03-6550-9202 (受付時間 平日10:00〜17:00)

お問い合わせ

ロンドンのフィルム・アーカイブとEU孤児著作物指令

 

先日、イギリスのロンドンに行ってきました。
目的は、ロンドンで働いている友人に久しぶりに会うことでしたが、ついでにロンドンの観光地を案内してもらいました。

テロ事件が続いていたので用心しつつ、ビッグ・ベンにバッキンガム宮殿、シティから美術館、さらにはアビー・ロードからホームズ博物館まで、一通りロンドンを満喫できました。

そんなロンドンの名所の中から、今回のコラムでは、著作権法に深く関連する施設を紹介したいと思います。それは、

BFI(British Film Institute)

という施設です。

 

■ BFIとは?

BFIは、日本のフィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)と同様の、フィルム・アーカイブ施設です。

そして、私が訪れた「BFI Southbank」は、BFIが運営する会員制の映画館。
Southbankとは、テムズ河の南岸に広がる一帯のことです。
ロンドンの中心部に文化施設が集まっており、その一角にBFIもあります。

最寄り駅はウォータールー駅で(ロック・ファンの方には、キンクスの名曲「Waterloo Sunset」でおなじみですね)、近くにはあのロイヤル・フェスティバル・ホールもあります。

さてこのBFI、テムズ河に面した入口にはのぼりが立っています。

「BFI Film Forever」。
写っているのは、あの傑作映画『狩人の夜』のロバート・ミッチャム。
奥にはR・W・ファスビンダー監督特集の看板も見えます。
エントランスはテント型カフェスペースで、とても賑わっていました。

それでは、BFI Southbankの中を、写真で少しご紹介しましょう。

映画上映施設の真っ赤な入口を抜けると、

特集上映の宣伝用モニターが待ち構えています。

さらに奥に進むと、上映を待つ熱心な映画ファンの姿が。

ちなみにこの日の特集は、"India on Film"。
日本ではあまりみられない特集ですね。
チケットの列には、インド系の方を多く見かけました。

会場を見回すと、透明の募金箱が。
「SUPPORT THE BFI」。デザインがおしゃれです。

その脇には、併設のBFIショップも。

私も、ボールペンやタンブラーなどのBFI特製グッズをついつい買い込んでしまいました。
さらに、シアターの脇には図書館も併設。

なんとなく東京日仏学院の図書館を思い出すような、ガラス張りのおしゃれな図書館です。
中には、映画研究の学生でしょうか、古い映画資料と格闘する若い人たちの姿を見かけました。

残念ながら、映画を1本観る時間はとれませんでしたが、以上のようにBFIの施設は一通り満喫することができました。

 

■ デジタル利用とEU孤児著作物指令


さて、ここで終わったらただの観光コラムですので、著作権法との関連にも少し触れておきましょう。

BFIは、普通の映画館とは違って、フィルムアーカイブの機関です。
そのため、古い映画のデジタル化と、配信も行っています(YouTubeにBFI専用チャンネルも持っています)。
具体的には、2012年から17年にかけて行われている、「Unlocking Film Heritage Project」と呼ばれるプロジェクトを通じて、すでに数百作品のデジタル化を実施しています。

 

ここでいう古い映画とは、いわゆる「孤児著作物」のことを言います。
「孤児」というフレーズに驚かれた方もいるかもしれませんが、これは英語のorphan worksの直訳です。

orphan worksにも定義はいろいろありますが、一般には、著作権者がわからない著作物や、著作権者と連絡がとれない著作物のことを指します(親の行方が判明しない子供に例えて、orphanと呼ばれているわけです)。
日本の文献では、「権利者不明著作物」と呼ばれることも多いです。

さて、著作権の権利処理としては、著作権者から利用許諾を受けて利用するのが通常です。
しかし、孤児著作物の場合は、著作権者がわからなかったり、著作権者と連絡ができない以上、このような通常の方法では権利処理ができません。著作権者がわからなければ、パブリック・ドメインの判断も難しくなってきます。

それでは、孤児著作物は永久にお蔵入りしてしまうのでしょうか?

 

そうならないように、EUでは、2012年に「孤児著作物指令」が出されました(Directive 2012/28/EU)。
これは、EUの加盟各国に対して、孤児著作物の利用に関する国内法を整備するよう求める「指令」(Directive)です。

イギリスでも、この指令に基づいて国内の著作権法を改正し、2014年10月から施行されています(The Copyright and Rights in Performances(Certain Permitted Uses of Orphan Works)Regulations 2014 No.2861) 。

 

この改正により、イギリスのアーカイブ機関などでは、孤児著作物について、権利者の「入念な調査(diligent search)」を行った上で、データベースへの登録をすることにより、デジタル化と配信を行うことが可能になります。

事前に利用料を支払う必要はなく、後から権利者が名乗り出たときに補償金(compensation)を支払う仕組みです。

 

■ イギリスの他の法制度との関係


BFIでも、このイギリス国内法の改正をふまえて、数百作品の配信を実現しました。

(このあたりについて詳しくは、私(数藤)も関与しました「映画の孤児著作物の利用に関する法制度報告書」をご参照ください。調査の過程で、BFIのライツ・データベース・マネージャーの方にもメールインタビューも行い、報告書に反映しております。)

 

ちなみにイギリスでは、この法制度以外にも、

① イギリス国内における孤児著作物のライセンスに関する規則 (The Copyright and Rights in Performances (Licensing of Orphan Works) Regulations 2014 No.2863)や、

② 拡大集中許諾制度を導入した規則(The Copyright and Rights in Performances (Extended Collective Licensing) Regulations 2014 No.2588

といった他の制度も用意されており、孤児著作物の利用にあたっては、様々な法制度が選択肢にあがってきます。

しかし、BFIとしては、ライセンス料の支払い等が不要であることや、①の制度については映画への適用事例がわずかであること、②の制度については現状では映画分野の運用がないことから、EU孤児著作物指令を踏まえた権利処理を選んでいるとのことでした。

 

■ 日本でも同様のデジタル配信は可能か?


それでは、日本でも、孤児著作物について同様の権利処理は可能なのでしょうか?

日本の著作権法にも、EU孤児著作物指令と一部が似ている仕組みとして、「裁定制度」があります(著作権法67条1項)。

これは、著作権者が不明だったり、著作権者と連絡がとれない著作物について、権利者と連絡するための一定の措置をとった者に対して、文化庁長官から「裁定」を与えて、補償金を支払わせることで、その著作物を適法に利用できるようにする制度です。

では、この裁定制度を使えば、BFIと同様の権利処理が可能なのでしょうか?

 

答えは、「現時点ではNO。ただし将来は可能性あり」です。

 

まずは、「現時点ではNO」の理由です。
イギリスの制度との最大の違いとしては、日本では現状(2017年7月現在)、たとえアーカイブ機関であっても、補償金は必ず前払いしなければいけません。

そのため、NHKや国立国会図書館のように予算のある機関は別として、その他の機関では、実際問題として裁定制度の利用は難しくなっています。

(日本の裁定制度と、EU孤児著作物指令の比較については、文化庁が上記の表のようにわかりやすく整理しています。この整理の全体版は、「平成26年度法制・基本問題小委員会の審議の経過等について」13頁などで確認できます)

 

■将来の法改正の動向は?


ただ、私は先ほど、「将来は可能性あり」とも述べました。
その理由は、裁定制度について、法改正が検討されているからです。

ここ数年の文化庁文化審議会の議事録や、内閣官房が毎年公表している「知的財産推進計画」を追ってみると、裁定制度については直近で、次のような改正が検討されているようです(下線は筆者)。

権利者の利益を確保しつつ,裁定制度の利用を促進するため,現在,文化庁においては,権利者が現れたときに補償金の支払を行うことが担保されていると考えられる公的機関等について,補償金を事前に供託するのではなく,権利者が現れた場合に支払うことを認める制度について検討が行われている。
文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会中間まとめ」63頁(2017年2月)より

権利者不明著作物等の利用を円滑化するため、著作権者不明等の場合の裁定制度における補償金供託について、一定の場合に後払いを可能とすることとし、「推進計画2016」を踏まえ、速やかな法案提出に向けて、必要な措置を講ずる。
知的財産推進計画2017」18頁(2017年5月)より

このような改正が実現すれば、少なくとも公的機関等においては、補償金の前払いの負担はなくなり、孤児著作物のデジタル配信を実施しやすくなります。

この改正がいつ、どのように動くのかは、まだ予断を許さない状況ですが、もしこれが実現すれば、日本でもイギリスと同様に、アーカイブ機関や文化機関において、孤児著作物のデジタル配信・デジタルアーカイブ化が進むものと思われます(映画ジャンルだけの話ではなく、美術、音楽、図書なども同様です)。

 

それはスムーズな道のりではないかもしれません。

ひょっとすると、先ほどタイトルを挙げた名作映画『狩人の夜』で、主人公の少年と少女が乗った小舟が、ロバート・ミッチャム演じる悪漢の追跡を逃れて、ゆっくりと、ゆっくりと川面に流れ出した、あれぐらいの遅々たる歩みなのかもしれません。

しかし、『狩人の夜』のあの小舟は、ゆっくりとではありましたが、やがて目的地の岸辺にたどり着きました。

日本における孤児著作物のデジタル利用も、ゆっくりとではあれ、やがて然るべき目的地にたどりつく、そんな日が来るのもそう遠くない未来のように思います。

弁護士 数藤 雅彦