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フィルムセンターとフィルム・アーカイブ事業の過去と未来

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 映画は書物ほど長つづきせず、丈夫でもないのです。
   — ジャン・ルノワール


こんにちは。
当事務所(五常法律会計事務所)は、先日、事務所を京橋に移転しました。

(注:本コラム執筆後の2017年に、当事務所は再び事務所移転を行い、現在は新橋で執務しています)

住所でいうと、東京都中央区八丁堀へのお引越しです。
最寄りの駅は、京橋駅(東京メトロ銀座線)、宝町駅(都営浅草線)、八丁堀駅(東京メトロ日比谷線、JR京葉線)になります。

晩春も過ぎる頃合い、これからも皆様のため、業務に一層精励して参りますので、今後とも当事務所をどうぞよろしくお願いいたします。

 

・・・というご挨拶だけで終わるのも味気ないので、今日のコラムでは、事務所まわりのおすすめスポットをご案内しましょう。

今回ご紹介するのは「東京国立近代美術館フィルムセンター」、通称フィルムセンターです。京橋3丁目(ちょうど京橋駅と宝町駅のあいだ)にあります。
 

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(フィルムセンター外観)

 

 

1 フィルムセンターとは?


フィルムセンターは、日本で唯一の国立映画機関です。
東京国立近代美術館の映画部門として、1970年に開設されました。
珍しいフィルムを毎日のように上映しており、ここでしか観られない作品などを目当てに、足を運ぶ映画ファンが絶えません。

かくいう私(数藤)もそんな1人。

たとえば、2014年9月の羽仁進監督特集で観ることができたドキュメンタリー作品『教室の子供たち』(1954年)。戦後・復興期の街の光景と、そのなかで元気に学校に通う子供たちの、いきいきした表情は忘れられません。

また、今年3月の三隅研次監督特集では、まだDVD化されていない『桜の代紋』(1973年)を、満員の客席でたっぷり堪能しました。
若山富三郎演じる主人公の刑事が、被疑者を連日徹夜で取り調べ、接見に来た弁護士はそっけなく追い返したうえで、あげくには心身ともに疲弊した被疑者にむかって「裁判までいかんでも、このカイシャ(=警察署)から棺桶にして出したるで」と言い放つくだりには唖然としました。

 

・・・と、そんな感じで映画の楽しい話を始めると終わりませんので、ここで方向を変えて、すこし著作権法に関連する話でも。

フィルムセンターには、映画の上映施設のほかに、もう1つの顔があります。

それは、「フィルム・アーカイブ」事業の顔です。
 

 

2 フィルム・アーカイブ事業とは何か?


フィルム・アーカイブ事業とは、映画などの「フィルム」の保管・保存事業のことをいいます。

著作権法では、映画の著作物の保護期間は、公表後70年が原則となっています(54条1項参照。なお昔の映画の場合は特殊ですが、説明が長くなるので本コラムでは省略します)。
とはいえ、そもそもフィルムがなくなったり破損したりすると、映画の著作物を観ること自体できません

その昔、映画業界一般では、フィルムを保存する意識は高くなかったと言われます。また、倉庫の火災や戦火、映画会社の倒産などで、これまでに多くのフィルムが消失してきました。

たとえば、日本を代表する映画監督、小津安二郎監督の戦前作品はその半分が失われ、溝口健二監督の場合は8割が失われたと言われます。映画ファンにとってはめまいのするような事態です。
 

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3 フィルムの保管はなぜ難しいのか?


そして、フィルムの保管はとても難しい。

映画フィルムは、酢酸セルロース系の材質からできているものが多く、この材質には時間が経つにつれ、加水分解して劣化してしまうという難点があります(劣化時に酢酸を発散するため、この現象はビネガー・シンドロームVinegar syndromeと呼ばれます)。

そのため、フィルムは特別な環境下において保管し続けなければいけません。たとえばフィルムセンターでは、温度2度〜10度、相対湿度35%〜40%の専用保管庫で保管されているそうです(フィルムセンターウェブサイト映画保存とフィルムアーカイブの活動の現状に関するQ&A」より)。

 

さて、ここまで読んで、こう思った方もいるかもしれません。
「なぜわざわざフィルムという古い素材で保管するのか? デジタル化したほうが安全に・永久に保管できるのではないか?」

しかし、デジタルも万能ではありません。
まず、保存媒体や保存形式、読み取りソフトが変わりやすいので、データの破壊や消去のリスクがあります(年輩の読者の方は、つい20年前にみんなフロッピー・ディスクを使っていたことを思い出すとイメージしやすいでしょう)。

そのため、バックアップやデータ移行のコストも必要になり、全体としてみると、フィルム保存よりもデジタル保存のほうがコスト高になると言われます。アメリカの映画芸術科学アカデミーの試算によると、4Kのデジタル・マスターを1年間保存するコストは、フィルムのマスター素材を1年間保存するコストの約11倍になるそうです(参照:慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究センターによる翻訳)。

 

他方で、フィルムの保存期限はより長い。たとえば白黒フィルムの場合は、銀粒子や、PETという材料(ペットボトルの素材ですね)を用いており、この銀粒子の保存性は500年、ペットは適切な環境では1000年保存できるとも言われます。

そのため現在は、あえてフィルムという形で保存されているようです。(ただし、フィルム保存の場合でも、映写機用のランプのような周辺機器が今後も生産されるかという問題には注意すべきですね。)
 

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4 誰がフィルムを保存するのか?(法律の話・その1)


では、この大変な保管作業を、なぜフィルムセンターがやっているのか
ここから少し法律の話に入っていきましょう。

たとえば、「本」の場合は、国立国会図書館への納本という制度がありますね。この制度を通じて、国会図書館がすべての本を保存していることは広く知られています(昨年、ギリシャ文字等をランダムに配した本の納本が適切か否かがインターネット上で話題になり、結局、国会図書館から本の発売元に対して、返金を求める事態になったことも記憶に新しいですね)。

これに対して、フィルムの場合は、国会図書館では保管されていません。
法律をみてみると、国立国会図書館法では、一見、映画フィルムの納入義務が定められているようにも見えます。
 

【国立国会図書館法】
第二十四条
1 国の諸機関により又は国の諸機関のため、次の各号のいずれかに該当する出版物(中略)が発行されたときは、当該機関は、公用又は外国政府出版物との交換その他の国際的交換の用に供するために、館長の定めるところにより、三十部以下の部数を直ちに国立国会図書館に納入しなければならない。
一  図書
(中略)
六  映画フィルム


ただし、この法律には「附則」(特別な追加条件のようなものです)があって、そちらもみると、

【附則】
 …第二十四条第一項第六号に該当する出版物については、当分の間、館長の定めるところにより、同条から第二十五条までの規定にかかわらず、その納入を免ずることができる。


となっており、映画フィルムについては納入義務が免除されています。「当分の間」とありますが、1949年から現在までずっとです。(ちなみにVHSやDVDなどは国会図書館への納入が始まっています)


なぜフィルムの納入が免除されたかというと、①上映用フィルムは本と違って、大量に作ることを予定しておらず、図書館への納付用に追加でもう1本作らせるのは事業者に無理を強いること、②図書館が支払う報酬が高額になること、などが挙げられます。
たとえば1949年の参議院の議事録をみますと、当時の国立国会図書館長の金森徳次郎氏が次のように語っていました。
 

「特にフィルムのことにつきましては、これは製作がそう沢山一遍にできるものではございませんので、四本とか五本とかしかフィルムを拵えないのに、その一部を図書館に納付せよということは随分無理が起るものと思います。のみならずそれに対して相当の報酬を拂うということになりますると、なかなか実費を拂います場合も可なりな額になるのであります。
(中略)結局はレコードは納本して貰う、併しフィルムの方は当分して貰わないという方向で進んで行きたいと思つております。(中略)これを法律を改正することによつて目的を達し得るならば、この図書館といたしましては、將來非常なしつかりした基盤ができまして安心して仕事ができま(す)」
第005回国会 図書館運営委員会 第2号議事録より)


そんなこともあって、国立国会図書館へはフィルムの納入はされないこととなり、事実上、フィルムセンターが保管事業を行っているのです。
最初に書きましたように、フィルムセンターは、東京国立近代美術館の一部門なので、法律上は、独立行政法人国立美術館法に基づく収集が行われています。
 

【独立行政法人国立美術館法】
第三条(国立美術館の目的)
 独立行政法人国立美術館(以下「国立美術館」という。)は、美術館を設置して、美術(映画を含む。以下同じ。)に関する作品その他の資料を収集し、保管して公衆の観覧に供するとともに、これに関連する調査及び研究並びに教育及び普及の事業等を行うことにより、芸術その他の文化の振興を図ることを目的とする。

 

第十一条 (業務の範囲)
 国立美術館は、第三条の目的を達成するため、次の業務を行う。
(中略)
二  美術に関する作品その他の資料を収集し、保管して公衆の観覧に供すること。


ただ、フィルムセンターもマンパワー不足が指摘されているところです。たとえば高槻真樹氏の著作『映画探偵』(河出書房新社、2015年)19pなどをみると、いわばフィルムの捜索者であるたった2名の常勤職員の方が、調査・収集に苦労されている様子が伝わってきます。


また、私は2013年1月の「記録映画アーカイブ・プロジェクト第9回ワークショップ」を拝聴したのですが、そこでフィルムセンター職員のとちぎあきら氏が、大意次のように述べられたことが強く印象に残っています。
 

「フィルムの保存は大変な作業です。本音としては、もう我々フィルムセンターにばかり任せないでほしいという思いもあります。」


とはいえ、フィルムを誰が保管するのか? という問題については、法律上はまだ解決されていません。

アーカイブ事業については、「知的財産推進計画2015」でも掲げられています。ただ、マンガやアニメについてはメディア芸術データベースの構築・公開が予定されているものの、映画分野をみると、「東京国立近代美術館フィルムセンターにおいて、映画フィルムの収集や保存のためのデジタル化を引き続き実施する。」(48p)と記されているだけで、どうもフィルムセンターに丸投げされているようにも読めてしまいます。お役所は判ってくれない? 2016年版の計画ではどうなるか、引き続き注視する必要がありそうです。

 

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(2015年2月付の内閣官房資料コンテンツのデジタル・アーカイブに関する今後の取組について8pより。映画分野だけ別枠に)

 

 

5 収集したフィルムを上映するにはどうすればよいのか?(法律の話・その2)


また、収集したフィルムについては、「どうすれば適法に上映できるのか?」という問題もあります。

収集してはみたけれど、フィルムがあるだけでは単なる物体にすぎません。いつかその中身が日の目をみるよう、上映するための権利処理も必要になってきます。フィルムセンターは、フィルムの収集の際に、上映の機会を広く確保するためにフィルムの持主と交渉しているそうです。

ここで注意しなければいけないのは、「所有権」と「著作権」の違いです。

フィルムという「物体」の所有権を持っている人が、映画の著作権も持っているとは限りません。

映画の著作権は、とくに最近の作品でいいますと、最終的に出資者(製作委員会など)が持っている場合が多いと聞きます(映画の著作権者は誰なのか?という話も議論は尽きませんが、掘り下げると長くなるので本コラムでは省略)。

それに対して、フィルム本体の持ち主が、製作委員会などの権利者とは限りません。様々な理由ではなればなれになり、今では個人のコレクターの方が持っている場合もあります。

そのため、フィルムという「物体」を収集したからといって、一緒に著作権まで渡されるとは限りません。収集したフィルムを上映したい場合には、フィルムを持っていた人とは別に、その映画の著作権を持っている人と交渉しなければいけない場合もあります。

しかし、著作権を持っている人はいったい誰なのか? また、その人から上映の権利をもらえるのか? それにはいくらかかるのか? さらにいうと、著作権以外にも、著作隣接権肖像権の問題は生じないのか・・?

 

フィルムのアーカイブ事業には、このように権利処理の面でも単純でない部分があります。映画の専門家だけではなく、法律の専門家からのヘルプも(さらには、場合によっては立法によるヘルプも?)必要になってくるところでしょう。以前に当事務所のコラムでご紹介した、裁定制度の要件の一部緩和が、今後の権利処理において役立つ場面もあるかもしれません。
 

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6 終わりに 〜これからフィルム・アーカイブ事業はどうなるのか?


さて、当事務所の近くにあるという理由で、フィルムセンターのアーカイブ事業について私が知っている二、三の事柄をここまで見てきました。

以上述べてきたように、フィルムの収集は、マンパワーもコストもかかる大変な作業です。そして、コストがかかるのであれば、「そもそも何のためにフィルムを保存するのか?」という意義までさかのぼった議論も必要になってくるでしょう。たとえばフィルムセンター主幹の岡島尚志氏は、インタビューで次のように述べていました。
 

「(保管したフィルムが)将来的に、世界で年に200〜300しか必要とされないものとなったとき、どうなるのか。「そんな役に立たないものを持っている意味があるのか」という議論も出てくるでしょう。その時、我々がフィルムを持ち続ける必要性を理解してもらわなくてはなりません。」

(福井健策・吉見俊哉監修『アーカイブ立国宣言』(ポット出版、2014年)117p)


フィルムを何のために保管するのか?についてはいろいろな見解があるとは思いますが、1つには、「映像でなければ伝わらないものを残す」ことが重要になってきます。

フィルムセンターのとちぎあきら氏の表現を借りると、映画には「人間の条理を表現する文化的・芸術的な価値」と「文字に還元できない大量の情報量を有した歴史資料としての価値」があります(参照:知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会への提出資料1p)。

 

文字に還元できない情報。それは歴史的事件の光景や、社会的風俗のような資料的なものもあります(たとえば1910年の、ライオン株式会社創業者である小林富次郎氏の葬儀映像は、国の重要文化財に指定されました)。あるいはもっとプライベートな、昔のある一家の風景、男性・女性を写しただけのホームビデオのような形をとることもあるでしょう。歴史はフィルムで作られる。フィルムの中に描かれた人生たち。それらの映像は、将来の私たちに何か教訓や示唆をもたらすこともあるでしょうし、たとえそうでなくても、映像を観て未知なるものと遭遇し、当時に思いを馳せること自体が、私たちの心のともしびになるかもしれません。

 

今後、映画フィルムや記録フィルムはどのように保存されていくのか。それはコストとベネフィットのような、現金を張った世知辛いゲームの規則から決められるべきものなのか。まるで散りゆく花のようなフィルムの束を、これから生かすべきか死なせるべきか。法律の専門家たちが手当てをすべきなのか。予算はどこからどのように出されるのか。フィルムアーカイブ事業は、映画という商売の栄華と衰退を示すものなのか。フィルムは好事家の秘かな愉しみにとどまるのか。フィルムの文化的価値を広くどのように理解してもらうのか・・・
このコラムでは話の紹介にとどめましたが、映画に首ったけの方も、そうでない方も、ご一考の価値ある課題かと思います。

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(個人的な趣味で当事務所に置かれている映画関連の書籍)

 

当事務所には映画好きの所員もおりますので、映画に関心がおありの方は、フィルムセンターで1本観たあとにでも、ぜひお立ち寄りください。東京都中央区いらっしゃいませ。そして、おすすめの映画でもぜひ教えてください。映画となると話はどこからでも始まるものです。

弁護士 数藤 雅彦
 

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