、これは資料をそのままの形でデジタル公開する場合とはやや異なりますので、ここでは省略します。
裁定制度と今後の法改正
権利処理をしようとしたけれど、権利者と連絡がとれないような場合には、文化庁の裁定制度を使うことも(一応は)考えられます。
これは、権利者を捜索したことなどの一定の条件を満たした場合に、いわば文化庁が権利者のかわりに著作物の利用を認める制度です。
ただし、通常は権利者探しなどにそれなりのリソースを割くことになりますので、あまり積極的には使われていないのが現状です。
なお、このコラムの執筆時点(2022年10月)では、令和5年の著作権法改正(予定)として、いわゆる「簡素で一元的な権利処理の制度」が検討されています。
これはデジタルアーカイブの権利処理にも関わりますので、今後の動きにも注意が必要です(私が第一報の形でまとめたコラムもご参照ください)。
肖像権の権利処理
著作権のほかに、現場でよく問題になるのが肖像権です。
肖像権とは、簡単にいいますと、みだりに人の顔や姿を撮影されたり、公開されないようにする権利です。
博物館がネット公開する写真や映像に、人の顔や姿が写っている場合には、肖像権も検討する必要があります。
肖像権の侵害になるかどうかは、最高裁の判例によると、どんな人が写っているか、何をしている様子なのか、などのさまざまな事情を総合考慮して判断することになります(最判平成17年11月10日)。
例えば、昔のお祭りを記録した写真で、大勢の人が小さく映っているにすぎない場合には、肖像権侵害になる可能性は低いでしょう。
ただ、デジタルアーカイブの現場で、このような判断を精緻におこなうのは難しい場合もあります。
お悩みの際には、デジタルアーカイブ学会が公表した「肖像権ガイドライン」もご参照ください(私も策定メンバーです)。
プライバシー/個人情報の問題
また、たとえば研究ノートのような資料には、個人の住所や氏名が書かれている場合もあります。
このような資料のネット公開にあたっては、プライバシー侵害についても検討することになります(よく誤解のある点として、プライバシーと個人情報は法的には一応別のものですが、ここでは細かい説明は省きます)。
プライバシーについては様々な考え方がありますが、博物館資料について検討すべきポイントとしては、その氏名や住所をインターネットで公開する必要がどこまであるのか(研究で必要な人に閲覧させれば足りるのではないか)、ネット公開することで本人や家族に驚き(不意打ち)を与えないか、などの点が挙げられます。
資料を紙で展示するのと、インターネットで公開するのとでは本人に与える影響も違ってきますので、資料の内容に応じてマスキング(黒塗り)をすることも考えられるところです。この点については、短いながら私が検討した論考(『文化財と著作権』16ページ)もご参照ください。
所有権に関するよくある誤解
さらに、所有権についてもよく聞かれるところです。
現場ではしばしば誤解がありますが、所有権と著作権はまったくの別ものです(この点に関する約40年前の最高裁判例として、いわゆる「顔真卿自書建中告身帖事件」があり、博物館の現場でもこの判例はよく耳にします)。
所有権は、資料という物体そのものに生じる権利です。たとえば紙資料なら紙そのもの、映像フィルムならフィルムという物体に生じます。
博物館や美術館では、資料を譲渡・寄託される際に、所有権は通常きちんと処理されているかと思いますが、ときおり所有権と著作権などを混同されている場合がありますので、ご注意ください。
その他の「権利(?)」の問題
ほかにも、たとえば寺社仏閣などに関する資料には、法的な権利が生じるかはともかく、事実上(いわば「お付き合い」や「今後の関係性」をふまえて)博物館が一定の配慮をするケースも見られます。
ただし、そのような関係性をどこまで重視すべきかは議論のあるところですし、やや細かいのでここでは省略します。
公開にあたっての権利表記
デジタル化した資料をインターネットで公開する際には、利用者がその資料をどのように使えるのか、ウェブサイト上に表記することも重要です。いわゆる権利表記の問題です。
実務上は、クリエイティブ・コモンズ・マークがよく使われているほか、EUにはライツ・ステイトメンツと呼ばれるマークもあります(詳しくは私がカレントアウェアネスに書いた論考をご参照)。
デジタルアーカイブにおいてどのような権利表記が望ましいかは、デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会の資料(4頁)にまとまっていますので、そちらをご参照ください。
終わりに
本コラムはあくまで概説にすぎませんが、これからデジタルアーカイブ事業に取り組む博物館・美術館においては、以上のポイントを参考にしていただければ幸いです。
【2022/10/24追記】
なお博物館や美術館の現場においては、以上で書いた「法律」の話のほかに、資料の提供者との「契約(合意)」の話や、資料の提供者との「人間関係」の話もよく問題になります(最後のものは、上記の「お付き合い」や「今後の関係性」の話ですね)。
現場では、この3つの話が混同していることもよくあります。そのため、まずはこの3つの話を切り分けて整理することが重要です。
先日のコラムでも触れましたように、このたび博物館法が改正され、資料のデジタルアーカイブ化について新設された理由は、デジタルアーカイブの公開が、「資料に係る情報の保存とその公開による国民への成果の還元、創造的活動への活用の促進など様々な面から意義深(い)」からです(引用部分の太字は本コラム筆者)。
このような改正趣旨をふまえますと、博物館や美術館としては、資料の提供者サイドへの配慮だけでなく、資料の利活用の可能性をも十分に意識して、デジタルアーカイブでの公開に取り組むことが望ましいと思われます。
(注1)博物館法の定める「博物館」には、いわゆる美術館も含まれます(同法2条1項参照)。
(注2)筆者(数藤)は、これまで博物館や美術館でさまざまなデジタルアーカイブの契約・権利処理に取り組んできたほか、2022年10月に文化庁「博物館DXに関する検討会議」の有識者委員に就任しました。