※ この記事は、「デジタルアーカイブ学会・第1回研究大会に参加しました(前編)」の続きです。
昼食休憩と展示
午前の部が終わって、昼食休憩の時間です。
休憩中に会場をまわってみると、衆人環視のもと、なぜかくまのプーさんのぬいぐるみが。
不思議に思ってよく見ると、これは多方向同時撮影の展示でした。
たとえば、舞踏・ダンス・演劇などの実演を記録に残す場合を考えてみると、1方向だけからカメラで撮影したのでは、手前の部分だけが写ることになり、後ろに見えない死角の部分が生じてしまいます。
そこで、多方向から同時に撮影することで、記録漏れがないようにする試みです。
というわけで、今回は舞踏ではなく、プーさんがアーカイブ化されていました。
研究発表
休憩も終わり、午後はいよいよ研究発表です。
今回のプログラムは、以下の通りです。
広がるデジタルアーカイブ | コミュニティーとアーカイブ | 技術と法制度 |
A01 三浦文夫「関西大学日本ポピュラー音楽アーカイブ・ミュージアムプロジェクト及びアーティストコモンズの活動について」 | B01 宮城卓司「沖縄における教育資料デジタルアーカイブを活用した学力向上について」 | C01 土屋衛治郎「地理的な見方のデジタルアーカイビング」 |
A02 柴山明寛「近年の震災アーカイブの変遷と今後の自然災害アーカイブのあり方について」 | B02 青木和人「地域資料デジタルアーカイブに市民参加型ウィキペディアタウンが果たす意義」 | C02 土屋紳一「無形文化資源のためのデジタルアーカイブ」 |
A03 渡邉英徳「災いのオーラル・ランドスケープ」 | B03 皆川雅章「アイヌ衣服・文様のデジタルデータ作成方法に関する検討」 | C03 杉本重雄「メタデータの視点に基づくアーカイブとそのコンテンツのモデル化」 |
A04 久米川正好「映像遺産の保存と活用:科学映像館活動10年のあゆみ」 | B04 谷里佐「白川郷和田家デジタルアーカイブにおける地域資料の継続的な記録と保存」 | C04 中村覚「Linked Dataを用いた平賀譲デジタルアーカイブの構築と活用」 |
A05 河合郁子「貴重書コレクションの活用とデジタルアーカイブ」 | B05 坂井知志「日常生活圏におけるデジタルアーカイブの撮影方法とメタデータの開発」 | C05 時実象一「デジタルアーカイブの公開に関わる問題点」 |
A06 三宅茜巳「デジタルアーカイブと人材育成」 | B06 粕谷亜矢子「自治体史編纂における資料の収集と保存の現状」 | C06 数藤雅彦「映像のデジタルアーカイブに関する法制度と改正動向」 |
私(数藤)はこの中から、A01、C02、C03、C04、C05の各セクションを聴講し、C06で登壇いたしました。
以下に、各発表の概要のみをメモしておきます
(※ 以下の記載はいずれも、筆者のメモを基にした要約です。正式な研究発表の内容は、後日インターネット上でも公表される予定の各先生方の予稿およびスライドをご確認ください。要約内容が不適切な箇所や、要約行為それ自体を希望されない箇所等がございましたら、お手数ではございますがお問い合わせフォームからご一報を頂けますと幸いです)
【A01】 研究発表「関西大学日本ポピュラー音楽アーカイブ・ミュージアムプロジェクト及びアーティストコモンズの活動について」
三浦文夫氏(関西大学)による、「関西大学日本ポピュラー音楽アーカイブ・ミュージアムプロジェクト及びアーティストコモンズの活動について」の概要は、以下の通りです。
・音楽に関しては、発売音源、アナログレコード、SPレコードそれぞれデジタル化が進んでいるが、統合的なアーカイブ構築には至っていない。
・蓄音機も一種の楽器であるため、当時の再生状況を再現するため、ハイレゾ、立体音響のスタジオを関西大学に設けた。
・関西大学日本音楽アーカイブ・ミュージアムプロジェクトでは、ライブ映像、テレビ番組、ミュージックビデオなどの音楽映像のデジタル化を優先している。なぜなら、記録媒体(ビデオ)や、再生機器の劣化リスクがあり、また権利の所在の把握が難しいためである。
・技術的課題としては、規格の乱立や、ハード機器の確保の問題がある。
・非圧縮ファイルでデジタル化するにあたり、クラウドも利用したいが、セキュリティとのトレードオフや、著作権法35条の射程の問題がある。
・アーティストIDの付番に関しては、アーティストコモンズ実証連絡会を設立した。主だった芸能系の団体は、この連絡会にすべて入っている。まずは、一意に識別可能なアーティストIDの付番管理を行うとともに、基本的なアーティスト写真、プロフィールの整備も行っている。
・権利関係の課題としては、著作権、著作隣接権の問題などがあり、肖像権やパブリシティ権については、業界団体が非常に気にしているところである。
・アーカイブをどのように公開することが考えられるか? まずは著作権法35条により、学内の授業で利用可能。さらに進んで、教育や人材育成などのために公開、活用できないか?
・この分野に関しては、法を整備するというよりも、権利者であるアーティスト、音楽関連団体などの理解を得ることが非常に重要となっている(法律に加えてそれら団体との対話も重要になる)。
・運用体制および資金調達について、単独の研究機関が担うのは無理がある。音楽業界、研究機関、民間企業による運用母体を作り、テーマごとに支援を得ることが重要だ。また、ビジネス展開、個人の寄付など、自走可能な事業計画の策定が求められる。
【C02】 研究発表「無形文化資源のためのデジタルアーカイブ」
土屋紳一氏(早稲田大学演劇博物館)による、「無形文化資源のためのデジタルアーカイブ」の概要は以下の通りです。
・無形文化資源(例えば演劇、舞踏など)のアーカイブはどのようにして可能か? 台本などの近接したものから、無形の資源を浮かび上がらせる作業となる(ドーナツ型の収集)。
・分類カテゴリは多岐にわたっている。海外の例として、ピナ・パウシュ財団によるアーカイブでは、18種類にカテゴリ分けがなされており、多様化していることがうかがえる。
・早稲田演劇博物館では、長年の経験をふまえて、9種類のカテゴリ分けを行った。
・ドーナツ型の収集を16年続けた結果として、個々のデータベースが独立して構築されており、他のデータベースとの連携がほぼ実現できていないことがわかった。"ドーナツの空洞"が構造的にできていないため、本来の無形文化資源を浮かび上がらせることができない状況にあるk。
・新規開発に関しては、集合知を利用したデータキュレーションを検討している。
・このたび、早稲田大学文化資源データベースを公開した。データベースの横断検索により、共通項目を抽出できるようになっている。
・データキュレーション導入のメリットとしては、システム開発費が比較的少ないこと、高度なシステムでなくても検索結果の候補が拡充できることなどが挙げられる。早稲田大学文化資源データベースでは、クリップ編集も自由にでき、ツイッターやFacebook連携も可能。
・昨年、スミソニアン博物館でも似たような機能が構築された。
・早稲田大学文化資源データベースでは、日本での活発な利用を目指して、いくつかの工夫を行った。たとえば、ID登録を不要として、ユーザーの心理的ハードルを下げている。
・今後の検証課題としては、記述系以外の大規模なシステムに対応可能か、自然言語を保持できるため連想検索や人工知能と連携できるかといった点がある。データベースがそろった段階で挑戦してみたい。
【C03】 研究発表「メタデータの視点に基づくアーカイブとそのコンテンツのモデル化」
杉本重雄氏(筑波大学)による、「メタデータの視点に基づくアーカイブとそのコンテンツのモデル化」の概要は以下の通りです。
・メタデータのモデル化に関連して、すでに実現した話題ではなく、これからモデル化したいテーマについて発表する。メタデータについては、1-to-1 principleが理想だが、そうなっていない現状を紹介する。
・東日本大震災アーカイブにおいては、相対的に写真コンテンツが多かった。これは、95年の阪神淡路大震災以降、デジタルカメラ等の機器が普及したことによる。そして、この手の震災アーカイブでは、必ず事後的に、第三者によって、メタデータが振られる。
・震災アーカイブ「ひなぎく」で「祭り」と検索すると、祭りの様子を撮影した写真が単純に並ぶ。ただ、今は単に順番に並んでいるだけなので、ソースごとに分類表示されればなお理想的(例えば地理別、時間別、作成者別など)。
・メディア芸術データベース(MAD)は、マンガ、アニメ、ゲームについて信頼できるデータを提供している。そこで、Linked Open Dataの技術をベースに、MADとWikipedia等をつなぐことで、データベースの利用性を高めたい。その際、書誌情報とWebリソースの結びつけが問題となる。また、作品情報のオーソリティがない場合もあり、一般のファンサイトのようなものを利用する他ない場合もあると思われる。
・無形文化財のデジタルアーカイブ化について見ると、被植民地国の無形文化財については、欧米でデジタル化され、適切なメタデータ等が振られていることも多い。無形文化財についても、アグリゲーションが必要で、利活用のために集めて、つなぐことが重要である。
・メタデータの1対1原則に基づくモデル化が重要である。
・メタデータの付番については、理想論としては、機械的に振りたい。もっとも、コンテンツの解釈は人間に依存する部分があるので、人間が付与せざるをえない場合もあると思われる。
【C04】 研究発表「Linked Dataを用いた平賀譲デジタルアーカイブの構築と活用」
中村覚氏(東京大学)による、「Linked Dataを用いた平賀譲デジタルアーカイブの構築と活用」の概要は以下の通りです。
・歴史学研究における、Linked Dataの利用の一例として、「平賀譲文書」を対象とした歴史研究を行った。
・歴史学研究の中身は、資料の管理、資料の研究、成果公開(展示)の3つに整理できる。
・今回取り上げる平賀譲は、海軍造船中将で、東大(東京帝国大学)総長でもあった人物。この平賀が記した「平賀譲文書」を研究対象とする。
・特に、戦艦の設計変更(煙突本数の変更)の原因分析を行った。Linked Dataを用いて、一次資料から、戦艦の設計変更が行われた事実を確認できた(実際の作業手順を動画で紹介)。
・この研究をもとに、過去には、成果公開として展示会も実施した。さらにウェブ上でも、展示会の様子を再現、そして平賀譲デジタルアーカイブも公開した。
・アーカイブを用いた歴史学研究プロセスに対する考察としては、成果物の相互利用の観点が重要である。
・結論としては、(1)「資料管理」としてデジタルアーカイブの構築が、(2)「資料研究」として一次資料を用いた学説の検証が、(3)そして「成果公開」として、資料や研究成果の公表がそれぞれ重要である。
・なおLinked Dataを用いる意味、利用方法については、研究目的ごとに変化しうる点にも留意されたい。
【C05】 研究発表「デジタルアーカイブの公開に関わる問題点」
時実象一氏(東京大学大学院情報学環)による、「デジタルアーカイブの公開に関わる問題点」の概要は以下の通りです。
・コンテンツ公開ウェブサイトの現状としては、全く表示がないもの、著作権表示のみのもの、明示表示がされたもの、利用条件の表示がされたものなど、様々なパターンがある。
・権利表記の代表的なものとして、クリエイティヴ・コモンズがある。
・メトロポリタンミュージアムでは、375,000点の画像をCC0で公開した。公開できなかったものとしては、著作権あり、著作権不明、プライバシー権あり、パブリシティ権あり、他者が所蔵、製作者・寄付者・所有者が制限するものがある。
・オランダ国立美術館では、150,000件の高解像度画像を公開した。ダウンロード、複製その他自由に利用可能とした。当初は、「CC-BYライセンスにしてほしい」という意見もあったが、最終的にPDとする結論となった。なお、当初はマスターファイルを有料にするビジネスモデルも存在したが、収入が経費に見合わず、すべて無料とすることになった。
・メタデータについては、CC0を用いることが考えられる(ヨーロピアーナ、DPLAの例を参照)。データが下流にどんどん流通することを考えると、CC-BYは現実的でないと思われる。
・2017年4月に、デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会により、「デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン」が公表された。このうち、「(2)二次利用条件の表示方法」、「(利用条件の表示方法)」、「(メタデータの望ましい利用条件)」、「(サムネイル/プレビューの望ましい利用条件)」、「(デジタルコンテンツの望ましい利用条件)」の各箇所を参照されたい。
・東寺百合文書は、CC-BYで公開を行った。もっとも、東寺に権利がある場合は別として、そうでない場合はパブリック・ドメインとすることが適切ではないか。
・権利情報表示の標準化の手法として、Rights Statementsがある。EuropeanaとDPLAが共同開発したもので、Creative Commonsも支援している。
・日本でも、今後は著作権の表示を進める必要がある。Rights Statementsを用いることも考えられる。その場合、表示機関はPD作品について新しい権利を追加せず、権利としては元の素材に関する権利を示すべきである。
・Europeanaでは、4300万コンテンツのうち35%が再利用可能とされている。機械可読により権利表示を明記することが重要である。
・デジタルアーカイブの利用を促進するには、使いやすい権利表示、無用な権利主張を行わないこと、Creative Commonsの正しい理解に加え、Rights Statementsについての議論を早急に始める必要がある。
(なお質疑では、美術館等の機関による公開のインセンティブを高めるための、権利表示のあり方について議論がなされた)
【2017/7/30追記】このRights Statementsについては、コラムで詳しく解説しました。
「Rights Statementsの解説 - 新しい著作権表記について」
【C06】 研究発表「映像のデジタルアーカイブに関する法制度と改正動向」
最後に私(数藤)も登壇して、「映像のデジタルアーカイブに関する法制度と改正動向」との表題で報告いたしました。
発表内容としては、まずは権利者不明著作物(孤児著作物)に関して、映像の死蔵リスクが生じないようにする観点から、現行の法制度のうち、
・保存のための複製(著作権法31条1項2号)
・旧法下の映画に関するパブリック・ドメインの判定基準(チャップリン事件、黒澤明事件、暁の脱走事件)
・国立国会図書館を通じた絶版等資料のデジタル配信(著作権法31条3項)
・裁定制度
の現状についてそれぞれ分析し、課題を整理しました。
さらに今後の法改正動向として、
・裁定制度の改正(補償金の後払い、権利者探索の民間団体への委託)
・拡大集中許諾制度の導入可能性
について報告しました。
最後に、イギリスの法制度や、オランダの業界団体の取り組みとの比較の観点を示した上で、日本の法制度の在るべき方向について、若干の論点提示を行いました。
時間の関係で、全ての論点を十分に説明することができませんでしたが、
・記録媒体の保存に関する、民法の緊急事務管理の応用可能性
・これからの法制度の改正にあたっては、まさに当学会に出席されているような、各現場のプロフェッショナルの方からの意見表明が重要な意義を有すること
の各点ついては、また改めて詳しくお話できればと思います。
(余談ですが、大ヒット映画『君の名は。』とアーカイブの関連についても、もう少し詳しくお話をしたかったところです。またどこかでお時間を頂ければと思います)
学会を終えて ー デジタルアーカイブのこれから
最後に、研究発表を拝聴しての、取り急ぎの感想も述べておきます。
まず、いずれの発表も非常に専門性が高く、かつ実務的な内容でした。
その一方で、それぞれの研究が各地に「点在」しているような印象も受けました。
午前のシンポジウムで繰り返し述べられていたように、日本におけるデジタルアーカイブの課題としては、各アーカイブどうしを「つなぐ」こと、それによって統合的なアーカイブを構築し、利用者のアクセシビリティを高めることがあります。
そのために、それぞれの分野の研究も、今後は「つながって」、欧米に比肩し得るようなアーカイブ構築のために同じ目的地に向かうことが、次の論点になってくるようにも思われました。
もっとも、そのような心配は不要かもしれません。
終了後の懇親会の会場に向かうと、本当に多くの参加者が集まっており、まさに文字どおり、店から路上に溢れ出しながら活発に情報交換していました。
研究者どうしの「つながり」、そして研究内容の「つながり」は、すでに始まっているようです。
その成果はどのような形で現れるのでしょうか。
次の研究発表が、非常に楽しみです。
なお、アーカイブサミット2017 in 京都は、2017年9月9日・10日に京都で開催され、
当学会の第2回研究大会は、2018年3月9日・10日に東京で開催予定です。
デジタルアーカイブ関連の情報のうち、とくに法制度に関わるものについては、当サイトでも適宜お届けしたいと思います。