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弁護士が撮った映画を弁護士が観る - 神戸映画資料館のクルーゲ特集にて


こんにちは。
お盆に、神戸に行ってきました。
目的は、「弁護士が監督した映画」を観に行くためです。

私(数藤)は先日、京都のおもちゃ映画ミュージアムで、著作権の講演をいたしました(詳しくはこちらのコラムを参照)。
その懇親会の場で話題になったのが、神戸にある「神戸映画資料館」の「アレクサンダー・クルーゲ監督特集」でした。

クルーゲ監督のプロフィール欄をみると、なんと弁護士の経験を経て映画製作を行っています。
同じ弁護士として、どんな映画を撮っているのか気になるところです。

また、神戸映画資料館は、私のまわりの映画関係者からも「ぜひ一度行くべき」と薦められていた施設。
かねてより、映画評論家の藤井仁子氏のウェブ時評などで存在は知っていましたが、これまで訪問したことはありませんでした。

この好機に、足を運んでみました。

 

神戸映画資料館とは?


夏の神戸、JRの新長田駅で降りて、徒歩5分。
神戸映画資料館は、この種の映画施設には珍しく、ショッピングモール風の建物の中にあります。

入って早々、巨大な35mmフィルムの映写機がお出迎え。

神戸映画資料館は、映画フィルムや書籍、ポスター、機材などを収集・保存・公開する施設です。
収蔵するフィルムは16,000本以上。国立のフィルム保存機関では、東京のフィルムセンターが有名ですが、こちらは民営の機関で国内最大規模のフィルムアーカイブ。
もともと、館長の安井喜雄氏が個人的に始められた収集活動が、今や貴重なコレクション施設に発展しています。


実は神戸の地は、日本の映画史のはじまりとも関係があります。

神戸は港街。エジソンが発明した活動写真の装置(キネトスコープ)が日本に初めて上陸したのは、1896年の神戸でした。
また、映画評論家の淀川長治氏が、幼少期に映画を浴びるように観たのは、神戸の最初の映画町となった新開地です。

そして、神戸はあの阪神・淡路大震災で最も大きな被害を受けた街でもあります。
そんな神戸のまちづくりの一環として、神戸映画資料館が計画され、新長田の地に開館したのは2007年。
今年はちょうど10周年にあたります(先日、日本経済新聞でも記事が出ていました)。

 

弁護士が監督した映画 − ワイズマンとクルーゲ


さて、館内を眺めたあとでシアターに入るとほぼ満席。関西の映画ファンが集結しています。
今回観た作品は、アレクサンダー・クルーゲ監督の1973年作『定めなき女の日々(Gelegenheitsarbeit einer Sklavin)』です。


クルーゲ監督のことは初めて知りましたが、ドイツにおける1960年代以降の、いわゆる「ニュー・ジャーマン・シネマ」の流れを牽引した監督の一人です。
弁護士の経歴をもち、あの哲学者のテオドール・アドルノの社会研究所の顧問を務めるなどした後、文筆家・映画監督に転向。独特の技法による映像コラージュ作品を展開し、80年代以降はテレビ番組製作に移りました。

 

さて、「弁護士が撮った映画」ということで気になっていましたが、果たしてどんな映画なのか?

弁護士で映画監督といえば、アメリカのフレデリック・ワイズマン監督がよく知られています(今年3月にも、シネマヴェーラ渋谷で特集上映がありました)。

ワイズマン監督の映画は、ドキュメンタリー形式の作品。学校や軍隊、州議会に少年裁判所、さらには霊長類研究所(!)といった施設の日々を撮影し、音楽やナレーション、テロップの類を入れることなく、事実を淡々と提示する作風で高い評価を受けています(私もファンです)。

それに対して、今回のクルーゲ監督の『定めなき女の日々』の作風は全く違いました
映画の形式は、原則としてフィクションで、通常の劇映画に近いものです。主人公は女性で、家族の生計を立てるために違法な堕胎医の職に就いていますが、ある事件を経て堕胎医を辞め、社会活動家に転向するという筋書きです。

(なお当時のドイツの社会的背景について補足しておきますと、ドイツ刑法218条には堕胎罪の規定がありますが、この映画が撮られる前の時期には、他人による堕胎行為にも懲役刑を課す法改正がされた一方で、一定の場合に中絶を容認する案が議会に提出されるなど、大きな議論の渦中にありました。詳しくは、畑尻剛教授の論文「ドイツ連邦憲法裁判所と人工妊娠中絶 : 連邦憲法裁判所の二つの仮命令を素材として」を参照)。


ところが、映画は単純なストーリーの形をとりません。

・唐突に、映像や音楽のコラージュが挿入されますし、
・ストーリーの小さな挿話が一向に回収されませんし、
・フィクションとして始まりながら、例えば途中の社会見学ツアーのシークエンスでは、現実のツアーに動向してドキュメンタリータッチになりますし、

なんとも一筋縄ではいかない作りになっており、観客のシンプルな理解を拒みます。

 

 

ワイズマン監督とクルーゲ監督の共通点(?)


上映後に、映画研究者の渋谷哲也氏のクリアな講演で頭を整理したあと、「弁護士の監督が撮った映画」というものに何か特徴があり得るのか、少し考えてみました。
クルーゲ監督はたった1本観ただけなので、試論のさらに取り掛かりに過ぎませんが、それでもあえて指摘するなら、以下の2点です。

 

(1)非日常的な事実をそのままに提示

まず言えるのは、驚くほど生々しい映像、非日常的な生の事実がそのままに提示されることです。

ワイズマン監督の作品で言えば、『少年裁判所』で性犯罪の疑いから裁判にかけられる少年の顔や、『動物園』でヘビに呑まれる動物、『霊長類』で解剖される動物、『DV』で喉から血を流す女性の映像は、いずれも相当ショッキングな印象を与えます。

そしてクルーゲ監督も、少なくとも『定めなき女の日々』では、(こちらはフィクションですが)堕胎手術のシーンを隠すことなくそのまま演出しており、やはり忘れがたい印象を残します。

 

(2)特定の結論に誘導しない

もう1つの特徴としては、特定の結論に、安易に誘導しないことも挙げられます。

ワイズマン作品では、(周到に編集されているとはいえ)あくまで映像が淡々と切り取られて、順に並べられているだけ。そこに筋道なり、結論なりを考えるのは観客です。

また、クルーゲ監督の『定めなき女の日々』の主人公夫婦をみると、夫が相当な亭主関白に設定されているので、最初は苦労する妻に肩入れしそうになりますが、途中から妻が行き過ぎた社会活動家になってしまい、感情移入できる人がいない宙吊り状態となります(70年代にこの映画が、フェミニストの方から批判されたのはよくわかります。なおこの映画をご覧になる方は、ラストが何というセリフで終わるかにも注目してください)。
 


そして、上記の2点をとらえて、そこには弁護士の仕事と共通する点もある、といった議論(たとえば、弁護士の業務も非日常的な生の事実を日々あつかっている云々)も不可能ではないですが、やはり牽強付会の感を免れないでしょう。

そもそも上記の点は、弁護士の監督だからそういった作風になるという単純な話ではなく、フェアな映画、フェアな映像作品が兼ね備えている条件ですね。

むしろ、上記の点は端的に、両監督個人の「映画」表現に対するスタンスを示しています。

映画はあくまで、観客が考えるためのきっかけになる素材にすぎない。非日常的な内容もふくむ生の映像をそのまま提示して、いくつかの考え方のきっかけを提示すれば、あとは観客が1歩引いて、自分の頭で客観的に思考するものだ - そのような考えで上記の作品が作られているとすれば、両監督の試みは成功しているように思えます(上述の渋谷氏は、クルーゲ監督がベルナルド・ブレヒトの「異化効果」理論の影響を受けていると指摘されます)。
 


映画は誰のためのものか?


というわけで、映画を観ているうちについ専門外の考え事に脱線してしまいましたが、話を元に戻しましょう。

上映後は、神戸映画資料館の安井館長にもご挨拶させて頂き、さらには支配人の田中範子氏からも、館の成り立ちや運営についてもお話を伺い、また貴重な資料も拝見できました。ご多用のところありがとうございました。

9月のプログラムも、ヴィットリオ・デ・シーカ監督、万田邦敏監督、30年代のジャン・ルノワール、そして堀禎一監督と、東京でも見ないような充実したラインナップです。
 


そして、併設の書籍売り場を眺めるうちに、『大阪に東洋1の撮影所があった頃』(ブレーンセンター、2013年)が目に止まったので、帰路で読みました。


この本には、法律関係者にはおなじみの、あの大阪道頓堀のキャバレー「カフェー丸玉」の在りし日の写真(!)も載っており、大変貴重な資料ですが、やはり冒頭の安井館長のロング・インタビューが、関西の映画シーンを知る上で必読と言えます。
 

その中から、とても大事な一文を引用して、このコラムを閉じることにしましょう。

安井氏「若い人がミニシアターの客やったわけよ。若者が映画を見に行った時代だったからまだよかった。次第に若者が来なくなったから、ミニシアターも消えて行った。加藤泰監督がよく言ってたけど、「映画は若い人のものである」「若い人が熱狂する映画でありたい」と。若い人が来なくなったら映画が終わりじゃないかな。」(99頁)


さて、関西の、そして関西以外の全国の「若い人」たちへ。

面白い映画を観るために、映画を観て熱狂するために、この神戸のユニークな場所に足を運んでみるのはいかがでしょうか?

弁護士 数藤 雅彦

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