最近、遺言書の有効性に関するご相談を戴くことが増えてきています。
自筆証書遺言は、遺言者が、遺言書の全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することによって成立します(民法968条1項)。
遺言者が、すべての部分を自書する必要がある点がこの方式のポイントで、その筆跡と押印から遺言者の真意を明らかにしようとするものと考えられています。
今回のコラムでは、自書性及び作成日の点について争われ、結論として、遺言が遺言者の自筆によるものであるとは認め難く、また、遺言書の作成日も具体的に特定できないとし、自筆証書遺言を無効と判断した札幌地裁平成30年2月28日判決を紹介いたします。
札幌地裁平成30年2月28日判決の事案
事案は、亡母である甲山A子の相続人である原告が,A子の相続人である被告に対し,A子の自筆証書遺言の無効の確認を求めたというものです。
前提事実及び裁判所が認定した事実は、以下のとおりです。
(前提事実)
・原告と被告は、A子の子である。
・A子は、平成29年6月6日に死亡した。
・被告は、札幌家庭裁判所に対し、A子の自筆証書遺言の検認を申し立て、同裁判所は、平成29年7月25日、本件遺言の検認を行った。
・本件遺言は、別紙のとおりであるが、便箋に、「遺言書」との表題の下、「甲山A子の全財産を娘甲山Yに相続させる」と記載され,作成日は「平成10年1月2日」と記載されていた。
・また,本件遺言は,封緘されていない封筒に納められていた。
(認定事実)
・本件便箋は,平成15年の新商品であり,同年から平成16年末くらいまで市場に流通した。
・日本筆跡鑑定協会指定鑑定人であるB鑑定人によれば,本件遺言と複数の対照資料を対照した結果,①対照資料間では,常同性が観察されているところ,「A」の字について,本件遺言では,第4画,第5画,第6画の通常の筆順で執筆されているが,対照資料では,第5画,第6画,第4画の異なる筆順で執筆されており,常同性を伴う相違と判断される,②「甲山A子」の「甲」の字の大きさと比べた「山」の字その他の後続文字の面積比率について,本件遺言と対照資料で数値に開きがあり,グラフ化した際にも異なる波形が見られ,文字間隔や文字列の偏向状況等にも相違性が観察される,③本件遺言には手の震えによるものと推定される波状線が全体に観察されるが,対照資料には目立つ波状線がなく,執筆者が同じとするには違和感があるなどとの理由から,本件遺言は,対照資料の執筆者とは異なる人物によって執筆された可能性が極めて高いが,対照資料に共通している文字が本件遺言の半数であり,比較観察できない文字もあることから,別人と断定することまでは困難であるため,鑑定結果としては,「やや暫定」(おおよその確率が65パーセントないし80パーセント程度)を意味する異質な筆跡であると結論付けている。
・本件封筒の郵便番号記入欄は,7桁用のものである。 なお,郵便番号は,平成10年2月2日以降,5桁から7桁に変更された。
裁判所の判断(本件遺言書は無効)
以上の事実関係を前提に、裁判所は、本件自筆証書遺言について、以下のとおり無効と判断しました。
(本件遺言の筆跡について)
・A子が執筆したのであれば自身の名の一字である「A」の字の筆順について対照資料との間で筆順が相違することは考えにくいところ,原告が指摘する筆跡鑑定は,この点について相違がみられることなどの客観的根拠を複数指摘した上で,相当程度高い確率で本件遺言の筆跡がA子のものではないとの意見を述べているものであり,相当程度信用できるものといえる。
・そうすると,本件遺言がA子の自筆によるものであるとは認め難い。
(本件遺言の作成日について)
・また,本件便箋が市場に流通したのが平成15年から平成16年末頃までであるところ,本件遺言が実際に作成されたのは平成15年以後であるというほかなく,本件遺言に記載された作成日である平成10年1月2日に本件遺言が作成されたとは考えられない。
・そして,被告が主張するように,A子が本件遺言の作成日を「平成10年1月2日」と誤って記載したものであるとしても,本件遺言書の実際の作成日が平成20年1月2日であると認めるべき証拠は何もなく,本件全証拠によってもこの点を具体的に特定できない。結局のところ,本件遺言は,平成15年以後のいずれかの日に作成されたという限度でしか作成日を特定することはできず,自筆証書遺言に日付の記載が求められる趣旨に照らせば,本件遺言は遺言としての方式を欠くものというべきである。
・よって、本件遺言は無効である。
コメント
前述のとおり、自筆証書遺言においては、遺言者が遺言書の全文、日付及び氏名を自書することが求められます。
本件では、自書性について、筆跡鑑定の結果を踏まえ、「自筆によるものであるとは認め難い」と判断するとともに、作成日についても、使用された便箋の流通時期からして遺言書に記載された日に作成されたとは考えられず、他の証拠によっても、具体的に特定ができないとし、遺言としての方式を欠くと判断しました。
作成日については、真実の作成日が容易に判定できる場合には、遺言書に誤った日付を記載してしまっている場合でも、遺言書はなお有効であると判断した最高裁判例が存在するものの(最高裁昭和52年11月21日判決)、この最高裁判決は、あくまで誤記であること及び真実の作成日が容易に判明できることを前提とするもので、真実の作成日自体が特定できない事案については、その射程は及ばないものと考えられていました。
本判決は、昭和52年の最高裁判決について、上記の理解に立ち、本件では、記録上、具体的な作成日を特定することができず、自筆性の要件と併せて、日付の点についても方式を欠くと判断したものと評価できます。
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