民法1024条前段は、遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなすと規定しています。
遺言書の破棄に関し、実務上、ご相談を戴くことが多いのが、遺言者が遺言書の文面に斜線や棒線(いわゆる打ち消し線)を引いている場合です。
このように斜線や打ち消し線を引く行為が遺言書の「破棄」に当たるかどうかについては、学説上、見解が分かれていました。
今回のコラムでは、この問題に関する初めての最高裁判決である最高裁平成27年11月20日判決(民集69巻7号2021頁)を取り上げてみたいと思います。
事案の概要
事案は、Aが作成した自筆証書遺言について、Aの長女である原告が、本件遺言書はAが故意に破棄したことにより撤回したものとみなされると主張し、Aの長男である被告に対し、遺言無効確認訴訟を提起したというものです。
本件遺言書には、Aによって、その文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで1本の斜線が引かれており、かかる行為が民法1024条前段の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するかが問題となりました。
事実の概要は、以下のとおりです。
・Aは、昭和61年6月22日、罫線が印刷された1枚の用紙に同人の遺産の大半を被上告人に相続させる内容の本件遺言の全文、日付及び氏名を自書し、氏名の末尾に同人の印を押して本件遺言書を作成した。
・Aは、平成14年5月に死亡した。
・その後、本件遺言書及びこれが入った封筒が自宅に隣接するAの経営する病院内にあった麻薬保管金庫から発見されたが、その時点で本件遺言書には、その文面全体の左上から右下にかけて赤色のボールペンで1本の斜線(以下「本件斜線」という。)が引かれていた。
・本件遺言書及び上記封筒を上記金庫内に入れた人物はA以外に考えられないことから、本件斜線は,Aが故意に引いたものである。
原審の判断
原審(広島高裁平成26年4月25日判決)は、
・本件斜線が引かれた後も本件遺言書の元の文字が判読できる状態である以上、本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は、民法1024条前段により遺言を撤回したものとみなされる「故意に遺言書を破棄したとき」には該当しない
として、原告の請求を棄却すべきものとしました(なお、1審も基本的に同様の判断をしています)。
最高裁の判断(原判決破棄、1審判決取消し、請求認容)
これに対し、本判決は、以下のとおり判示して、原判決を破棄し、1審判決を取り消し、原告の請求を認容しました。
・民法は、自筆証書である遺言書に改変等を加える行為について、それが遺言書中の加除その他の変更に当たる場合には、968条2項所定の厳格な方式を遵守したときに限って変更としての効力を認める一方で、それが遺言書の破棄に当たる場合には、遺言者がそれを故意に行ったときにその破棄した部分について遺言を撤回したものとみなすこととしている(1024条前段)。
・そして、前者は、遺言の効力を維持することを前提に遺言書の一部を変更する場合を想定した規定であるから、遺言書の一部を抹消した後にもなお元の文字が判読できる状態であれば、民法968条2項所定の方式を具備していない限り、抹消としての効力を否定するという判断もあり得よう。
・ところが、本件のように赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、その行為の有する一般的な意味に照らして、その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当であるから、その行為の効力について、一部の抹消の場合と同様に判断することはできない。
・以上によれば、本件遺言書に故意に本件斜線を引く行為は、民法1024条前段所定の「故意に遺言書を破棄したとき」に該当するというべきであり、これによりAは本件遺言を撤回したものとみなされることになる。
・したがって、本件遺言は、効力を有しない。
コメント
従前、学説上は、元の文字を判読できる程度の抹消であれば、遺言書の「破棄」ではなく、「変更」であり、民法968条2項の方式に従っていない限り、「変更」としての効力は認められず、元の文字が効力を有すると解する見解有力に主張されていました(たとえば、中川善之助・加藤永一編『新版注釈民法(28)』413頁〔山本正憲〕等)。
学説上の有力説を前提とした場合、本件は、遺言書に斜線は引かれているものの、元の文字が判読できる程度の抹消であることから、「破棄」ではなく、「変更」に当たり、民法968条2項の方式に従っていない以上、「変更」の効力は認められず、本件遺言は、元の文面のものとして有効として扱うとの判断も十分に考えられるところでした(現に、1審及び原審は、このような判断過程を経て、有効と判断)。
これに対し、最高裁は、赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為について、「その遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れとみるのが相当」であることを理由に、民法1024条前段の「破棄」に該当すると判断しました。
最高裁は、遺言者が遺言書に斜線を引く行為について、「その行為の有する一般的な意味に照らし」2つに分けたうえで、「遺言書の全体を不要のものとし、そこに記載された遺言の全ての効力を失わせる意思の表れ」と評価できる場合については、「破棄」に当たるとする一方、遺言書の一部を不要のものとし、遺言の一部の効力を失わせる意思の表れと評価できる場合には、一部破棄にはならないと考えていると思われます。
もっとも、遺言書に斜線を引く行為については、実務上、様々なケースが想定されるため、概念上は上記のようにきれいに分類・整理することができるとしても、いかなる場合が前者に該当するのかについては、具体的な事実関係次第であり、いずれに該当するかの評価・判断に関しては、今後の下級審判例の集積が待たれます。
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