書店で面白そうな本を見つけて買ってきました。
『時代と作品で読み解く 映画ポスターの歴史』(玄光社)という本です。
著者は、映画ジャーナリストのイアン・ヘイドン・スミス氏(翻訳はプレシ南日子氏)。
監修は、国立映画アーカイブ主任研究員の岡田秀則氏が担当されています。
岡田氏の『映画という《物体X》』は、以前にコラムで紹介したこともありますので、岡田氏の監修なら間違いないと思って買いました。
タイトルからも一目瞭然ですが、表紙に書かれた、「映画の発明から2010年代まで 世界の映画ポスターを芸術的、商業的な観点から探る」との言葉がこの本のコンセプトを示しています。
イントロダクションのページでは、「映画ポスターの目的はより多くの観客を動員することだ。では、どうやって人々を惹きつけるのか? それが本書のテーマである」(8p)と宣言。
たしかに、映画ポスターだけを1冊にまとめた本は意外になかったかもしれません。
(ジャンル・ムービーの本の中の1特集の形ならよくあるのですが)。
ためしに自分の本棚を探してみましたが、映画ポスターという切り口から取り上げたものは、
『PEN 2004年10月15日号 特集:映画のデザイン』
『戦後ドイツの映画ポスター展カタログ』
くらいでした。
話を戻して本書では、フルカラーで300p近くにわたり、美麗なポスターがズラリと並んでいます。
タイトルページをめくると、いきなりタランティーノの『パルプ・フィクション』。
続いて、トッド・ブラウニングの『フリークス』、エイゼンシュタインの『十月』、ジャック・ターナーの『私はゾンビと歩いた』、ブレッソンの『スリ』、クローネンバーグの『裸のランチ』とインパクトのあるデザインが畳みかけます。
さらにめくると、『ベイビー・ドライバー』と『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書(原題:The Post)』が横並びになったページが。
『ペンタゴン~』の海外版ポスターは、公開時にも話題になりましたね。
なんだかモニカ・ヴィッティの出てくるアントニオーニの映画を連想しそうなデザインで、しかし監督を見たらスピルバーグで驚いた記憶があります(映画も傑作でした)。
ポスターを解説する切り口も、面白いものが並んでいます。
例えば、「パニック映画(DISASTER FILMS)」の項目(208p)では、『ポセイドン・アドベンチャー』のプロデューサーであるアーウィン・アレン氏が手がけた作品や、そのライバル作品のポスターが並んでいますが、どれもおどろおどろしい大災害のイラストを中心に据えつつ、まわりにオールスターキャストの顔写真がズラリと並んでいます。
これは興行の視点からみると面白くて、要はヒット作と似た映画をつくり、そのことがポスターにも表れているのですね。
そういえば、数年前に映画評論家の柳下毅一郎氏がウェブの連載で指摘されていた、日本映画のチラシのデザインが、どれも青空をバックに若い男女が背を向け合っている構図になっている問題を思い出しました。
また、興行の切り口の他に、ポスターの作家に注目したアプローチもあります。
あの有名なソール・バスには4ページを割き(120p)、50年代のSF映画やモンスター映画で知られるレイノルド・ブラウン(126p)も忘れません。
ブニュエルの映画で起用されたルネ・フェラッチ(202p)の、キュートで奇抜なテイストもいいですね。
中でも個人的に新鮮だったのは、スティーヴン・フランクファート(146p)です。
あの『ローズマリーの赤ちゃん』のエッジの効いたデザイン。
そして、『エイリアン』の有名なコピー「宇宙では、あなたの悲鳴は誰にも聞こえない(In space no one can hear you scream.)」。
これらを手掛けた彼の興行手法は、ご存じでない方も多いのではないでしょうか。
もちろん、これ1冊で映画ポスターのすべての歴史が網羅できるわけではありません。
例えば、日本の映画ファンによく知られた『ロシュフォールの恋人たち』のあの可愛いポスターは載ってません。
また、日本に2ページ(130p)、インドのボリウッドに2ページ(214p)を割いているとはいえ、やはり西洋中心のセレクションになっていることも指摘しておくべきでしょう。
とはいえ、そのような指摘も些事にすぎないと思わせる、豊かな力作だと思います。
アクションヒーローの項目(225p)には、今や日本のネット界隈でも異様な人気を誇る『コマンドー』のポスターが載っており、そこでシュワルツネッガー氏の脇にはこう書かれています。「Let’s Party!」。
そう、この本も、映画ポスターの歴史研究という愉快なパーティーの「始まり」を告げる本なのです。
これを機に、願わくは映画ポスター本の第2弾、第3弾が企画されんことを。