先日、あるネットニュースが話題になりました。
「貴重な郷土資料が「封印」も VHS、各地の図書館で閲覧終了...ダビングも壁高く」
(J-CASTニュース2019年9月21日付)
大阪市立図書館で、ビデオテープの規格「VHS」で記録された貴重な郷土資料などについて、DVDなどへの媒体変換の見通しが立っていないというニュースです。
私も大阪出身で、大阪市立図書館にはよく通ってましたので、地元の図書館に関するニュースはとても気になります。
ただ、それ以上に気になるのは、このニュースで「文化庁の著作権課の担当者」が示した著作権法の解釈です。
少し長くなりますが、上記のニュースから必要な部分を引用しましょう(下線は筆者)。
インターネット上では、DVDやBDなどのデジタル媒体にVHSの映像を複製して来館者が視聴できるようにすればよいのではないかという指摘もあがった。著作物の複製は著作権法上の制限を受けるが、同法31条では「図書館等における複製等」を定め、図書館の資料などについては一定の条件下で複製ができるとしている。今回のようなケースではどうなのか。 文化庁著作権課の担当者は取材に「31条で例外的に認められる図書館での複製には要件があります。利用者が調査研究をしたい場合に著作物の一部をコピーして1人に1部提供する場合(1項1号)、図書館資料の保存のために必要がある場合(同2号)、他の図書館の求めに応じて絶版資料など一般的に入手が困難な資料のコピーを提供する場合(同3号)のいずれかについては複製が認められます」と話す。 ただそのうえで、VHSの視聴・貸出終了に伴ってDVDなどへコピーすることについては、 「該当する可能性があるとすれば2号の範囲だと思いますが、『図書館資料の保存のため必要がある場合』としては、収蔵スペースが足りない関係でデータ保存するとか、損傷の予防のために完全なコピーを取っておくといったケースが適用されます。今回のようなケースについて、2号が必ずしもそのまま適用できるかは一概に言えません。著作権者の方に許諾を取っていただくのが確実かと思います」 としている。 |
しかし、この文化庁担当者の回答は、これまで文化庁が公表してきた解釈と異なっているように見えて、疑問があります。
ニュースが出た直後から、図書館関係者やアーカイブ関係者から次々と指摘が入っていましたので(例えばToshiyasu Oba氏のツイート、南亮一氏のツイート、それを受けての生貝直人氏のツイートなど)、それ以上のコメントは不要かと思っておりました。
ただ、この1週間のあいだに、デジタルアーカイブ関係者から立て続けに、このニュースへの疑問の声を頂きました。
やはりみなさん、このニュースのことが頭に引っかかっていたようです。
そこで以下、メモ代わりに書いておきます。
著作権法31条1項2号に定める、「図書館資料の保存のため必要がある場合」とはどのようなケースを指すのでしょうか?
たしかに、著作権法の立法担当者である加戸守行氏の2013年の著書では、「保存のため必要がある場合」の例として、
・収蔵スペースとの関係で縮小複製して保存する場合や、
・貴重な稀覯本の損失・紛失を予防するために完全なコピーをとる場合、
・所蔵する資料の汚損ページを補完するために複製する場合
が挙げられていました(『著作権法逐条講義〔6訂新版〕』258p)。
上記のニュースにおける文化庁担当者のコメントも、これに基づいたものと思われます。
しかし、文化庁はその後、「保存のため必要がある場合」に関して解釈を広げたように読めます。
すなわち、2015年に公表された文化審議会の資料では、次のような解釈が示されました(下線は筆者)。
小委員会では、美術の著作物の原本のような代替性のない貴重な所蔵資料や絶版等の理由により一般に入手することが困難な貴重な所蔵資料について、損傷等が始まる前の良好な状態で後世に当該資料の記録を継承するために複製することは、法第31条第1項第2号により認められると解することが妥当であるとの結論を得た。 そのほか、小委員会では、記録技術・媒体の旧式化により事実上閲覧が不可能となる場合、新しい媒体への移替えのために複製を行うことが同号の規定により認められるかどうかという論点が示されたが、このような複製が同号により許容されることについては、異論は見られなかった。 文化庁文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会「平成26年度法制・基本問題小委員会の審議の経過等について」10pより |
そして、以後もこの解釈が維持されているようです。
(例えば2017年4月に公表された、文化審議会著作権分科会「文化審議会著作権分科会報告書」122p)
この解釈を前提にしますと、例えば、
・一般に入手することが困難な貴重な郷土資料のVHSについて、損傷等が始まる前にDVDやハードディスクにデジタル複製することや、
・VHS関連の記録技術・媒体が旧式化して事実上閲覧が不可能となる場合に、DVDなどの新規媒体への移替えのために複製すること
などは、「保存のため必要がある場合」に該当し得るため、著作権者の許諾がなくとも、適法にできるものと考えられます。
上記ニュースの、文化庁担当者のコメントがどのような趣旨なのかはわかりませんが、質問がうまく伝わらなかったのかもしれませんし、官庁は短いスパンでの異動も多いと聞きますので、ひょっとすると引き継ぎの問題なのかもしれません(あくまで想像です)。
いずれにしても、大阪市立図書館をはじめ、全国の図書館等では、上記の文化庁の公表資料もご覧いただければと思います。
ちなみに余談ですが、著作権法31条は、「図書館等」という文言を使っているため、複製を認められているのは図書館だけという誤解もみられます。
しかし、ここでいう「図書館等」は、たとえば独立行政法人である美術館や博物館などの機関や研究所などで、かつ司書または司書に相当する一定の職員を置いている施設なども含まれます。
どのような文化機関が含まれるかについては、私も関わりました「映画の孤児著作物のデジタル利用に関する法制度報告書」(2017年公表)でまとめたことがありますので、ご参考まで(7p~9pです)。
以上は走り書きのメモにすぎませんが、文化機関のみなさまにおかれましては、貴重な資料を少しでも後世に残す視点でご対応いただければ幸いです。